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第12章
99 そういうことか
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「一体、何のためにこんな回りくどいことを……」
「うーん、どこから話そうかな」
そののんびりとした口調が私の神経を逆撫でする。
「一から全部に決まってるでしょ……」
「ふふ、わかった。ちょっと長くなるけど、語ってしまおうか」
怒りを抑えきれない私に、バエルは淡々と絵解きし始める。
「僕はお前の才能を買っている。ずっと前から組織に迎え入れ、じっくり育て上げたいと思っていたんだ。でも問題があった。まずは、お前に己の特性を受け入れる意思がないこと。どんなに優れた資質があっても、当人がその気にならなければ意味はない。次に、ベルフェゴールがお前の正式入会に同意しないこと。“体験”までは認めさせたんだけど、お前が若過ぎるからと言ってなかなか首を縦に振らない。いくら僕でも、LR×Dの要である彼の意向を無視するわけにはいかない。そんなことをすれば、今後の運営に支障を来たすからね……」
バエルはポケットからタバコを取り出し、先端に火を点けた。
「ベルフェゴールは忠実な分、嫉妬深い。僕が“自分以外の誰か”に目をかけるのが我慢ならないんだ。況して実子とくれば、妬くのも無理はないけれどね。お前はお前で、処刑人としての活動には後ろ向きで、一向に本領を発揮しない……だったら、敢えてぶつけてみたらどうだろうと思ったんだよ」
「な……っ?」
LR×Dの代表は、何でもない様子でとんでもないことを言い出した。
「僕がいると、副代表はフラストレーションを溜めながら粛々と仕事をするだけだから、隠れて様子を窺うことにしたんだ。そうすれば、彼も羽を伸ばせるし、僕は間近で面白いものが見られるんじゃないかと思って。いいアイデアだろう?」
バエルは事前に架空の処刑人・ラックを作り上げ、自身は夜会の後に出国したと見せかけ、ベルフェゴールが私を排除するための策を巡らすよう働きかけたのだと言う。しかも企みが露見しないよう、携帯端末の位置情報をオフにし、腹心の部下の一人・ベリアルに自身のスマートリングを持たせて出国させ、アリバイを作っていた。
ベリアルはLR×Dの外務・広報を担当しており、機動力が高い。その性質を買われて今回の任務を与えられた。彼は単独でアジア各国を歴訪し、各地で足跡を残していた。さらには行く先々で土産物まで購入して関係者に配ることで、リアリティを持たせるという念の入れようだ。
「これまで1ヶ月以上、僕が国を出るようなことはなかった。こんな機会は滅多にないから、ベルフェゴールは僕の留守中に、何としてでもお前を亡き者にしようとするだろう。彼がどんな悪巧みをするのかにも興味があったし、お前や凌遅くんがどう対処するのかも見ものだった」
そう言えば、私がベルフェゴールに殺されかけた際、ラックはドアの前で携帯端末を繰っていた。あの時、ギリギリのところで制止がかかったのは、そういうことか……。
バエルはタバコをじっくり味わいながら、満足げに続ける。
「もちろん単なる“余興”としての愉しみもあるけど、お前の成長促進を図る意味もあったんだ。思った通り、スクェア・エッダの一件で、お前は大いに伸びてくれた。すべて僕の思惑通りだよ」
余興に、成長、だと……?
そんなくだらないことのために、新人処刑人を二人も死なせ、ヴィネを、ウコバチを、あんな惨たらしい方法で殺害したというのか。
「……ふざけないで……」
私の奥歯がギリと音を立てる。
「何人死んだと思ってんの……っ、馬鹿みたいな思い付きで人の命や尊厳を踏み躙って……何様のつもりだよ!」
「ふふ、人のことを言えないだろう」
バエルは目を細め、頬杖を突いた。
「お前だって、暴力や殺人を見て興奮したことがあるくせに」
「……っ!」
それを聞いた途端、全身の毛穴が開くような感覚に襲われる。
「人を傷付けて、血が滾ったこともあるだろう? 中学生の頃、怒りに任せて同級生を刺そうとしたね。スクェア・エッダでは、ツェペシュをタコ殴りにしたそうじゃないか。普通の女の子はそんなことしないし、やろうと思ってもできないんだよ」
「違……っ」
「違わないさ」
初めて見る“父”の鋭い視線に射抜かれ、私は竦み上がる。
「椋、お前もこちら側の人間なんだ。いい加減、凡人の振りをするのはやめなさい」
一言一言に強い圧が込められているのがわかる。穏やかで理性的な顔しか見たことがなかった父の狂気を感じる一面に、私は動揺を隠せない。
「……っ」
ダメだ。ただでさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上、この空間にいたら引き摺り込まれる……。
その時、膝の上で震える左手に、ひやりとした感覚が走った。ふと視線を落とすと、凌遅の右手が重ねられている。彼の手の甲にある痛々しい傷痕が、私を現実に引き戻してくれた。
