貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご

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「またですか?もう何度目だと!」
怒りも隠さずに私の髪を梳かしながら侍女のメルがそう言った。
鏡を見ると憤怒の表情を浮かべるメルの顔が映る。
仮にも主人の妻である私の前でこんなに表情を顕にして怒っていては侍女としては失格かもしれないが、私の為に怒ってくれていると思うと気持ちが暖かくなって微笑ましくなる。
「…奥様、何を笑っておいでなのですか…本当ならばもっと怒ってもよろしいはずですのに怒りもせずに…旦那様に文句の一つでも二つでも三つでも仰っても誰も何も申しませんのに!むしろそれが当然です!」
「ふふっごめんなさいね。貴女が私の為に怒ってくれているのが嬉しいの」
「っ~!奥様!」
そう言ってメルは私の前に跪き手を握りながら目を潤ませた。
「あの旦那様に奥様は勿体です!本当ならば離縁をオススメしたいところではありますがそうなればこの屋敷がどうなってしまうか分かりません!私達使用人一同も奥様という癒しが無ければやっていけません!私が奥様を幸せにしますと言えない不甲斐ない私をお許し下さい!」
「あらあら」
私は跪き項垂れるメルの頭をそっと撫でる。
「大丈夫よ。旦那様の事は今更でしょう?本当に怒ってなどいないのよ」
「ですが!」
「……ふふっ。メル…」
「はい、奥様」
私はメルの潤んだ綺麗な目を覗き込む。
「いい?あの方を夫だと思うから期待をしては裏切られたと腹が立つのよ。あの方はこの屋敷の主人であり………ふふっ私とは……そう、唯の同居人なの」
そう言うと私は満面の笑みをメルに向けた。


もう何度期待しては裏切られを繰り返したか……。所詮夫婦は他人……血のつながりがある息子の期待を裏切るような男が一滴も血の繋がらない妻の私の期待に応えてくれる道理は無い。
私は一人廊下を歩きながら窓の外に目をやる。
今日は最愛の息子アレクシスの五歳の誕生日。


そして今日も私の夫でありアレクシスの父親であるはずのあの男は屋敷にいない。
アレクシスは可哀想かもしれないが、あの男が居なくて悲しがるのももう少しで終わるだろう。


そのうち気が付くのだ………そう、あの男に父親としての役割を期待してしまうから誕生日も祝ってくれないと悲しんでしまう事を、初めから父親の役割は望めないと諦めてしまえば楽になれると言う事を。


それは今の私のように。
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