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第9話 噂の中心地
しおりを挟む厨房への途中で丁度寮母のおばちゃんに巡り会えた。腹を抑えて呻いたらパンを山ほどくれてありがてぇ。
そりゃもう、一抱えのでっけえ籠に山盛りにしてくれた!
しかも焼きたて。焼きたては香りが違うんだ。
廊下の壁にもたれながらパン食ってるオレ、優等生なわけねーな。
学園は自分で時間割を決めるし希望制で個人の能力に特化した奨励講義っつー枠もある。
けどオレは『テオさんは基礎固めですね』とクリスティアーナ様が指導してくれたから応用はほとんど入れてない。
六年生にもなるとかなり暇になるんだよなぁ、来年はもっと授業受けねえでも卒業できる。
──未来のオレってがんばってるのかな、努力ぶん取りってあんまいい気分じゃねえ。
「まだかなー」
ステフにも焼きたて食ってほしいけど、アイツ夕飯食いすぎると腹下すから悩ましい。
一コマならともかく、二枠空いたら寮に戻るヤツも結構いるそうだ。オレは授業の存在ごと忘れちまうからプラプラ帰りたいのを抑えて庭で休むことにしている。授業を朝のほうに取ってる日も多いが寝過ごしたこたねーんだぜ。
単位は本気で落とせねえ。
クリスティアーナ様のお手を煩わせて編成してもらったのにサボりますってか? サボりてーんだよホントはよー。
「──温存の法則、だっけ」
『魔力暴走を持つ者の意欲低下の背景には、生命活動を維持する役割があるという研究内容が発表された。当事者として受け入れざるを得ない状況下にあることを口惜しく思う』って、整った字で書き込まれていた薄いテキスト。
まずオレとシェレアティアさんに格差があるよな? 地位とかじゃなくてオツムの問題。
あの子超努力家でしてよ。めっちゃストイックでしてよ。自分追い込み型だし情け深いし、それに引き換えオレってどうよ、どうなんだ。
まぁ、腹減ってるし食ってろ食ってよ。高等部の階には見回りなんか来ねーしこの籠返すには空っぽにすんのが鉄則だもんな。
──うめぇ。
止っまんねぇのすげぇうまい!
もう一個もう一個と次々食ってたら、まず戻ってきたのは寮生六年で一番小柄なヤツと、うん、性格合わなさそーなヤツ。
「ソトドラムくん。おやつの時間?」
「よぉ~。昼寝過ごしちまったからこれで食い繋いでんの」
「それは大変だ」
「食う?」
「今はいいかな」
食堂で隣の席の、穏やかポヤポヤなメルクル・ウッドくん。
たまげたなぁ、魔力暴走とはなんぞやっつーのを学んだおかげか、同級生の名前を引き出しから見つけ出せたんだ。
忘却や喪失とは違ってて維持できてても──なんとかってんで、潜在──まあとにかく完全に忘れてないのに思い出せないのが厄介らしいな!
同じじゃないのかねぇ。
「具合、もう大丈夫?」
「おう! つーか寝すぎてただけだし」
お恥ずかし~ってヤツだ。今日試験じゃなくてよかったよなぁ。
ウッドくんとともに階段を上がってきた男は、オレに目もくれず部屋に入ってく。
階段の前でパン食ってたオレも悪いし、アイツはつねにあんな感じだ。
「サミィ! ごめんねソトドラムくん、彼、人見知りで……」
「ウッドくんが気にするこたないよ。サミヤス・ロッテンヤンくん──アイツ態度は悪いけど貴族ってああいうモンだって思ってるし。気が楽なんだよなぁ」
つるっとな、考えなしに言っちゃうわけよ。
おまえよぉ、おまえはよぉ、目の前にいんのも貴族様なんだよクソボケ野郎!
