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1.笑顔 【挿絵あり】
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僕はベリト。LR×Dの幹部で、Bael's Gadgetsの一人だったんだけど、先日その代表が自殺した。至上の処刑人・凌遅の策略に嵌まり消耗したところを、実の娘であるバーデン・バーデンの処女から残酷な言葉を掛けられ絶望したんだろうね。
彼は最期、娘への置き土産のつもりか、見せつけるような格好で展望台から飛び降りたが、当の娘はとっくの昔に気持ちを切り替えていて大したダメージは受けていない様子だった。でも、モニター越しにそれを見ていた副代表がショックのあまり乱心し、まともなコミュニケーションが取れなくなってしまった。おかげで本部は混乱を極め、実質的に崩壊したってわけ。皮肉な話だよ、まったく。
苦慮した僕らは、ひとまずNo.3のベリアルを代表代行に据えてベルフェゴールの回復を待つことにした。だけど、彼の壊れ方は予想以上に深刻だった。何しろ、精神年齢が5歳くらいになっちゃったんだから。
それに加えて、額を何度も硬い床に叩きつけたことで急性硬膜下血腫が生じ、高次脳機能障害を負った。新しいことが覚えられず、病気や事故に遭う以前に遡って記憶がなくなることもあるんだそうな。
いつも咥えタバコの仏頂面で、極めて高度な作業をいくつも並行処理してた人が、今はパンダのぬいぐるみを抱えて、日がな一日ぼーっと虚空を眺めてる。放っておくと、ずっとこんな感じらしい。複雑なことが理解できなくなり、計算はおろか、字もほとんど書けなくなった。また、手に力が入りにくくなっているのか、スプーンやクレヨンをしょっちゅう床に落としている。
あの、獣みたいに鋭い視線や痺れるほどの威圧感、匂い立つような大人の色気が見る影もない。かつての彼を知っているからこそ、痛々しくて直視するのがキツくなる……。
でも、良いこともあった。彼が素直に感情を表出できるようになったことだ。
某日、僕が病室を訪ねたら、ベルフェゴールは絵を描いていた。リハビリの一環だとかでクレヨンを握るようにして持ち、画用紙の上に自由に線を引いていく。彼は元から“ものを書く”のが得意ではないらしく、「ボク、えぇにがて……じぃもうまくかかれへんから、しんどいんやけど……せんせがリハビリやゆーてたから、がんばる……」と言っていた。
不意に「おにいちゃん、なんかかいてくれへん?」と振られたので、彼の好きなパンダを描いてやった。僕も大して絵心はないんだけど、ベルフェゴールは「わー、じょーずやなぁ! かべにはろ」と目をキラキラさせて喜んでいて、ちょっと嬉しかった。
それから「かいてほしいもんあったらゆーて?」と続いたため、これまた彼が好きだという猫をリクエストした。彼は「わかった。ほな、オッタのえ、かこ」と言って、黒いクレヨンを取った。
「オッタって?」
聞けば、彼の愛猫だそうだ。
「こないだひろったんやけどな……むっちゃええこで、かわいぃんやで。しろくろでな、おとなしぃねん……」
「へえ、そうなんですか」
こないだ、か。きっと子供の頃の記憶が蘇っているんだろうな。
ベルフェゴールがたどたどしい手付きで線を引くのをしばらく見守っていると、彼の手が震え、クレヨンがテーブルに落ちた。一度や二度ではなく、何度も。彼はその度にゆっくりとした動作でクレヨンを掴み、持ち直す。
ところが何度目かでクレヨンが転がり、床に落下した。
「……ああ、またおとしてもうた……」
それを見て、ベルフェゴールは眉尻を下げる。
「……なんでやろ……ちゃんと、もたれへん……かなしぃなぁ……」
幼い子供みたいにめちゃくちゃわかりやすくがっかりするんで、僕は思わずフォローした。
「大丈夫。また拾って持てばいいだけの話ですよ。届かない時は、僕や他の人が拾ってあげますから、楽しく描いたらいいんです」
そう言いつつクレヨンを渡すと、彼の表情がぱあっと明るくなる。
「そか……せやんな? ありがとぉ!」
「いえいえ、どういたしまして」
なにこれ……可愛いんですけどw
実を言うと、この時の感動が忘れられない。ベルフェゴールは元々、神がかり的な美貌の持ち主なんだけど、光り輝く笑顔と「ありがとぉ!」を覚えたもんだから、周りの人間達は皆、骨抜きにされてしまった。
たまに、スタッフステーションにいる看護師が「今日、榎園さん(ベルフェゴールの本名)担当だから、テンション上がるー」などとはしゃいでいるのが耳に入ることもあったりして、アイドルも斯くやだ。知らないうちにファンが増えてるっぽい。
ピカナも毎日のように訪室し、自己紹介と絵本の読み聞かせを繰り返している。徒労感はないのか訊いてみたら、「ベルフェゴールさんに顔と名前覚えてもらえないと嫌ですし、あの“エロカッコカワイイお姿”を患者とスタッフに独占されるの癪なんで、意地でも通います!」と言い切った。それがモチベになっているなら構わないけど、彼女はもう少し恥じらいを覚えるべきだと思う。
