さこゼロ短編集

さこゼロ

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your and my summer birthday【青の魔女③】

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 我が終生のライバルから家庭を持つと連絡が入ったのは、いつの事だっただろうか。

 薄暗い森の中、自身の膝に頬杖ついて腰掛けていた壮年の男は、木々の隙間から見える真夏の青い空を見上げて小さな溜め息をついた。

 銀色に輝く長い髪は背中の辺りで青いリボンでまとめられ、ブリムの広い黒い三角帽子を少し斜めにかぶっている。

 白いシャツに茶色のベスト、黒のスラックスを着用したその姿は、貴族が狩りに出掛ける狩装束のようでもあった。

「エンテーカ、お疲れ。またえらく積んだな」

 そのとき不意に声をかけられ、エンテーカはゆっくりと顔を向ける。するとそこには、自分よりも年若い青年がこちらを見上げて立っていた。

 短く切り揃えられた金色の髪を左手でかきあげ、眩しい笑顔を満面に浮かべている。

 白く輝く胸甲鎧に白いマントを羽織り、紺のスラックスの腰には白銀の剣が提げられていた。

「水辺が近かったからな、一から創り出すよりずっと効率が良い」

 エンテーカは、四段に積まれたゴリラのような大猿の魔獣から飛び降りて、青年のそばに軽やかに着地する。

「なるほどな」

 青年は付近を流れる川に意識だけを向けながら、納得したように爽やかな笑顔を見せた。

「カイトー、エンテーカー、騎士団の人たちが、撤収作業を始めるってー」

 そのとき木々の奥から、透き通るような女性の声が響き渡る。やがて白い長衣を身に纏った青い髪の女性が、白い魔法杖を片手に現れた。

「おお、サンキュー、セリアー」

 カイトはセリアに大きく手を振り返すと、チラリとエンテーカに目線を向ける。

「さ、行こうぜ」

 先に駆け出すカイトを追って、エンテーカもゆっくりと足を踏み出した。

 ~~~

 傭兵カイトの一団は、三人パーティである。

 剣士のカイトを筆頭に、聖職者のセリアと魔法士のエンテーカ。

 元々カイトとセリアは同郷の幼なじみで、とある街でエンテーカと知り合った。

 エンテーカが共に魔導の深淵を目指そうと切磋琢磨したライバルに裏切られ、大量のやけ酒に酔いつぶれた日の事である。

 その後三人は順調に実績を積み重ね、いつしか英雄と呼ばれるようになっていた。

 そんなある日、

 カイトたちの元に、獅子の魔獣、炎獄の獅子が人里近くで目撃されたと報告が届く。

 奇しくもエンテーカの終生のライバルが、終の住処と選んだ里の近くであった。

 ~~~

 炎獄の獅子は、災害級と認定された魔獣である。

 その姿は全長五メートルを優に超え、その全身が激しい炎で包まれている。

 未だ有効な打撃を与えた事もなく、多大な犠牲を出しながら、追い払うのがやっとであった。

 ここからその場所までは、普通なら馬車で2日とかかる距離。しかしカイトたちは、騎士団の用意した馬車を乗り継ぎ、半分の1日でたどり着く。

 それでも先行していた騎士団員からは、多数の死傷者が出ていた。

 そしてそのとき街の郊外で、一際大きな爆発音が空気を震わせ響き渡る。

 カイトたち三人がその場に駆けつけた時、炎獄の獅子の目の前にひとりの男が立っていた。

 半ば炎が消し飛んだ炎獄の獅子が、一瞬カイトたちに目線を向ける。そのあと不意に振り返り、まるで疾風のように去っていった。

 それを見届けたからかどうなのか、すすけた爆心地の中心にいたその男が、崩れるように膝をつく。

 慌ててセリアが駆け寄るが、何の治療も施さず、哀しそうに首を横に振った。

 カイトと共に近寄ったエンテーカは、男の灰のような白い横顔を見て目を見張る。

 それは彼の終生のライバルと、本気で認めた男だった。

 ~~~

 街は酷い有り様だった。

 いたる所で火の手が上がり、生き残った住人や騎士団員たちによって消火作業が続いている。

 エンテーカは住人たちから情報を集め、やがて一軒の家屋にたどり着く。

 そこは終生のライバルと認めた男、イスバーンの家屋であった。

「もしかして、知り合いの家か?」

 未だ燃え上がる家屋に向けて、懸命な消火作業が続いている。

 その光景を前に立ち尽くすエンテーカに、カイトが心苦しそうに声をかけた。

「ああ」

 エンテーカは振り返らずに、ただ声だけで返事を返す。

「エンテーカ!」

 そのときやっと二人に追いついたセリアが、息も絶え絶えに声を張り上げた。

「せ、生命反応がひとつ! 中に…中に生存者がいるわ!」

「場所は…っ⁉︎」

 エンテーカは慌てて振り返り、両膝に両手をついて俯くセリアを問い詰める。

「げ…玄関から入って、直ぐ左の部屋」

「その辺りはまだ、火の手が強いぞ」

 直ぐさま状況を視認して、カイトが焦った声を絞り出した。

「く…っ」

 エンテーカも、厳しい表情で唇を噛む。

 出来れば自身の水魔法を使用して、一気に消火したいところである。しかし下手な刺激を与えると、家屋が倒壊する危険があった。

「俺が、直接行く」

「お、おい」

 カイトの制止も聞かずに、エンテーカは玄関に向けて歩き出す。続いて火消しの水を拝借して、自身の周りに球状の水の膜を創り出した。

「…ったく、仕方ねーな」

 カイトは苦笑いを浮かべると、事情を説明するために、消火作業中の人たちの元へと駆けいった。

