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第0章 想起編
血涙に沈む───
しおりを挟むいつの間にか、この村は大雨の中にいた。
「………………………ぅ」
その中で、洋斗は小さくうめき声を上げながら瞼を開こうとする。だが、何かがこべりついているみたいな感じでどことなく抵抗がある。
背中には堅い感触。建物の壁にもたれて座っている形だった。
あれから、一体どれくらいの時間が経ったのか。
そもそもここはどこか。
なぜこんな状況になっているのか。
そんな疑問は、一気に消え去ることとなった。
張り付いた瞼を剥がして、目を開く。
その目に入ったのは、地面に転がる死体だった。
「…………………………え?」
一瞬で頭が空白になる。
一番近くにあった死体は首が切り離されて、その近くに転がっていた。
まさか、先程の少女だろうか?
その反対方向には腹や脚、腕や頭など所々が欠けている死体の群がある。
まさか、父さんが鎮圧した村人達だろうか?
周囲を見ようと首を回していると、何かに手が当たってカチ…………と音を立てた。
それは、家の家宝である刀だった。鞘は左手側に捨ててあり、右手側のの刀身は血にまみれて固まっていた。
───まさか、これは俺がやったのか?
俺が寝ている間に、そこら中にいた人を……………いや、もしかしたら村の人全員を……………?
刀に触れている右手は、刀身と同じように、元の肌色が分からないほどに血にまみれていた。
左手も、服も同様。
血塗れた両手で、そっと顔を覆う。
目覚める時に瞼を張り付けていたのは、顔にかかった返り血だった。
手が震えずにはいられない。こみ上げる吐き気は中々収まってくれない。
いきなり目の前に死体を放られたようなものなのだから無理もないだろう。むしろそれよりもひどい。
漏れそうになる嗚咽を必死に押さえ込み、改めて周囲を見渡す。それにより必ず目に付く、
父さんと母さんの、無惨な遺体。
胸が痛い。
だが何故か涙は出ない。
その感情は、最早涙で語れる領域を越えている。
「………………………」
洋斗は、取り憑かれたように動き出す。
村の中でとりわけ背が高い木の所までを2往復し、二人の遺体を引きずりながら二人の遺体を運ぶ。
二人が寄り添って座っているように下ろす。
それは洋斗が本能的に行った、ただの気休め。
無駄だと分かっていても止めることは出来なかった。
気づけば洋斗は二人に背を向けて、村の中をふらふらと歩いて回っていた。
自分の家に着いた。
お茶を飲んでいたあの時の空の湯呑みが置いてあった。
佐貫さんの家の前を通った。
二人とも、何かに頭を貫かれて死んでいた。
村で一番大きな畑があった。
畦道に、肩口に鍬が刺さったままの死体が転がっていた。
よく子供が遊んでいる広場も通った。
小さな死体が5、6体、そのどれもが首を切られていた。
どれほどの時間歩き回ったかは分からない。とにかく洋斗にとっては無限とも言える時間を歩き続けたが、洋斗に声をかけてくれる人はない。
この村の中に最早安住の地は無く、生きている人は誰一人としていない『地獄』になっていた。
意識を捨てたまま放浪と歩いていた洋斗は、無意識に山奥の石碑の前に来ていた。
こんな大雨の中でも、その石碑は何事もなかったかのようにそこに突っ立っている。
ふらふら引き寄せられるように石碑の前まで進み、バチャッと音を立てながら膝を落とした。
「なんだよ、これ…………」
追いすがるように両手で石碑を掴んで額をつける。
「いきなり殺し合いが始まったと思ったら、突然父さんと母さんがいなくなってっ、意識失ったと思ったら俺以外がみんな死んでた……………!何がどーなってんだよォ……………………ッ!」
入り乱れた混乱の末に吐き出された心の叫び。
それに相づちを打つ者は誰一人いない。
穏和で心優しい母さん、強くて一つの目標である父さん。さらにはいつも快く相手してくれた村の人たち。
それらをわずか一時間もしない内に全て奪われてしまった。
───否
───全て自分で、奪い捨ててしまった。
それを拾えなかったのは、紛れもない自分の弱さ故の失態。
「なんで………………」
ならばせめて、
「なんで、俺も殺してくれなかったんだよ…………」
一人にだけはなりたくなかった。
自分一人で生きていけというのか?
このまま、自分の弱さを悔やみ続けろと言うのか。
このまま、すべてを失った悲しみに打たれ続けろと?
未来が真っ黒に塗りつぶされるような錯覚に襲われる。
そう思ったとき、
「ぅ、うぁ…………………」
遂に、洋斗の心は決壊した。
「ぅあ゛ああああ゛あぁあぁあぁぁぁぁあ゛あああぁぁああああ゛ああぁあぁあああ!!!!!!」
堰を切って涙と絶叫が溢れ出る。
洋斗は力尽きるまで泣き叫び続けた。
───そこから
とある男に拾われるまで
放心状態のままの約一週間を生き長らえる事になる。
死ぬことすらも、面倒だった。
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