5 / 23
5
しおりを挟む
本日の学は図書館で視線を集めていた。感嘆するような羨望の眼差し、値踏みをするような粘っこい視線をたくさん感じる。学の一挙一動で周囲の空気が変わる、普段通りの日常だった。
しかし、慣れてはいるものの落ち着かず、気分が良いものではない。ベータの友人である九郎が居心地悪く座っている。彼は視線を集めることに慣れていないのだから無理もないだろう。学も視線をシャットアウトして課題に取り組みたかった。
「図書館じゃなくて、別なところに移ろう」
学は肩をすくめて友人に提案をした。学の顔をみて一瞬惚けた顔をした九郎だったが、そうだな、と言って荷物をまとめ始めた。課題に関する本については目星をつけた。あとは、ミーティングルームを借りて論文と合わせてまとめを作った方がいいだろう。
「なんだか悪いな」
九郎が困った顔で言う。気のいいやつで、よせばいいのにオメガの学と一緒に付きあってくれる貴重な友人である。前髪を長くして学同様に表情を隠している彼は、学という存在に慣れてくれたのか、学の顔に心を奪われる時間が短くなっていた。コミュニケーションにタイムラグがない、それだけでマナブにはありがたかった。大学の中では気の置けない友人である。
この大学はベータの学生も少ない。ベータ内でもオメガはお荷物扱いであるというのに、この九郎という男は心優しく、学に付き合ってくれているのだった。きっかけは、講義のグループワークだったが、講義が終了したにも関わらず声をかけてくれた九郎には感謝しかない。学の能力、そして内面を認めてくれたと思うと学は嬉しかった。
「大丈夫。行こうぜ」
学が椅子を立ちかけた時だった。
学に集まっていた視線が少なくなり、見られているという緊張感が薄れた。視線というものはかなり重たさを感じるものだ。それが、数十あるならなおさら。何かの発表会の時に視線が集まれば緊張するだろう。複数の目に晒されているということは、その時の感覚に似ていると思う。
学がこの場から立ち去ろうとするならば、周囲の視線は追従するはずだった。生まれてこの方、芸術家が彫った彫刻のように美しい顔で過ごしてきた学にとって、空気感は手に取るようにわかるようになっていた。その重苦しい空気が消えた。まるで、誰かに肩代わりされたように。
「見て、お姫様」
「来たよ」
周囲で女子学生のひそひそ声が聞こえる。急に始まった何か──学よりも面白いコンテンツ──を嘲笑するような、嫌な響きを感じる話し声だった。その細かい棘のある声色で、学生が笑っているのだ。
学が顔を上げて周囲を見渡すと、集まっていた視線はすべて別の場所に向けられていた。うわさ話をしている女子学生のその様子を学がじっと見ると、その視線に気が付いたのか顔を真っ赤にして呆然と立ち竦む。そして、はっと我に返ってその場から逃げていく。しかし、それもその少数だけの話で、他の学生はこそこそと嫌な感じで笑いを続けていた。
「この大学、お姫様なんているの?」
耳に入った情報をもとに、学が九郎に聞いた。この国にはお姫様と言われる存在はいないし、お姫様の階級の留学生の話も聞いたことがない。それに、そんなに高貴な存在がいるとしたら、こうして笑いの種にはならないだろう。
「お前、情報に疎いなあ」
九郎が呆れたように言った。その口ぶりだと、どうやら本当にお姫様がこの学校にはいるらしい。
「留学生か何かか?」
それにしては、さっきの学生たちの嘲笑は気になった。しかし、ちょっとしたことで注目されている自分やアルファからほとんど無視されているベータの九郎を鑑みると、他人を嘲ることに抵抗のない人種も一定数この大学にはいるのである。
「見ればわかる」
「見ればって……」
九郎があごでしゃくった。学がそちらを振り向くと、本棚の陰から分厚くて大きな本を抱えて歩いて来る少女が見えた。
そう、少女である。
そこにはお姫様と言っても過言ではない小さな女の子がいた。いや、女の子であるはずはないのだ。ここは大学なのだから。
「飛び級?」
海外のお姫様はこの国の学生と同じくらいの教育レベルなのかもしれない。学は素直な感想を口にした。
「同じ年らしいよ。背が小さいんだって」
九郎がマナブに説明する。同年齢にしては本当に小さい。学と並べば中学生くらいに見えるだろう。他人からはお兄ちゃん扱いされそうだ。
ここが中学校の図書館だと言われれば、本好きな少女なのだろうと思うのだが、ここは大学。他の成熟した学生に囲まれていると確かに異質な存在だ。学と同じくらいの視線を集めるのも理解できた。
