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第二章
いよいよ行動開始。準備はもう十分です。
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出発の準備。僕にとって、それはすなわち戦闘準備だ。
ということで、薬の残りを改めて確認する。
擬似悪魔化の残りはあとわずか。【鳥魔叫奏】は一応持っていくけど使うことは恐らくない。
戦意抑制と戦意高揚は十分にあるけど・・・これを使える余裕があるかはかなり微妙だ。
ということで、今回の鍵は先日作ったいくつかの番外試薬を筆頭とした薬になるんだけど・・・
いくつが使い物になるかなぁ・・・
なにぶん、精霊種の相手をするのは初めてだ。どれが役に立つかは正直全くわからない。
まあ、霊種との戦闘は初めてじゃ無い。幽霊種とか妖霊種みたいに物理が効かない相手じゃないだけマシだ。っていうか、あの辺りの種族は僕には知覚すら困難だし。
さて、それはともかく。
薬は用意できるものは用意したし、対精霊種なら擬似悪魔化と深層励起:神殺権で大丈夫なはずだ。
トンファーにも問題は無い。
ならば、ここでうだうだしてても何にもならない。
「・・・よし、こんなもんかな。」
「なかなかの大荷物ですが、大丈夫ですか?手伝いますよ。」
「ああ、大丈夫。大して重くないし、いざってときに自分ですぐ出せるようにしときたいからね。」
「そういうことなら・・・あ、ミレイユ。その杖は私が預かっておきますよ。街中でそんな物を提げていたら目立ってしまいますからね。」
そう言ってヒルダはミレイユからデュランダル・レプリカを受け取り鞄にしまう。ギリギリではあるけど、例の鞄の口を通るサイズだから持ち歩きも苦ではないと思う。
・・・完全に杖って言ってたけど。
「そういえば、目的の場所にはどうやって行くのですか?」
「どうって・・・普通にまっすぐ歩いていくつもりだよ。ヒルダに頼ることにはなっちゃうけど・・・」
「いえ、それは別にいいのですが・・・それなら、私が抱えて行った方が早いと思いますよ?」
あー、うん。まあ、それはそうなんだけど・・・
「そんなに急がなくちゃいけないわけじゃないから大丈夫だよ、うん。」
「・・・なにか、誤魔化していませんか?」
「いやいやそんな。」
ほんとに誤魔化してはいないけど、やっぱり恥ずかしいんだよなぁ・・・
もちろん、魅力的な提案ではある。そもそも僕自身、長距離を歩くのが好きな訳でもないし。
ただ、移動の度にヒルダに頼るのも申し訳ないし何より抱えられて移動することに慣れてしまうのが怖い。
「一分一秒を争うときには遠慮なく頼らせて貰うけど、今はそうじゃないからさ。」
「・・・まあ、無理にとは言いませんが。」
そう残念そうに言うヒルダ。なんで僕を運ぶことにそんなに乗り気なの?
ヒルダを変な趣味に目覚めさせてしまったかもしれないという懸念を一旦脇に置いておいて、僕はミレイユに視線を向ける。
「なんていうか、ミレイユの意思とかあんまり確認せずに進めてきちゃったけど、大丈夫?」
「わ、わたしは、良いけど・・・」
少し詰まりながら頷くミレイユ。緊張してるって言うより、もともと単純に会話に慣れていないんだろう。
最初に比べると、だいぶ表情が柔らかい。
「そ、その、今更かもしれないけど・・・どうして、二人はこんなにしてくれるの?もともと、関係なんてないはずなのに・・・」
そう心底不思議そうに問うミレイユ。当然の疑問ではあるんだろうけど・・・
僕はヒルダと顔を見合わせる。
「うーん、まあなんでって聞かれると難しいなぁ。」
「そう、ですね。理由があるかと聞かれたら・・・はっきりとしたものは無い、としか言えません。」
少し考え、ヒルダはそう答える。
そして、僕も同じ答えだ。
「ただ、初めて会った時のミレイユの様子から、放っておけないと思っただけです。」
「そうそう。目の前で分かりやすく困っている相手がいるなら、助けたいと思うのが人情ってものだよ。それに今回はシャクシャラの問題を解決するのと重なるしね。」
正直そうじゃないならミレイユを連れてさっさとシャクシャラを離れてる。
「さて、じゃあそろそろ行こうか。」
「ええ、そうですね」
「う、うん。」
明るいうちに着きたいしね。
