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チートで越冬準備に取り掛かる

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件の日本人はまだ来ない。
伝令役のカインさん曰く、中継キャンプ付近に集中発生した魔物の征伐に勤しんでいるようだ。
道路の舗装が各所で砕かれ、ゲドパーティーを始めとして大型の馬車で移動している業者は完全に足を封じられている。


「チート君…
これからは市長と呼んだ方がいいかな?」

『勘弁して下さいよw
これまで通りにお願いします。』

「中継キャンプでも君の話題で持ち切りだよw
共和時代始まって以来の出世頭だ!」

『お手柔らかにw』

「ごめんね。
ユーキとの顔合わせは少し待って貰いたい。」


集団転移してきた日本人はユーキという名前のようだ。
面会前にもっと情報を集めておきたいが

《一緒に転移してきた級友を惨殺した》
《白中堂々、憲兵と決闘した》
《ゲレルと異常にウマが合う》

ということしか判明していない。
(この時点でロクでもない殺人鬼である事が明白なのだが…)


『カインさん、ユーキってどんな人ですか?』

「ゲレルと異常にウマが合うね。
私もそこそこ気に入られている方だと思うが…
ユーキの面倒を見ている時のゲレルは本当に嬉しそうでね。」

『やはりカインさんも、ゲレルさんに気に入られているのですか?』

「だってまだ殺されてないしw」

『確かにw』

「ゲレルはチート君の事も相当気に入っているんだよ。」

『言われてみればまだ殺されてませんw』


そう言って二人で笑い合った。
残念ながらユーキなる日本人とこんな風に笑い合う自信はない。


『魔物、これからもっと発生率上がるよ?』

「え? そうなんですか?」

『明らかに増えるペースがヤバいね。
ほら、最近みんな新ダンジョンに夢中だったでしょ?
それで本来必要だった間引きが一切なされなかった。』


「間引きしないと魔物って無限に湧くものなんですか?」


『人間様だってそうなんだから、魔物畜生共はもっとそうだよw』


なるほど、説得力がある。


「今年の冬は、前線都市にとってかなりキツイものになると思うよ。」

『え?  ど、どうしてですか?』

「だって魔物が増える、ということはそのまま田畑や採集地帯が荒らされてるってことだよ?
それは理解出来るよね?」

『は、はい。
確かに。』

「もうこの付近の村落では百姓の逃散が始まっている。
商都から前線都市に掛けては、かなりの不作である事は確定。
勿論、収穫の殆どは年貢として地主に納められたり商都に売却されたりする。
恐らく前線都市の分は殆ど残らない。」

『で、では。
穀物価格が上がる、と?』


「もう上がり始めているよ。
製薬材料も高騰し始めているから、この冬は薬品不足に悩まされることになると思う。」


『何が高騰しますか?』

「うーん。
全体的に高騰すると思うけど…
酷い状況に陥るのは、葛根・フェンネル・陳皮・翡翠。
その辺りかなぁ…』

「翡翠?」

『植物性触媒の代用品だからね。
あ、チート君は知らないかもだけど
大昔は魔法の触媒として翡翠が使われたんだよw』


『なるほど。
では、カインさん。
個人的な依頼なんですが…
葛根・フェンネル・陳皮を商都で買い込んで頂けませんか?
どうせこれからもっと上がるでしょ?
とりあえず、これ。』


「うおっ!?
白金貨!?
え? 20枚も!?
2000万ウェン!?」


『率直にお尋ねしたいのですが
前線都市が冬を越すのに十分な素材って幾ら出せば買えますか?
いや、それ以前に、この辺の冬って結構厳しいですか?』


「ん?
いや、厳しいも何も…
帝国で一番南なんだよ?
更には河の両端から吹雪が吹き下ろしてくる。
凍死者出るんじゃないか?」

ん?
ここが一番寒さが厳しいのか?
貧乏な上に治安はおろか気候まで悪いって最悪な街だな。
ノエルとか毎年どうやって生き延びてるんだ?


「薬剤のことなら、あの人に先に聞いておこうよ。」


『あの人?』


「ほら、いつもポーション作ってる。」


『ゴードン夫人?』


「じゃなくて、この真上でいつもブツブツ言ってる…」


『ああ、そっちの。』


確かに餅は餅屋ということで、ゴードン夫人じゃない方の薬剤師に尋ねてみる。


「葛も陳皮も保温剤や解凍剤の素材でしょ?
トード系の魔石で代用出来るから、そこまで神経質にならなくていいわよ。
こんな小さな街の需要なら、ワタクシ一人で十分賄えるわ。」