しかし、慣れてはいるものの落ち着かず、気分が良いものではない。ベータの友人である九郎が居心地悪く座っている。彼は視線を集めることに慣れていないのだから無理もないだろう。学も視線をシャットアウトして課題に取り組みたかった。
「図書館じゃなくて、別なところに移ろう」
学は肩をすくめて友人に提案をした。学の顔をみて一瞬惚けた顔をした九郎だったが、そうだな、と言って荷物をまとめ始めた。課題に関する本については目星をつけた。あとは、ミーティングルームを借りて論文と合わせてまとめを作った方がいいだろう。
「なんだか悪いな」
九郎が困った顔で言う。気のいいやつで、よせばいいのにオメガの学と一緒に付きあってくれる貴重な友人である。前髪を長くして学同様に表情を隠している彼は、学という存在に慣れてくれたのか、学の顔に心を奪われる時間が短くなっていた。コミュニケーションにタイムラグがない、それだけでマナブにはありがたかった。大学の中では気の置けない友人である。
この大学はベータの学生も少ない。ベータ内でもオメガはお荷物扱いであるというのに、この九郎という男は心優しく、学に付き合ってくれているのだった。きっかけは、講義のグループワークだったが、講義が終了したにも関わらず声をかけてくれた九郎には感謝しかない。学の能力、そして内面を認めてくれたと思うと学は嬉しかった。
「大丈夫。行こうぜ」
学が椅子を立ちかけた時だった。
学に集まっていた視線が少なくなり、見られているという緊張感が薄れた。視線というものはかなり重たさを感じるものだ。それが、数十あるならなおさら。何かの発表会の時に視線が集まれば緊張するだろう。複数の目に晒されているということは、その時の感覚に似ていると思う。
学がこの場から立ち去ろうとするならば、周囲の視線は追従するはずだった。生まれてこの方、芸術家が彫った彫刻のように美しい顔で過ごしてきた学にとって、空気感は手に取るようにわかるようになっていた。その重苦しい空気が消えた。まるで、誰かに肩代わりされたように。
「見て、お姫様」
「来たよ」
周囲で女子学生のひそひそ声が聞こえる。急に始まった何か──学よりも面白いコンテンツ──を嘲笑するような、嫌な響きを感じる話し声だった。その細かい棘のある声色で、学生が笑っているのだ。
学が顔を上げて周囲を見渡すと、集まっていた視線はすべて別の場所に向けられていた。うわさ話をしている女子学生のその様子を学がじっと見ると、その視線に気が付いたのか顔を真っ赤にして呆然と立ち竦む。そして、はっと我に返ってその場から逃げていく。しかし、それもその少数だけの話で、他の学生はこそこそと嫌な感じで笑いを続けていた。
「この大学、お姫様なんているの?」
耳に入った情報をもとに、学が九郎に聞いた。この国にはお姫様と言われる存在はいないし、お姫様の階級の留学生の話も聞いたことがない。それに、そんなに高貴な存在がいるとしたら、こうして笑いの種にはならないだろう。
「お前、情報に疎いなあ」
九郎が呆れたように言った。その口ぶりだと、どうやら本当にお姫様がこの学校にはいるらしい。
「留学生か何かか?」
それにしては、さっきの学生たちの嘲笑は気になった。しかし、ちょっとしたことで注目されている自分やアルファからほとんど無視されているベータの九郎を鑑みると、他人を嘲ることに抵抗のない人種も一定数この大学にはいるのである。
「見ればわかる」
「見ればって……」
九郎があごでしゃくった。学がそちらを振り向くと、本棚の陰から分厚くて大きな本を抱えて歩いて来る少女が見えた。
そう、少女である。
そこにはお姫様と言っても過言ではない小さな女の子がいた。いや、女の子であるはずはないのだ。ここは大学なのだから。
「飛び級?」
海外のお姫様はこの国の学生と同じくらいの教育レベルなのかもしれない。学は素直な感想を口にした。
「同じ年らしいよ。背が小さいんだって」
九郎がマナブに説明する。同年齢にしては本当に小さい。学と並べば中学生くらいに見えるだろう。他人からはお兄ちゃん扱いされそうだ。
ここが中学校の図書館だと言われれば、本好きな少女なのだろうと思うのだが、ここは大学。他の成熟した学生に囲まれていると確かに異質な存在だ。学と同じくらいの視線を集めるのも理解できた。
0
あなたにおすすめの小説
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる