上 下
23 / 47

19 同胞の再会と少女の憎悪

しおりを挟む
セシリア・クロスフォール。

襲撃者の女は、レイジにそう名乗った。
里に戻ったことで少し気が抜けるようになったのか、セシリアは薄着になり髪を下ろしていた。

現在地は、リリィ達の住む隠れ里、その中にあるセシリアの家だ。

隠れ里は木を利用した家が集まった、小さな集落だった。
外からは分かりにくいが、中に入るとそれなりに開けている。里の外に比べると、少しではあるが陽光も差し込んでいる。

とはいえ絶対的な数が少ないためか里は決して大きくない。
隠れ里に住む人々の中でも、セシリアはある程度立場のある存在なのか比較的大きい部屋に住んでいた。

レイジとリリィは横に並んで座り、机を挟んでセシリアと向かい合っていた。

「それで、あなたは?」
「俺はレイジ・・・アスだ。」
「レイジ・アス?変わった名前ね。」
「ああ、違う。レイジアスが名前だ。まあ、レイジと呼んでくれ。」
「ええ、わかったわ。私もセシリアでいいわよ。」
「ああ、よろしく頼む、セシリア。」

いい慣れない自分の名前に詰まるレイジ。
そんな彼を訝しむように見ながらも、セシリアはとりあえず追求しないことにした。

そしてセシリアは改めてリリィに向き直る。

「それで、リリィ。あなた、一ヶ月もどこで何をしていたの?」
「その・・・捕まってるみんなを助けようと思って。人間たちの砦に向かってたの。」
「なっ・・・!」

リリィの答えに、セシリアは絶句する。

「何考えてるのよ!たった一人で奴らの根城に行くなんて自殺行為・・・ううん、死ぬより酷いことになってたかもしれないじゃない!」
「も、もちろん正面から戦おうなんて思って無かったよ。見張りを操って、上手いこと脱出しようと・・・」
「そんなこと、いくらリリィでもできるわけないでしょ!」
「い、いや、アイツらの魔法耐性は鎧によるものだし・・・中に入り込んじゃえば、なんとでもなるんじゃないかなって・・・」

リリィの言い訳に、もはや言葉も出せないセシリア。

彼女は数回深呼吸をして、無理やり気持ちを落ち着かせる。

「ふぅ・・・まぁ、無事に戻ってきたのだから良しとしましょう。・・・それじゃあ、今度はこの男の子・・・レイジが何者なのかを教えて貰おうかしら?もっとも、男の子の姿をした化け物かもしれないけれど。」
「くくっ、その推測はいい線いってるんじゃねえか?」
「見た目は子供くらいなのに、喋ると全然可愛くないわね・・・」

微妙な表情でレイジを見るセシリア。
リリィは軽く咳払いすると、レイジを手のひらで示しながら紹介をする。

「えっと、こちらはレイジアス。ちょっと色々あって、例の廃神殿で出会ったの。」
「廃神殿って・・・私たちの村の近くにあった、あの?」
「うん、そう。あ、でも正確には廃神殿って訳じゃ無かったかな。実際に防衛機構とか生きてたし。」

あまりにもざっくりとした説明に、セシリアは頭痛を堪えるように頭に手を当てる。

「その、リリィ?出来れば、あなたの言う『色々』の部分を知りたいのだけど・・・」
「うーん・・・説明が難しいなぁ。」
「さっき、彼は弓矢が刺さっても全然死なない・・・どころか、傷もろくに負ってなかった気がするけど・・・あれはどうして?」
「あ、それはレイジが吸血鬼の始祖だからだよ。ついでに言えば、私も真祖にしてもらったから吸血鬼になったんだ。」
「・・・・・・・・・は、え?」

リリィの言葉に、開いた口が塞がらなくなるセシリア。
それに気付かず、リリィは何かを思い出したように手を叩く。

「あ、そうだ!ねえ、セシリィ。私、二頭のワイバーンを眷属にしたんだけど・・・この里の近くに連れてきてもいい?」
「ワイバーン!?ちょっ、ちょっと待ってくれるリリィ?」
「大丈夫!どっちもとってもいい子たちだから。ちょっと大きいから、木を倒しちゃうかもしれないけど・・・」

セシリアの様子にも構わず話すリリィに、流石にレイジも口を挟む。

「リリィ、少しは順序だてて説明してやれないのか?いくらなんでも相手を置いてけぼりにしすぎだ。」
「え、そうかな?でも、事実だけ話すとこういう感じにならない?」
「いや結構経緯を省いてただろ。・・・まあ、全部説明できるかって言われたら難しいのも確かだが。」

仕方なく、レイジは自分でも少し説明する。

「そうだな・・・とりあえず、今リリィが言った通り、俺は始祖・・・ってやつだ。始祖が何かは知ってるか?」
「それはもちろん、知っているけれど・・・」
「じゃあ話は早い。俺はそれだ。んで、例の神殿でリリィと出会ってな。なんやかんやあって、リリィを真祖・・・つまり俺の眷属の吸血鬼にして、今に至るって訳だ。そのなんやかんやは、いずれリリィに聞いてくれ。」
「あなたも、かなり説明が雑ね・・・」
「そうか?少なくとも、俺が矢を受けても死ななかったのは『始祖』だからで、それ以外に理由はねぇ。そして、リリィが真祖になった理由は・・・」

レイジはリリィに視線を向ける。

「俺も細かいところまでは聞いてねぇから、リリィに聞いてくれ。」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「力が欲しいってことだけは聞いたな。まぁ、それだけでもだいたい察しはつくけどな。」
「そっか。うん、良い機会だし改めて話そうか。」

リリィは居住まいを正す。

「セシリィ。私は別に、みんなを助けるのを諦めたから帰ってきた訳じゃないの。」
「え・・・そうなの?」
「うん。ただ、私が一人でやるよりもずっと可能性が高い方法が見つかったから一度戻ってきただけ。」

そう言って、リリィは手のひらを上に向ける。
そして一呼吸おいて集中すると・・・

ゴウッ!

