end of souls

和泉直人

文字の大きさ
2 / 40
序章2

囲い

しおりを挟む
  車外へ出ると、『爪』の連中が馬車の外壁に手をかけていた。

  がこっ

  鈍い音と共に、外壁が一部外れた。
  いや、それは闇のせいで外壁に一体化して見えていた、黒い盾だった。
  上下に一メートル、左右に四十センチメートルはある。
  大盾に分類されるサイズだ。
  なるほど。
  車内に持ち込むには大きすぎる代物を外壁に付けておく事で、移動用の車体の防御もさせている訳か。
  同じ『ケルベロス』所属ゆえ、標準の装備品くらいは知っていたが、運搬方法までは知らなかった。

  「二班から五班、囲め」

  潜めた隊長の声。
  くぐもって聞こえるのは、兜のせいだ。
そう。
  俺の乗ってきた馬車には後続があった。
  後方に四台、計五台の車列だった。
  隊長の言った、二班から五班が乗っていたのだろう。
  指示を受けた彼らの行動は迅速だった。
  合計二十キログラムは軽く超えるのではないかと思われる装備をものともせず、木々の間を小走りに移動し始める。

  『囲む』

  その目標物は、今は停止している車列の進行方向五十メートルほど先にある。

  「主役はこっちだ」

  隊長が俺とリッグスに、ついてくるよう促す。
  歩を進め始めると、同乗していた残り七人も俺達の後からついてくる。
  ……本当に子犬の散歩の様に思えてくる。
  やがて目的地がはっきり確認できた。
  一軒の家だ。
  元は炭焼き小屋として使われていたらしいが、現在中に居るのは……山賊だ。
  数日前に少し離れた場所で隊商への被害報告があり、『耳』が動いて捕捉した。
  かなりの金品が奪われ、何人か命も奪われたそうだ。
  被害件数は一件だが、『耳』の調べでは別の地方での犯行が何件も確認されている。
  つまり常習犯。

  「人数は十人よりは多い。正確な情報がいつも手に入るとは限らんからな。自分達で直に確認するんだ」

  隊長の声。

  「達成目標は全員の制圧。生死は問わん」

  冷徹な響き。
  屋外へ漏れ出てくる灯りが見え、馬鹿騒ぎが聞こえる距離まで、俺達は来た。
  その時にはもうすでに、小屋は四十名近い完全武装の『爪』が輪状に囲み終わっていた。
  いくら山賊相手でも、ここまで気づかせないのは大したものだ。
  隊長はまだ近づく。
  さすがに感づいたか、小屋内が静まる。

  「賊ども!」

  驚いた。
  隊長がいきなり声を張り上げた。

  「なんだ、てめえら!?」

  小屋内から、野太い声で返答がある。
  ずいぶん慌てているが、自分達が『賊』という認識はあるようだ。
  しかしひねりの無い台詞だ。

  「君達は完全に包囲されている!」

  どうした隊長、急に芝居がかったぞ。

  「武器を『持って』出てこい!」

  ああ、これは楽しんでるだけだ。

  「なんだと!?  普通、武器捨てろじゃねえのかよ!」

  山賊がごもっともな事を言い返してきた。
  良識は無いが、常識は知ってはいるようだ。

  「君達を捕らえるのは実に簡単だ! だが一つチャンスを与えよう!」

  隊長の口調は実に楽しそうである。

  「窓から覗いて見ろ」

  そう言って、隊長は俺とリッグスに『前に出ろ』と顎先の動きで促す。
  俺達はすぐ前へ出る。

  「この二人を倒せたら、君達を見逃してやる!」

  灯りが漏れる大きめの窓、その右下辺りに人の頭らしき影が現れた。
  こちらを見ているのだろう。

  「そんなの信じられるか! 出たら全員で来るんだろうが!」

  先ほどの野太い声ではない。
  やや甲高い、神経質そうな声だった。

  「勘違いするな。君達に選択肢は無い」

  隊長の口調が急激に、その温度を下げた。

  「出てこなければ小屋に火を放つ。夜明けには君達は全員黒焦げだろうな」

  芝居がかった調子どころか、感情らしきものが一切感じられない。
  どっちが本性だ、タヌキめ。

  「もう一度、最後の警告だ。全員武器を『持って』出てこい!」

  有無を言わせぬ、とはこういう迫力の事を言うのだろう。

  「ちくしょう!」

  こちらを伺っていた窓から見て、右側のドアが勢い良く開き、わめきながら武器を持った男が三人出てきた。
  剣を持った中背、手斧を持った長身、槍を持った小柄。
  武器、体格も様々だ。
  共通しているのは、ひきつった表情。
  怒りか戸惑いか、知ったこっちゃないが。

