マニブス・パルビス@どの話からでも読める伝奇短編集

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051.しるべ

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 朝、起きると街は水の中に沈み込んでいた。薄暗くぼんやりとした世界が眼前に広がっている。

 ゴボリ。肺の中から空気が吐き出され、一気に呼吸が苦しくなった。今まで、寝ている間はどのように息をしていたのかわからない。グブグブという自分のが吐いた空気の音が響く。意識を失えばそのまま、沈んでしまう。今は、ここから出ることを考えよう。

 思考がクリアだった。着の身着のまま、窓を開いて外へと飛び出る。幸い、建物の中も外も水に満たされていたからか、難なく外に出ることができた。パジャマの裾が尾びれのようにたなびいている。その揺らぎを感じながら、浮き上がる方へと泳いでいった。空が白い。水面から入る光が揺れる。空を飛んでいる。そんな景色だった。

 静かな水から脱出すると一気に聞こえ始める環境音。鳥の声。水没したビルに当たる波の音。

 高台に上ると一面、街が水に沈んでいた。ビルの頭が辛うじて水面から出ているが、商店街や路地は全て水没している。遥か向こう側に見える観覧車は水を流して水車のようになっていた。あちこちで緑色の水草が生えアクアリムのようだ。水生のモンスターが家の窓や扉を行き来し優雅に泳ぐ。自宅もあった。開け放たれた窓はもう遠い。

 しんと静まり返っている。ここに住んでいた住人はどこへ行ったのか。一人も、誰もいない。

 まだ自分は夢の中にいるのか、これはやはり現実で他の人間は自分が起きた時のようにまだ眠りの中にいるのか。

 身体を整え再び潜った。夢のなかで泳ぐように、身体はすいすいと深く潜る。

 不思議なことに道は見えるのに、そこにはたどり着けなかった。息は長く続き、延々、商店街を目指す。

  その道に向かって銀色の鎖が伸びているのが見えた。あれを辿って行けばメインストリートに降り立つことができるだろう。息はまだ続く。ひとまずあのしるべまで進もうと決めた。

 少し進むと濁りが視界を曇らせた。茶色とも白色ともつかない靄が揺れ、数メートル先も見えなくなってくる。透き通っていた世界が嘘のようだった。本当にこの方向で合っているのか……。

 水草をかき分けながら手を伸ばすと、硬く細長いものに触れた。銀色の鎖があった。

 曇った水の中をそれを頼りに深く進んでいく。この鎖の先に、とても重要なものがあるような気がした。

 辿り着いた先には地面があった。この道は南の舗装された道である。足が着いた衝撃で砂が舞ったがそれもゆっくり元の場所に戻る。

 金属の先には黒い物体があり、それは土に詰まっている。

 栓だ。この街に水をためている栓がある。いつの間にか水に沈んでいた街は、やはり怪異に見舞われていたのだ!

 これを抜けば特区は元に戻るはずだ。力いっぱい引っ張る。起きた時の窓のようには栓は簡単に抜けなかった。向こう側にはなにか空間があるのか……。

 踏ん張っていると、肩に触れるものがあった。モンスターか! 鎖は手放さないまま距離をとると、何人かの人間が手ぶりをしていた。

『てつだう』

 そのまま、銀の鎖を共に抜こうと踏ん張った。二、三人がやがて十人ほどに増えた。眠っていた人間が起きて、鎖を頼りに来たに違いない。

 一人が、一気に引くぞ! と合図をした。

 その手ぶりで一斉に力を入れる住人達。

 黒い栓が外れた。水が流れていく。急激な流れがその場にいた人間を襲った。恐れはない。全員がなぜか喜んでいるようだった。

 穴に吸い込まれていく――。

***

 気が付けば、ベッドの上に寝かされていた。

「運が良かったですね」

 看護師の説明によると、複数人が湖の化け物に食われ、サルベージに失敗したらしかった。

 しかし、どういったわけか全員が無傷のまま、モンスターの肛門から排出され、今まで眠っていたのだという。

 あの銀色の鎖は元の世界へと導く道しるべだったのかもしれない。
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