60 / 90
第3章 強縁編(回帰)
雨降って地固まる
しおりを挟むー2012.10.20ー
「それで、その時にたまたま俺を発見したのが、今の親父ってわけだ」
「…………………………」
一通り話し終えた頃には、少しだけ日が傾き始めていた。
太陽の位置が変わったことで先ほどよりも深く日差しが入ってくる。それによって、どこか物寂しげに手元を見つめながら語る洋斗の姿がはっきりと照らされ、そこに濃い陰をのせている。
「………………えと、その、ごめんなさい。私から聞いておいてこんな………」
「いや、俺が話したくて話し始めただけだし。気にすることはないよ?反応に困るだろこんな話」
「……………………あの、洋斗君?」
「ん?」
ユリアはふっと洋斗の方を向いた。洋斗の向く方向は変わらない。
「その、辛かったですか?」
「…………そうだな、何がかって言われると困るけど、俺が二人の力になれなかったことが特に」
「でしたら…………今も、辛いですか?」
「…………え」
洋斗は憂いの表情にわずかな驚きを重ねてユリアの方を向いた。
「ご、ごめんなさい!辛いのなんて当たり前ですよね!」
「………………………」
申し訳なさそうに笑うユリアを見ながら、ふと自分を見つめ直す。
目の前で惨劇を起こさないために強くなると決めた。失う人を作らないために、友達も作らなかった───ただし、一名の例外を除いて。
それほど今後の人生に多大な影響を与えるほどの大きく、深い傷だった。
───にも関わらず
思っていたほど、心自体は沈んでいないことに気づいた。
(…………………………)
何でだろうか。
これまでは思い出す度に怖気立ったものなのに。
(───いや、理由はひとつか)
「…………………どうだろう」
「………………へ?」
辛かった───という旨の返答を覚悟していたのだろう。きょとんとしていたユリアがどこか可笑しくて吹き出しそうになるが、それ以上に言うべき事がある。
「信じてなかったけど、誰かに話すと楽になる───っていうのは本当みたいだな。思ったほど苦しくないんだ」
洋斗は改めてユリアの方を向き直る。
「ユリアが聞いてくれたおかげだよ。ありがとう」
自然と感謝の言葉が口をついて出た。
思い返せば、この事は家族以外には秘密にしていて、誰かに話したのはこれが初めてだ。
なぜユリアに話したくなったのかは分からないままだが、もっと早くこうしていればもっと落ち着いた人生を送れたのかもしれない、そう思った。
「そう、ですか。なら良かったです」
ふっと朗らかな笑みをこぼすユリア。だが、その顔はすぐに引き締まったものになる。
「覚えていますか?洋斗君が『見捨てたりしない』って言ってくれたこと」
「…………それはもちろん」
洋斗は入学して間もない頃の、ユリアの震えた声を思い出す。
「私だって、時々思い出すことがあるんです。森の中に捨てられて、独りで森の中を歩き回った時を…………。けど、あの時の洋斗君の言葉が、その度に私を元気にしてくれます」
まるで闇夜に差す朝日のように。
晴れやかな笑顔を洋斗へと向けた。
「だから、私だって洋斗君を見捨てたりなんてしません。洋斗君は私にとって大事な人なんですから」
言葉が出なかった。
あの言葉がそれほど意味の大きなものだったことも驚いたが、それ以上に、誰かがそんな事を言ってくれる日が来るとは思っても見なかった。
不意のことに鼻の奥がつん、としてくる。目頭が熱くなる。
顔を隠すためにさり気なくユリアとは反対方向にある窓を見る。
「……………………そっか」
それ以上のことが起こらぬように全力で我慢しながら、精一杯の感謝の気持ちを絞り出す。
窓に映る外の夕日は、いつもと同じように眩しく輝いていた。
ー2012.10.21ー
昨日はあれからもう一眠りしているうちに一日が終わった。今日は日曜日である。
ユリアと二人で学校から出る。元々能力をうまく使えばすぐに塞がる傷では無かったはずだが、ここで保健室の先生の驚く顔が頭に浮かぶ。「ひ、人にしては頑丈ね……………」と、そのひきつった顔に書いてあった。
そんなわけで───現在。
相も変わらずバカにでかい校門を境目に、洋斗・ユリア組は、芦屋・鈴麗組と鉢合わせていた。
「「あ………………」」
洋斗、芦屋は二人揃って躊躇いの様相を見せる。
二人はあの時、すなわち橋の上で派手に喧嘩した時からたった今まで、一度も会っていない。
何を話して良いか分からない。
(うわー、どーしよー…………………)
洋斗は、とにかく困っていた。
「どうしたんですか?」
横にいるユリアは状況がつかめないようで、きょとんとした顔で様子を伺っている。無論捕まっていたのでこちらの事情など知る由もない。
───対して。
(うわー、どーしよー…………………)
芦屋も困っていた。
「(何してんのよ、とりあえずアンタから行きなさい!)」
ただ洋斗側と違うのは、この場で唯一の困っていない人がいることだろう。事情を大方把握している鈴麗が、仲介役となるべく芦屋の背中を物理的に後押しする。
よろめきそうになる身体を抑えて、芦屋は洋斗に向き直る。
「け、怪我、塞がったんだね」
「ん?まぁ元々あった傷が開いただけで、それ以外の大きな傷は無かったからな」
「え、そうなの?そんな軽傷には見えなかったけど…………」
「何だかんだで打撲とか切り傷で済んだ。むしろその前の傷の方が多いぜ?」
「うっ………………で、でも元はといえば洋斗の所為じゃんか!自業自得だよ!」
「ぐ、それはその…………………」
お互いに痛いところを突いて突かれての挙げ句押し黙る二人。
ユリアはただオロオロしながら二人を見つめている。
鈴麗もこの場はさすがに空気を読んで神妙に黙っている。
洋斗がフーと息を吐いて肩の力を抜いて。
「芦屋」
不意に洋斗が親友の名を呼ぶ。
「………ん?」
「えと、その……………帰るか」
「……………そうだね」
洋斗と芦屋は小さく笑みをこぼして歩み寄る。ユリアは何事も無かった安心感を胸に洋斗に駆け寄り、鈴麗は「全く………」という感じでホッと一息。
その安心からか、
「(……………次は負けんぞ?)」
「(勝つよ、次もね)」
二人の間に迸ほとばしる青白い火花を知ることは無かった。
0
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
転移特典としてゲットしたチートな箱庭で現代技術アリのスローライフをしていたら訳アリの女性たちが迷い込んできました。
山椒
ファンタジー
そのコンビニにいた人たち全員が異世界転移された。
異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。
その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。
攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。
そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。
前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。
そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。
偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。
チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる