ヒト堕ちの天使 アレッタ

yolu

文字の大きさ
48 / 56

激動7

しおりを挟む
 か細い息を繰り返すアレッタ。
 その彼女の魂が揺れている。
 幼女のアレッタと、神の左手のアレッタが重なって見えるのだ。

 彼女を抱える仮面ごしのエイビスは、今どんな表情なのだろう。
 血溜まりを止めることもできず、姿が重なるアレッタをただ呆然と見下ろしている。

 フィアは素早く剣から精霊へと戻り、炎の壁を創りあげた。
 ドーム状に昇り上がった炎は、黒鎧の攻撃を吸収しながら耐えている。
 だが、雨のように降りつける棘は、いつ炎の壁を突き破ってもおかしくはない。ときおり撃ち込まれるジョヴァンナの黒い鞭が、炎を削いでいくからだ。

「……エイビスっ!」

 しかしエイビスは動かない。いや、動けないでいる。
 そのとき、刀が地面に落ちた。
 
「…わ…わたしの…ネージュ……」

 アレッタは落ちた刀に触れようと、腕を、指を、必死に伸ばす。

「……ネー…ジュ……」


 アレッタの声に、その想いに応えるように、刀から精霊へと形を変え始めた───


 ゆっくりと現れた青髪のネージュに、アレッタは微笑みかける。
 震えるネージュの手を掴むと、子猫のようにその手に頬をすり寄せ、唇が、ねーじゅ、と静かにつづる。


「……アリー……ごめんね……あたしの…アリー……」


 しぼりだしたネージュの声に、アレッタは首を横に振る。ただネージュの温もりとネージュの声に触れ、とても幸せそうだ。


「……わたしは……ネージュと… フォンダンショコラ…食べるんだ…」


 そう言ったアレッタは、満足そうに笑顔を浮かべている。
 ネージュはアレッタの手を握りなおすと、フィアに叫んだ。

「……フィア、なんとかしてっ! 早くっ」

「今壁を外すわけには……! それに、もう……」

「もう、何よっ!!」

「魂が……」

 フィアはそれ以上、言葉を濁した。

 だがネージュも気づいていた。

 アレッタの羽を壊したときに、もうアレッタの魂は崩れかけていたのだ。
 膨大な魔力を高めたことで今までの体に戻ったものの、それを維持するだけの器が保てなかった。
 羽が斬られた時点で、器にヒビが入り、その羽が壊れた時点で、器が欠けた。
 大きな魔力が器のなかで膨れるほど、器のヒビは大きくなり、欠けた部分から壊れていく。



 もう、アレッタは、悪霊にしか、なれない────



「ア……アリー、一緒に食べるの……フォンダンショコラ……食べるんでしょ……!」

 アレッタは小さく頷いた。
 そして、ゆっくりと息をはく。
 唇はほんのりと笑みをたたえ、瞼がそっと降りてゆく。
 同時に、ネージュが握る手も落ちた。

 ぐしゃりとネージュの顔が歪む。食いしばった唇が、赤くにじんでいく。

 フィアは頬に伝うのもかまわず、ただ炎の壁を保とうと魔力を手に込める。

 だがもう力の差が歴然だ。
 踏みしめる踵が地面に食い込んでいく。

「エイビスっ!!!!」

 フィアが怒鳴り呼んだとき、エイビスはアレッタに、


「ごめん」


 呟いてから、アレッタの血濡れた唇に口付けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...