空を唄う少女

愁仁

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第二章

03.穴のないオルゴール

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――ロスリア大陸の北東部にある港街サシアラ。クリミナ王国の治めるこの土地は恵まれた資源と高い造船技術で他の港街と比べても郡を抜いて発展している。

 この土地の領主であるリゼイン・コルスティアはその発展を一代で築いた切れ者であった。

 元は寂れた街であったサシアラに造船の技術を持ち込み有能な技術者を育て上げ、そして造船の為の多くの労働者を受け入れる事によって街に活気を取り戻した。造船技術の向上によって発達した蒸気船で手付かずであった海域に手を伸ばすと、そこから豊富な資源を手にして今度はそれを交易へと回した。そうして瞬く間にサシアラは発展していったのである。
 
 そして、ジムニーとアイシャはその発展の立役者であるリゼイン・コルスティアの屋敷に居る。ロンベルクから受け取った書簡はサシアラの領主リゼインに宛てられたものだったからだ。

 女中に案内され通された部屋は応接間だった。部屋に入ると正面に領主が座るであろう机が置いてあり、部屋の中央には小さな丸テーブル、それを挟むようにしてソファが設けてある。
「間もなくリゼイン様が参りますのでしばらくお待ちください」
 案内をしてくれた女中はそう言うと部屋を出た。
  ジムニーソファに腰を落とすと部屋を見渡した。対面のソファの後ろには暖炉があり、心地よい熱が部屋を暖めている。壁には本が収められている棚がいくつもあったが、どうやら蒸気機関に関する物ばかりのようだった。
 部屋自体はこざっぱりとしており必要最低限の調度品以外には美術品といったようないわゆる贅沢品は見受けられなかった。

 暫くすると扉が開きリゼインがやって来た。逞しいはっきりとした目鼻立ちをしており、とても聡明な印象だ。年の頃も三十代半ばと言ったところで、ジムニーが想像しているよりも遥かに若く優しげな顔立ちだった。街を治める領主というくらいなのだからもっと怖そうで老獪な人物をジムニーは想像していたのだ。

 リゼインはジムニー達の正面のソファーに腰を下ろし、二人を交互に見つめると「それで、君たちの話というのは?」と話しを切り出した。
 ジムニーは「はい」と頷くとロンベルクから受け取った書簡を取り出し、それをリゼイン渡した。書簡を受け取ったリゼインは封を切り内容を一読する。

「そうか……君はミアーナとテスターの……」
「……え?」
 リゼインは書簡から視線をジムニーに移すと優しい表情でジムニーを見つめる。
「どうしてその名前を知っているのか?という顔をしているね。ジムニー君」
「あ……えっと、あの」

 リゼインの口にした名をジムニーはよく知っていた。当然だ、それはジムニーの両親の名前だったのだから。幼い頃に事故で亡くなった両親の事をジムニー自身は断片的な記憶しかないものの祖父にはよく聞かされていたし両親を強く意識もしていた。だが、どうして街の領主がその名を知っているのかを理解出来ずに言葉に詰まってしまう。

 幾分か落ち着きを取り戻すとジムニーは訊いた。
「あ、あの、僕の父さんと母さんを知っているんですか?」
「ああ、よく知っているとも。私だけじゃない、ロンベルクも君の両親の事をよく知っているよ」
「せ、先生が!?」
 ジムニーが驚きの声をあげる。ロンベルクが両親の話をしてくれた事など一度も無かった。それどころか知り合いだったという事すらもジムニーは知らなかった。

 何故先生が?一体両親とどんな関係が?様々な疑問がジムニーの頭を逡巡する。動揺しているジムニーを落ち着かせるようにアイシャの手がそっと伸びジムニーの手を優しく握る。
 リゼインはそのやりとりを見て微笑みを浮かべたまま話しを続ける。

「私は君の両親、そしてロンベルクとは旧知の仲でね、若い頃はよく一緒に時を過ごしたものだ」
 何処か懐かしげにジムニーとアイシャを一瞥すると、おもむろに立ち上がり部屋の奥の机の引き出しから一つの箱を取り出した。
 そして二人の前に戻るとその箱をテーブルに置いた。
 二人が不思議そうにその箱を眺めているとリゼインが「開けてごらん」と促したので、ジムニーが箱を手にして蓋を開けると途端に優しげな音楽が流れ出す。
 それはオルゴールの様だった。とても精巧に作られていて、それはまるで小さなオーケストラの様に幾重にも音が深く重なり広がっていた。

「あれ?この曲」

 オルゴールから流れてくる曲には聴き覚えがあった。何処か儚げで何処か優しげな旋律。それはアイシャの歌う曲だった。
 視線をアイシャに向けると食い入るようにオルゴールを見つめていた。

「リゼインさん。このオルゴールは?」
「それは君の両親が作った物だ」
「父さんと母さんが?」
「よく見てごらん。そのオルゴールには少し不思議なところがある」

 そう言われて、ジムニーはしげしげとオルゴールの中身を見つめた。確かに精巧に作られているようだったし、かなりの技術がなければここまで深い音色は出せないだろう。だからといって変わったところがあるかと言われればそれが何処なのかはさっぱりわからなかった。
「何も不思議なところが箱の中とは限らないだろう?」
 リゼインがふふっと笑いながら助け舟を出す。

 それを聞いて今度は箱の外をジムニーは観察した。箱は綺麗に一枚の金属を伸ばした板金で作られており、よく見ると光の加減で浮き上がる飾り彫りがされている。穴一つ無く綺麗に整った一つの箱は、それだけ見たら宝石入れといっても遜色無いものだった。
 
――穴一つ無く綺麗に整った。

「……このオルゴール。ネジを巻く穴が無い」
「正解だよ。ジムニー君。そのオルゴールはねじ巻き式ではない」
「ねじ巻き式じゃない?……それじゃ、どうやって動いているのですか?」
「それはもう今の君ならばわかるんじゃないかな?」
 リゼインはジムニーの問いには答えず。アイシャに視線を向けた。

「それじゃ……。まさか唄う石……ですか?」
「正解だ。そのオルゴールには唄う石が組み込んである。唄う石が反応する音色がオルゴール自体の音色になっていて。箱を開けた最初の一音に反応して回転を始める仕組みだ」

 唄う石を組み込んだオルゴールを両親が作った。

 リゼインが暗に伝えたものはそういう事だ。唄う石に何らかの関わりを持っていた。両親と知り合いだったのならばロンベルクが唄う石の事を知っていたことも唄う石自体を持っていたことも納得が出来る。

 そしてもう一つ。オルゴールに使われている音色はアイシャが歌う曲だった。だとすればアイシャも両親と何か関係があるという事になるのかもしれない。

 いくつもの疑問が浮かんでは消え、ジムニーの頭は混乱していく。


「さて、ここからは私の昔話を聞いてもらってもいいかな?」
 
 
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みんなの感想(1件)

吉凛
2016.06.04 吉凛

少し読みにくいような気もしますが、独特の雰囲気でとても続きが気になります。

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