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第12章
100 気付いてくれて嬉しいよ ⚠
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「……あなた、本当に私のお父さん……?」
私はうつむきながら話し始める。
「……どうしても信じられない。だって、私の父は穏やかで常識的な人だった。鷹揚だけど、私が悪いことをした時にはきちんと叱ってくれる人だった。そんな人が、こんなイカれたことをするなんて考えられない──」
ちらっと様子を窺うと、彼は微笑を浮かべ頬杖を突いたまま、興味深げにこちらを見ている。異様な雰囲気に圧倒されかけるが、必死で踏み止まり言葉を紡ぐ。
「──それに父は、うちで自殺……して、私の相棒の手でバラバラにされた……私もそれを見ているし、その時の動画も残ってる。もしあなたが父だと言うなら、あの死体は誰だったの……?」
彼は何も言わず、微笑んでいる。凌遅やベルフェゴールも表情が乏しいが、この人の顔付きはひどく不自然だ。私は父がこんな顔をするところを見たことがないから、なおさら違和感が拭えない。
やはり彼は父ではない。
確信に近い感覚を得た私は、語気を強める。
「あの日、部屋中に広がった肉片と頭部をこの目で見たけど、あれは父だった。白髪交じりの髪とか皮膚の皺とか、いろんな特徴が父と一致してた。あんなに似通った特徴を持つ他人なんていな──」
その時、私の言葉が止まった。
「どうしたんだい、椋」
前方に座る男が口を開く。
「僕と似通った特徴を持つ他人に、心当たりがあるのかな……?」
彼は満面の笑みを浮かべていた。
まさか──。
ある可能性に気付き、私の心臓が凍り付く。血の気が引き、身体が急速に冷えて行くのがわかった。
「ああ、良かった……気付いてくれて嬉しいよ」
バエルは、父が私を褒める時と同じような口調で語りかけてくる。
「そうだよ、あれは一緒くんだ。彼は僕と雰囲気や背格好が似ているから、身代わりには丁度良かったんだ」
「そんな……嘘……っ」
激しく取り乱す私を余所に、バエルは説明を続ける。
「嘘じゃない。久しぶりに二人で飲もうと誘ったら、例の如くフットワーク軽く来てくれた。彼は僕に対して何の疑いも持っていなかったから、睡眠薬を飲ませるのも簡単だった。だけど、リビングで殺ると失禁された時、掃除が大変だろう? かと言って、そのまま寝かせておいたら凌遅くんが準備するのの邪魔になる。どうしたものかと考えて、風呂場まで引き摺って行って殺すことにした。ほら、どうせ血抜きなんかで使うだろうし、あそこなら汚れても水でさっと流せるからね」
「俺の行動パターンを知悉しているあなたならではの動きですね」
凌遅が相槌を打つと、バエルは我が意を得たりとばかりにうなずいた。
「さて殺るかと思った時、丁度凌遅くんが来たから、しばらく寝かせておくことにしたんだ。打ち合わせが済んだ後、改めて風呂場に行ってビニール紐で絞めたんだけど、一緒くん、ロクに意識がない状態でけっこう抵抗してきてね。いやー、大変だった……終わった時には大汗をかいていたよ。タオルハンガーに引っ掛けた後、ちょっと力が抜けてしばらく反応できなかった……ふふ、情けないね。若い頃はこんなの何でもなかったのに、僕ももういい年なんだと実感させられたなぁ」
照れ笑いを浮かべ、終始明るく語るバエルの姿は現実感がなさ過ぎて、悪い夢のようだった。
実の兄弟みたいに仲の良かった義弟を殺害した過程を、さも力仕事で難儀した程度の感覚で話すこの男は、本当に私の父なのだろうか。だが、当事者しか知り得ない話をされた。もはや疑う余地はない。
ぐらぐらと視界が揺れる。ショックが大き過ぎて、状況を直視できない。
私は目を閉じ、深呼吸を繰り返す。どうにか落ち着こうと試みるが、途中で何度か失神しかけた。
「──すみませんが、飲み物をもらえますか」
凌遅の好い声が通り、私は我に返る。
「もちろん、どうぞ。睡眠薬は入ってないから安心して」
バエルの承諾を受けた彼はクーラーボックスを開け、中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
「君も飲むか、バーデン・バーデンの処女」
声のする方に視線を向けると、そこにはいつもと変わらない教育係がいて、ほんの少しだけ気が紛れた。だが、何かを口にする気になど到底なれない。
「…………」
呆然としたまま動けない私の右頬に、凌遅がペットボトルを押し当てた。冷感が皮膚を刺激し、びくりと肩が震える。
「何するんですか……っ」
思わず払い除けると、彼はそれのキャップを開けながら言った。
「水分不足はパフォーマンスの低下に繋がる。長丁場になるだろうから、ここらで補給しておきな」
目の前に差し出されたのは、加糖のミルクティーだった。いろいろあるだろうに、彼は何故これをチョイスしたのだろう。余計に喉が渇くじゃないか。でも、甘いものには精神を落ち着かせる作用があるんだったな……。