  「ほ、本当だろうな! こいつら殺れば見逃すんだな?」

  一番最初に出てきた、一番長身の男が隊長に問う。
  こいつが野太い声の主だ。
  手には手斧、腰に剣を吊るしている。

  「ああ、我々は手を出さない」

  隊長は再び芝居がかった口調で答えながら、俺達の後方へと、後ろ歩きで移動した。
  ついてきていた他の七人も遠ざかるのが、気配で判った。

  「殺ってやるよ!」

  口角泡を飛ばしながら、長身の賊が叫ぶ。
  しかし、気づいているか?
  隊長は『我々は手を出さない』と言っただけで、『見逃す』事に関してはなんら保証していない事に。
  さすがにちょっと同情するよ。
  俺は思考と精神を、戦闘へと切り替えた。
  太もものショートソードを右手で、左手でと順手で抜く。
  音は無い。
  と、

  「やれ!」

神経質な声?
  ああ、そういう事か。

  パリン!

  ガン!

  窓ガラスの割れる音、硬い物同士の激突する音がほぼ同時に聞こえた。
  室内からの矢での攻撃。
  俺を狙ったそれを、リッグスがかばって盾で防いだ。
  このくらい捌けるが、まあ、ありがとう。

  「おおおおおおっ!」

  リッグスが雄叫びを上げた。
  耳が痛い。
  同時にリッグスは右手で持っていた大剣を投げた。
  おいおい。
  そして大盾を構えて、屋外へ出た集団へ突進し始めた。
  大した脚力だ。
  弓の攻撃を封じるには良い手だが。

  がすっ!

  大剣が、剣を持った中背のどてっぱらに命中。
  壁に縫いつけられ、がっくりとうなだれる。
  そしてあっという間に距離を詰められた、槍を持った小柄が泡食って突いてくる。

  ぎゃりっ!

  あえなく盾と勢いに負け、突きは逸れ、

どすん!

なんとも形容しがたい鈍く重い音と共に、盾と小屋の壁に挟まれ、潰された。
  かすかに骨が砕ける音も混じる。

  「ごっ……」

  声ではないな。
  潰れた肺と喉が鳴っただけだ。

  「こいつ!」

  動きが止まったリッグスの隙だらけの側面に、手斧を持った長身がいた。
  その得物を振り下ろす瞬間、奴は目を見開いた。
  俺のブーツは特別製である。
  この国では交易でしか手に入らない、ゴムを靴底に使用している。
  滑り止め、足音の軽減、加速の滑らかさが目的だ。
  そして俺の装備こみの体重は、リッグスよりもかなり軽い。
  つまり、俺は『ここ』にいた。
  走り出したリッグスの背に、ぴったりと追走して。
  手斧の刃が動き出した刹那を捉え、俺は右手のショートソードを掲げる。

  がっ!

  手斧がショートソードの剣身ブレイドと、十字に備えたガードの間に当たる。
  その力はショートソードのガードを押し下げ、自動的に剣身ブレイドを振らせた。

  しゅ!

  ショートソードの切っ先は、長身の賊の喉を正確に切り裂いた。
  断ち斬られた頸動脈から、鮮血が噴き出す。
防御と攻撃を一挙動で行う秘技。
  もっとも、技量の差がある場合にしかそうそう通用しないが。

  ごとん

  一瞬で失神、失血死した長身が、倒れ伏す。
  リッグスは中背の男を貫いて壁に突き刺さった大剣を引き抜き、無事武器を取り戻した。
  次は屋内に居る残りを……。

  「居ない!」

  リッグスが叫ぶ。
  俺は屋内を確認する前に、左後方を振り返る。
  視野の端に、数個の人影。

  「裏口から出たか」

  リッグスに聞こえるように呟いて、走り出す。
  二人固まっていたら良い的になる。
  今度はしっかり視野に捉えた。
  六人。
  しかも散開し、飛び道具を手にしている。
  弓四人、ボウガン二人。
  だが向こうも向こうで飛び出してきたばかりで、狙いは定まっていない。

  「リーーッグス!」

  警告の意味も込め、俺は相棒の名を叫ぶ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...