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チートで衆愚政治をする。

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50時間掛けて善隣都市の対岸に到着。
船窓から我が第二の故郷を観察する。


・見慣れない騎士が多い。
・景気は良さそう。
・種族境界の両岸に交易所のようなものが出来ている
・リザードが人間側の河原で製油作業を行っている
・リザードの輸送船を人間種も利用している。


俺が立ち去って数か月だが、かなり交流は進んでいるようだ。
互いの内心はどうあれ、表面的には上手く行っているように見える。


首都近郊を掌握していたのは、俺の猶父でもあるル・ヴァ―ヴァン主席なのだが、この辺りの統治者はンドゥ・ヴィ―ハン領主である。
ヴァ―ヴァンは現政権の支持者ではあるが、法律的には同格の封建領主同士であり、部下でも家臣でも家来でもない。

以前から書簡で「是非、面会の機会を作らせて下さい」と互いにお願いし合っていた仲なので、すんなり面会が許される。
というより、俺が善隣都市側に帰還すると知って向こうからアポを入れてくれた。



そして現在。
ヴィ―ハン領主の楼船に招かれ、並んで善隣都市を眺めつつ歓談中である。

領主はコボルトとの停戦が本当に有効なのかを不安視していたので、全種族会議時の彼らの紳士的な態度を伝え、《齟齬さえなければ、そこまで好戦的な連中ではない》と説明する。


『歴史的にコボルトと友好関係を続けていたゴブリン種族が間に入ってくれるので、そこまで揉める心配は薄いように見えます。』


俺はゲルグ達を紹介しながら、楽観的な未来予想を伝える。
話を聞いているうちに領主も徐々に不安が解消されてきたのか、宴の最後にはゲルグと抱擁し合って謝意を伝えていた。


======================================


さて、ここからが本題。
今やすっかりヴィ―ハン領主の腰巾着となっていたアンダーソンに再会する。

僅か数か月の別離だったが、あまりの様変わりに驚愕させられる。
もはやどこにも剣客の面影はなく、家電量販店のサービス係のように腰の低い男になっていた。
よく言えば快活丁寧、悪く言えば卑屈慇懃。
師匠からの手紙にあった通り、楽し気な表情だった。

不意に俺と邂逅したアンダーソンも心底驚いたようで。
再会から2分位は目を丸くして呆然としていた。


「イセカイ市長?」


『どうも、御無沙汰しております。』


「いや…
あまりに雰囲気が変わったので…
ちょっと…
脳が処理できずに…」


『あー、少し日焼けしましたかね。』


「あ、いえ。
そこではなく。」


そりゃあ戸惑うよな。
今の俺って、ゴブリン食・リザード食の常食によって肌の色もかなり緑掛かっているし、ファッションも異種族闇鍋だし…
人間の原形、あんまりとどめてないな。


「市長、くれぐれもその恰好でフィールドに出ちゃ駄目ですよ!?
その…
まだゴブリンに敵意を持っている冒険者は少なからず存在するので。」


なるほど
ゴブリンと間違われて殺されかねないな…
っていうか、条約発効してるんだからゴブリン殺すのやめてくれよ…



======================================


しばらく歓談しているうちに、俺も解体屋の丁稚としての勘が戻って来て
昔の様にアンダーソンとリラックスして話せるようになった。

「お金… 借りっぱなしで申し訳ありません。
ようやく…
人生で初めて年齢相応のゆとりが出てきました。
改めて返済させて頂けませんか?」


そう頼まれたので、快く受け取る。
貸していたのは総計92万ウェンだったが、区切り良く100万ウェンを受け取る。
今や互いに数万ウェンで困窮する身分ではない。


『これでもう貸し借りは無しです。
お互いフラットに行きましょう。
アンダーソンさんとは色々仲良くさせて貰いたいです。』


「あ、名前の件なのですが…
今は《蛇屋のアダム》と名乗っておりまして。」



要は。
今のアンダーソンは人間種の裏切り者の様に思われていて評判が悪い。
なので、故郷の老母に迷惑を掛けない為にも、アンダーソン姓は伏せているのだ。
以降、俺達は《アダム》《チート》と呼び合うことに決める。