しかしロッテンヤンくんの幼馴染みであるウッドくんは感激したように笑うのだ。
「覚えてくれたんだ!」
「そりゃーなぁ~……メルクル・ウッドくん。ロッテンヤンくんとフレドリック・サーマナくんとはガキ……子どもの頃からの友達。で、合ってるよな?」
「合ってる合ってる! そうなんだよねぇ、サミィもフレディも誤解されやすいんだけどとても優しくて聡明な人達なんだよ。世話焼きでもあってね、ボクはいっつも助けられてる」
そりゃ、ウッドくんなら小難しそうなヤツらも毒気抜かれんだろうぜ。んで世話焼きだから人見知りする幼馴染みを見かねて一緒に寮に入ったとな。
なんだっけ、超押しの強ぇ女の子に求愛されてんじゃなかったっけ。学園でしょっちゅう迫られてるとか。
それで寮に逃げ込んだとか? 両脇に無愛想な男置いて肉食獣対策? やべぇ笑える。
入学蹴るのは勿体なかったんだろうし、お家のためがあるんだろうし──人の悩みはそれぞれなんだな。
「どうしたの?」
「あーいや……」
恋愛相談するにはシンボク深まってねーっての。
こっちは追いかけるほうだしコチラさんは追いかけられてるほうらしいし。
食堂の逆隣のトモルゥが言ってたなー、オレはステフ系のヤツに懐く傾向があるって。なんじゃそりゃって首傾げたけど実際こうだよ。
優しいヤツは存在してくれてるだけでありがてーのさ!
まぁ、ウッドくんがロッテンヤンくんと仲よくしてほしいって奮闘するのは無駄だと思うけどな。友達のいいとこ知ってほしいって情熱は受け取っといたよ、どっかに置き忘れてきたけどさ。
「君に覚えてもらえるなんて光栄──って、一月まえのボクなら言うんだろうなぁ」
「え?」
「今だから話せることだけどね、君は周りに興味がないんだと思ってたんだ。自分より下等な人間に関心がないタイプというか……」
「はぁ!? オレ庶民で、んなわけ」
「そういった誤解があるのを君は知っておくべきなんだろうね。ボク達同じ寮生だけど、話したのつい最近でしょう? 君、無口なんだと思ってたんだ。おしゃべりさんだったよねぇ」
「やっぱオレ生意気だった……? 反感買ってるだろうしあんま人目につかねえ場所に行ってただけなんだけど……」
「話しているお相手がね──殿下と、クリスティアーナ様だけだったから」
「あぁ……」
選り好みしてるいけ好かねぇ野郎って“誤認”されてるってわけだ。実際はおんぶに抱っこで面倒見てもらってただけなんだけど──二人としか付き合いなかったのも事実だし、そりゃそーだよな、そうなんだけど。
つーかなに? 寮生もオレを一匹狼気取りのクール風って誤解してたっぽい?
えぇ~どこにいんだよソイツ~……。
「話題もわかんねえし話しかけらんなかっただけ! く──殿下もクリスティアーナ様も懐広いから受け入れてくれてさ」
「お二人がこの国を率いていくのは一国民として喜ばしい限りだよね」
「だよな! マジそう!! ホントそう!!! すげえ嬉しい! そうなんだよお〰〰!!」
「やっぱりなぁ──」
一年生だったオレはステフが声をかけてくれても貴族に苦手意識があったし輪に入ってくことはなくて、お友達作りに出遅れたっつーかついてけなかった──いいや、離れていった。逃げたとも言う。
んで結果がコレだ。笑えよボケナス。
ウッドくんほのぼのしてんね、どうした? どした? 今オレすんげぇ同志見つけて嬉しい幸せ叫びてーってウズウズしてんだけど時間いけそう? 平気? もっと未来の国王陛下王妃陛下への歓喜を分かち合いたいぜ!!