仕方なくそれに口を付ける。甘くて冷たい紅茶が口内を満たすと、かすかに元気が出た……。
私はうつむきながら話し始める。
「……どうしても信じられない。だって、私の父は穏やかで常識的な人だった。鷹揚だけど、私が悪いことをした時にはきちんと叱ってくれる人だった。そんな人が、こんなイカれたことをするなんて考えられない──」
ちらっと様子を窺うと、彼は微笑を浮かべ頬杖を突いたまま、興味深げにこちらを見ている。異様な雰囲気に圧倒されかけるが、必死で踏み止まり言葉を紡ぐ。
「──それに父は、うちで自殺……して、私の相棒の手でバラバラにされた……私もそれを見ているし、その時の動画も残ってる。もしあなたが父だと言うなら、あの死体は誰だったの……?」
彼は何も言わず、微笑んでいる。凌遅やベルフェゴールも表情が乏しいが、この人の顔付きはひどく不自然だ。私は父がこんな顔をするところを見たことがないから、なおさら違和感が拭えない。
やはり彼は父ではない。
確信に近い感覚を得た私は、語気を強める。
「あの日、部屋中に広がった肉片と頭部をこの目で見たけど、あれは父だった。白髪交じりの髪とか皮膚の皺とか、いろんな特徴が父と一致してた。あんなに似通った特徴を持つ他人なんていな──」
その時、私の言葉が止まった。
「どうしたんだい、椋」
前方に座る男が口を開く。
「僕と似通った特徴を持つ他人に、心当たりがあるのかな……?」
彼は満面の笑みを浮かべていた。
まさか──。
ある可能性に気付き、私の心臓が凍り付く。血の気が引き、身体が急速に冷えて行くのがわかった。
「ああ、良かった……気付いてくれて嬉しいよ」
バエルは、父が私を褒める時と同じような口調で語りかけてくる。
「そうだよ、あれは一緒くんだ。彼は僕と雰囲気や背格好が似ているから、身代わりには丁度良かったんだ」
「そんな……嘘……っ」
激しく取り乱す私を余所に、バエルは説明を続ける。
「嘘じゃない。久しぶりに二人で飲もうと誘ったら、例の如くフットワーク軽く来てくれた。彼は僕に対して何の疑いも持っていなかったから、睡眠薬を飲ませるのも簡単だった。だけど、リビングで殺ると失禁された時、掃除が大変だろう? かと言って、そのまま寝かせておいたら凌遅くんが準備するのの邪魔になる。どうしたものかと考えて、風呂場まで引き摺って行って殺すことにした。ほら、どうせ血抜きなんかで使うだろうし、あそこなら汚れても水でさっと流せるからね」
「俺の行動パターンを知悉しているあなたならではの動きですね」
凌遅が相槌を打つと、バエルは我が意を得たりとばかりにうなずいた。
「さて殺るかと思った時、丁度凌遅くんが来たから、しばらく寝かせておくことにしたんだ。打ち合わせが済んだ後、改めて風呂場に行ってビニール紐で絞めたんだけど、一緒くん、ロクに意識がない状態でけっこう抵抗してきてね。いやー、大変だった……終わった時には大汗をかいていたよ。タオルハンガーに引っ掛けた後、ちょっと力が抜けてしばらく反応できなかった……ふふ、情けないね。若い頃はこんなの何でもなかったのに、僕ももういい年なんだと実感させられたなぁ」
照れ笑いを浮かべ、終始明るく語るバエルの姿は現実感がなさ過ぎて、悪い夢のようだった。
実の兄弟みたいに仲の良かった義弟を殺害した過程を、さも力仕事で難儀した程度の感覚で話すこの男は、本当に私の父なのだろうか。だが、当事者しか知り得ない話をされた。もはや疑う余地はない。
ぐらぐらと視界が揺れる。ショックが大き過ぎて、状況を直視できない。
私は目を閉じ、深呼吸を繰り返す。どうにか落ち着こうと試みるが、途中で何度か失神しかけた。
「──すみませんが、飲み物をもらえますか」
凌遅の好い声が通り、私は我に返る。
「もちろん、どうぞ。睡眠薬は入ってないから安心して」
バエルの承諾を受けた彼はクーラーボックスを開け、中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
「君も飲むか、バーデン・バーデンの処女」
声のする方に視線を向けると、そこにはいつもと変わらない教育係がいて、ほんの少しだけ気が紛れた。だが、何かを口にする気になど到底なれない。
「…………」
呆然としたまま動けない私の右頬に、凌遅がペットボトルを押し当てた。冷感が皮膚を刺激し、びくりと肩が震える。
「何するんですか……っ」
思わず払い除けると、彼はそれのキャップを開けながら言った。
「水分不足はパフォーマンスの低下に繋がる。長丁場になるだろうから、ここらで補給しておきな」
目の前に差し出されたのは、加糖のミルクティーだった。いろいろあるだろうに、彼は何故これをチョイスしたのだろう。余計に喉が渇くじゃないか。でも、甘いものには精神を落ち着かせる作用があるんだったな……。
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