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第1章
4 LR×D(リンガリングデス) ②
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「君が寝ている間に、必要な手続きはすべて済ませておいた」
レクチャーが一段落した頃、不意に男が言った。何のことかと思っていると、彼はサイト下部にある“ログイン”枠に文字を打ち込む。画面が変わり、これまでとは違った白紙のページと見知らぬ単語が浮かび上がった。
“バーデン・バーデンの処女”──。
「これが君のチャンネルとHN。活動の成果をアップするのに必要だ。で、その書き込みと閲覧に使うのはログインIDにパスワード。そしてこれ」
言いながら、彼がどこかから取り出して寄越した電子機器は、当然私の持ちものではなかった。咄嗟にポケットを探ったが、私物が入っていようはずもない。
「ちなみに、その指輪は本部が支給したスマートリングだ。君の健康状態や位置情報を管理するのに必要らしい」
男は悪びれもせずに告げる。更に「完全防水だから基本的に着けっぱなしでいい。好きな指に替えても構わないが、事前に必ず声をかけてくれ。勝手に外したら利き手の親指を切り落とすからな」と続いたので、なるべく触らないことにした。
「携帯端末のロックは、スマートリングと君の顔、虹彩、手の平の静脈で解除される。画面を覗きながら、背面のカメラで片手を映せばいい。とりあえず、本部から割り当てられたIDとパスワードでログイン状態を保持してあるから、気に食わなければ自分で変更しな」
促され、宛がわれた情報端末を触ってみる。マルチ生体認証が取り入れられている点からして、独自色が強いもののようだ。どうやら様々な制限が加えられているらしく、ブラウザアプリをタップするとLR×Dのウェブサイトにはアクセスできるがそれ以外には一切飛べず、ポータルサイトにすら繋がらない。
プリインストールされているのも、某有名コード決済アプリ以外はどれ一つとして見覚えがない。通話機能も効かず、助けを呼べる見込みはなかった。もしかしたら逃げ道が見つかるかもと淡い期待を抱いたのも束の間、当ては見事に外れた。
まあ、当然だろう。そうでなければ、捕虜にこんなものを預けるはずがない。
軽く消沈し、ふとあることに気付いた私は戦慄する。
「これ、処刑人……」
焦ってパソコンの方へ視線を投げると、彼は当然とばかりにうなずいた。
「そうだよ。バーデン・バーデンの処女。君にぴったりのポジションだ」
正直、青ざめた。“体験”が殺人行為のことだとは何となく想像がついていた。命が懸かっていたから受け入れた。しかし改めて任されるとなると話は別だ。第一、そのくどい名前の器具のことを私は何一つ知らない。特徴を活かした殺人など想像もつかないし、考えるのもおぞましい。
「でも、こんなの……」
うろたえる私に対し、彼は平然と言った。
「心配しなくていい。きちんと誘導する。手続きの時、本部からの指示で、君の教育係兼相棒を拝命したんでね」
「え……」
「君と俺のポジションは相性がいいんだと。“体験”には丁度よかったかもな」
身体が震えた。父をバラバラにした男に付いて、見知らぬ人を殺して回れと言うのか。
「君の心情もわからなくはない。だが、君ならすぐに慣れると思うよ」
彼は音もなくこちら側に向き直った。
「自己紹介に移ろうか」
HN──凌遅。
そう彼は名乗った。中国史上、最も見るに堪えないと言われている酷刑だそうだ。
「どういうものかは大体わかっていると思うけど」
「“薄作り”職人……」
頭を掠めそうになる惨たらしい記憶を振り払うために、私は軽いブラック・ユーモアで返す。彼──凌遅は、「君、けっこう図太いよな」と口元だけで笑った。微動だにしない目はやはり薄気味悪かったが、あまり怖くは感じなかった。
「しばらく一緒に動くことになる。よろしくな」
凌遅が右手を差し出してきたが、私は応じなかった。良好な関係を求める挨拶など意味がない。そんなもの、我々の間には未来永劫、成立しようもないのだから。
視線を逸らし、だんまりを決め込もうとした時、不意に右手に圧がかかった。無理矢理握られ、捻り上げられた指が捩れ、私は顔を顰めた。
「よろしく、バーデン・バーデンの処女……」
