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第2章 饗宴編

一旦童心に帰ろう

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「い、いってらっしゃいませ、ご主人様!……………ふぅ、やっと落ち着けますね」
「そうだな。今のうちに材料の準備でも済ませておこうか」

 ユリアと話しながら厨房に行こうとする洋斗を、鈴麗が呼び止めた。

「それなんだけど、あなたたち二人は開店からずっと働きっぱなしじゃない。二人で白宴祭回ってきたら?ふ・た・り・で!」
「な、なんで二回言ったんですか…………!」
「だって、そりゃ、大事なことですから?」
「でも俺がいないと分かんないだろ?」
「さすがに慣れたわ。あとは私と芦屋でやっておくから!」
「え!?僕もう疲れ「アンタずっとそれ言ってるじゃない!いい加減シャキッとしなさい!!」

 積み重なる披露で曲がった芦屋の背中を、鈴麗が容赦無く叩く。軽快な音を鳴らすその光景は熟練の夫婦のようでもあった。

 (なんか、馬が合ってるな……………)
 (意外とお似合いかも知れませんね…………)

「分かった。じゃあ行こうか、ユリア」
「は、はいっ!」
「ユリア!」

 洋斗を追いかけようとしたユリアを鈴麗が呼び止め、耳元で囁いた。

「(ガンバりなさいよ?あいつ何気に人気あるから、ボーッとしてたらどこぞの馬の骨に取られるわよ?)」
「!?鈴麗ちゃん、なんで「おーい、早く行くぞー」
「ほら、いってらっしゃい!」
「え、はぁ……………はい!今行きます!」
 

 二人は付かず離れずの絶妙な距離を保ちながら騒がしい廊下を歩いている。たまに売り子が声をかけてくるがそんなものが耳に入らないほどに、今の二人の心は動揺しきっていた。

「うーん、特に行く宛とかはないし、適当に歩いてみるか」
 (な、なんかこれデートっぽくないか?いや、多分これは気にしたほうが負けのやつなんじゃ…………って、ユリアは何ボーッとして…………)

 (ど、どうしよう………!鈴麗ちゃんが変なこと言うから、意識しちゃいます………………えへへ)
「ユリアー」
「ひゃイ!?」
「どこから出た今の声!?てか聞いてたか?とりあえずいろいろ回るぞ」
「は、はいっ!そそそうですね!」



「あ!クレープですよッ!」

 そこには、どこぞの部活が開いていたクレープの屋台だった。程良く甘ったるい匂いが小さく腹の虫をくすぐっていく。

「ホントだ。昼飯あんまり食べられなかったし、買っていくか」
「私は…………イチゴにします!」
「俺はとりあえずバナナチョコでいいかな」

 クレープは10分と待たずして手渡された。手作りらしく所々穴が空いた生地とラッピングされた花束のように綺麗に包まれたホイップクリーム。その中に、洋斗はバナナとチョコソース、ユリアはイチゴとラズベリーソースがそれぞれ華を添えていた。
 二人揃って口に頬張る。生地に包まれていた甘ったるさが口の中に広がった。

「んん………割とうまいな」
「そうでフ………~~~~~ッッ!?」
「!?どうした!のどに詰まったか?」
 (どうしよう!手持ちに飲み物なんてないし………!)

 とりあえずユリアのちいさな背中を叩く。数回の後彼女の喉から、ごくんっ、と音が鳴った。

「んぐ…………い、痛いです」
「え?あぁ悪い!」
 (しまった、力強すぎたか!さすがに嫌われ………?)
「………フフっ、良いですよ!許してあげます。むしろありがとうございます、ですね」
 (ちょっと痛かったですけど、私のためを想ってやってくれたことですし………へへ)

 背中に痛みを堪えつつも、それに隠れる優しさを感じてついついほくそ笑むユリアであった。



 ───そんな先刻とは打って変わって。
「ううう………やっぱりコワいです………」

 すっかり縮こまって、涙目で震える彼女があった。対してさして怖くもない洋斗は、その姿に幼さを感じつつも呆れ混じりのため息を吐く。

「やっぱりユリアにお化け屋敷は無理だったんじゃ………」
 (いかにもこういうの苦手そうだしな………!!!)
 演出用に置かれていた小石をつかんであらぬ方へ投げつける。
「いでっ!?」
「え………」
「………あ」

 小石が飛んで行った先で誰かの苦悶の声がする。どうやら驚かせようと隠れていた生徒に当たったようだ。

「いってーな何すんだ!?つーかなんで分かった!?」
「す、すいませんつい!反射というか、殺気というか………」
「あ、あははは………」

 とにかく頭を下げまくった。
 それはもう、首から頭が吹っ飛んでもいいと思うくらいには渾身の速度で下げまくった。

「そういえば分かるんでしたっけ。相手が見えてなくても」
「こればっかりは反射だからなぁ。抑えようとして抑えられるもんじゃないし………」

 ふ、と。
 洋斗があらぬ方向へ顔を向けた直後、目先の襖が開いて奥の女の子とばっちり目が合う。
 不意打ちで脅かせようとしていた女の子はすっかり毒気を抜かれて「あー、なんかゴメン」と逆に謝られてしまう始末。
 もしかしなくてもここにいてはいけない、そう思って二人はそそくさと進行ルートを進んでいく。

「すごいですよね!何か特別なことをしていたんですか?」

 言われて、過去のことを思い返す。
 学校帰り、玄関に入ってすぐ茶碗が飛んできたり。
 食事中、味噌汁飲んでたらトイレットペーパーが飛んできたり。
 用を足してる最中、後ろの小窓から漢和辞典が落ちてきたり。
 ………説明するのもアホらしいのでそっと記憶に蓋をした。

「特別なこと………まぁ特別だな」
「………なるほど、特別ですか。ふふっ」
「な、なんだよ」

 ユリアはそこから無理に聞き出そうとはしなかった。
 彼の表情を見て、何となく楽しいことだったのが分かっただけでも十分だと思った。

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