村人Aさんの冒険譚

西光

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第弐話 「ここは○○の村だよ」なんて言ってくれません

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 この日、エイの朝はいつもより早かった。
 鍛冶屋の断末魔で目を覚ましたものの、一足遅かった為に彼の最期を看取るしか出来なかったのだ。力無く身体を横たえ、苦痛に表情を歪めながら彼は遺言を呟く。


『……だから、一緒に……帰りた、かっ……た……助け、て……欲、しかった……俺オ゛グハァ!?』


 もう少し続きそうな遺言も、妻の無慈悲なストンピングが脇腹を貫いたことで完全沈黙。当然のことながらちゃんと息のある鍛冶屋に治療用のポーションを流し込んで怪我と二日酔いの回復を済ませ、むせる鍛冶屋を放り捨てて教会に戻るものの、寝直すには目が冴えてしまっているので無理。とはいえ日が昇るにはたっぷり三時間はあろう。リリを起こすのも忍びない。
 悩んだ末に、有り余る食材で作り置きの利く即席のシチューを拵えたものの時間は早い。この村の始業時間は結構遅いものがある。のんびりとした空気はとても好みだが、こうした暇な時間がエイにとっては苦痛だった。とはいえ、今回の一件は完全に予測不能のとばっちりなのだが。
 やむなくエイは身支度を整え、朝食の用意を伝える書き置きを残して仕事場である村の門へと足を運んだ。季節も夏だったからこその決断であったが、この時間に活動するなど滅多にない事だ。ある意味で新鮮ではあるが、決して喜ばしい経験ではないだろう。いつものように門に背を預けて腰を下ろし、生温い風が通り過ぎるのを感じていると、風が普段は聞き慣れない音を運んできたことをエイは逃さなかった。
 それは、数人が山道を踏み締める音、剣や鎧の動く音、この村に何者かが接近する気配であった。山岳地帯や森林を抜けるならば多少の武装は魔物からの自衛という意味合いで必要不可欠なものとなろうが、同時にそれは人間を害することも可能な力を持つことを意味する。ましてや日の出さえ迎えていない時間に現れるなど、おおよそ簡単な事情で此処を訪れるのではあるまい。何にせよ、警戒しておくに越したことはない。念のために門を鎖し、来客を待ち構える。

三十、二十五、二十………

 迫る足音で人数が判然とする頃、エイは暗闇に紛れた客の姿を目視した。
 同時、一気に駆け出して距離を詰める。そうしなければならない理由が、門番として看過できない存在が、村に迫っていたのだから。


「おい」


 立ち止まり、一団と接触したエイは彼等を呼び止める。
 未だ暗い中で突如として現れたエイに対して、当然のことながら村を目指していた者達も警戒の色を強めて睨むのだが、視線など気にも留めずに懐から数本の瓶を取り出して突き出す。


「アンタたち、何やってたのか知んねえけどさ、その怪我は痛ェんじゃねぇのか?」


 使えよ。と、手渡したのは鍛冶屋を癒したポーションだった。
 雲が晴れ、月明かりがようやく差し込んだ時に姿を現した一団は、剣士や魔法使いで構成されている。装備が上等な逸品揃いであるところを見ると、寒村を襲う物好きな盗賊ではなさそうだが、全員が大なり小なり負傷を抱えている。この状態で山道を登って来たとあれば関心してしまいそうになるが、それでも武力を保有しているのならば警戒は解除できない。魔法使いの少女がポーションを受け取るその瞬間さえ、詠唱や抜刀に警戒を払って視線を外さないように気を払っていると、やや間を置いて真っ先にポーションを呷った青年が口を開いた。


「……毒…では、ないのか。では、君は賊ではないのだね」


 まさかこちらが疑われていたとは。
 軽く頭を抱えるものの、相手に疑念を掛けていたのはエイとて同じであるから反論は控えることとして、よく見ればこの一団は奇妙なほどに年齢層が低いようにも思えた。更に付け加えると、剣士らしい青年を除けば、魔法使いから武闘家から槍兵に至るまで見事に少女で統一されている。こんな顔触れで山を越えるという彼等の神経を疑いかけたが、喉元でなんとか押し殺して留める。


「君はこの先から来たみたいだけど、誰か住んでいるのかい?」
「……どうだかな。外の人間が見てどう判断すんのか見当も付かねぇや」
「では、誰かいるんだね?」
「俺としちゃあ、麓の街のがオススメだけどな」


 青年とエイとの押し問答に業を煮やしてか、武闘家の少女が立ち上がったかと思いきや荒々しい足取りでエイの前に立ち、胸倉を掴んでかかる。気付けば、青年以外からは刺々しい空気が立ち込めていた。


「おいおい、服が伸びんじゃねえか」
「勇者様が質問してるのに、その態度は何なのサ!?」
「……勇者」


 勇者。女神から神託を受け、各国の王から世界の命運を託された救世主。
 エイからすれば《魔王退治請負人》としか認識はしていないのだが、それでも彼に与えられた権限の強大さ。むしろ、その権力の皺寄せが齎す恐ろしさについて理解している。彼とは別の勇者を、エイは別の場所で目の当たりにしているのだから。


「申し遅れたね。僕は《セリム》っていうんだ。少しの間だけ、君達の住む場所に失礼させてもらいたい」


 行儀良く、首から提げた王国の徽章を見せてくる。国公認の勇者こそ、エイの恐れた存在だった。


「……勝手にしやがれ」


 やっぱりこうなったか。
 己が運の悪さなど、嘆けばキリがない。しかしそれでも悔やみ切れない感情が押し寄せるのに耐え兼ね、盛大な溜め息が漏れ出たのだった。
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