『アダムさん。
現在の善隣都市って…
どんな雰囲気ですか?
期間が空き過ぎていて、近づくのも怖いのですが。』


「えっとねー。
チートさんの事を恨んでいる人間は勿論居る。
ただ、私ほど嫌われてない感触は感じるかな。」


『アダムさんってそんなに恨まれてるんですか?』


「何か私だけが儲かっちゃったしね…
街にも還元も貢献もしてないし。
何より。
リザードに尻尾を振っている人間の象徴的存在になっている。

後、ご存じの通り私は剣の道で名を挙げたんだけど。
剣を捨てたことで、皆さんを失望させちゃったみたい。」


元々、アダムはコハン村の住民であり、本拠を商都に置いていた。
なので本来は善隣都市には何の義理も無いのである。
それに、還元や貢献を期待するほど、この街はアダムに何も与えていない。



『もう剣は持たれないんですか?』


「今だから言えるけど。
私は武道全般あまり好きではないんだ。
たまたま剣術に適性があったから大会とかにも推薦されてたけど。
好きで入った道じゃないしね。」


それは以前から感じていた。
《剣聖》《帝国屈指の剣客》と呼ばれている癖に、本人には武張った雰囲気が全然無かったので、俺も多少の違和感は持っていた。
《好き》と《得意》は全然違うのだ。


『俺は逆なんです。』


「逆?」


『弱い癖に好戦的、というか…』


「あははww」


初めてアダムが無邪気に笑った。
なるほど、心から笑うと愛嬌のある顔つきをしている。


「でも、チートさんは今は色々隠し玉を持ってるんでしょ?」


『わかります?
やっぱり戦闘経験の深い人には気配でバレてしまうんですか?』


「違う違うww
チートさんが明らかに自信ありげな表情だからw
今のチートさんならスラムの裏通りを歩いても絡まれないと思いますよ。

だって、如何にも喧嘩したそうな顔つきですものww」



…うーん、人生経験豊富な奴には叶わないな。
全部言い当てられてしまった。
《喧嘩したい》とまでは言わないが、ちゃんと人を殺しておきたいのだ。
もう標準座標を攻める算段は付いた。
戦力も策略も十分だ。
後は検証だけしておきたい。
誰かに実験台になって貰わないと困る。

全種族会議の終了直後に異種族を殺す訳もいかないので、消去法的に人間しか殺せない。
くっそ、人体実験がしたい。
理論上、今の俺には戦闘力が備わっている筈なのだ。
それなりの自信はあるのだが、肝心の実証が出来ていないから自分に確信が持てない。
あーあ、どっかで内戦とかやってくれないかな。
出来れば要塞や城塞のような軍事施設を攻撃させて欲しいのだが…


この際盗賊でも良いか、と思ってアダムに心当たりを聞いたのだが。
それこそ俺がジーン・ヘンリークと云う2大賞金首を捕縛してしまった所為で、盗賊集団はこの街には近づかなくなったそうだ。
ヘルマン組が盤石で外来の犯罪組織が侵入しにくい風潮もあるらしい。

…不本意だが諦めるか。
治安が良いこと自体は誇るべきことであって、恥じることではないからな。



======================================



ベスおばが標高の高い場所に移動したのか、赤い糸がくっきりと目立つ角度になった。
この分だと善隣都市からも視認されている確率が高い。

俺は様子見を中断し、善隣都市の最南端に船を着けた。
以前一泊させて貰った魚類加工業者のペトラザ親方のバラックを訪問する。


「おお、出世頭w」


再会したペドラザ親方が冗談めかして俺を茶化した。
悪い気はしない。
親方との出会いのきっかけになったカルロス・カベーロとも再会し、泣いて抱擁し互いの無事を祝した。


