老舗カフェ「R」〜モノクロの料理が色づくまで〜

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第16話 元に戻るが……

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 床に莉子が足で押さえつけても、イウォールの勢いは止まらない。

 ……が、イウォールの腕時計のアラームが鳴った。

 莉子の足を避け、スチャっと立ち上がると、埃をほろい、襟を正す。
 メガネをかけなおし、イウォールは周りに目配せする。

「さ、休憩時間は終わりだ。午後の業務に戻るぞ」
「お、イウォールが戻ったな」

 トゥーマはそれに合わせて全員の食事代を払いに動き、アキラとケレヴも素早く身だしなみを整えた。
 美しいエルフの姿に元どおりだが、いままでの動きを見ていると、どれが真実でどれが演技なのかわからなくなる。

「おい、オレは明日も仕事あるから、みんなでランチこようぜ? 席、大丈夫かな?」

 そのケレヴの声に、莉子は首を横に振った。

「急なんですが、明日の土曜日から月曜日までお休みをいただくんです。火曜日は定休日なので、水曜日から通常営業となります」
「そっか。なら、水曜に4名頼もうかな」

 莉子はメモをとり、もう一度、頭を下げた。

「急にすみません」

 その顔が悲しそうで、辛そうで、その休みの意味があまり良いものではないことは、わかる。
 だが、かける言葉がみつからないイウォールは、うすく微笑みながら、莉子の頬をなでた。

「では、リコ、また会いにきます」

 イウォールは真面目な顔で去っていくが、莉子の頬が熱い。
 あんな顔で優しく撫でられたら、妙にどきどきしてしまう……
 まだ強引に懐かれる方が、盛大に反発できるのに。

「イウォールさんって、わかんないな……」

 莉子は頬をさすりながらそう思うのだった。




 一方、会社に戻ったイウォールのテンションはおかしかった。

「ケレヴ、指輪はどこで買えばいい? 金はある」
「金があるのは知ってる。が、つか、なにいってんだ、お前」
「会社の帰りに指輪を買って、もう一度、求婚しに行こうと思う」

 ケレヴはため息をつきながら、イウォールのデスクによりかかった。

「やめろ、もっと嫌われるぞ。エルフにすらしないことをするなよ。お前らしくもない」
「そうか? 私は今、ひとときでも離れているのが辛い」
「そんなに?」
「ああ。自分でも不思議だが……。これが一目惚れというものなのだろうか……帰り際の泣きそうな顔が離れない。もう、抱きしめたい。こう、ギュっと。そういたいとき、ケレヴはどうするんだ?」

 ケレヴは一度考える仕草をしてから、そっとイウォールの首筋に手を当てながら振り向かせると、肩に手を滑らせていく。

「……で、このまま抱く。いろいろ抱く」
「これは強引に感じるな……」
「お前がいうなよ!」

 側から見ると、オフィスラブのBとLに見えなくもない光景!
 社内の女子の心の中は騒然だ!
 すぐに終わってしまった光景だが、ご飯3杯いける。と、目配せし合う女子()たちがいる。

 女子()たちの騒然となった心がおだやかにならないうちに、イウォールの手がケレヴの腰を肘で押した。
 もうこれだけで女子()たちの黄色い悲鳴が脳内で残響していることだろう。

「早く営業にいってこい、ケレヴ」
「押すなよ。だいたいお前のデータがないと行けないの。午後にはでるっていってただろ?」
「今はそれどころじゃない。正直、リコが心配で仕事が手につかない」
「そこまでかよ……」
「ああ、私も思う。……これは、重症だな」

 イウォールの盛大なため息に、ケレヴもため息を返すが、こんなイウォールは300年ぶりだ。

 ──300年前、イウォールは隣国のエルフと婚約までしていたのだが、唐突に破棄をされた。
 彼女の理由は、性格の不一致。
 そのときイウォールは男らしくその理由を飲んだ。彼女には彼女の将来があると、イウォールは潔く身を引いた。

 だが、蓋をあければ、真相は違った。

 彼女は二股をしていたのだ。
 天秤にかけたのち、イウォールが落とされたという結果だった。

 ケレヴは『そんな女につかまらなくてよかったんだ』
 これは慰めでもあり、事実だ。

 だが、イウォールなりに彼女を愛していたし、婚約までしたのだ。それなりの覚悟だって決めていた。
 制裁はもちろんしたが、それ以上に女性不信になったのは言うまでもない。

 もう結婚もないだろうと、仕事一筋にイウォールは生きてきた。
 エルフの土地に未練はないと、この現代に率先的に関わってきたのもイウォールだ。
 古典的エルフと揶揄されるほど、表情を固く絞り、淡々と仕事をこなし、言いよる女性たちに目もくれずにだ──

 それが、一度。たった一度の料理と、彼女の顔を見ただけで墜落するとは誰が思うだろう……。

「……彼女のことをもっと知りたい」
「それは、お前のことを伝えないと始まらないぞ?」
「どう、伝えたらいいんだろうな……」

 種族が違う。
 それだけで大きな壁に思うのは、普通だろう。
 2人はただ少し、遠くに目を泳がせる。
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