彼女の手のひらから、龍のように蒼炎が立ち上る。
凄まじいエネルギーを内包していることが伺えるが、その炎はセシリアの部屋を一切燃やしていない。

その常軌を逸した精度と威力に、セシリアは言葉を失う。

「なっ・・・・・」
「私は、攻撃魔法が得意じゃなかったけど・・・それでも、今はこれだけの事ができる。」
「うそ・・・あのリリィが・・・火花ひとつ出せなくて泣いてたあのリリィが・・・」
「そ、そんな昔のことは思い出さなくていいから!」

顔を赤くするリリィ。そして炎を消すと、セシリアに近寄る。

「と、とにかく!この力があれば、正面からだって奴らと戦える。コソコソ逃げ回らなくても、あいつらに目にもの見せてやれるの!」

リリィの瞳に、憎悪と狂気が浮かぶ。

「後悔させてやるの・・・私たちにした仕打ちを!みんなの命と尊厳を踏みにじった事を!ボロボロになるまで痛めつけて、命乞いをさせて、最後は魔獣のエサにしてやる。」
「リリィ・・・」
「だから、レイジにお願いして真祖にしてもらった。本当のところ、彼が信用出来るかなんてわからない。けど、そんなこと重要じゃないの。」

リリィは鼻先が触れそうな程セシリアに詰め寄る。

「ねぇ、セシリィ。あなたも、吸血鬼になろう?婚約者を殺されて、お姉さんと妹をさらわれて・・・アイツらのこと許せないでしょ?」
「それはもちろん、許せないけど・・・」
「じゃあ、吸血鬼になって私と一緒に戦おうよ!大丈夫、吸血鬼になれば死なないの。アイツらの忌々しいあの剣も、痛いかもしれないけどそれだけだよ。まぁ、みんなを真祖には出来ないけど・・・そこは、私の眷属にすればいい。」

更に熱を帯びるリリィの瞳。

「伝承によれば、吸血鬼は始祖に近ければ近いほど力が強い。私の眷属になればみんなは真祖直系の吸血鬼。間違いなく今より強くなれる!」
「お、落ち着きなさい、リリィ!」
「私は落ち着いているよ。これ以上ないほど。現在の状況、為すべきこと、打てる手段。全てを冷静に見た時、これが一番可能性が高い。ううん、実際これ以外の手段なんて私たちには無いでしょう?」

そしてリリィは振り返り、レイジに問いかける。

「ねえ、レイジ。ここに来る直前、みんなを試験したって言ってたよね。結果はどうなの?」
「攻撃までの判断は悪くないな。弓の腕に関しては俺の知識がねぇからなんとも言えないが・・・まあ、森の中で火とかを使うようなアホじゃないのはわかった。生木は燃えにくいっても限度があるしな。」

だが、とレイジはセシリアに挑戦的な笑みを見せる。

「結局重要なのは意志だ。死なねぇ体を最大限に活かすには、痛みを、恐怖を踏み越えて全てを賭す覚悟がなきゃならねぇ。」
「全てを賭す、覚悟・・・」
「リリィにはそれがあった。だから俺も右腕を分け与えて真祖にした。お前は、いやお前たちはどうだ?・・・ああ、当然、無理強いはしねぇ。吸血鬼になるってことは、俺の言葉に逆らえなくなるってことでもある。それに、死なねぇことも必ずしもメリットじゃねえしな。」
「そ、それは・・・」

レイジの問いに口ごもるセシリア。
明らかに困惑しているその様子に、レイジは小さく笑う。

「くくっ、まあ正直なところ。お前らが吸血鬼になるかどうかはリリィと話し合うなりして勝手に決めれば良いがな。真祖と違って、俺が何かリスクを負うわけでもねぇ。」
「え、良いの、レイジ?私を真祖にしてもらう時に、戦力の提供をメリットで提示したのに・・・」
「はっ、言っただろ。メリットの内容云々より、お前の迷いの無い姿勢が好ましかっただけだってな。」

そして、レイジは立ち上がる。

「さて・・・まあ、説得するにしろしないにしろ、そこまで急ぐ必要はねえだろ。とりあえず地図とかねぇか?こっちに来てからやっと落ち着けたんだ、情報を整理したい。」
「あ、そうだね。じゃあ私の家に行こうか。あと、ババ様にも挨拶に行かないと。じゃあ、また後でね、セシリィ!今の話考えておいてね!ほら、着いてきて、レイジ」

リリィも立ち上がり、レイジを先導する。

立ち去る二人の後ろ姿を、セシリアは呆然と見送る。

そして、ポツリと呟く。

「いきなりそんなこと言われても・・・私には、わからないわよ・・・」

一月振りに再会した、妹のように可愛がっていた少女の変わりように、セシリアはどうしていいかわからなかった。
しおりを挟む

処理中です...