弱小種族による、危険な世界の歩き方。

ハイイロカラス

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第一章

人は往々にして発言の10倍は思考してる。逆もいるけど

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体の倦怠感と痛みが消える。でも、副作用が解消されたわけじゃない。神殺権の強力すぎる効果で色々麻痺しただけだ。
神殺権に擬似悪魔化のような全能感は無い。むしろ過剰になりすぎた五感は、精神を蝕む。
肉体も、直接的な筋力強化の効果の無い擬似悪魔化と比較して強くなったはずだが・・・実感は無い。

だから僕は、さっさと動くことにした。
 
「行きますよ、ヒルダさん・・・!」
「え・・・・っ!?」

最初からトップスピード。肉体の限界を超えた加速で、ヒルダさんに肉薄する。その常軌を逸した速度と、完璧に虚をついたタイミングでの初動に彼女は目を見開く。

効果時間の関係上、短期決戦は必須条件。
現在に至るまで改良マイナーチェンジを続けてはいるが、それでも神殺権はあまりにピーキーだ。

しかも、身体能力の強化も所詮は人種の範疇。比喩抜きで山をも砕く力を持つ鬼神種には逆立ちしたって、というより向こうが逆立ちしてたって敵うわけが無い。

だから、空隙を突く。
異常に鋭敏化した五感をもって、意識が途切れるタイミングを読み取る。人種が鬼神種に並ぶものがあるとすればそれは、脳の処理能力だけだ。

「はぁっ!」
「ぐ・・・!?」

一切の遠慮のない全力の一撃を胴に叩き込む。この攻撃も、あえてタイミングをずらし無意識下で反応していたヒルダさんの隙を突く。
でも、それが通用するなんて思っちゃいない。ちょっと呻いたのも驚いただけだろう。

鬼神種は非常に強力な肉体を持っている。
瞬きの間に距離を詰め、自分より大きい物をこともなげに破壊し、そして何より大抵の攻撃にはなんの痛痒も感じない。

迅く、剛く、堅い。

肉弾戦に限っていえば鬼神種は他の上位種すら敵ではない。
そんな相手を倒すには、まともにやってはいられない。

僕は察しが悪いし脆弱だ。
だけど知識はある。僕の持つ知識に照らし合わせれば、ひとつだけ、ほんの僅かに勝機がある。
しかし、その勝機を掴むにはいくつかの条件をクリアしなくてはならない。
そしてその条件の第一段階。それは、相手に霊力を用いた身体強化を行わせることだ。

自分で言ってても無茶だと思う。素の状態でも圧倒的に強いのに霊力なんて使われた日には本当に手が付けられなくなる。それに、僕を殺したくない彼女がそんな危険なことをするとは思えない。

・・・普通にやれば、だけど。

「ふっ!」
「っこれは!?」

もはや今の僕は普通じゃない。五感とそれを処理する脳の機能に限って言えば鬼神種を上回る。
それをもって、ひたすら隙を探し、作り、愚直に突く。

よっぽどの膂力か重量がない限り殺傷力に欠ける打撃武器。しかし一つ、大きな利点がある。それはどれほど硬い相手であっても、いや、むしろ硬い相手であるほど衝撃を与えることができることだ。もっとも、その利点を活かすには最低限壊れないだけの強度が必要だけど、この武器ならそれも申し分ない。

例えば僕が彼女の首に刃を振るったところで、皮膚一枚断ち切ることは出来ないだろう。しかし、打撃であれば砕くことは出来ずとも衝撃を伝えダメージを蓄積させることはできる。そして、僕は足りない威力を数で補う。

体が、神殺権の異常な効果に慣れていく。
高速化していく動きに、着たままだった上着が邪魔になってきた。この上着には汎用性の高い薬がいくつか入っている。薬は僕の生命線だから、安全な場所以外では脱ぐことなんてほとんどなかったから忘れていたけど、これ以上の動きをするには些細な抵抗さえ無くしたい。

