ヒト堕ちの天使 アレッタ

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戦いの痕2

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 地面にぺたりと座り込んで泣きじゃくる彼女の姿は、幼女のアレッタのように見えてくる。
 エイビスは埃を払う仕草で身なりを整え、銀翼をしまうと、アレッタを抱きしめた。

 この抱きしめる役はエイビスにしかできない───

 ネージュは、ただアレッタを見つめていた。
 白み始めた空の下でくすぶる屋敷を背負い、ただの嫉妬が引き起こしたこの結末に、どんな言葉も似合わない気がしたからだ。
 だがエイビスなら、アレッタの心の一番近くに寄り添えるヒトであるとネージュは思う。
 寂しくもただ眺めるネージュの肩をフィアが叩く。
 ネージュが唇だけで笑ってみせると、フィアも同じように唇だけで笑って見せ、眉をあげてみせた。
 ため息を散らし、ネージュが呟く。

「終わったの…かしら……」
「だと思うんだが……」

 ふたりが言葉を濁したとき、一瞬、空が光で瞬いた。
 流れ星だ───

 そう思えたのは一瞬だった。
 流れ星ではないとわかったのは、ふたつ呼吸をしたときだ。

 大きな光の物体が落ちてくる。
 フィアとネージュが慌ててアレッタたちのところへ駆け寄るが、その光る物体は緩やかに速度を落とし、そっと地面に乗せられた。

 光が溶け、闇の中に体が見える。
 大きめの男だ。
 それも、しわがれた男。
 そうわかったのは、身長が大きいことと、何より髪の毛が白髪で覆われていたからだ。

 あまりのことに、アレッタはすぐに立ち上がり、涙で濡れる顔を腕で拭う。そして、いつでも動けるように体勢を低くし、身構えた。
 エイビスも訝しげに落ちてきた男を見下ろしながら、アレッタを自身の背へと押しやった。ネージュもまたアレッタを守るように立ち位置を整え、フィアに視線を送る。
 その視線と顔の動きが、行け、と言う。
 フィアは大きくため息をつくと、ひるむことなくその老人のそばへ寄り、肩を叩いた。

「おじいさん、ここで寝ると、風邪ひきますよぉ」

 数回叩くと、男の体がむくりと起きた。
 路上で寝込む酔っ払いのように、興味深げにあたりを見回わしたあと、どうも見慣れた顔があったらしく、そこで視線が止まる。

 だが、その見慣れた顔は、アレッタだ。
 アレッタを見て目が覚めたのか、彼女に向かって男が叫んだ。

「貴様のせいだ!! アレッタ、貴様のせいでヒト堕ちになったのだっ!!」

 唾を散らし、今にも掴みかからんとする老人をフィアが片手で抑えるが、声に聞き覚えがあるアレッタは、エイビスの背からひょっこり体を乗り出した。

「……まさか…ドゥーシャ……?」

 その声に反応してか、老人らしからぬ機敏な動きでフィアの手をすり抜けると、すぐさま老人はアレッタの肩を鷲掴んだ。

「そうだ、私はドゥーシャだ! 私を7日間生かせ、アレッタっ!」

 アレッタはドゥーシャの言葉に首を傾げた。

に直接堕とされたのか……?」

「そんなことはどうでもいいだろ!」

「神の右手を裁けるのは、だけだ……
 残念だが、それが結果であるなら、私は手出しできない」

 至極当たり前のことをアレッタは口にするが、ドゥーシャには聞こえないらしい。
 アレッタの華奢な両肩を掴み、

「アレッタよく聞け。私を7日間生かせば、天界での生活を保障してやるっ!
 だから、生かすのだ、私をっ!」

 食ってかかるほどに前のめりのドゥーシャに、アレッタは思わず身を引こうとするが、ドゥーシャは腕を握る力を込めた。

「い、いたっ……」

 アレッタが顔をしかめた瞬間、ドゥーシャの手首が宙に浮いた。
 なぜなら、アレッタを握っていた手が切り離されたからだ。
 彼の手の部位は、急に力がなくなったせいで、すとんと地面に落ちて血と一緒に張りついた。

「僕のアレッタに、これ以上触れることは許さないよ、ドゥーシャ」

 あまりの現実と痛みに、地面に転がり喚くドゥーシャをエイビスは静かに見下ろしている。

「もうアレッタは僕の世界の住人だ。よく覚えておくといい」

 エイビスはアレッタの肩を抱き、屋敷へ踵を返した。そのままフィアに視線で指示を出す。
 エイビスのその視線にフィアは笑顔を作り、ひとつ頷いた。

「ええ、エイビス、すでに彼の回収は頼みました。デイビーズの部下がもうすぐ来ます」

 さすが、とでも言うように、大げさに肩をすくめて見せたエイビスの後ろで、フィアがドゥーシャの治療に当たる。

「もうすぐ迎えに来ます。たぶん、生かされると思います。……どう生かされるかは、わからないですが」

 フィアは優しい笑顔で、ドゥーシャの腕の傷を癒してやる。
 だが癒しただけだ。
 斬り落とされた手はつけぬまま、である。

 何か大声で喚く声が聞こえるが、4人が屋敷の前に歩き着いた頃には、その声も止んでいた。
 今はその声の主がどうなったかよりも、屋敷の状態である。
 ほぼ全壊、といっていいだろう。

「これ、どうするの……?」

 よくネージュも声にできたと思う。
 もう家がないのだ。
 破壊し尽くされた屋敷しか目の前にないのである。
 だがエイビスとフィアは涼しい顔だ。

「やっぱり魔女の火災保険は入っておくべきだね」

 エイビスがつらりと言うと、フィアが続く。

「毎月、それなりのお金を払う価値はありますね」

 どういうことかと目を丸くしたアレッタとネージュに、エイビスが言葉を付け足した。

「この屋敷は魔女の魔法で月初めにをしてあるんだ。今日は13日だから、13日前の屋敷が復元される仕組みになる。この指輪に魔力を込めれば、元どおり、だよ」

 そういうと、エイビスは右手の親指にはめていた指輪を外し、息を吹きかけた。
 指輪が弾けたとたん、屋敷の時間が巻き戻されていく……

 壁が埋まり、窓の欠片も浮かんではまる。
 土埃が地面に戻り、燃え切れたカーテンも美しい柄で蘇っていく。

 全てのピースが元あった場所へと戻っていく───


 見る間に現れた屋敷は、ひとつも欠けのない完璧な屋敷だ。
 さらに後ろを振り返れば庭も元に戻っている!


「……わぁ…すごいな、エイビスっ!!!」


 アレッタが喜びの歓声を上げたとたん、彼女が消えた。
 いや、よく見れば、消えたのではない。
 ドレスからもぞもぞと這い出てきたのは、アレッタだ。


「「「……は?」」」


 固まる3人に、アレッタは絶望の顔で叫んだ。


「なんで、縮んでるんだーっっ!?!?」


 両手を振り上げ叫ぶのは、幼女のアレッタ、彼女だった────
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