僕も彼に忘れられるのは癪だったので、時間を見つけて通うようにしている。せっかく築き上げた特別な関係性が無になるなんて、ちょっと我慢できないからね。
彼は最期、娘への置き土産のつもりか、見せつけるような格好で展望台から飛び降りたが、当の娘はとっくの昔に気持ちを切り替えていて大したダメージは受けていない様子だった。でも、モニター越しにそれを見ていた副代表がショックのあまり乱心し、まともなコミュニケーションが取れなくなってしまった。おかげで本部は混乱を極め、実質的に崩壊したってわけ。皮肉な話だよ、まったく。
苦慮した僕らは、ひとまずNo.3のベリアルを代表代行に据えてベルフェゴールの回復を待つことにした。だけど、彼の壊れ方は予想以上に深刻だった。何しろ、精神年齢が5歳くらいになっちゃったんだから。
それに加えて、額を何度も硬い床に叩きつけたことで急性硬膜下血腫が生じ、高次脳機能障害を負った。新しいことが覚えられず、病気や事故に遭う以前に遡って記憶がなくなることもあるんだそうな。
いつも咥えタバコの仏頂面で、極めて高度な作業をいくつも並行処理してた人が、今はパンダのぬいぐるみを抱えて、日がな一日ぼーっと虚空を眺めてる。放っておくと、ずっとこんな感じらしい。複雑なことが理解できなくなり、計算はおろか、字もほとんど書けなくなった。また、手に力が入りにくくなっているのか、スプーンやクレヨンをしょっちゅう床に落としている。
あの、獣みたいに鋭い視線や痺れるほどの威圧感、匂い立つような大人の色気が見る影もない。かつての彼を知っているからこそ、痛々しくて直視するのがキツくなる……。
でも、良いこともあった。彼が素直に感情を表出できるようになったことだ。
某日、僕が病室を訪ねたら、ベルフェゴールは絵を描いていた。リハビリの一環だとかでクレヨンを握るようにして持ち、画用紙の上に自由に線を引いていく。彼は元から“ものを書く”のが得意ではないらしく、「ボク、えぇにがて……じぃもうまくかかれへんから、しんどいんやけど……せんせがリハビリやゆーてたから、がんばる……」と言っていた。
不意に「おにいちゃん、なんかかいてくれへん?」と振られたので、彼の好きなパンダを描いてやった。僕も大して絵心はないんだけど、ベルフェゴールは「わー、じょーずやなぁ! かべにはろ」と目をキラキラさせて喜んでいて、ちょっと嬉しかった。
それから「かいてほしいもんあったらゆーて?」と続いたため、これまた彼が好きだという猫をリクエストした。彼は「わかった。ほな、オッタのえ、かこ」と言って、黒いクレヨンを取った。
「オッタって?」
聞けば、彼の愛猫だそうだ。
「こないだひろったんやけどな……むっちゃええこで、かわいぃんやで。しろくろでな、おとなしぃねん……」
「へえ、そうなんですか」
こないだ、か。きっと子供の頃の記憶が蘇っているんだろうな。
ベルフェゴールがたどたどしい手付きで線を引くのをしばらく見守っていると、彼の手が震え、クレヨンがテーブルに落ちた。一度や二度ではなく、何度も。彼はその度にゆっくりとした動作でクレヨンを掴み、持ち直す。
ところが何度目かでクレヨンが転がり、床に落下した。
「……ああ、またおとしてもうた……」
それを見て、ベルフェゴールは眉尻を下げる。
「……なんでやろ……ちゃんと、もたれへん……かなしぃなぁ……」
幼い子供みたいにめちゃくちゃわかりやすくがっかりするんで、僕は思わずフォローした。
「大丈夫。また拾って持てばいいだけの話ですよ。届かない時は、僕や他の人が拾ってあげますから、楽しく描いたらいいんです」
そう言いつつクレヨンを渡すと、彼の表情がぱあっと明るくなる。
「そか……せやんな? ありがとぉ!」
「いえいえ、どういたしまして」
なにこれ……可愛いんですけどw
実を言うと、この時の感動が忘れられない。ベルフェゴールは元々、神がかり的な美貌の持ち主なんだけど、光り輝く笑顔と「ありがとぉ!」を覚えたもんだから、周りの人間達は皆、骨抜きにされてしまった。
たまに、スタッフステーションにいる看護師が「今日、榎園さん(ベルフェゴールの本名)担当だから、テンション上がるー」などとはしゃいでいるのが耳に入ることもあったりして、アイドルも斯くやだ。知らないうちにファンが増えてるっぽい。
ピカナも毎日のように訪室し、自己紹介と絵本の読み聞かせを繰り返している。徒労感はないのか訊いてみたら、「ベルフェゴールさんに顔と名前覚えてもらえないと嫌ですし、あの“エロカッコカワイイお姿”を患者とスタッフに独占されるの癪なんで、意地でも通います!」と言い切った。それがモチベになっているなら構わないけど、彼女はもう少し恥じらいを覚えるべきだと思う。
僕も彼に忘れられるのは癪だったので、時間を見つけて通うようにしている。せっかく築き上げた特別な関係性が無になるなんて、ちょっと我慢できないからね。
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