bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第3章

20 彼女が抱える闇 ① ☆

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 伊関いせき りょうが登校しなくなって数週間が経った。

 彼女とは格別親しいわけじゃない。中学からの同窓で自宅の方角が一緒という点を除けば、ただのクラスメートの一人に過ぎない。でも彼女はある意味目立つ存在だったから、さり気なく気に留めている人も多いんじゃないかと思う。

 はっとする美人でもなければ、成績上位に名を連ねる優等生でもなかったけれど、何となく雰囲気のある人で、不思議なオーラをまとっている。長い黒髪に眼鏡、色白、痩せ型という病弱そうなルックスが、謎めいた持ち味に拍車をかけていたようだ。
 表情が乏しいのに加えて口数も少なく、彼女が誰かと楽しげに会話している姿は一度も見たことがない。僕が知る限り、ずっとそうだ。

 中学一年の中途半端な時期に他県から引っ越してきた彼女が、少々微妙な立場に置かれているというような話は聞いていたものの、僕はその手の噂に関心が薄かったこともあり、肩入れも敵対も無視もしない、ほどよいポジションを維持し続けて今日に至る。

 とは言え、これまで接点はほとんどなく、初めて言葉を交わしたのは高校で同じクラスになってからだったりする。
 きっかけは確か、僕がペン回しの練習中に吹っ飛ばしたシャーペンを彼女が拾ってくれたとか、そんな他愛ないことだったと思う。
 この時点では正直まったく意識していなかった。しかし大人しそうな見た目に反し、はっきりとした言葉を返してくることを知ってから興味が湧いてしまい、それ以降、僕が一方的に話しかけるようになった。

 前の昼休み、読書中の彼女に声をかけた際、何を読んでいるのかいたら、福島ふくしま あきらの『犯罪心理学入門』だった。

「人の暗黒面に興味があるんだ」

 スマホ片手に盛り上がる女子グループのすぐ側で、彼女は淡々と言ってのけた。

 に加えて、いつも独りでそんなものばかり読んでいるのだから、当然、彼女に友達らしい友達はいなかった。聞いたところによればSNSにも登録していないようなので、彼女は自ら進んで他者と交流を持ちたがるタイプではないのだと思う。もっとも、本人がそれを苦にしている素振りは感じられなかった。

 疎まれるほどではないものの、周囲からしっかり浮いている。近寄り難いと言うより、超然としているというか何というか。

 僕自身は“空気を読んで周りに合わせる”のを是とするタイプだけれど、身内や友人の中にも彼女と似たような自由人がいるせいか、どうもこの手のキャラには親近感が湧いてしまう。

 彼女はギラギラ光って己の存在を主張するタイプではないので、来なくなってもクラスにこれといった変化は起こらなかった。
 それはまあ、やむを得ないだろう。欠席の理由だって少し早めの五月病か単なるサボりの可能性もあるし、皆わざわざ突き詰める必要もなかったのだ。

 真相を知ったのはそんな矢先のことだった。
 その日、ふと伊関 椋の机に溜まったまま放置されていたプリント類が目に付いたので、家まで届けることにした。彼女のアパートは通学路沿いで、中学の頃、何度か帰宅する姿を見かけて覚えていた。

「お前、どんだけ伊関さん好きなんだよ。もう、告ってこい」

 友人からの冷やかしは不本意だったけれど、丁度バイトの通勤コースで簡単に寄れる距離だし、元気そうなら話してみたかったというのもある。いくつかもあるし。

 何となくそわそわしながら彼女のアパート前まで来ると、玄関先に立つ中年の男の人が見えた。スーツ姿で白髪交じりの頭をした素朴な印象の人だ。帰ったばかりのようで、鞄に封筒型の書類入れを抱え、鍵を取り出そうとしている。

「こんばんは」

 気付いたら挨拶していた。男の人は驚いたようにこちらを振り返ったが、すぐに「こんばんは」と返してくれた。

「友達かな、の」

 彼女の父親らしいその人は言った。

「あ、はい。それで、プリントを届けに……」

「ああ、そう。わざわざありがとう」

 男の人は僕の差し出したプリントを受け取って、そのまま家に入ろうとする。僕は慌てて「あの」と声をかけた。

「椋さん、どうですか、体調は。ずっと休んでますけど。大丈夫ですか」

「うん……」

 彼はふっと溜息をつき、ぽつりぽつり語ってくれた。

「あのこは今、親戚の家に預けているんだ。何て言うのかな、その……心が少し疲れてしまっていてね。直によくなると思うけど、しばらく休ませようと考えています」

「そうだったんですか」

 驚いた。そんな深刻なことになっているなんて思いも寄らなかった。

「君、名前は」

 急に訊かれて二重にびっくりしたが、僕はできる限り冷静に名乗った。

「あ、稲垣です。同じクラスの」

 すると伊関 椋の父親は微かに微笑んだ。

「稲垣くん、気にかけてくれてありがとう。近いうちに先生から説明があると思うけど、クラスの皆にも心配要らないと伝えてくれるかな」

 そう言われた時、僕は空気を読んですぐに頭を下げた。

「わかりました。あの、お大事に……」

 彼は何とも言えない表情を浮かべ、暗い玄関へ入って行った。

 そう言えば、伊関 椋は片親だとどこかで耳にしたことがある。僕の親も離婚しているので、何だか他人事とは思えなかった。
 日中、鬱いだ娘を独りきりで置いておくわけにはいかないだろう。だから“親戚の家”なのか。

 現状を身内から聞かされたばかりだというのに、僕の心のもやもやは濃くなる一方だった。
 
 伊関 椋は折れない。勝手にそんなイメージを抱いていたせいかも知れない。何ものにも染まらない強い意志と個性を兼ね備えていると思っていた彼女も、人並みの女子高生だったということか。

 しばらく立ち止まって伊関 椋の家の玄関を眺めながら、僕は先週の出来事を思い出していた。


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