「本当に君、外見と中身が違うんだね。誤解しててごめんね」
「ステフとも偏見メガネがーって話したんだよ、オレ薔薇事件のとき」
「偏見眼鏡? すごい呼び方だ。……ステファンくん、彼はすごいよね。努力家だし周りをよく見てる。ソトドラムくんはステファンくんを待ってるの? ──食べながら」
「そだよ。昨日世話になったから礼しないとさ」
「律儀だねぇ。食べながらはちょっとどうかと思うけど……」
「そっかー?」
一個渡そうとしたが断られてしまった。
ウッドくん──メルクは立ち話はしても立ち食いはしない、と。
話題に上るのは同じ学年の寮のヤツらばかり。
とくにメルクはステフの妙なあだ名のつけ方に苦笑していた。そういやアイツ変なとこで区切るし変なとこで伸ばすや。
「おや、ずいぶんと大きさの違う二人だ」
「ミクスジャードくん」
「覚えているのか。これは珍しい」
「食堂の正面だし! メルクは隣だし!!」
「彼、全員の名前を言えるようになったんだよ」
「元から言えてたって!」
「ムキにならなくていい、君には欠落があるようだからね」
そのまま扉を開けて部屋に行っちまう、かなりマイペースなロン毛の着道楽。コイツの服だけは借りたくなかったんだよなあ……肩も入りそうにねーけど。
「じゃあボクも部屋に行くから」
「またあとでな~!」
八人しかいない階だが、階段側からメルク、ロッテンヤンくん、ミクスジャードくんと格納されてってるから笑っちまう。
端っこのヤツが戻ってきたら四階の北階段側の部屋が満員になる。南側七部屋ガラ空きだけどな。
超絶難関っつー入学試験のせいで年々生徒数が減ってってる学園。入寮者は学年でバラけてて空室が目立っている。
編入っつー制度があんのも今頃知ったな。シェレアティアさんも寮生活してみたいのかな……。
「食おうぜ」
切なくなってもよぉ、過ちってのは過ぎた出来事を言うんだぜ。後悔もおんなじだ。
腹空かさないようにオレは食う。今できんのはそれぐらいだ。
食っとけ食っとけ、吸引器かってくれーパンを食い続けてると、ようやく恩人ご到着。
「ステフ~!」
飲み込んでから言ったからな。そこらはこれでも厳しく躾けられたんだ実家のユミチカの家でもさ。
底が見えてきた辺りで着くの、おまえ偉い!
ヒラヒラと手を振ると血相を変えて走ってくる。
なになに、俺の顔見るとそうなんのも流行ってるわけ?
「テオ!!」
「どうしたよおまえ、すげぇ顔色……」
「あぁ、いや──」
助けてくれステフが変だ。
言い淀んでるステフに代わって歩いてくる留学生に視線で救助依頼を出す。
ニコラ、ニコル、ニコ、呼び方はそれぞれだが、オレはトモルゥってのがしっくりきている。異国の響きが気に入ったのかもな。安くてうまい飯屋を教えてくれるからこっちもいいヤツ。ただし味覚はとことん合わねぇ。
トモルゥはステフの首根っこ掴んで下がらせた。おまえも大概だなオイ。
「よ」
「よぉ。お疲れ。なあステフどうしたんだ?」
「昨日おまえが死んだ面して帰ってきてからずっとこうなんだよ。心配性だなぁオトーちゃん」
「ごめんな……?」
「君が謝ることじゃ──」
クードより上ポジはまずいんじゃねーのかな。若いお父様がいたもんだなあ。
あー! あー!! アイツの顔今思い出したくなかったんだった!
おまえの妹さん泣かしちゃったんだよ……いや、どうだろ、泣かないかなぁ、オレの願望かぁ……そっちのほうが最低だ!!!
