マネジメント!

Hiiho

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独占欲 2

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  自分の不甲斐なさに落ち込みながらマンションへ帰ると、玄関まで漂う和食を思わせる香り。リビングのドアを開けた瞬間、むせ返るほど濃ゆい出汁の匂いに、俺は咳払いをする。


「万里、おかえりー」

  キッチンスペースから出てきたシウのTシャツの腹部はびしょ濡れだ。

「ただいま。・・・今日は何作ったんだ」

「えへへ~、今日は自信あるんだぞ!・・・じゃん! おでん!」

  ダイニングテーブルの真ん中に、キッチンから運んで来た土鍋を置いて誇らしげに蓋を取るシウ。

  おい、まだ残暑が厳しいこの時期に食うもんじゃねーだろ、おでんって。

「ちょっと味濃くなっちゃったけど、最後に水足したらいい感じになったんだよ」

  水を足した時に零してTシャツが濡れたんだな、きっと。ドジっ子炸裂させてたのか・・・見たかったな。

「どれ食べたい?俺が取ってあげる」

  土鍋の中の厚すぎる大根の輪切りが嫌でも目に入ってくる。

「あー・・・そうだな。じゃあ大根以外ならなんでも」

「は・・・?なんで?大根と玉子は俺が手をかけた食材なんだよ?このふたつは絶対食うって言わなきゃなんないやつでしょ。他のはただ入れて煮込んだだけなんだから後回し!」

  強制すんならどれ食べたいかなんて聞くんじゃねぇ。

  器に聳え立つ厚さ15センチ強の輪切り大根。その横にちょこんと置かれた二つの玉子がやけに可愛らしく見える。

「・・・いただきます」

  とりあえず、味がしみてなさそうなこの白い巨塔は置いといて・・・

  箸で玉子を半分に割り口の中へ入れる。

  少しだけしょっぱい気がするが、玉子は至って普通だ。

  巨塔に箸をつける前にシウを見ると、自信ありげに腕を組んで仁王立ちで俺の様子をうかがっている。

  微妙なプレッシャーの中、なんとか巨塔の頭頂部を一口大に切り崩して口へ運ぶ。
  想像通り、スープの味がするのは外側だけ。そして硬い・・・。皮を剥いてブツ切って、下茹でせずに鍋にぶち込んだんだと容易に推測できるレベル。

「あのな、シウ。大根は味がしみるように下茹でしとかなきゃなんねーの、切り方も雑過ぎ。こんなんじゃ・・・」

「・・・っ」

  シウは突然下を向いて両手で顔を覆う。肩が小刻みに震えて、声が出るのを我慢しているようにも見える。

  えっ!? ヤバイ、俺泣かせた?

  家事なんか一切出来なかったシウが、帰りが遅い俺の為に少しずつ料理をするようになった。
  初めて作ったどう見ても肉そぼろにしか見えなかったスクランブルエッグに比べれば、このおでんは立派に料理じゃねーか。

  出来ないなりに、服を汚してまで一生懸命に作ってくれたシウを泣かせるなんて、俺はなんて最低なんだ・・・!


「あ、あのな、シウ。今のはその・・・悪かっ」

「ぶふっ!・・・あは、ははっ」

  しどろもどろになる俺をよそに、シウは腹を抱えて笑い出す。
  俺は状況が飲み込めずに、呆然とシウの笑っている姿を見ているだけ。

  つーか泣いてたんじゃねぇのかよ。

「ははっ、はぁ・・・はあー。もう、万里ってば笑わすなよぉ」

「俺がいつ笑わせたんだよ」

「だって、見てこれ」

  存在感があり過ぎる大根と玉子が入った器を指差す。

「こんなぶっとい棒と玉2つって・・・なんか万里のアソコみたいじゃん!それを自分で食べるって、ぶぶっ」

  あーウケる、と言いながらシウはまた笑い転げる。

「おまえが雑にカットした大根じゃねーか。盛り付けたのもおまえだし。意味わかんねぇ」

「ひぃ・・・、笑い過ぎて死にそう。ごめんごめん。でも俺の失敗と万里のコラボで奇跡の笑いになったんだから最高じゃん。あー幸せ♡」


  こんな事くらいで幸せだなんて言うなよ。
  俺はシウの事を幸せになんてしてない。何も進んでない。

  ただ傍に居たくて、目の前に居るシウを独り占めしたくて、それ以外の事なんてどうでもいいと思ってる。

  もう30になるのに、シウより7つも歳上なのに、恋に溺れたガキみたいな事をしてる訳にはいかないのに。


  ダイニングテーブルの向こう側の椅子に座ったシウは、自分の器にも同じように大根と玉子をよそう。

「見て見て、俺も万里のアソコ食べちゃうから」

  シウは箸を使わずに巨頭にがぶっと齧り付く。

「なにこれ、まっずい!すごく硬いし・・・。あっ、硬いとこまで万里と一緒じゃん、あはは」

「わかったから。食いもんを下品な物に見たてんなよ。・・・ふっ」

  シウの笑顔につられて、思わず笑ってしまう。

「少しは元気になった?」

「え・・・」

「だって、最近ずっと元気無いから」

  親父から管理職に就けと言われて、シウと離れる事ばかり考えてしまっていて・・・

  マジで馬鹿だ。

  俺は自分の欲求ばかりで、シウにまで気を遣わせて。情けないを通り越してどうしようもないクソ野郎だ、俺は。


「シウ、実は・・・」

「あのさ、お願いがあるんだけど」

  俺が言いかけたのと同時にシウが話し出す。

「・・・なんだ、お願いって」

「1週間、休みくれないかな? ずっと忙しくて、ハラボジとハルモニにも会えてないし・・・」

  寂しそうに俯くシウ。


  ライブやファンミーティングのチケットはファン優先で、今やシウ本人が望んでも簡単に手に入れる事ができないほどだ。以前のように家族を招待できなくなってしまった。

  事務所に行けば親父と顔を合わせる俺と違って、シウの家族は皆 遠方にいてなかなか会うことが出来ない。無理にでも時間を作らなければ会えない。

「わかった。役者の方は次の映画まで少し空いてるし、レコーディングもまだ余裕がある。他の仕事は調整できるだろうから、・・・来週まで待てるか?」

  俯いていたシウは顔を上げ、うん、とまた笑顔になる。

  可愛過ぎ。

「ところでさぁ、この大根見てたら、なんか・・・したくなっちゃった」

  つんつんと浅い器に立つ大根の角をつついて円柱の外側を上から下に滑らせた指先を、これみよがしに舐めてみせる。

  今度はエロ過ぎかよ。

「食事中にやめろよ。今すぐ襲いたくなるだろ」

  せっかくシウが作ってくれたおでん、大根以外は食えそうだし、ちゃんと食ってやんないと。


「今すぐ襲ってよ。このおでんよりは美味しいって言わせるから」


  無邪気な笑顔の後の、大人びた妖艶な微笑み。

  どんなに高級な食材より手の込んだ料理より、美味いに決まってる。

  立ち上がり傍へ来たシウの唇が、俺の眉間に落ちてくる。


「俺を食べて、万里」

  言ったあとに恥ずかしそうに紅く染まる頬。

  こんなにもたくさんの顔を、惜しげも無く俺に見せてくれるシウが好きで堪らない。
  ずっと独占していたい。


  だけどそれはきっと、櫻子との事も仕事も中途半端な俺が望んでいい事じゃないのかもしれない。



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