近くまで行けばヒルダの目か、僕の追跡鋭化で見つけられると思う。
まあ、予想が正しければの話だけど。
沈黙の平原。
今更、ここについて語ることも無い。
危険地帯をヒルダの力で突っ切って、最短距離で目的地までやってきた。
「ミレイユと会ったのは・・・この辺だね。」
「そ、そう、なんだ。あんまり、覚えて無いけど・・・」
「あはは、それはそうだろうね。・・・さて、じゃあ少し注意して探していこうか。」
周囲を見渡す。一部が窪地になっている地形で、それ以外は特に特徴の無い草原だ。
この場所自体は危険地帯では無いため、これといった素材もなく、およそ何かあるようには見えないけど・・・
「ヒルダ、何かの上位元素の痕跡とかある?」
「・・・僅かにですが一帯に呪力を感じます。恐らく、近づいたものに本能的な忌避感を与える類の呪法が使われていますね。」
「あー、そんなものもあったなぁ。確かに土地の隠蔽によく使われる呪法だ。」
まあ僕その効果を感じたことないからよくわかんないけど。知識として知ってはいる。
「そんな呪法があるってことは、つまり近づかれることすら避けたいって訳だ。ちなみに、ヒルダはその呪法の影響って受けてる?」
「大したことはありませんが、全く無いわけでも無いです。例えるなら・・・さほど仲良くないけど顔見知りではある人達が、通り道で楽しそうに話している時くらい行きたくありません。」
「なるほど・・・なるほど?」
微妙に分かり難いけど、なんか凄い実感こもってるなぁ・・・
あんまり鬼人の里に馴染めてなかったのかもしれない。というより、立場的にあまり仲良くできなかったのか。
まあ、あまりいい思い出ではないみたいだから聞くのはやめておこう。
「それにしても、ヒルダですらそうってことはミレイユは・・・って、あれ、なんともなさそう?」
「え・・・?なにか、ある、の?」
少し心配になってミレイユに視線を向けたけど、彼女はキョトンとした顔をしている。
「その、何か嫌な気分になってここから離れたくなったりしてない?もしくは、ちょっとした違和感を感じたりとか。」
「え、えっと、なにも感じない、けど・・・」
「ふむ・・・」
この感じだと、ほんとに効いてないみたいだ。
精霊種だからか、あるいはその卓越した魔力適性によるものか。
多分前者かな。魔力適性という点ではヒルダも凄まじいものがあるはずだから、そこが無効化する理由とは考えにくいし。それに、もともと精霊種の里を隠す為なんだから精霊種は普通に通れるようになってると考えた方が自然だ。
「まあ、問題ないに越したことはないか。・・・さて。ヒルダ、申し訳ないんだけどその呪法の出処というか、影響が最も強いところが何処かわかる?」
「・・・いえ、呪力はほぼ均一に広がっています。そこから逆算するのは少し難しいですね。」
「なるほど・・・じゃあ、普通に探そうか。」
楽はできないということみたいだ。とはいえ、範囲を闇雲に探すのはあまりに効率が悪いし、ヒルダの調子も心配だ。
ミレイユの記憶の映像からして、隠されているのはそれなりに広い範囲のはずだから、逆に言えば入り口も相応に広いだろう。
そして、最大の特徴は沈黙の平原にはない鬱蒼とした森林。
だとすれば、『音』や『匂い』は草原とは当然別物になるはずだ。
恐らく隠蔽する際にそのあたりも対策はされているだろうけど・・・
まず間違いなく、完璧ではない。
90パーセントの効果を発揮するのと100パーセントの効果を発揮するのとでは、労力が段違いだ。
そして、1パーセントでも違和感があれば。
僕は、それを察知する手段を持っている。
「よし、とりあえず・・・」
ということで、僕はバックパックからひとつの
丸薬を取り出す。
これは先日作ったナンバーズだ。
第二式簡易拡張薬 追跡鋭化。
副作用も無く嗅覚と聴覚を強化する優秀な薬だ。
と、その時ふと思いつく。
「・・・あ、そうだ。ヒルダ、試しにこれ使ってみる?一応それなりに量はあるし。」
僕が使うのはもちろんだけど、せっかくだしヒルダにも効果を試してみて欲しい。
いきなり戦闘強化薬だと感覚が狂うだろうけど、拡張薬なら平気なはずだ。
僕の提案に、ヒルダは目を瞬かせる。
「え、良いのですか?その、実は少し興味は有ったのですが・・・」
「あはは、光栄だね。まあ追跡鋭化なら危険も無いしちょうどいいかなって。」
