ヒト堕ちの天使 アレッタ

yolu

文字の大きさ
17 / 56

初めてのおつかい 【子猫編3】

しおりを挟む
 アレッタは改めてエンと名付けたその子に鼻を近づけた。
 が、ただただ獣臭い。
 これがかぐわしい匂いなのだろうか……

「まぁ、アレッタちゃんに匂いはわからないわね。ネージュならわかるかしら」

 ネージュが鼻を近づけると、驚いたように顔を上げた。

「昨日食べたケーキの、……あの、イチゴのような甘い香り……」

「まぁ、これがブロディコットの魔力であり、血液の香りね」

 ずっと嗅いでられる、そう言いながらアレッタから毛玉を取り上げ鼻を近づけているが、あまりにしつこかったためか、小さな爪がネージュの鼻先に伸びた。

「いたっ」

 思わず投げ飛ばしそうになるのを堪え、アレッタに返すと、すかさず魔女が塗り薬を鼻先に塗り込んでいく。
 涙目のネージュにアレッタは笑い、

「魔女、エンと少し遊んできてもいいか?」

「まぁ、その子の名前?」

「そうだ。エンと鳴くから、エン。可愛いだろ?」

 言うと、毛玉はィエンと鳴く。

「遊ぶのなら、ここの庭からは出ないようにね」

 アレッタが名前を呼ぶと、エンは小さい脚を一生懸命振り回してついていく。
 小さな体を転がす勢いで走る姿は、健気でとても可愛らしい。
 草の中をふたりで転がり、アレッタも幼い体で一生懸命にエンの面倒を見ていると思うと、それも微笑ましく見えてくるものだ。

 だが、彼女は年齢三桁後半の中堅天使だ。

「前から可愛かったけど、小さくなるだけでこれほど愛らしさが加わるものなのね……」

 ネージュは改めてアレッタの魅力を確認し、近くにあった切り株へと腰を下ろした。
 同じくとなりの切り株に腰をおろした魔女は、手をひと振りし、ティーポットとカップを取り出す。
 熱々のお茶を注ぐ魔女からお茶をもらいながら、

「魔女の手は四次元ポケット?」

「まぁ、そんなところかしら」

 渡されたカップからは湯気が高く昇り、爽やかな香りが漂ってくる。
 アレッタのはしゃぐ姿をふたりで遠目に眺めながら、ネージュはゆっくりお茶をすすった。
 口の中いっぱいにハーブの香りが充満し、気持ちが和らいでいく。

「……アレッタがあんなにはしゃぐの初めて見るかも…」

 リラックスした体から不意に声が漏れた。
 
「まぁ、そうなの?」

 魔女の驚いた声にネージュも驚く。
 あんなに長く天界で過ごしていたのに、楽しそうなアレッタの姿を見たことがなかったのだ。

「ええ。あの子、ずっと戦ってばっかり……私が選んでからずっとよ? 体が千切れても私の力で元に戻るし、だいたい痛みもないしで、本当に無鉄砲な戦いばっかりで……あ、ねぇ魔女、来た時のあれはなに?」

「まぁ、なんのことかしら?」

「とぼけないでよ。玄関先の、あの粘っこい空気のことよ」

 ネージュが苛つきながら言葉を返すと、魔女はにっこりと微笑んだ。

「まぁ、あなたがアレッタちゃんのこと大好きなのがすぐわかったから、からかっただけよ」

「意地悪な魔女」

 アレッタとエンは楽しそうだ。軽やかな笑い声を転がして走り回っている。
 他の子供たちは遊び疲れたのか木陰で休んでいるが、アレッタとエンだけは疲れを知らないようだ。
 それを見つめるネージュの目が揺れる。落ち着きのない目だ。

「まぁ、ネージュ、あなた何をピリピリしてるの?」

「………当たり前じゃない! 昨日はオークに襲われたのよ? 周りを警戒するのはおかしいことじゃないわ」

「まぁ、そういうことなら、そうしとくわ」

 唐突に馬の嘶きが響いた。
 だが地面を蹴る音は聞こえない。
 
 視界をぐるりと回して見つけた場所は、アレッタたちの真上だ。
 真上に浮かんだ馬。

 馬が浮かんでいる……!

 そう認識したときには、馬にまたがったヒトが、大きなタモでアレッタをすくい上げ、麻袋に詰め、ひとしきり騒ぐエンもまた同じようにすくって袋に詰めこんだ。

 この間、ものの4秒───

 あまりに手慣れた動きに呆気に取られるが、すぐさまネージュは地面を蹴った。
 踏み込んだ瞬間、距離を一気に詰めるが、向こうもやはり手練れ。
 すぐに馬の綱を引き、空へと駆け上がっていく。

 だが、それを追いかけるように土が段状に伸び上がった。
 魔女の力だ。
 激しい音を鳴らしながらいびつに盛り上がる土の山に、ネージュは器用に飛び移りながら距離を詰めていく。

 そして、飛んだ。

 だが袋に指がかすっただけで、掴めない。
 すがるように空をもがくが、手は届かないままネージュの体は落ちていく。

「アリーっ!!!!!!」

 ネージュの声は虚しく森にこだました。
 落ちるように地面に着地し、すぐに走り出そうとするネージュの肩を魔女が掴んだ。
 ネージュは手で払い、「離してよっ」叫ぶ彼女の肩を、魔女は再び掴む。その手は肩を握りつぶすほどに強い。

「まぁ、闇雲に走っても意味がないわ。あなたはここの土地勘はないんだから。今、エイビスたちに遣いを送ったからすぐに来るはずよ」

「そんなの待ってたらアリーが」

 肩にさらに痛みが走る。

「……まぁ、アレッタちゃんがどうなるのかしら……?」

 痛みの中、魔女に言われて改めて恐怖を覚えた。


 アレッタが殺されるかもしれない………!


 焦る気持ちに比例して、肩の痛みが強くなっていく。
 痛みが強くなるほど、怒りに沸いた頭が冷静になっていくのがわかる。
 飛んで行った方角が北なだけでそれ以上の情報がない以上、闇雲に動いてもネージュ自身が森に迷うことになる。
 魔女の言う通り、ここがどこかも何もわからないのだ。

 肩の痛みがリアルに伝えてくる。
 ただの精霊の力ではここでは勝てない。


 だが、今すぐに助けに行きたい……!!!!


 戸惑い揺れるネージュを魔女が優しく抱きしめた。

「まぁ、大丈夫よ。アレッタちゃんはあなたが助けるのだから。少しだけ待ってちょうだい。役に立つふたりよ」

 魔女から芳しいお香の匂いがする。
 それは魔女に似合わない太陽の匂いに似ていて、なぜか安心する匂いだ。
 ネージュはその香りを吸い込み、ゆっくりと息を整えていく。

「ありがと、魔女」

「まぁ、精霊に感謝されるなんて。さ、エイビスたちが到着したわ」

 馬の嘶きとともに到着したふたりだが、冷静を装いながらも焦りが滲んでいる。

「ネージュ、走りながら説明できるかな?」

 エイビスの声に「もちろんよ」返事を返したネージュに、フィアが腕を伸ばした。

「乗れ、ネージュ!」

 ネージュは走り出したフィアの腕に掴まる。
 彼は馬の勢いに乗せてネージュの体をまわすと、ネージュはその勢いに乗り、器用に彼の後ろへとまたがった。

 走り出した馬は北へと向かっている。
 濃い霧が彼らの目を欺くかのように広がっていく。
 だが戸惑うことなく彼らの馬は、その霧の中に踏み込んで行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...