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01 一度目の死と状況把握
しおりを挟む少年は眠っていた。年は十五、六といった所で、どこかの学校の制服に身を包んでいる。顔は精悍と言っていいがどこか幼さが残っており、見るものに何となく生意気そうな印象を抱かせた。
しばらくして、少年は目を覚ます。ゆっくりと目を開いた彼の視界に映るのは、とても不思議な部屋。家具と呼べるものは中央にある荘厳な装飾を施された大きな椅子だけなのにあまり寂しさは感じない。閑散としたこの形こそ正しい姿であるように感じるのだ。
少年は立ち上がり周囲を見渡す。そして、その部屋には窓も扉もないことに気付いた。つまり、自分が閉じ込められているということだが、なぜか少年の中に焦りは生まれない。それよりも電灯も見当たらないこの部屋が何故こんなに明るいのか、ということのほうが気になるくらいだった。
「気が付いたか。気分はどうだ?」
突然、少年の背後から声が聞こえ、彼は弾かれたように振り向く。その視線の先では、先ほどまで誰もいなかったはずの椅子に一人の男が腰掛けていた。皺ひとつないその顔は若く見えるが、感情を読み取らせないその表情は気難しい老人のような威厳を感じさせた。
「あ、あんたは・・・?一体いつからそこにいたんだ?」
「いつからいたのか、という質問に対しての答えは今来たばかり、だ。私が誰か、という質問に対する答えは正確に答えることはできない、だ。」
少年は混乱した様子でさらに問いを重ねる。
「ここはどこなんだ?俺はどうしてこんなところに・・・。いや、そもそも・・・俺は誰なんだ?思いだせない・・・」
そういって少年は頭を抱える。そんな少年を無表情に見つめながら男は口を開く。
「一つ目の問いに対する答えは、『死後の世界』だ。」
男の口から事も無げに出た言葉に少年は耳を疑う。
「は・・・?死後の、世界・・・?」
「そうだ。二つ目の問いに対する答えは汝が死んだから、だ。」
その言葉を聞いた直後、凄まじい頭痛が少年を襲う。
「ぐぅ!?」
少年はたまらずその場にうずくまる。
「がぁっ・・・なんだよ、これっ!?」
「三つ目の問いに関する答えは、その痛みの後に分かる、だ。」
表情も変えず男は言う。少年はその言葉に答える余裕もなく、ただひたすら終りの見えない苦痛に耐える。部屋の中に、少年のうめき声だけが響く。
少年にとっては永遠にも思えるような時間が続く。
そしてその苦痛は前触れもなく突如終わりを告げた。
「っはあ、はあ・・・」
「終わったか。どうだ、汝の疑問は解決したか?」
汗をぬぐいながら少年は立ち上がる。
「まあ、ある程度はな・・・とりあえず俺自身のことは思い出したよ。」
「ふむ、そうか。ならば今一度問おう。気分はどうだ?」
その男の問いに、少年は苦い顔で答える。
「最悪に決まってんだろ・・・こちとら死んだんだぞ。しかも死んだ瞬間の記憶までバッチリ。しばらくハンバーグは食いたくねえな。・・・ああ、もう死んでるから食えねえか。」
「ほう、汝は随分と状況の呑み込みが早いのだな。特に抵抗もなく自らの死を認めているようだが。」
感心したような男の言葉に少年は嘆息する。
「そりゃ自分の死ぬシーンを見せられりゃな・・・。しかもご丁寧に第三者視点の映像まで見せてもらったら信じずにはいられないっての。」
「ふむ・・・私なりに気を使ったつもりなのだが・・・気に入らなかったか?」
「考えられる限り最悪の気遣いだな。」
嫌がらせの間違いだろ、と舌打ち交じりに少年は呟く。
「しかし・・・死んじまったんだな、俺・・・」
「やはり未練があるか?」