『親方、カルロスさんも。
ここだけの話ですが。
この魚処理場一帯はグランバルド帝国で最高の立地です。
手持ちの不動産は絶対に手放しちゃ駄目ですよ!』


「いや、手持ちの不動産って
このバラックがか?」


『魚処理場もです!』


「…それはリザード交易と関係があるんだな?」


『恐らくここが人間種への窓口として最適地です。
昔からリザードが良く見てたでしょ?』


「ああ、昔は攻め込む為にこちらを監視しているのかと思って
気が気ではなかったが…」


『あれは不思議がっていたのですよ。
ここまでの一等地をどうして人間側が使わないのか。

で、申し訳ありませんが
帝国の最南端であるこのポイントは私が係留権を主張します。
市長権限で自身に付与します。』


「あ、うん。
キミが言うのなら、そういう権利も市長にはあるんだろうな。
知らんけど。」


その上で、いずれ俺が寄港させるであろうアダム商会への便宜をお願いしておく。
取り敢えずお友達料金として500万ウェンだけ親方とカルロスに渡す。
主目的は俺の監視網として役に立たせることである。

後、ゴブリンを見慣れさせる為にも船内のゲルグを紹介する。
先にカネを渡していないければ、恐らくは拒絶されただろう。
カルロスが人力車を牽いてくれるようなので、商業ギルドに向かった。


===========================


赤い糸の所為で街は騒然としており、進めば進むほど人が集まって来た。
何がそんなに嬉しいのかは分からないが、人垣が軽い興奮状態になっている。
俺が人力車の座席で立ち上がって姿を見せると、群衆の困惑はボルテージが上がった。


「「「市長がゴブリンになっとるーーーw!?」」」


期待通りのリアクションありがとう。
今思えばやるべきでは無かったのだが、俺はおどけたポーズをとって群衆に手を振った。
大爆笑と怒号が同時に発生する。

皆が大騒ぎしながら知人や家族を呼びに行って、遂には人力車の通り道が無くなる。
俺は人力車を演台代わりにして、演説の体を取る。
喋る為ではない、黙らせる為だ。
俺が『今から何か発言しますよー。』という素振りを見せると、群衆が興味深そうな表情で静まった。


『景気がいいみたいで何よりです?
俺が解任されるって聞いたんですけど
結構マジな話ですか?
最近、この辺でもウェンだけじゃなくてギルも出回ってるって聞いたんですけど
この中でギル使った事のある人とか居ます?』


わざと声を張らない。
話中に《ウェン》という単語を混ぜる。
これにより皆が黙った。
そりゃあ、俺だってカネの話題なら聞き耳立てるよ。


『ねえ、あれから儲かってますか?』


俺が最前列に居たオジサンに尋ねる。


「家賃が下がったw」


オジサンが照れたような表情で答える。


『おお!
家賃が下がった!
良かった、公約が果たされてるww』


一同が爆笑する。


『逆に家賃が上がった人とか住む所ない人とかいますーーー?』


群衆はニヤニヤと嬉しそうに首を振る。
そりゃあ、そうだ。
住宅事情は師匠に逐一教えて貰っていたのだから。


『今から商業ギルドに向かいまーす!
生活に困ってる人が居ないかを調べるためでーす!』


何がおかしいのか群衆が更に爆笑する。
スキルを発動しているので良く解る事だが、彼らは安心したいのだ。
俺がこれまで敷いて来た重福祉政策が覆されるか否か、彼らが知りたいのはそれだけだったのだから。
姿こそ変わり果てている俺だが、こうして路線堅持を主張した事で安心は買えた。


俺は近場に居た職人のグループに
『商業ギルドまで行きたいから、先導して欲しい』
と頼んだ。
予想通り、棒を振り回して進路を強引に作ってくれる。
別れ際、1人1人の名前を聞き、大袈裟に感謝してチップも支払っておく。



そうして俺は久々に商業ギルドのある庁舎群に辿り着いた。
ふと見上げると。
庁舎ビルの窓から懐かしい顔が微笑を湛えて俺を眺めていた。


あまり見たくない顔だが、嫌な事は早めに済ませるべきだろう。
なあ、レザノフ。
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