情緒ってのは育てる時期があってだな、最近発育よくなってんな~って喜んでたのもツカノマだぜ。
「ソトドラム。飯食ったら俺の部屋来い。コイツが話があるってさ」
「談話室じゃまずいのか?」
「まーな」
「テオ! とにかくいっぱい食べるんだよ! それをぜんぶと夕食をいただいても君は寝るまえに必ずお腹が空くんだから! おかしいと思ったら遠慮せずに厨房に行くんだよ!! 夜中も必ず誰かいるから──!! たくさん食べるって約束して……っ!」
「おう……?」
「ほいほーい、んじゃまたな。コイツ回収してくぜ。ステフ、おまえ案内の途中だろ?」
「でも」
「責任を全うしろ次期寮監督生」
トモルゥがステフを連行してく面白え光景を眺めながら残りのパンを食ってると、すれ違いに上ってくるあとのメンバー。
めっちゃくちゃうめぇ蜂蜜くれたメルクの幼馴染みのフレドリック──フレディって顔じゃねえ──サーマナくんと、おちゃらけお調子者のコーリー・スピナーズくん。
顔面は恐れ多すぎて比較しないけどオレの次に背がデカいサーマナくんは、寮監督生とイメージ被ってるオレの寮の部屋のお隣さんだ。気さくで寮生六年で二番目に背の低いおしゃべりスピナーズくんは、衣装何卒貸してください行進でメリーとコリーでタッグを組んでオレをお願い連行したヤツである。
あー、なるほど? オレとメルクよりはデコボコしてねぇ感じ。
貴族の皆さん顔がお綺麗でらっしゃって──オレ、シェレアティアさんに醜いむさ苦しいとか思われてなかったかな……?
「マジで廊下でパン食べてる……どしたんだテオ? なんか泣きそうになってない?」
「パンが、うめぇ──」
「……ソトドラム、上級生が嘆いていたぞ。下級生の見本となるよう規則は守れ」
「悪い」
「ぜんぶ守れって話じゃねーよ? でもそりゃマナー違反だ。今度からやめとけよ。その歳で反省文嫌だろ?」
「……腹減っちまってさ」
「椅子座ってご飯食べんのは三歳でもできまちゅよー、テオ・ソトドラムくーん?」
「スピナーズ!」
つい逆らっちまうと、二人は顔を見合わせ奇妙な生きものの生態観察をし始める。
そりゃ、待つか食うかなら部屋で食ってろって話だけど、ステフに礼言いたかったし腹空かしちゃなんねーしで食いながら待つことにしたんだよ。
他と違って貴族のわりに口が悪いスピナーズでもダメならマジでダメなんだな。なんかへこむぜ、オレ出店も結構好きなんだ。
「テオ……体調はもういい感じ?」
「寝てただけだし……なあ、みんなどうしたんだ?」
「スピナーズ」
「そうだな。食後にステフから話あるから、他とはそのあとにな。困ったことあったらいつでも相談しろよ~! じゃ、飯んときにな」
「おー──」
同い年でもタイプはいろいろで、一見変てこりんな組み合わせも案外まとまってるモンだ。
でもなぁオレだって男の子だぜ、プライドってのがあるんだよ──ホンット五年以上も遅ぇのよ! 対応が完全に幼児相手のお兄さんじゃんか!!
「親切には喜ぶのが筋ってモンだぜ──」
山盛りパン、完食。ごっそーさん。
食い終わってしまえばシェレアティアさんの悲しそうな目を思い出してる。
食っても食っても激しい飢餓感。
心配してくれてた。まだ取り返せるはずだ。
明日こそクリスティアーナ様に土下座して頼みこもうと決めて、もう一回一階へと下りていく。
まだもうちょっと食いてーんだ。足りねえよ。
§
ちゃんとした晩飯を食い終えるとぞろぞろとトモルゥの部屋へと向かった。
六年生が使ってる階の中央に位置してるここは、オレの部屋の隣のはずなのに相当でけぇし簡易キッチンがついてるし、しかも火魔術式の小型キッチンストーブまで設置されてる! 羨ましすぎて胃が捻じ切れたらどうしてくれるんだ。
いやコイツオレが万年腹ペコって言ったらすんげぇへこんでたし、怨嗟の炎じゃ鍋は煮込めねぇ~よ~。
オレまーじで脱線しやすいんだな! 修正修正、どこ行くんだっけ、目的地はここ~到着ー!