 ~~~

 その部屋の暖炉の前に、ひとりの女性が横たわっていた。

 エンテーカは慌てて女性を抱き起こす。しかし激しい熱にやられたのか、女性は既に事切れていた。

 間に合わなかった…

 強烈な無力感が、エンテーカの胸を締めつける。

 せめて、せめて夫人だけでも救いたかった…

 しかしそのとき暖炉の奥に、エンテーカは淡い魔力の気配を感じ取った。

「まさか…っ⁉︎」

 夫人の遺体を丁寧に横に移動させると、暖炉の中を覗き込む。するとそこには、就学前くらいの黒い髪の女児が眠るように横たわっていた。

「娘が、いたのか」

 エンテーカは恐る恐る両手を伸ばす。

 そのとき少女の周囲に発生している、魔導の結界に気が付いた。

「青い…炎?」

 次の瞬間、シャボン玉が弾けるように、青い炎の結界が消滅する。

 そのまま少女の身体を抱き上げたとき、彼女の両目がゆっくりと開いた。

「ここ、は…? 私…確か、トラックに…」

 少女はそれだけ声を発すると、再び眠るように瞳を閉じた。

 ~~~

 私が師匠せんせいに拾われてから、二年の月日が過ぎた。

 人里離れた静かな湖畔、そこに私たちの住む小さな洋館が建っている。魔獣の生息する森に近いせいか、殆ど人の姿を見かける事もない。

 一度、何故こんな所に住んでいるのかと質問した事があるけれど、誰もいないこの環境が、魔導の探求には都合が良いらしい。

 言ってる事は、確かに分かる。

 だけどそのせいで、生活するうえでの不都合が沢山たくさん発生している。

 師匠せんせいは、いわゆる天才肌だ。

 家事全般は、全くダメ。

 私だって、この小さな子どもの身体では、出来ない事の方が遥かに多い。

 だからいつも師匠せんせいは、時々様子を見に来てくれるセリアさんに、毎回こっ酷く叱られていた。

 私はカイトさんに遊んでもらいながら、正座で縮こまる師匠せんせいを、いつもニヤニヤと横目で眺めた。

 まあ毎度の事だ。急に出来たりはしないだろう。

 そんなある日の夕刻、

 晩ご飯を食べながら、私は雑談のように師匠せんせいに話しかけた。

師匠せんせい、私って今、何歳なの?」

 私の言葉に師匠せんせいは、あごに手を当て少し考える素ぶりを見せる。

「六、七歳…だな」

「もしかして、私の誕生日って分からない?」

「まあ、娘がいる事すら知らなかったからな」

「…やっぱりね。祝って貰った事もないし、薄々勘付いてはいたけれど」

 そんな私の態度に、師匠せんせいが不思議そうな表情を浮かべた。

「いつも思うけど、ハツカはあまり、子どもらしくないね」

「そう…かな?」

 私は思わず苦笑いになる。まあぶっちゃけ、中身は子どもじゃないからね。

「まあ俺も、それほど子どもに詳しい訳じゃない」

 それだけ言って、私の仕留めた猪の、魔獣の肉を口の中に放り込む。

 師匠せんせいのその姿を眺めながら、私はとある事に気が付いた。

「あ、それじゃ私の名前…」

「ああ、俺が付けた」

「もしかして、何か意味とかあるの?」

 何故だか、そう思った。

「まあ、そうだな」

 そうして師匠せんせいは、私のサファイアのような青い瞳をジッと見つめる。

「珍しい才能だからな、炎を創り出すとか、まあそんな意味だ」

 炎を創り出す…って、待ってそれって、近い意味なら発火だよね。なんかイメージ良くないなあ。

 私は苦笑いを浮かべながら、人差し指でポリポリと右の頬を掻いた。

 まあ日本語なんて関係ないんだけど、何となく心の持ちようというか、何というか…

 そう言えば師匠せんせいの名前のエンテーカって、何だか炎天下っぽい。真夏のイメージ。

 あ、だったら初夏と書いてハツカにしよう!

 私はポンと両手を打つ。

 名前を関連付けるなんて、仲の良い親子みたい。私はフフっと微笑んだ。

 それならもう、いっその事。

「だったら私、師匠せんせいに拾って貰った日を、自分の誕生日にする!」

 私の突然の提案に、師匠せんせいは驚いたように目を見張った。

「いや、その日は…」

「うん、両親の命日だよね。だけど私にとってはカイトさんやセリアさん、皆んなと出逢った大切な日なの」

 何よりこの世界で、私が目醒めた日でもある。

「だから、これで良いの」

「…そうか」

 そう言って師匠せんせいは、優しい瞳で薄く笑った。

「まあその方が、俺としても大いに助かる」

師匠せんせいって、記念日とか覚えるの、ホントに苦手そうだもんね」

 私も釣られて笑顔を見せる。

 ごめんね、名前も知らない以前まえの私。

 だけど、私にとっては大切な日なの。

 これからも、貴女の分まで生きていくから、だからこれで勘弁してね。

 皆んなと出逢った、あの夏の日。

 これが貴女と私の、新しい誕生日。

 改めまして、よろしく私!




 ~おしまい~
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