掌中にした私の手をゆらゆらと揺らす男の片頬に笑みが浮かんだ。
脅迫めいた連携の契りが交わされた瞬間だった。
レクチャーが一段落した頃、不意に男が言った。何のことかと思っていると、彼はサイト下部にある“ログイン”枠に文字を打ち込む。画面が変わり、これまでとは違った白紙のページと見知らぬ単語が浮かび上がった。
“バーデン・バーデンの処女”──。
「これが君のチャンネルとHN。活動の成果をアップするのに必要だ。で、その書き込みと閲覧に使うのはログインIDにパスワード。そしてこれ」
言いながら、彼がどこかから取り出して寄越した電子機器は、当然私の持ちものではなかった。咄嗟にポケットを探ったが、私物が入っていようはずもない。
「ちなみに、その指輪は本部が支給したスマートリングだ。君の健康状態や位置情報を管理するのに必要らしい」
男は悪びれもせずに告げる。更に「完全防水だから基本的に着けっぱなしでいい。好きな指に替えても構わないが、事前に必ず声をかけてくれ。勝手に外したら利き手の親指を切り落とすからな」と続いたので、なるべく触らないことにした。
「携帯端末のロックは、スマートリングと君の顔、虹彩、手の平の静脈で解除される。画面を覗きながら、背面のカメラで片手を映せばいい。とりあえず、本部から割り当てられたIDとパスワードでログイン状態を保持してあるから、気に食わなければ自分で変更しな」
促され、宛がわれた情報端末を触ってみる。マルチ生体認証が取り入れられている点からして、独自色が強いもののようだ。どうやら様々な制限が加えられているらしく、ブラウザアプリをタップするとLR×Dのウェブサイトにはアクセスできるがそれ以外には一切飛べず、ポータルサイトにすら繋がらない。
プリインストールされているのも、某有名コード決済アプリ以外はどれ一つとして見覚えがない。通話機能も効かず、助けを呼べる見込みはなかった。もしかしたら逃げ道が見つかるかもと淡い期待を抱いたのも束の間、当ては見事に外れた。
まあ、当然だろう。そうでなければ、捕虜にこんなものを預けるはずがない。
軽く消沈し、ふとあることに気付いた私は戦慄する。
「これ、処刑人……」
焦ってパソコンの方へ視線を投げると、彼は当然とばかりにうなずいた。
「そうだよ。バーデン・バーデンの処女。君にぴったりのポジションだ」
正直、青ざめた。“体験”が殺人行為のことだとは何となく想像がついていた。命が懸かっていたから受け入れた。しかし改めて任されるとなると話は別だ。第一、そのくどい名前の器具のことを私は何一つ知らない。特徴を活かした殺人など想像もつかないし、考えるのもおぞましい。
「でも、こんなの……」
うろたえる私に対し、彼は平然と言った。
「心配しなくていい。きちんと誘導する。手続きの時、本部からの指示で、君の教育係兼相棒を拝命したんでね」
「え……」
「君と俺のポジションは相性がいいんだと。“体験”には丁度よかったかもな」
身体が震えた。父をバラバラにした男に付いて、見知らぬ人を殺して回れと言うのか。
「君の心情もわからなくはない。だが、君ならすぐに慣れると思うよ」
彼は音もなくこちら側に向き直った。
「自己紹介に移ろうか」
HN──凌遅。
そう彼は名乗った。中国史上、最も見るに堪えないと言われている酷刑だそうだ。
「どういうものかは大体わかっていると思うけど」
「“薄作り”職人……」
頭を掠めそうになる惨たらしい記憶を振り払うために、私は軽いブラック・ユーモアで返す。彼──凌遅は、「君、けっこう図太いよな」と口元だけで笑った。微動だにしない目はやはり薄気味悪かったが、あまり怖くは感じなかった。
「しばらく一緒に動くことになる。よろしくな」
凌遅が右手を差し出してきたが、私は応じなかった。良好な関係を求める挨拶など意味がない。そんなもの、我々の間には未来永劫、成立しようもないのだから。
視線を逸らし、だんまりを決め込もうとした時、不意に右手に圧がかかった。無理矢理握られ、捻り上げられた指が捩れ、私は顔を顰めた。
「よろしく、バーデン・バーデンの処女……」
掌中にした私の手をゆらゆらと揺らす男の片頬に笑みが浮かんだ。
脅迫めいた連携の契りが交わされた瞬間だった。
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