「間取りぜんぜん違うんだな~?」
「金払ってるからな。こっから空き部屋ぜんぶそうなんじゃね?」
「そうなのかステフ?」
「ここだけだよ。主に留学生向けで特別室って呼ばれてるんだ。食事が合わないと体調を崩す人が多いからこうした造りなんだよ」
「そうそう、食事は大事なんだ──」
「おまえは気づくのが遅えよ」
五年半飯に悩み続けたんだぜオレら。
一晩で改善されるなら最初から細かく聞き取ってくれれば──好き嫌い失くす目的もあったんだろうし、最上級生でぜんぜん食わねぇ人と新入生で超食う子がいたりしたら配膳の手間が何倍にもなるし……自分で盛らせてくれりゃーいいけどお坊ちゃんばっかだとできないんだなこれが。
飯の悩みは尽きないぜ。
……腹減ったなぁ、すげえ腹減ったな。
べつの国から来ると水もまともに飲めないことがあるってトモルゥは言ってて、山と積まれてる『乾燥団子』がおまえの命を救ってた感じ?
一個貰って帰っていいかな、一袋結構する感じ?
「乾燥団子……」
「テオ?」
「乾燥団子──お湯で戻してすぐ簡単、スープや煮込み料理、毎日のおやつにも」
「食う?」
「いい……」
読めてんのかよオレ。
トモルゥの国がどこにあるかも知らねーのに? 馴染みのない記号なのに意味がわかるのか?
──気持ち悪ぃ。
未来から借りてる力って言われても信じらんねぇ。そんないいモンなはずがねーじゃん。
乾燥団子──お惣菜系なら肉団子かな。カッチカチに見えるのは戻して食うタイプだからか。そのまんまバリバリ食えそうもねえしなぁ。
今日腹減るのめっちゃ早ぇー。それに腹減ると思考が曇ってく。シェレアティアさんが飢えない家の子でホントによかった……。
「座れよそこ」
「おぉ。ソファまであんのな! そういやまえに派手な搬入してたよな」
「よく覚えてんな? ほれ、俺の国でよく飲まれてるヤツ」
「……果物の、ジュース?」
「そ」
「テオも好みの味だと思うよ。酸味があっておいしいんだ」
独特の匂いのドロォーっと生ぬるい赤色の半固形を飲むのは勇気がいったけど、アレだ、加熱してあるトマトのさらに酸っぱい版。
オレ野菜の中だとトマトは好きなほう──じゃなくてさぁ。
「話ってなんなんだよ?」
「ソトドラム。おまえ、昨夜のこと覚えてるか?」
「夜? いや、ぐっすり寝てて、なんも」
授業受けらんなかったぐれー爆睡だ。
シェレアティアさんが聞いたら怒りそうだな。会いてえなぁ。昨日? ホントにシェレアティアさんに会ったの昨日?
太っ腹におかわりくれたから二杯目を飲んでると、神妙に二つのグラスが中央のローテーブルに置かれる。
「テオ、魘されてたんだよ──」
「オレが……?」
「端のスピナーズも飛び出してくるすっげえ声だった。五階から寮監督生も見にきてたし──ロッテンヤンも不安そうな面してたって言えば異常さがわかるか?」
「でも……オレ……」
夢、見ないか、聞かれなかったっけ。
魔力暴走児は夢を見やすいとか
シェレアティアさん、ホントはもしかしてまだ治ってない? クードが学園入学を止めてる?