そうだ、落ち着け。私は自分に言い聞かせる。
これから、どうしても確かめねばならないことがある。
「うーん、どこから話そうかな」
そののんびりとした口調が私の神経を逆撫でする。
「一から全部に決まってるでしょ……」
「ふふ、わかった。ちょっと長くなるけど、語ってしまおうか」
怒りを抑えきれない私に、バエルは淡々と絵解きし始める。
「僕はお前の才能を買っている。ずっと前から組織に迎え入れ、じっくり育て上げたいと思っていたんだ。でも問題があった。まずは、お前に己の特性を受け入れる意思がないこと。どんなに優れた資質があっても、当人がその気にならなければ意味はない。次に、ベルフェゴールがお前の正式入会に同意しないこと。“体験”までは認めさせたんだけど、お前が若過ぎるからと言ってなかなか首を縦に振らない。いくら僕でも、LR×Dの要である彼の意向を無視するわけにはいかない。そんなことをすれば、今後の運営に支障を来たすからね……」
バエルはポケットからタバコを取り出し、先端に火を点けた。
「ベルフェゴールは忠実な分、嫉妬深い。僕が“自分以外の誰か”に目をかけるのが我慢ならないんだ。況して実子とくれば、妬くのも無理はないけれどね。お前はお前で、処刑人としての活動には後ろ向きで、一向に本領を発揮しない……だったら、敢えてぶつけてみたらどうだろうと思ったんだよ」
「な……っ?」
LR×Dの代表は、何でもない様子でとんでもないことを言い出した。
「僕がいると、副代表はフラストレーションを溜めながら粛々と仕事をするだけだから、隠れて様子を窺うことにしたんだ。そうすれば、彼も羽を伸ばせるし、僕は間近で面白いものが見られるんじゃないかと思って。いいアイデアだろう?」
バエルは事前に架空の処刑人・ラックを作り上げ、自身は夜会の後に出国したと見せかけ、ベルフェゴールが私を排除するための策を巡らすよう働きかけたのだと言う。しかも企みが露見しないよう、携帯端末の位置情報をオフにし、腹心の部下の一人・ベリアルに自身のスマートリングを持たせて出国させ、アリバイを作っていた。
ベリアルはLR×Dの外務・広報を担当しており、機動力が高い。その性質を買われて今回の任務を与えられた。彼は単独でアジア各国を歴訪し、各地で足跡を残していた。さらには行く先々で土産物まで購入して関係者に配ることで、リアリティを持たせるという念の入れようだ。
「これまで1ヶ月以上、僕が国を出るようなことはなかった。こんな機会は滅多にないから、ベルフェゴールは僕の留守中に、何としてでもお前を亡き者にしようとするだろう。彼がどんな悪巧みをするのかにも興味があったし、お前や凌遅くんがどう対処するのかも見ものだった」
そう言えば、私がベルフェゴールに殺されかけた際、ラックはドアの前で携帯端末を繰っていた。あの時、ギリギリのところで制止がかかったのは、そういうことか……。
バエルはタバコをじっくり味わいながら、満足げに続ける。
「もちろん単なる“余興”としての愉しみもあるけど、お前の成長促進を図る意味もあったんだ。思った通り、スクェア・エッダの一件で、お前は大いに伸びてくれた。すべて僕の思惑通りだよ」
余興に、成長、だと……?
そんなくだらないことのために、新人処刑人を二人も死なせ、ヴィネを、ウコバチを、あんな惨たらしい方法で殺害したというのか。
「……ふざけないで……」
私の奥歯がギリと音を立てる。
「何人死んだと思ってんの……っ、馬鹿みたいな思い付きで人の命や尊厳を踏み躙って……何様のつもりだよ!」
「ふふ、人のことを言えないだろう」
バエルは目を細め、頬杖を突いた。
「お前だって、暴力や殺人を見て興奮したことがあるくせに」
「……っ!」
それを聞いた途端、全身の毛穴が開くような感覚に襲われる。
「人を傷付けて、血が滾ったこともあるだろう? 中学生の頃、怒りに任せて同級生を刺そうとしたね。スクェア・エッダでは、ツェペシュをタコ殴りにしたそうじゃないか。普通の女の子はそんなことしないし、やろうと思ってもできないんだよ」
「違……っ」
「違わないさ」
初めて見る“父”の鋭い視線に射抜かれ、私は竦み上がる。
「椋、お前もこちら側の人間なんだ。いい加減、凡人の振りをするのはやめなさい」
一言一言に強い圧が込められているのがわかる。穏やかで理性的な顔しか見たことがなかった父の狂気を感じる一面に、私は動揺を隠せない。
「……っ」
ダメだ。ただでさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上、この空間にいたら引き摺り込まれる……。
その時、膝の上で震える左手に、ひやりとした感覚が走った。ふと視線を落とすと、凌遅の右手が重ねられている。彼の手の甲にある痛々しい傷痕が、私を現実に引き戻してくれた。
そうだ、落ち着け。私は自分に言い聞かせる。
これから、どうしても確かめねばならないことがある。
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