『フェンネルは?』


「食糧の凍結防止剤だけど…
解体業には欠かせないものではなくって?
伊勢海クン、アナタもう少し自分の職業に真面目に取り組みなさい。
ちなみにフェンネルの代用はまだ発見出来てないから、流石のワタクシでも作れないわよ?
そんな事より、深刻なのは翡翠ではなくて?
冬用万能薬は幾らあっても足りない状況になると思うけど…
翡翠が無ければ何も出来ないわよ?」


『翡翠はどれくらい必要になる?
この街全体で。』


「ちょっと待ってよw
この街に人間が何人住んでるのか知らないけど…」


『5万強。』


「あのねえ伊勢海クン。
素人のアナタがわからないのは仕方ないけどw
5万人分もの冬用万能薬を作ろうと思ったら。
1000グラムは必要になるのよww
そんな膨大な量の翡翠を個人が用意出来る訳ないでしょww」


『これは使えるか?』


「ファ、ファイ!?」


『商業ギルドでチェックして貰ったら51グラムだった。』


「ファファファ?」


『残りの19枚は何とか俺が工面する。
これを預けておくから、冬用万能薬をお願いさせてくれ。』


「…ワタクシなら凡人の半分の触媒で生成可能よ。」


『オッケー。
じゃあ当面は9枚の入手に専念する。
葛と陳皮はアンタを信じてストックしない。
フェンネルは幾ら必要だ?』


「20キロ。
触媒ではなく原料だから大量に必要よ。
ああ、ああいう薬草は1ロットが20キロなんだけど。
それだけあれば1㌧強の凍結防止剤が出来るわ。
確か運河都市に配給される凍結防止剤が10㌧だったから…
ちなみに運河都市の人口は150万越えてるわよ。」


『OK。
大体の予想は着いた。
ではカインさんには1ロットだけストックして貰う。』


リビングに向かい、カインさんにフェンネルのみを注文する。
流石本職の騎兵と呼ぶべきか、手短に用件を話し終えると彼は背嚢を背負って颯爽と街を去った。
完全武装状態で30時間連続騎走する事もあるというから、この男もバケモノの一人である。



その後、城壁に上ってリザードとの交易台を覗くが変化はなし。
帰路、工房の向かいのセントラルホテルが閉鎖されている事に驚く。


「ん?
あそこはオーナーがバンガロス氏だもの。
転出の為に所有権放棄したんだろう。」


師匠やドランさんにとっては不思議な事ではないらく、作業の手を止めることなく返答された。


『え?
引っ越しの為にあんな立派なビルを放棄するんですか?』


「チートは知らんかもだが、バンガロス爺さんにしてもロドリゴ爺さんにしても大金持ちだぜ?
何せ商都にも何軒か立派なテナントビルを持ってるしな。」


「ドランは若い頃からそういう情報に詳しいんだw
チートは聞いたことないかな?
あの世代は俗に《逃げ切り世代》って言われててさ。
前線都市がまだカネを生んでいた時代から社長として活躍してたんだ。
だからたんまりキャッシュを持ってる。
セントラルホテルも客が全然入って無いしね~。
俺の若い頃は門前の行列を整理する為のドアボーイが雇われてたんだよ?」


『この街に来て初めて泊まったのがあそこだったので…
ちょっとショックです。』


「これからまた盛り上げればいいさ。」


『…はい、頑張ります。』


「馬鹿w
俺達みんなで頑張るんだよ。
1人でしょい込むことないぞ、チート市長。」



師匠から温かい御言葉を頂戴したので、今日もレザノフ卿に面会を申し込む。
貴方も《みんな》の一人だもんな。
流石に【心の中】では相当うんざりされていたが、一応は貴族的な笑顔を作っていてくれていた。
俺は越冬準備についてレザノフ卿に協力を依頼する。


「支援物資?」
【上手い、この男若いながらも行政の本質をよく理解している。】


『今年が厳冬ならば、食糧や薬品が不足すると見込まれます。』


「まだ厳冬と決まった訳じゃないでしょう。」
【私の経験では厳冬だがね。】


『異常気象が発生した場合、帝都から支援を頂けるような制度はありますでしょうか?』


「ありますよ。
聞かれるまで教えるな、とは上から指示されたますけど。」
【補助金制度って役人からは教えちゃ駄目なんだよ。
お役所仕事って本当に嫌だよね。】


『申請させて下さい。』


「ですから。
厳冬と決まった訳ではないでしょう。
例年の平均気温から7℃以下に下回るか、大規模災害が発生しない限り
そもそも申請権が無いんです。」
【若者よ、このアシストをちゃんと受け止めてくれよ。】


『では申請の書類か何かだけ先に送らせて貰えませんか?
何も起こらなければ廃棄して頂いて結構です。
ただ、何か起これば、その瞬間に申請を出して欲しいです。
多分、支援ってそういう風な仕組みで動くんですよね?』