違う、シェレアティアさんはそんなウソつかねぇだろ……。
──オレはあの子のなにを知ってる? なにも知らない。
毎晩夢見てて、見ないのが羨ましいって──オレ、なんも知らねえよ、魔力暴走のことも自分の体質のことも昨日初めて知ったんだ。
初めて好きになったあの子の名前すら、ちゃんと覚えていられなかった。
「ソトドラム。吐くか?」
「んなわけねーって……平気──ごめんステフ、オレなんにも覚えてない。快眠だと思ってたから驚いてるよ……そんなオレ酷い顔してる?」
「誤認識処理──」
「ごにんしき?」
「テオ。僕はこの件で六年生を代表して他学年との交渉役になっている。後輩達は上がってはこなかったけど、聞いてた子は多くいたから……少し、騒ぎになってしまっているんだ。あらかじめ君の耳に入れとこうと思ってね」
「あー……今日、晩飯人数少なかったのってオレのせいか……悪いことしたな……」
ホームシックで悩んでるとこに上からおかしな声が聞こえてきたら、そりゃ一年とか二年の子とかは学園辞めてでも帰りたくなるよな。
寮生は王都に邸宅がない地方の貴族の子どもか、平民だけど才能があって地元から通えない子、ほとんどがそのどちらかに該当する。
──晩餐革命のあとから挨拶くれるようになった下級生怯えさせて、なにやってんだよ。
「なぁ」
「なんだよ……?」
「寮母のばあちゃんが鍵を開けようとしたけど弾かれてた。寮長先生でも解錠不可能ってお手上げだった。おまえ、何者なんだ?」
「……知らない」
説明できない。オレってなんなの?
クードに宣言したくせに魔力暴走が貴族の恥で病気って言われたら急に怖くなって隠したくなる。
それに、ソトドラムの姓は本来のオレのものじゃない可能性があるんだ。
なんとなくだよ、なんとなく。
けどユミチカの家の人はオレを『テオくん』『テオさん』としか呼ばないし、クードもクリスティアーナ様も大事なときは決まって『テオ・ソトドラム』って呼ぶんだ。
オレをテオ・ソトドラムに育て上げるみてーな──親に捨てられた子どもが元々の家族名でいるってのも酷だよなあ。
──おまえ、どっから来たんだテオ・ソトドラム。
肩を叩かれて顔を上げると、悲痛な目をしたステフがいた。
トモルゥもなんか落ち込んでんじゃん、ヤなんだよなこういう雰囲気。友達には楽しい顔だけしててほしいよ。
「この話はやめよう! それよりも昨夜の話の続きをしないかい?」
「なに話したっけ?」
「叶わない恋をしてるって言ってたじゃないか」
「言ったっけ?」
「言った!!」
「うっさい。ステフは食っとけ」
いやステフは夜食えねーよ。
袋ポーイって投げるの笑っちまうけどさぁ、開けんのかよステフ、開けて後悔すんなら部屋に持って帰ればよかったのに。胃袋は無茶して膨らますモンじゃねーよ?