「そういうことなら是非。」
「じゃあはい、これ。少し苦いけど、そのまま服用できるよ。あ、噛まずにそのまま飲み込んでね。慣れないうちは水と一緒に飲んだ方が良いかも。」
ヒルダに追跡鋭化を一つ手渡す。
「す、少し緊張してきました・・・いえ、もちろん、シルヴァを信用していない訳では無いのですが・・・」
「まあ口に入れるものだしね。」
そりゃしり込みもするってもんだろう。
「とりあえず、僕が先に飲むよ。毒味ってわけじゃないけど。」
そう言って、僕は口に丸薬を放り込み嚥下する。今更水とか無くても慣れたものだ。
「うーん、やっぱり苦いなぁ。」
「で、では私も・・・」
僕に続いて、ヒルダも丸薬を口に含む。少し飲み込むのに苦労したみたいだけど、水と一緒になんとか喉を通す。
「これ、は・・・確かに苦いです、ね・・・」
「ま、要改善ってことだね。・・・さて、効果は割とすぐ出るはずだけど、どうかな?」
少しワクワクしながら問いかける。
なんだかんだ言って、薬は誰かに使ってもらってなんぼだ。特に、ナンバーズは誰が使っても効果を発揮することを目的としているし。
「・・・ごめんなさい、ちょっとまだ良くわからないです。」
「あ、そんな気にしないで。こっちこそごめん、せっかちだったね。」
いかんいかん、自重しないと。
「多分、森に近付けば何か感じると思うよ。」
「そう、ですか。ふふっ、では楽しみにしておきます。」
笑うヒルダの姿に改めて安心して、今度はミレイユに向き直る。
「ミレイユ、準備はいい?」
「・・・うん。いつでも、大丈夫、だよ?」
「よし、心強いね。じゃあ、突入するよ。」
僕の方は、追跡鋭化の効果が既に十分出ている。そして強化された聴覚はわずかな葉擦れを、嗅覚は長い期間で堆積した枯葉の匂いを捉えている。
「とりあえず大体の場所はわかったから着いてきて。・・・あ、そうだヒルダ。もし辛くなったら戦意高揚を使うから言ってね。多少は呪法の影響を削れると思う。」
「わかりました。今のところは大丈夫です。」
そういうヒルダの顔色は悪くない。この様子なら問題ないかな。
「ミレイユも、なにかあったら遠慮しないですぐ言ってね。僕とヒルダなら、大抵は何とか出来ると思うから。」
「う、うん・・・頑張る!」
気合い十分、みたいだね。
二人とも大丈夫のようなので、僕は歩き始める。特に急ぎもしない。
森の匂いも音も、大して遠くないしね。
「・・・これは、葉の音、ですか?」
「お、効果が出てきたみたいだね。どうかな、少し違和感はあるかもしれないけど・・・」
「違和感・・・そうですね、確かに不思議な感覚です。いつもは聞こえているけど意識していない音が全て頭に入ってくるというか・・・」
うんうん、ほぼ完璧に効果を発揮してるね。
「一応、慣れれば鼓動とかも聞き取れるようになるくらいには効果が高い薬だからね。だからと言って、普通の音が極端に大きくなっちゃうようなことも無いでしょ?」
「そういえば確かに・・・」
追跡鋭化は別に音を大きくする訳じゃない。仮に突然大きな音が聞こえても、通常以上に耳や脳にダメージは行かない。
ただし、高周波の音とかは過剰に拾ってしまうのでその辺は注意が必要だけど。
「そこまで効果が出てくればもう気づいてるかもしれないけど・・・そろそろ、入るよ。」
「ええ、そのようですね。ミレイユ、私から離れないでくださいね。」
ヒルダの言葉にミレイユは頷き、彼女の手を握る。
その様子を少し確認し、ボクはまた一歩足を踏み出した。
瞬間。
周囲の光景、香り、感触。その全てが一変した。
広い平原は、陽の光さえ通さない深い森林に。
積みあがり、少し腐ったような枯葉の匂いが鼻を突く。
足元には太い木々の根が走り、慣れていないと歩くのにも苦労しそうだ。
試しに後ろを振り返ってみると、そこには見慣れた沈黙の平原が有った。視界が変化した地点が森の入り口か。
まあ歩いた感触からそれは分かってたけど。
「何か、膜みたいなものに光景が投影されていたのかな。僕はなにも感じなかったけど、ヒルダとミレイユは何か感じた?」
「魔力の層はありましたね。触れなければ気付かないほど薄く、淡いものでしたが・・・」
「わ、わたしは良く分からなかったけど・・・ここに居ると、なにか調子が良い気がする、かも?」
ほほう?
