トライアングル△ オフィスラブ

sora

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佐々木が入社して3年たった頃。
「佐々木!ここ間違ってんぞ!なんでお前はそんなに仕事ができなぇんだよ!カス!」
「も、申し訳ございませんっ!」
震えながら書類を受け取る佐々木。いつからはじまったか、パワハラの標的にされていた。多分、最近辞職した山田のかわりだ。それまで怒鳴られた経験がなかった佐々木は、怒鳴られる度に恐怖で身体が震えてしまっていた。
(怖い……辞めたい……辛い……)
書類を握りしめ、自分のデスクで項垂れる佐々木に、誰も声をかけられずにいる。かく言う自分も、山田が同じようにパワハラを受けていた時は、声をかけられなかった。
(ダメだダメだ!俺がこんなにしてたら職場の雰囲気悪くなるだけだ……切り替えろっ……)
目を瞑り、深く深呼吸して自分を落ち着かせる。
先輩方は、休憩中に声をかけてくれたり、飲みに連れて行ってくれたりもしたが、元凶がどうにかならない事には、佐々木の辛さはどうしようもなかった。

そんな日が1年も続き、ついに佐々木も限界が来てしまったようだ。
いつも通り、加藤に押し付けられた仕事に追われ、残業をしている佐々木。さすがに22時を過ぎると、オフィスのフロアには誰もおらず、自分のいる所以外は電気が消え真っ暗だ。シーンと静まり返る中、キーボードを打つ音だけが響いている。
(~~~っ終わらない……)
処理しても処理しても終わらない。全く減らない書類の山をみて、焦りが募る。

『おせぇなぁ、クズ!なんでこんなのもできねぇんだ!辞めちまえ!』

そんな中、加藤に怒られた記憶が蘇る。
「……っ、うっ。」
思わず涙がこぼれそうになる。こんなことで泣くもんかと思えば思うほど、涙は込み上げてきて……
結局、誰もいなかったことも相まって、切羽詰まっている佐々木は泣いてしまった。1度泣いてしまうと中々止まらなくなってしまうもので。
「おーい、まだ誰か残ってるのか?電気消し忘……」
(えっ?こんな時間に誰か入ってきた?)
泣き止まない佐々木が残っているオフィスに、入ってきたのは望月だった。当時、まだ違う課だった2人。佐々木は望月のことをあまり知らなかった。だからこそ泣いている姿を見られては不味いと、慌てて涙を拭いた。
「佐々木くん?」
佐々木のデスクに近づいてくる望月からは後ろ姿しか見えないのだが、泣いていることに気づいているようだ。望月は、佐々木の近くにあった椅子に座りキャスターを転がし近づくと、顔を心配そうに覗き込んだ。
「あっ、の……すみません、まだ終わらなくて……」
「課が違うから俺の事知らないでしょ?望月和也と言います。ごめんね、変なおじさんがいきなり。」
自傷気味に笑う望月に、佐々木は思わず見とれてしまった。こんな近くでマジマジと見たのは初めてで、同期の女子から見せてもらった集合写真の望月よりも何倍もカッコイイと思った。
「怪しいもんじゃないから!」
「……ふふっ」
そんな望月が冗談を変顔で言うものだから、思わず笑ってしまった。一瞬で緊張がほぐれたようだ。
「良かった、笑ってくれて。こんな時間までお疲れ様。」
望月はにっこり微笑むと、佐々木を抱きしめた。急な出来事に驚く佐々木だが、背中と後頭部に置かれる手が大きくてあたたかくて、全身が包み込まれているようだ。すっかり安心した佐々木は、ゆっくりと目を閉じる。
実は、望月はパワハラの件を知っているのだ。加藤のパワハラは会社のほとんどが知っている問題である。
「大丈夫だよ、佐々木くんはよくやってるよ。」
背中をポンポンと優しく叩きながら諭してくれる望月に、また涙が溢れてしまう。肩で泣きじゃくる佐々木の背中を、望月は泣き止むまでずっとさすっていた。

しばらく泣いたあと、我に返った佐々木はどうしていいかわからず、顔を望月の肩に埋めたまま固まってしまっていた。
「……落ち着いた?」
望月に優しく声をかけられ、おずおずと離れる佐々木。しかし、恥ずかしくて視線を合わせることができず、下を向いたままになってしまう。
「あの、すみません……俺、よく知らない方に……」
「ははは、同じ会社の仲間だろ?」
知らないなんて言うなよ、と笑う望月を見て、きっとこう言う人が会社のリーダーになるんだろうなとぼんやり思った。

「お前のこと助けてやるから。」

そう言われ、何をどう助けてくれるのかよくわからなかったが、ありがとうございますとお礼を言った。この件については、だいぶ先に気がつくことになるのだが。

「あーっ!」
突然大きな声をだす望月に驚いたが、何故だかわかった瞬間、佐々木は顔面蒼白になり謝った。そう、望月のスーツが佐々木の涙と鼻水でぐしょぐしょになっていたのだ。
「あのっ、これ、弁償しますっ、うわっ、ホントすいませんっ!」
必死にハンカチでゴシゴシするも、落ちるはずはなく。
「あはは、大丈夫だよ。……にしても凄いな!」
「いや、どうお詫びしたら……」
困り果てる佐々木に、望月はう~んと考え、ある提案をした。
「じゃぁ、今度買い物付き合ってよ!」
「えっ?」
突拍子もない提案に思わず変な声が出てしまった。それはお詫びになりすか?と聞きたいが、余計なことは言わないでおこうと口を閉ざした。
「あ……わざわざ休日にこんなオジサンとじゃイヤだよな……」
あまりいい反応ではなかったためイジイジする望月だが、そんなことないですと否定すると、すぐさま佐々木の連絡先を聞いてきた。
(距離感がわからない……)
と、困る佐々木だった。
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