「それは正規の申請方法ではありませんね。」
【おめでとう、《正規ではない》即ち正解だ。】


『違法ですか? 合法ですか?』


「違法性はありません。」
【そうなんだよ。 僻地の首長には本来これくらいの強かさが必要なんだ。】


『では市長から商業ギルドに申請の代行を要請します。』


「市長の要請であれば仕方ありません。
立場上、拒めませんからね。」
【見事だ、若者よ。
そうやって上手に老いて行きなさい。】



その後、商業ギルドの倉庫を見せて貰って非常時に接収可能な物資のリストを貰う。


『非常時にしか、これらは引き出せないんですよね?』

「ええ、仰る通りです。
勝手に触れないで下さいよ、これらは大蔵省の備蓄ですからね!
《自治体の首長が非常事態宣言でも出さない限り》
指一本触れる事は許されませんからね!」


なるほど。
大人は優しい。
その優しさに気付くのが難しいだけなのだ。



夕方になったので仕事帰りのノエさんを誘って少し高めの居酒屋で晩餐。
スラムの冬事情を教えて貰う。
やはり相当酷いらしく毎年凍死者が続出するらしい。

『そんなに酷いですか?』

「チート君も見たでしょw
あのあばら家。
ウチより酷い家もいっぱいありますから。
スラムが全滅していないのが嘘みたいですよ。」

『みんな、どうやって切り抜けているのですか?
その… 保温剤でしたっけ?』

「はははw
薬を使えるくらい裕福なら、もっとマシな家に住んでますよw
我々貧乏人は…
あー、チートさんだから恥を忍んで打ち明けるんですが…
皮です。
魔物の毛皮を手あたり次第に家の内外に貼り付けるんです。
ホーンラビットの死体をみんなこっそりバラシて備蓄しておくんですよ。
で、寒くなって来たらペタペタ家の内壁に貼り付ける。
暖冬なら内壁だけで凌げるのですが、大抵それじゃあ賄えなくて…
外壁にも貼り付けるんです…
冬のスラムを金持ちが見るとね…
《あれはゴブリンの住処か》って笑いものにするんですよ。
娘が小さい頃は、外壁に毛皮を貼るのを嫌がってね…
泣きながら抗議するんですよ。
今では協力してくれるようになりましたけど。」

『申し訳ありません。
言いづらい話をさせてしまって。』

「公務でしょ?」

『まあ、私の中では。』

「じゃあ私は恥を晒す事で市民の義務を果たします。
市民権は持ってませんけどw」


ノエ=ノレは生活困窮者ではあるが、何度申し出ても謝礼金の類を受け取ってくれない。
それは互いの品格を貶めるから、だそうだ。
俺はこの誇り高い男を心から尊敬するようになった。
娘は貰えなかったが、ノエこそが見習うべき我が父である。
その後、何故かノエルが来たので久々の再会に驚き喜んだ。

俺の反対側の席でノエルが父親に色々文句を言っている。
どうやら、「娘を差し置いて父親が仲良くするな」、と抗議しているらしい。
一通り飲み食いした後、ノエルは少し言い出しにくそうに市長就任を祝ってくれた。
【役職に諂っているように解釈されたら怖いな】
と聞こえたので、父娘に対して誤解していない旨を伝える。


『ノエルは前に公共の仕事をしたいって言ってただろ。』

「うん。」

『ごめんな、君には仕事振れなくなった。
まさかこんな立場になるなんて想像してなかったし…
俺とノエルが一緒に遊んでる所、結構みんなに見られてるからさ。
愛人人事って一番駄目だろ。』

「私こそごめんね。」

『お父さん…
ノエさんに頼むことになると思う。』

「お父さんに!?」

『だって公的な仕事向いてる人だろ?
市役所の窓口とか、学校の先生とか
ノエさんは適性あると思うんだけど。』

「まあ、確かに。
娘の贔屓目じゃないけど…
きっちりしてて、馬鹿みたいに真面目。」

『そういうお父さん、嫌いじゃないだろ?』


ノエルは照れたように赤面してうつむいてしまう。
ああ、本当にいい子だ。
異世界に来て、こんな純真な女の子と仲良くなれたのは俺にとってこの上ない幸運だと思う。
切っ掛けは軽薄なナンパだけど、それ以降はずっと真剣だ。


『ノエさん。
御存知の通り、私は何も持たずにこの街に来た男です。
恥ずかしい話、人脈はおろか基本的な社会常識すらもありません。
身に余る役職を頂いたのですが、このままでは最低限の遂行すら困難でしょう。
私を助けて頂けませんか?
ほんの少しの労力や助言を賜りたいのです。』


姿勢を正して、より謹直な表情となったノエさんは丁寧に頭を下げて
「如何様にも。」
と返答した。


この様にして、俺の市長業務は小太りオジサンとノエ=ノレの両翼によって支えられることになる。
俺の市長業務が何とか形になるのは、まさしくこの日からである。
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