「おまえがエディケープル嬢に横恋慕してるってのは有名だ」
「は?」
「で、昨日やっと殿下に斬り殺されたって噂で持ちきり。大好きなエディケープル嬢にお断りされたから魘されて登校もできないって学園中の笑い者」
「ニコ!!」
「事実は知らせろよ。対処もできない」
「そうだけど、言い方がね──」
「んで? おまえ、振られたの?」
おうおうてめぇが切り込み隊長かってんだ。
オレは息を吸い込んででっけぇ声を張り上げた。
「クリスティアーナ様はテオ・ソトドラムの恩人だ──!! オレはなぁ──オレは、オレはっ! クリスティアーナ様とクオジドォール王太子殿下の結婚祝賀パレードを最前列で見るのが夢なんだああ──ッ!!」
庶民だからな、当日は旗振って『おめでとーございまーす』って大勢に混じって伝えるのが精々ってとこだろ。
でもよぉ、これがオレが胸張って言える唯一の夢なんだ。これだきゃ自信がある。オレ、どんな職業就いても王家じゃなくてクリスティアーナ様個人に忠誠誓う。んでクードに怒られる。
「ここに入学して初めて声をかけてくれたのがクリスティアーナ様だった。もう何年も世話になってるけど恋愛感情とは違うって王太子殿下に誓って言える! ぜったいにそんなモンじゃない! ガキの頃はクリスティアーナ様のこと女神だって信じてた! 今も似たようモンかもしれねぇけどマジで違う! 違うったら違うからな!! オレが横恋慕してるだあ? ふざけんな!! クリスティアーナ様の名誉がオレごときで損なわれてたまるかよおッ!! 未来の王太子ご夫妻万歳させろやクソ野郎ォオ──! テオ・ソトドラムはクリスティアーナ・エディケープル・クレパスキュール様の敬虔な信者だ覚えとけッッ!!!」
「六回も呼んだぜコイツ」
「オレが学園生活で最も呼んだのがクリスティアーナ様のお名前だからな!」
おうよ、ピヨピヨピィちゃんの頃はウロッチョロウロッチョロついて回ってたもんだ。オレは立派なクリスティアーナ様最高人間に成長したぜ超誇らしい。
オレが初めて名前をぜんぶ言えたあの日の感動はてめぇらにはわからねーだろ。
あの人は、あの御方は、存在するだけでオレの救いになってたんだ。
──女神様。
クリスティアーナ様はオレにとって最上級に恩人の女神だったんだ。今も友達として手を差し伸べてくれる優しい人だ。
じゃあ、妖精さんは?
シェレアティアさんも尊敬してるし憧れもあるけど──あるけどっ、ゴメン、悪い、オレ、あの子のことならなんでも知りたい、隣にいたい。
初めて好きになった女の子なんだ。
こちとら外見も中身も悪いからな、キラキラしてんのとかほよほよしてんのに惹かれるんだよたりめーだ!
あー、好きだ好きだ、好き~!! フッ……てれるぜ。
「恋心じゃないの? 本当に? あれで? あの態度でそうなの? 君が気づいてないだけじゃないのかい!?」
「だから言ったじゃん、信仰なんだろって。絶対女神のクリスティアーナ様教」
「あの態度でそれはないよ!!」
「違うって言ってんだろうが!!」
「人の部屋でうっせーなァ!」
オレには『徳用乾燥饅頭』が飛んできたんだけど、これさぁどうやって食うわけ? 団子と同じ? 団子と味違う?
お、こっちは蒸かして食べる系~! 湯気もいい匂いだ──将来のオレ、相当腹減り生活に苦労したと見える。
袋開けただけで食える状態になるのは便利だな。
トモルゥの部屋から何個かかっぱらうつもりで辺りを見回すと、ステフに肩掴まれてぐわんぐわん揺さ振られた。
「それなら相手は誰なの?! 誰! 答えるんだテオ!!」
「まだ続けんのー……? 長くなりそうなら移動してくんね?」
「君がいないと困るから──テオ、相手は誰なんだい!?」
冷めてもうまいのかなコレ。再加熱しても平気なんかなコレ。
ステフを放置して食い続けるほど人間性捨ててねーんだわ。名残惜しくも袋をテーブルに置いて、昨日見た綺麗な銀色を思い浮かべる。
昨日だっけ、ホントに。ずっと昔のような気がしてる。
「シェレアティア・ルル──そこに花の名前がついてる綺麗な子。クオジドォール王太子殿下の妹か──どちらにせよすんげぇ高貴なご身分の人! この国のお姫様に惚れちまったんだ」
腹減った。やっぱ食おう。
てめぇから拒絶やっといて傷つくなんざ千年早ぇんだぞテオ・ソトドラム!
そっかー、そうかー、身分違い! 言ってて傷つく!!
この団子下味ついてるラッキー。饅頭甘くて団子が肉だからループでいける。やっぱ数十袋かっぱらってこ。
暫くの間、オレは夢中で食後のおやつを食い続けた。
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これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
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