「あるにきまってんだろ。俺まだガキだったんだぞ。これから高校生活が始まって人生で一番楽しい時間を過ごすはずだったのによ・・・」
「言葉の割にはそこまで嘆いてはおらんみたいだが?」
その言葉に、少年は今度は苦笑で答える。
「あ、いや・・・まあ将来的にやりたかったことはあるけど、過去になんかあるわけじゃないしな。彼女がいたわけでもないし、これといった親友もいなかったし。両親も、だいぶ昔に俺を捨てていったらしいしな。」
「ふむ、枯れた青春を過ごしていたのだな。」
男は相変わらずの無表情で言う。
「うるせえよ。つーか嫌味なら少しは心を込める努力をしろよ。」
「私は感情の表現が不得手だ。その必要が無かったのでな。気分を害したのであれば謝ろう。」
その言葉通り、男の表情は微塵も動かない。
「いや、別に謝る必要はねえけどよ。それより、いくつか質問いいか?さっきまでは記憶がなくて漠然としたことしか聞けなかったからな。」
少年の言葉に男は頷く。
「私に答えられることならば答えよう」
「そんじゃ手始めに・・・あんたは誰だ、から聞こうか。正確に答えられないってのはどういう意味だ?」
男は特に考えるそぶりもなく答える。
「汝の世界の言葉に私を表現できるものがないから、だ。」
「改めて聞いてもよくわかんねえ・・・」
少年は首を傾げながら問いを重ねる。
「死後の世界、っていうから勝手に神様みたいなものだと思ってたんだが違うのか?」
「私は汝らの世界で崇められている神とは全くの別物だ。そもそも神というものは人間が勝手に創り出した概念上の存在にすぎない。この死後の世界に限らず汝らの言う神はいない」
淀みのないその答えに少年は苦笑する。
「なんつーか、世界中の宗教家が絶望しそうな事実だな。」
「汝らの言う神に近い存在はいる。そういった存在は時々現世の存在に干渉することもある。故に宗教や信仰は無駄ではない。その手の存在は熱心な神の信徒などを優先的に救うことが多いからだ。」
「え、なんで?だって神じゃないってことは別に自分自身が信仰されているわけじゃないんだろ?」
「信仰心が深いものはこの世界に『近く』なるのだ。よってこちらから見つけやすくなり干渉の対象になりやすくなるのだ。」
少年は感心したように頷いた。
「へえ・・・よくわかんねえけどすごいんだな、その神に近い存在ってのは。・・・って話が逸れまくってんな。そうじゃなくて結局あんたは何者なんだよ?そうだな・・・俺たちの言葉で表せる一番近いものはなんだ?」
その問いに、男は初めて考えるようなそぶりを見せる。
「ふむ・・・汝らの言葉で近いもの、か。」
数秒の沈黙の後、男は口を開く。
「管理者、だな。私はこの部屋のような場所の管理をしているようなものだからな。私としてはあまりしっくり来ないが、汝の理解としては十分だろう。」
「しっくりこない、って・・・」
思いのほか人間的な男の発言に妙な親近感を覚え、少年は少し笑みを零す。
「ま、多分それ以上細かく聞いてもわかんねえだろうしそれでいいか。じゃあ次の質問だ。ここは死後の世界なんだよな?でもここには俺しかいない。考えられる可能性としては、死者一人一人に対してこの部屋のような場所が割り当てられているか、もしくは俺が意図的にここに連れてこられた、てなところだろう。で、実際のところどうなんだ?」
男は今度は淀みなく答える。
「後者だ。死後の世界に来るのは何も人間だけではない。それらの命すべてにじっくりと長時間かけて対応することは残念ながら不可能だ。本来なら死者の魂は一つの大きな空間に送られて、汝らの言う天国か地獄かの裁定を受けるのだ。」
その答えに少年は驚いた顔をする。
「天国と地獄ってマジであるのか。」
