マニブス・パルビス@どの話からでも読める伝奇短編集

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097.花

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 巨大なイチジクを割ったら中から人間の肉と血が溢れてきた。

 午後一番に通報を受けたのはのんびりとお茶をすすっていた西警備署の署長である。悪戯とも疑わしいその内容だったが、通報があった以上現場には行かなければならない。昼休憩後の物騒な事件。その上、先ほど昼食を平らげた身体とあって男は憂鬱な気分になった。通報内容を聞いただけでも胃から食べたものがこみ上げてきそうだ。

「署長、どうかされましたか」

 その様子を向かいの机から見ていた別の署員が声をかける。男と交代で昼休憩に入るために立ち上がったいばら野梨子である。

「頼まれて欲しいことがあるんだけど」

 外で休憩をとること、直帰を条件に女は署長の頼みを了承した。

 女署員が通報者の家に駆け付けると、台所にはスイカ大のイチジクが乗っており、半分にカットされたその断面からは真っ赤な汁がしたたり落ちたのだろう。まな板からシンクまでべたべたとした生臭い液体が溜まっていた。

 断面は血抜きされた肉のようになっていて、水分が抜けたおかげでその様子をよく見ることができる。果肉の代わりにみっちり人間が詰められ、それを矢状面で割ったような人肉の断面だった。頭の方には髪の毛と思しき細い糸が脳にも見える組織に絡みついていた。

 もちろん、中に詰められている人間は絶命している。

 イチジクを割った住人は居間に座り込んでおり、放心した様子で、事の次第は悲鳴を聞いた駆け付けた隣人が説明した。

 いくつか提起される疑問があった。まず、イチジクもどきに入っている人間は誰なのか。死んだのはいつで、死因は何なのか――イチジクを購入した人間はこれを非常に気にしていた。もっとも、イチジク購入者がカットしたことが死因だとしても、今回の事情は想定外であり、自治会としては何の糾弾もできないと思われる。自治会に問い合わせてみないとわからないが、特区に昔から住んでいる歴戦の自治会といえこの事態を予測できるだろうか。――、イチジクに入った段階で死んでいたとしたならば、イチジクの販売者はそれを知っていたのか。

 昼休憩は無し、直帰も下手すれば定時より遅くなるだろう事件だった。

***

 イチジクを販売した八百屋はすでに閉まっていた。閉店時間を過ぎていたわけではない。店ごとどこかへ飛んだようである。

 周辺地域の住人に事情を確認するが、急に現れて急に消えたと話す。流しの出店者となると、まっとうな八百屋ではなかったかもしれない、と野梨子は推測した。

 大概、このようなバイオ事件を起こすのは自治会の認可を受けられるような正規品を扱う店ではない。模造品を育成したり新品種という名目に、異常実験の果てに生まれた生物を処分するために出稼ぎと称して商店を隠れ蓑にする業者も少なくはないのだ。

 横流しされた物珍しいものを住人は購入する。そして、事件に巻き込まれて自治会や警備署に駆け込むのである。

***

 この日、いばら野梨子は西と南の境に住む占い師の元を訪ねた。

 特区内の出来事でわからないことはないと豪語する占い師は気分が乗らないと力を出し渋ったが、その萎えた足の先を地面に付けて、件のイチジクが生えている場所を容易に特定した。

「植物にも心があるらしいというのをご存じかしら」

「特区内の植物は一層そうでしょうね」

 野梨子には占い師の発言の意図が掴みかねた。特区内での一般的な見解を口にする。

「それでは、異種交配は?」

「……図書館でファンタジー小説でも借りたんですか?」

「あまりその類の本は借りませんわね」

 モンスターの類ではない、占い師は言った。その境地にいたる意志はなかった。しかし、別の思惑はあった。

「私も今回のような出来事については命を落として以降確認したことはありません」

 占い師はイチジクの生えている場所を教えた。ことが片付いた暁には、その話を報酬にすると野梨子に約束させて。

***

「イチジクの花は中に向かって咲くのを知ってるかい?」

 捕えた男は語った。

「あのイチジクは思いを遂げたかったのさ。人間に恋をした哀れな植物さ。俺は実を結ぶためにご所望の人間を捕まえてきただけ」

 イチジクを前に男はキューピッドを騙ることで理性を保っているかのようだった。無理もない。人間を精として受けたイチジクが人間大の実を付けたのを間近で目撃した一般人である。

 見返りは決して結実しない呪いだそうだ。

「イチジクは思いを遂げた。俺は不実な妻に呪いを与えた。持ちつ持たれつというやつさ」

 イチジクの中から出てきた人間は哀れ、イチジクに恋慕された人間であった。
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