「予想でしかないけど、それはここが精霊種の住む森だからかもしれないね。」
「言われてみれば、ここは随分魔力が濃いですね。例の、危険地帯程ではありませんが。」
なるほど。確かに周りを見れば、上位元素の影響を強く受けたような植物もいくつか見受けられる。
流石に希少素材は無いけど。生えてないって言うんじゃなくて、恐らく根こそぎ採取され尽くしている。
「流石は精霊種、ってところかな。・・・さて、ここで立ってても仕方ないし。進もうか。里の場所は知らないけど、まあ多少は形跡とかあるし見つけられるでしょ。」
「探知魔法を使いましょうか?」
「うーん、逆にその魔力を探知されたりすると無駄な刺激を与えることになるかもしれないし今はいいかな。もちろん、いよいよとなったらお願いするかもしれないけど。」
里ってことはそれなりの数の精霊種がいるだろうし、規模も小さくは無いだろう。それに隠蔽の労力を考えると、この森がそこまで広いとも思えない。
つまり、この森の中で精霊種の里はある程度の割合を占めているはず。
聴覚に意識を集中し、視覚で痕跡を探しながら探せばすぐ見つかると思う。
「じゃ、二人ともついてきてね。もし何か気になることがあったら何でも言ってくれていいからさ。」
「はい。」
「う、うん!」
迷いなく頷く二人を確認し、僕は先頭に立って歩く。
目指すは精霊種、その里。ここまで来たら新たに出来ることはない。
僕達は三人揃って森の奥へと歩みを進めていった。
ということで、薬の残りを改めて確認する。
擬似悪魔化の残りはあとわずか。【鳥魔叫奏】は一応持っていくけど使うことは恐らくない。
戦意抑制と戦意高揚は十分にあるけど・・・これを使える余裕があるかはかなり微妙だ。
ということで、今回の鍵は先日作ったいくつかの番外試薬を筆頭とした薬になるんだけど・・・
いくつが使い物になるかなぁ・・・
なにぶん、精霊種の相手をするのは初めてだ。どれが役に立つかは正直全くわからない。
まあ、霊種との戦闘は初めてじゃ無い。幽霊種とか妖霊種みたいに物理が効かない相手じゃないだけマシだ。っていうか、あの辺りの種族は僕には知覚すら困難だし。
さて、それはともかく。
薬は用意できるものは用意したし、対精霊種なら擬似悪魔化と深層励起:神殺権で大丈夫なはずだ。
トンファーにも問題は無い。
ならば、ここでうだうだしてても何にもならない。
「・・・よし、こんなもんかな。」
「なかなかの大荷物ですが、大丈夫ですか?手伝いますよ。」
「ああ、大丈夫。大して重くないし、いざってときに自分ですぐ出せるようにしときたいからね。」
「そういうことなら・・・あ、ミレイユ。その杖は私が預かっておきますよ。街中でそんな物を提げていたら目立ってしまいますからね。」
そう言ってヒルダはミレイユからデュランダル・レプリカを受け取り鞄にしまう。ギリギリではあるけど、例の鞄の口を通るサイズだから持ち歩きも苦ではないと思う。
・・・完全に杖って言ってたけど。
「そういえば、目的の場所にはどうやって行くのですか?」
「どうって・・・普通にまっすぐ歩いていくつもりだよ。ヒルダに頼ることにはなっちゃうけど・・・」
「いえ、それは別にいいのですが・・・それなら、私が抱えて行った方が早いと思いますよ?」
あー、うん。まあ、それはそうなんだけど・・・
「そんなに急がなくちゃいけないわけじゃないから大丈夫だよ、うん。」
「・・・なにか、誤魔化していませんか?」
「いやいやそんな。」
ほんとに誤魔化してはいないけど、やっぱり恥ずかしいんだよなぁ・・・
もちろん、魅力的な提案ではある。そもそも僕自身、長距離を歩くのが好きな訳でもないし。
ただ、移動の度にヒルダに頼るのも申し訳ないし何より抱えられて移動することに慣れてしまうのが怖い。
「一分一秒を争うときには遠慮なく頼らせて貰うけど、今はそうじゃないからさ。」
「・・・まあ、無理にとは言いませんが。」
そう残念そうに言うヒルダ。なんで僕を運ぶことにそんなに乗り気なの?
