老舗あやかし和菓子店 小洗屋

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ぬらりひょんの孫・セイヤくん編

小洗屋のシラタマとぬらりひょんの息子・セイヤくん編 3話

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「またはじまったよぉ」

 ぼそりとこぼしたヨツロウくんをシラタマが見る。

「そっか、シラタマちゃんはここ、あんましこないもんねぇ。なんかねぇ、セイヤくん、ちょっとお兄ちゃんでしょ? だからね、ここの公園の、あの噴水奥の広場、あそこはセイヤくんの場所なんだって。お兄ちゃんだから、自分の場所があるんだってさぁ」

 のんびりとヨツロウくんはいう。
 だがシラタマは首をかしげたままだ。

 みんなが使う公園に、なんで自分の場所があるんだろう?

 シラタマの頭のなかは、ハテナでいっぱいになる。
 でも、今シラタマが使っているベンチは、午前中からずっと使ってしまっている。
 おもわず立ち上がると、ヨツロウくんがシラタマの着物をピンとひっぱった。

「どうしたのぉ?」
「私、ここ、朝からずっと使ってるから、あけなきゃいけないかなって……」
「バカだなぁ、シラタマちゃん」

 ヨツロウくんにバカって言われた。

 ショックで本を手から落とすが、ヨツロウくんは変わらないテンションでいう。

「ベンチはたくさんあるもの。木陰のベンチはここの他にもそっちとか、あっちとか……。ベンチがひとつしかないなら、ダメだけど、ベンチはたくさんあるから、大丈夫だよぉ」

 そういわれたら納得もするが、バカはないんじゃない? そう言い返そうとしたとき、誰かの気配がする。

「おまえら、こっからでていけ!」

 セイヤくんだ。
 お茶色の着物をふりみだし、顔を真っ赤にして怒っている。
 少し広めの額には血管が浮き出て、色白の額が切れてしまいそう。

「ここはおれ様の陣地だからな!」

 紺色の短髪をかきあげながら叫ぶセイヤくんに、シラタマはもう一度首を傾げた。

「どうしてセイヤくんの陣地なの?」
「は?」
「どうやって、セイヤくんの陣地って決まったの?」
「……は?」
「私もできたらこのベンチ、大好きだから私のにしたいの。どうやったら、自分の陣地にできるの?」

 純粋な疑問だ。
 陣地だ! と叫ぶのだから、陣地である理由があるはずだと、シラタマは思ったのだ。
 例えば、名前を書いたら陣地だ、であるなら、シラタマは迷わずベンチに名前を書くつもりだ。
 だが、回答は予想とはちがった。

「……おれ様が決めたから、ここはおれ様の陣地なんだ!」

 それならと、シラタマは顔をあげる。

「じゃあ、今日はこのベンチは、私のよっ!」
「なにいってんだ、おまえ」
「なにって、セイヤくんでしょ? 自分が決めたらな陣地なら、私が決めたって陣地じゃない」
「うるせーな!」
「なにがうるさいの?」
「……この、捨て猫のクセに!!」

 シラタマの尖った耳が、キーンとなる。

 ──捨て猫。

「小豆洗いでもないくせに、小豆洗って、おまえ、ヘンなんだよっ!」

 ──小豆洗いじゃない。

 耳鳴りがとまらない。

「猫又のクセに、変な猫! 変な猫! 小豆洗いの真似したって、小豆洗いにはなれねーんだよ!」


 ──変な猫。


 変な猫。
 産みの親は、シラタマのことをそう呼んでいた。

『変な猫。こんなの、うちの子じゃない!』

 家の奥の方に押し込まれて、じっと尻尾を隠して、うずくまっていた。
 尻尾の先をふたつに切ったらいいのかな。
 そう思って切ろうとしたけど、うまくいかなかった。

 もう眠ることしかできなくなってたある日、袋につめられた。

 川に流される直前、拾われた。
 いや、救われた。

『『うちの子にします!』』

 父ちゃんと母ちゃんの声だ。
 いまだに覚えている。
 何度も何度も思い出している。

 絶対に、シラタマは忘れない声────

 それでも、面と向かって『変な猫』と呼ばれれば、あの辛い日が蘇ってくる。
 なんども母がシラタマの頭をなでて、お腹をなでて、よしよしと寝かしつけてくれても、父が手を繋いで小豆をいっしょにといで、どら焼きに焼きごてをいっしょに押しても、辛い日はふわふわと綿毛のように飛んでくる。

 今日に限って帰りが遅い父と母に、シラタマは胸が苦しくなる。

 また捨てられたらどうしよう……

 そう思わなかった日はない。
 だから、必死に小豆を洗ってきた。
 小豆洗いに少しでもなれるように、洗ってきた。

 でも、小豆洗いには絶対になれない。

 だって、シラタマは猫又だから。


「……そんなこと、わかってる! わかってるもんっ!」


 シラタマは本を抱えて走っていた。
 だけど、どこに行けばいいのか、わらかない。

 わからないけど、走って着いた場所は、いつもの川だった。 
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