「汝らの世界で伝えられているものとは多少の違いはあるがな。」
「へえ・・・。」
少年は感心したように頷く。
「・・・って感心してる場合じゃねえ。なんで俺だけこんなところにつれてこられたんだよ?まさか気まぐれってわけでもねえだろ?」
男は頷く。
「汝を他の者とは別にここに連れてきたのは、汝に頼みたいことがあるからだ。」
「俺に頼みたいこと?」
「そうだ。汝は『異世界』というものを知っているか?」
唐突な男の言葉に、少年は少し戸惑いながら首を縦に振る。
「知っている、ってのがどのレベルの話かわかんねえけど・・・よくフィクションの題材として取り上げられるよな。魔法の国だったり、いわゆる中世っぽい世界だったり。」
「ある種正しい理解だ。汝の生きていた世界のように、それぞれが1つの時空として成立している世界は無数に存在する。例えるならば大樹についた葉の如く、あるいは海岸の砂粒の如く。」
男の言葉に少年はうんざりした顔をする。
「あーそんな想像もつかない次元の話はもういい。どうせ聞いてもわかんねえし。・・・んで?結局俺に頼みたいことってのはなんだ?」
「結論から言ってしまえば、汝にある世界に転生してもらい、そこで五人の人間を倒して貰いたい。」
「・・・は?え、どういうことだ?」
男の言葉を、少年は間抜けな顔で聞き返す。
「答えを急いておいて悪いが、意味がわかんねえ。異世界に転生しろだと?」
「そうだ。安心しろ、そこまで常識外れな世界ではない。汝の世界はいわゆる魔法が存在しないが故に科学が発達した世界。汝に行ってもらいたいのは魔法が存在し、人間以外の知的生命体が数多く存在する。それだけの世界だ。」
「十分過ぎるほど常識外れなんだが!?それに、なんでその五人の人間を倒さなきゃなんねぇんだよ?」
「簡単に言えば、世界のバランスを保つ為だ。その五人の人間は、汝と同じ地球の日本人だが、『転生』である汝と違い『召喚』であるためそれぞれが非常に強力な異能を与えられているのだ。平和な生活を失う代償ということになっている。」
男の説明に、少年は頭痛を堪えるように頭に手を当てながら質問を重ねる。
「簡単に言い過ぎだ。なんで強い力を持ってるからって倒さなきゃならねえんだ?」
「強力な召喚者は人間達に味方しており、戦力が偏りすぎた為にそれ以外の存在が虐げられているからだ。」
男の言葉に、少年は微妙な顔をする。
「・・・強い方が弱い方を支配するなんて、歴史上よくある生存競走の範疇だろ?」
「それが、純粋にその世界の生命だけで行われているのであればな。先程も言った通り、召喚者には強力な異能が与えられる。そしてその異能とは、我々管理者が持つ『権能』の劣化模倣・・・つまり、生者達の世界には本来存在しない物なのだ。」
「いや、何言ってんのか全くわかんねえ。」
「・・・まあ、神の奇跡だとでも思えばいい。その神の奇跡を他者を虐げる事に使うのは望ましいことではない故に、転生という手段を用いてでも介入しようということだ。」
少年は大きくため息をつく。
「はぁ・・・言いたいことはわかんねえでもねえが、なんで俺なんだ?」
「この使命は途轍もなく困難な物になる。それは通常の精神力では達成できない。そこで私は強靭な精神を持つ魂を探したのだ。それが、汝だ。」
「お眼鏡にかなって光栄、とでも言えば良いのか?はっ、随分勝手な話だな。そもそも、その人間達はすげえ力を持ってるんだろ?いくら精神力が強くても単純に難しいんじゃねぇのかよ。」
「ああ、確かにかなり困難だ。故に、私の権限で汝にも異能を与える。」
「あ?でも、その異能ってのは本来あったはずの人生と引き換えに貰った物なんだろ?」