ヒルダを変な趣味に目覚めさせてしまったかもしれないという懸念を一旦脇に置いておいて、僕はミレイユに視線を向ける。
「なんていうか、ミレイユの意思とかあんまり確認せずに進めてきちゃったけど、大丈夫?」
「わ、わたしは、良いけど・・・」
少し詰まりながら頷くミレイユ。緊張してるって言うより、もともと単純に会話に慣れていないんだろう。
最初に比べると、だいぶ表情が柔らかい。
「そ、その、今更かもしれないけど・・・どうして、二人はこんなにしてくれるの?もともと、関係なんてないはずなのに・・・」
そう心底不思議そうに問うミレイユ。当然の疑問ではあるんだろうけど・・・
僕はヒルダと顔を見合わせる。
「うーん、まあなんでって聞かれると難しいなぁ。」
「そう、ですね。理由があるかと聞かれたら・・・はっきりとしたものは無い、としか言えません。」
少し考え、ヒルダはそう答える。
そして、僕も同じ答えだ。
「ただ、初めて会った時のミレイユの様子から、放っておけないと思っただけです。」
「そうそう。目の前で分かりやすく困っている相手がいるなら、助けたいと思うのが人情ってものだよ。それに今回はシャクシャラの問題を解決するのと重なるしね。」
正直そうじゃないならミレイユを連れてさっさとシャクシャラを離れてる。
「さて、じゃあそろそろ行こうか。」
「ええ、そうですね」
「う、うん。」
明るいうちに着きたいしね。
近くまで行けばヒルダの目か、僕の追跡鋭化で見つけられると思う。
まあ、予想が正しければの話だけど。
沈黙の平原。
今更、ここについて語ることも無い。
危険地帯をヒルダの力で突っ切って、最短距離で目的地までやってきた。
「ミレイユと会ったのは・・・この辺だね。」
「そ、そう、なんだ。あんまり、覚えて無いけど・・・」
「あはは、それはそうだろうね。・・・さて、じゃあ少し注意して探していこうか。」
周囲を見渡す。一部が窪地になっている地形で、それ以外は特に特徴の無い草原だ。
この場所自体は危険地帯では無いため、これといった素材もなく、およそ何かあるようには見えないけど・・・
「ヒルダ、何かの上位元素の痕跡とかある?」
「・・・僅かにですが一帯に呪力を感じます。恐らく、近づいたものに本能的な忌避感を与える類の呪法が使われていますね。」
「あー、そんなものもあったなぁ。確かに土地の隠蔽によく使われる呪法だ。」
まあ僕その効果を感じたことないからよくわかんないけど。知識として知ってはいる。
「そんな呪法があるってことは、つまり近づかれることすら避けたいって訳だ。ちなみに、ヒルダはその呪法の影響って受けてる?」
「大したことはありませんが、全く無いわけでも無いです。例えるなら・・・さほど仲良くないけど顔見知りではある人達が、通り道で楽しそうに話している時くらい行きたくありません。」
「なるほど・・・なるほど?」
微妙に分かり難いけど、なんか凄い実感こもってるなぁ・・・
あんまり鬼人の里に馴染めてなかったのかもしれない。というより、立場的にあまり仲良くできなかったのか。
まあ、あまりいい思い出ではないみたいだから聞くのはやめておこう。
「それにしても、ヒルダですらそうってことはミレイユは・・・って、あれ、なんともなさそう?」
「え・・・?なにか、ある、の?」
少し心配になってミレイユに視線を向けたけど、彼女はキョトンとした顔をしている。
「その、何か嫌な気分になってここから離れたくなったりしてない?もしくは、ちょっとした違和感を感じたりとか。」
「え、えっと、なにも感じない、けど・・・」
「ふむ・・・」
この感じだと、ほんとに効いてないみたいだ。
精霊種だからか、あるいはその卓越した魔力適性によるものか。
多分前者かな。魔力適性という点ではヒルダも凄まじいものがあるはずだから、そこが無効化する理由とは考えにくいし。それに、もともと精霊種の里を隠す為なんだから精霊種は普通に通れるようになってると考えた方が自然だ。