だから僕は、懐からもう一本のトンファー・・・・・・・・・・を取り出して上着を脱ぎ捨てる。

両腕にトンファーを持つ。普段の僕の戦闘センスでは2本のトンファーなんてまともに扱えないけど、今なら可能だ。

「なっ・・・!?」

目を見開くヒルダさんを視界に捉えながら、僕は呼吸さえも意識の管理下に置いて連撃の速度を更にあげる。もはやヴァンクとも比較にならない暴風、否、嵐の如き連撃に、しかしヒルダさんはそれでも動かない。どうすれば良いか分からないという顔で、そしてどこか泣きそうな顔で僕を見るだけだ。

・・・ああ、確かに僕は自分のルールを守ることに傾倒して、言葉を紡ぐのを、意思を伝えるのを怠っていたかな。

僕は1度手を止める。
混乱しきった彼女の顔を見て申し訳ない気持ちになる。交渉以外の対人経験の少なさがこんなところで仇になるとは。
でも、伝えるべき言葉はそう多くない。
なぜ僕が戦い、彼女にどうして欲しいのか。それを言葉で説明するのは困難だから、一つだけ、純然たる事実を伝えよう。

「ヒルダさん。」
「な、なんなんですか!?あなたはいったい何がしたいのですか!?」

僕のしたいことはもう言った。貴女に力を示したい。それだけだ。
でもそれじゃきっと、あなたはどうしていいかわからないだろう。
だから伝える。ただの事実を。

「今、僕を止められるのは、貴女だけですよ?」
「・・・・・・・っ!?」

たった一言。でも、それだけで聡明な彼女はこの意味がわかったはずだ。
彼女は結局、なぜ僕が戦っているのかは分からない。でも一つだけ確かなことは、僕がここから去ろうとしたら、他の鬼人じゃ束になっても止めることは出来ないのだ。それは僕の今の動きを目の当たりにした彼女もよく分かっているだろう。

逃がさないと彼女は言った。そして今その言葉を実行できるのは、他ならない彼女だけだ。

「もう一度だけ言います。殺す気で来てください。」

そうでなければ。

「僕は、貴女の傍には行けません。」
「っ・・・ええ、いいでしょう。結局、あなたがなぜ私と戦いたいのか、それは分かりません。そして、あなたの望み通り全力で戦うことが本当に正しいことなのかも。ですが。」

ヒルダさんはまっすぐ僕を見る。その瞳に、もう迷いは無い。

「私はあなたが欲しい。それだけは、確かなのです。」

そう言って、彼女はその体を覆うローブを脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、豪奢な装飾が施された、それでいて身体の動きを阻害することの無い紛うことなき戦闘服。
そしてそれに包まれた、細く、しなやかで、それでいて女性的な魅力に溢れた芸術品のような肉体。
その姿は、とても美しい。

外見はもちろん・・・なによりも、強い意思を浮かべるその瞳が。彼女の全てが、僕の心を強く震わせる。
そして僕はその意思に答えるために、力を示す。

「では、仕切り直しと行きましょうか、ヒルダさん。」
「ええ。そうしなければ、あなたが納得しないと言うのなら。」

そう言ったヒルダさんの、美しい銀の双角が淡く光を放つ。
それは霊力による身体強化が行われた証左だ。
これで第一段階はクリア。
でも、当然ながら本当に大変なのはここからだ。

「私は、私が見初めたあなたを信じます。ですから。」

ゾッとするような美しくも冷たい声。感情を排したような顔で彼女は言葉を紡ぐ。

「どうか、死なないでくださいね。」

その言葉と共に。
その場の全ての者の視界から、彼女の姿が消える。

いや、違う。
今の僕には、見えている・・・・・
消えたようにしか見えないその尋常ならざる速度も、それでいて音一つ立てない巧みな動きも、迷いのないその表情も。

その全てが、見えている。
だから避けられる。
最低限の動きで、最高効率の動きで。

さあ、第二段階だ。
次は彼女に、魔法を使わせないとならない。とてつもなく困難だけど、気負いはない。

神殺権は既に最高効果を発揮している。今の僕は、間違いなく最高の状態なのだから。

そう、だから手始めにまずは・・・

彼女の中の、神を殺そう。
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