「然り。かなりの例外的措置になるが・・・やむを得ない、という判断だ。」
「お偉い管理者様は、やむを得なけりゃ強硬手段も辞さないってか?気に食わねえな。」
少年の非難にも、やはり男は表情を変えない。
「当然見返りは用意する。汝が目的を達した暁には、なんでも願いを叶えよう。」
「またありがちな・・・」
「もちろん断ってもらっても構わない。その場合、汝は輪廻の流れに還る。そのときは記憶は無くなるが。」
「・・・は?お、おいおい・・・天国とか地獄はどうしたんだよ。」
何を言う時にも無表情のままの男に、少年は気圧される。平坦な男の口調は、言葉に嘘が無いことを何よりも確かに示していた。
「汝は若くして死んだ。故に魂の記憶の蓄積度が低く、天国や地獄の『気』に耐えられないのだ。」
「だからそのまま生まれ変わらせるってわけか?」
「そうだ。脅す訳では無いが、汝が選べる道は二つしかない。記憶を失い元の世界で転生するか、記憶を保ったまま異世界で転生するか。」
男の言葉に、少年は頬を掻きながら嘆息する。
「それ実質ひとつしか選択肢無くねえか?俺が『俺』として選ぶ以上。」
「・・・ほう、では答えを聞こう。」
表情を変えないままの男に、少年は不敵でどこか獰猛な笑みを浮かべ答える。
「上等だ、行ってやろうじゃねえか、その異世界とやらに。このまま消えるってのもなんか癪だしな」
少年のその言葉に、男は初めてその顔に感情を浮かばせる。極小さく、しかし確かに口角を上げた男はどこか満足そうな声音で話す。
「ふっ・・・やはり汝を選んだ私の目に狂いは無かったようだ。よろしい、汝の魂の転生を認めよう。」
男がそう言った瞬間、少年の体は淡い光に包まれ、そして手足の先から少しづつ小さな粒子となって消えていく。
「うおっ、なんだこれ!?」
「私が汝の転生を承認したことにより、汝は死者では無くなったため。故にこの空間に居られなくなったのだ。安心しろ、すぐに転生先の世界で目を覚ます。」
「あ、ああ・・・」
男の言葉に、少年は戸惑いながらも頷く。その間にも少年の体はどんどん消えて行き、ついには上半身を残すのみとなった。その様子を無言で見ていた男は、おもむろに口を開く。
「言い忘れていたが、転生した汝が人間である保証はない。」
「・・・は!?」
「先に言った通り、知的生命体が数多くいる世界だからな。心配するな、例えどんな姿であろうと私がサポートしよう。」
「ちょ、ちょっと待て、どういうことだよ!?」
少年は焦ったように叫ぶが、その体はもはや頭しか残っていなかった。
「汝が行く世界には数多の種族がいる。汝はそのどれかになるだろう。どれになるかは私にも分からないが。」
「ふざけんなよ!?っていうか何が言い忘れていただよ、完全にタイミングを見計らってたじゃねぇか!」
「大丈夫だ。汝に与えられる異能は、例えどれだけ弱い種族になろうと戦う力を持つことができるようになるものだ。」
「聞けよ人の話!ああクソ、いいからさっさと教えろよ、俺の異能ってやつを!」
「汝に与えられるは、『簒奪』の異能【王位貶し】。触れた相手の能力を奪う異能だ。」
「強そうだけど、それ腕がない生き物とかだったらかなり厳しくねぇか!?って、もう全部なくなる・・・!」
少年は舌打ちをしながら男を睨み、そして
「毒虫とかになったら恨むからなぁぁぁぁぁ!」
恨みがましい叫びを残して完全に姿を消した。
男はしばし無言で虚空を見つめ、少年がいた場所に向かって小さく呟く。
「彼の世界の命運は汝にかかっている・・・。信じているぞ、城鉄霊時よ。」
そして男もまた、音もなく姿を消した。
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