「まあ、問題ないに越したことはないか。・・・さて。ヒルダ、申し訳ないんだけどその呪法の出処というか、影響が最も強いところが何処かわかる?」
「・・・いえ、呪力はほぼ均一に広がっています。そこから逆算するのは少し難しいですね。」
「なるほど・・・じゃあ、普通に探そうか。」
楽はできないということみたいだ。とはいえ、範囲を闇雲に探すのはあまりに効率が悪いし、ヒルダの調子も心配だ。
ミレイユの記憶の映像からして、隠されているのはそれなりに広い範囲のはずだから、逆に言えば入り口も相応に広いだろう。
そして、最大の特徴は沈黙の平原にはない鬱蒼とした森林。
だとすれば、『音』や『匂い』は草原とは当然別物になるはずだ。
恐らく隠蔽する際にそのあたりも対策はされているだろうけど・・・
まず間違いなく、完璧ではない。
90パーセントの効果を発揮するのと100パーセントの効果を発揮するのとでは、労力が段違いだ。
そして、1パーセントでも違和感があれば。
僕は、それを察知する手段を持っている。
「よし、とりあえず・・・」
ということで、僕はバックパックからひとつの
丸薬を取り出す。
これは先日作ったナンバーズだ。
第二式簡易拡張薬 追跡鋭化。
副作用も無く嗅覚と聴覚を強化する優秀な薬だ。
と、その時ふと思いつく。
「・・・あ、そうだ。ヒルダ、試しにこれ使ってみる?一応それなりに量はあるし。」
僕が使うのはもちろんだけど、せっかくだしヒルダにも効果を試してみて欲しい。
いきなり戦闘強化薬だと感覚が狂うだろうけど、拡張薬なら平気なはずだ。
僕の提案に、ヒルダは目を瞬かせる。
「え、良いのですか?その、実は少し興味は有ったのですが・・・」
「あはは、光栄だね。まあ追跡鋭化なら危険も無いしちょうどいいかなって。」
「そういうことなら是非。」
「じゃあはい、これ。少し苦いけど、そのまま服用できるよ。あ、噛まずにそのまま飲み込んでね。慣れないうちは水と一緒に飲んだ方が良いかも。」
ヒルダに追跡鋭化を一つ手渡す。
「す、少し緊張してきました・・・いえ、もちろん、シルヴァを信用していない訳では無いのですが・・・」
「まあ口に入れるものだしね。」
そりゃしり込みもするってもんだろう。
「とりあえず、僕が先に飲むよ。毒味ってわけじゃないけど。」
そう言って、僕は口に丸薬を放り込み嚥下する。今更水とか無くても慣れたものだ。
「うーん、やっぱり苦いなぁ。」
「で、では私も・・・」
僕に続いて、ヒルダも丸薬を口に含む。少し飲み込むのに苦労したみたいだけど、水と一緒になんとか喉を通す。
「これ、は・・・確かに苦いです、ね・・・」
「ま、要改善ってことだね。・・・さて、効果は割とすぐ出るはずだけど、どうかな?」
少しワクワクしながら問いかける。
なんだかんだ言って、薬は誰かに使ってもらってなんぼだ。特に、ナンバーズは誰が使っても効果を発揮することを目的としているし。
「・・・ごめんなさい、ちょっとまだ良くわからないです。」
「あ、そんな気にしないで。こっちこそごめん、せっかちだったね。」
いかんいかん、自重しないと。
「多分、森に近付けば何か感じると思うよ。」
「そう、ですか。ふふっ、では楽しみにしておきます。」
笑うヒルダの姿に改めて安心して、今度はミレイユに向き直る。
「ミレイユ、準備はいい?」
「・・・うん。いつでも、大丈夫、だよ?」
「よし、心強いね。じゃあ、突入するよ。」
僕の方は、追跡鋭化の効果が既に十分出ている。そして強化された聴覚はわずかな葉擦れを、嗅覚は長い期間で堆積した枯葉の匂いを捉えている。
「とりあえず大体の場所はわかったから着いてきて。・・・あ、そうだヒルダ。もし辛くなったら戦意高揚を使うから言ってね。多少は呪法の影響を削れると思う。」
「わかりました。今のところは大丈夫です。」
そういうヒルダの顔色は悪くない。この様子なら問題ないかな。
「ミレイユも、なにかあったら遠慮しないですぐ言ってね。僕とヒルダなら、大抵は何とか出来ると思うから。」
「う、うん・・・頑張る!」
気合い十分、みたいだね。
二人とも大丈夫のようなので、僕は歩き始める。特に急ぎもしない。
森の匂いも音も、大して遠くないしね。
「・・・これは、葉の音、ですか?」
「お、効果が出てきたみたいだね。どうかな、少し違和感はあるかもしれないけど・・・」
「違和感・・・そうですね、確かに不思議な感覚です。いつもは聞こえているけど意識していない音が全て頭に入ってくるというか・・・」
うんうん、ほぼ完璧に効果を発揮してるね。
「一応、慣れれば鼓動とかも聞き取れるようになるくらいには効果が高い薬だからね。だからと言って、普通の音が極端に大きくなっちゃうようなことも無いでしょ?」
「そういえば確かに・・・」
追跡鋭化は別に音を大きくする訳じゃない。仮に突然大きな音が聞こえても、通常以上に耳や脳にダメージは行かない。
ただし、高周波の音とかは過剰に拾ってしまうのでその辺は注意が必要だけど。
「そこまで効果が出てくればもう気づいてるかもしれないけど・・・そろそろ、入るよ。」
「ええ、そのようですね。ミレイユ、私から離れないでくださいね。」
ヒルダの言葉にミレイユは頷き、彼女の手を握る。
その様子を少し確認し、ボクはまた一歩足を踏み出した。
瞬間。
周囲の光景、香り、感触。その全てが一変した。
広い平原は、陽の光さえ通さない深い森林に。
積みあがり、少し腐ったような枯葉の匂いが鼻を突く。
足元には太い木々の根が走り、慣れていないと歩くのにも苦労しそうだ。
試しに後ろを振り返ってみると、そこには見慣れた沈黙の平原が有った。視界が変化した地点が森の入り口か。
まあ歩いた感触からそれは分かってたけど。
「何か、膜みたいなものに光景が投影されていたのかな。僕はなにも感じなかったけど、ヒルダとミレイユは何か感じた?」
「魔力の層はありましたね。触れなければ気付かないほど薄く、淡いものでしたが・・・」
「わ、わたしは良く分からなかったけど・・・ここに居ると、なにか調子が良い気がする、かも?」
ほほう?
「予想でしかないけど、それはここが精霊種の住む森だからかもしれないね。」
「言われてみれば、ここは随分魔力が濃いですね。例の、危険地帯程ではありませんが。」
なるほど。確かに周りを見れば、上位元素の影響を強く受けたような植物もいくつか見受けられる。
流石に希少素材は無いけど。生えてないって言うんじゃなくて、恐らく根こそぎ採取され尽くしている。
「流石は精霊種、ってところかな。・・・さて、ここで立ってても仕方ないし。進もうか。里の場所は知らないけど、まあ多少は形跡とかあるし見つけられるでしょ。」
「探知魔法を使いましょうか?」
「うーん、逆にその魔力を探知されたりすると無駄な刺激を与えることになるかもしれないし今はいいかな。もちろん、いよいよとなったらお願いするかもしれないけど。」
里ってことはそれなりの数の精霊種がいるだろうし、規模も小さくは無いだろう。それに隠蔽の労力を考えると、この森がそこまで広いとも思えない。
つまり、この森の中で精霊種の里はある程度の割合を占めているはず。
聴覚に意識を集中し、視覚で痕跡を探しながら探せばすぐ見つかると思う。
「じゃ、二人ともついてきてね。もし何か気になることがあったら何でも言ってくれていいからさ。」
「はい。」
「う、うん!」
迷いなく頷く二人を確認し、僕は先頭に立って歩く。
目指すは精霊種、その里。ここまで来たら新たに出来ることはない。
僕達は三人揃って森の奥へと歩みを進めていった。
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カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
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