Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~

ふろすと

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第3章 強縁編(回帰)

雨降って地固まる

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 ー2012.10.20ー



「それで、その時にたまたま俺を発見したのが、今の親父ってわけだ」
「…………………………」

 一通り話し終えた頃には、少しだけ日が傾き始めていた。
 太陽の位置が変わったことで先ほどよりも深く日差しが入ってくる。それによって、どこか物寂しげに手元を見つめながら語る洋斗の姿がはっきりと照らされ、そこに濃い陰をのせている。

「………………えと、その、ごめんなさい。私から聞いておいてこんな………」
「いや、俺が話したくて話し始めただけだし。気にすることはないよ?反応に困るだろこんな話」
「……………………あの、洋斗君?」
「ん?」

 ユリアはふっと洋斗の方を向いた。洋斗の向く方向は変わらない。

「その、辛かったですか?」
「…………そうだな、何がかって言われると困るけど、俺が二人の力になれなかったことが特に」
「でしたら…………今も、辛いですか?」
「…………え」

 洋斗は憂いの表情にわずかな驚きを重ねてユリアの方を向いた。

「ご、ごめんなさい!辛いのなんて当たり前ですよね!」
「………………………」

 申し訳なさそうに笑うユリアを見ながら、ふと自分を見つめ直す。
 目の前で惨劇を起こさないために強くなると決めた。失う人を作らないために、友達も作らなかった───ただし、一名の例外を除いて。
 それほど今後の人生に多大な影響を与えるほどの大きく、深い傷だった。



 ───にも関わらず
 思っていたほど、心自体は沈んでいないことに気づいた。



 (…………………………)

 何でだろうか。
これまでは思い出す度に怖気立ったものなのに。

 (───いや、理由はひとつか)

「…………………どうだろう」
「………………へ?」

 辛かった───という旨の返答を覚悟していたのだろう。きょとんとしていたユリアがどこか可笑しくて吹き出しそうになるが、それ以上に言うべき事がある。

「信じてなかったけど、誰かに話すと楽になる───っていうのは本当みたいだな。思ったほど苦しくないんだ」

 洋斗は改めてユリアの方を向き直る。



「ユリアが聞いてくれたおかげだよ。ありがとう」



 自然と感謝の言葉が口をついて出た。
 思い返せば、この事は家族以外には秘密にしていて、誰かに話したのはこれが初めてだ。
 なぜユリアに話したくなったのかは分からないままだが、もっと早くこうしていればもっと落ち着いた人生を送れたのかもしれない、そう思った。

「そう、ですか。なら良かったです」

 ふっと朗らかな笑みをこぼすユリア。だが、その顔はすぐに引き締まったものになる。

「覚えていますか?洋斗君が『見捨てたりしない』って言ってくれたこと」
「…………それはもちろん」

 洋斗は入学して間もない頃の、ユリアの震えた声を思い出す。

「私だって、時々思い出すことがあるんです。森の中に捨てられて、独りで森の中を歩き回った時を…………。けど、あの時の洋斗君の言葉が、その度に私を元気にしてくれます」

 まるで闇夜に差す朝日のように。
 晴れやかな笑顔を洋斗へと向けた。


「だから、私だって洋斗君を見捨てたりなんてしません。洋斗君は私にとって大事な人なんですから」


 言葉が出なかった。
 あの言葉がそれほど意味の大きなものだったことも驚いたが、それ以上に、誰かがそんな事を言ってくれる日が来るとは思っても見なかった。
 不意のことに鼻の奥がつん、としてくる。目頭が熱くなる。
 顔を隠すためにさり気なくユリアとは反対方向にある窓を見る。

「……………………そっか」

 それ以上のことが起こらぬように全力で我慢しながら、精一杯の感謝の気持ちを絞り出す。
 窓に映る外の夕日は、いつもと同じように眩しく輝いていた。







 ー2012.10.21ー





  昨日はあれからもう一眠りしているうちに一日が終わった。今日は日曜日である。

 ユリアと二人で学校から出る。元々能力をうまく使えばすぐに塞がる傷では無かったはずだが、ここで保健室の先生の驚く顔が頭に浮かぶ。「ひ、人にしては頑丈ね……………」と、そのひきつった顔に書いてあった。
 そんなわけで───現在。
 相も変わらずバカにでかい校門を境目に、洋斗・ユリア組は、芦屋・鈴麗組と鉢合わせていた。

「「あ………………」」

 洋斗、芦屋は二人揃って躊躇いの様相を見せる。
 二人はあの時、すなわち橋の上で派手にした時からたった今まで、一度も会っていない。
何を話して良いか分からない。

 (うわー、どーしよー…………………)

 洋斗は、とにかく困っていた。

「どうしたんですか?」

 横にいるユリアは状況がつかめないようで、きょとんとした顔で様子を伺っている。無論捕まっていたのでこちらの事情など知る由もない。
 ───対して。

 (うわー、どーしよー…………………)

 芦屋も困っていた。

「(何してんのよ、とりあえずアンタから行きなさい!)」

 ただ洋斗側と違うのは、この場で唯一の困っていない人がいることだろう。事情を大方把握している鈴麗が、仲介役となるべく芦屋の背中を物理的に後押しする。
 よろめきそうになる身体を抑えて、芦屋は洋斗に向き直る。

「け、怪我、塞がったんだね」
「ん?まぁ元々あった傷が開いただけで、それ以外の大きな傷は無かったからな」
「え、そうなの?そんな軽傷には見えなかったけど…………」
「何だかんだで打撲とか切り傷で済んだ。むしろの傷の方が多いぜ?」
「うっ………………で、でも元はといえば洋斗の所為じゃんか!自業自得だよ!」
「ぐ、それはその…………………」

 お互いに痛いところを突いて突かれての挙げ句押し黙る二人。
 ユリアはただオロオロしながら二人を見つめている。
 鈴麗もこの場はさすがに空気を読んで神妙に黙っている。
 洋斗がフーと息を吐いて肩の力を抜いて。

「芦屋」

 不意に洋斗が親友の名を呼ぶ。

「………ん?」
「えと、その……………帰るか」
「……………そうだね」

 洋斗と芦屋は小さく笑みをこぼして歩み寄る。ユリアは何事も無かった安心感を胸に洋斗に駆け寄り、鈴麗は「全く………」という感じでホッと一息。

 その安心からか、



「(……………次は負けんぞ?)」
「(勝つよ、次もね)」

 二人の間に迸ほとばしる青白い火花を知ることは無かった。






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