end of souls

和泉直人

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序章3

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  叫ぶと同時に俺は走る。
  飛び道具を持った六人の配置は、俺の進行方向の左端の者を基準に、三メートル程の間隔を空けて扇状。
  狙いが定まれば一斉射撃だろう。
  きっと装甲の厚いリッグスではなく、俺を狙う。
  猶予はあまり無い。
  俺が走り寄りつつある賊は、すでに矢をつがえている。
  しかしもう遅い。
  こいつに限らず、賊の持つ弓は狩猟用の一般的な物。
  構えも、弓を横に寝かせた状態だ。
  そこで俺が急激に体勢を低く変えるとどうなるか。

  ずざっ

  足先からスライディングの要領で、目前の賊の右足側へ滑り込む。

  「なっ!?」

  戸惑いの声が頭上から聞こえる。
  今、俺は二つの利を得た。
  一つは、この賊の一人に、自ら持った弓の陰で俺を見失わせる事。
  もう一つは、他の五人の射線に対しての『盾』を得る事。
  『盾』、まだ俺を見失ったままのこいつの事だ。
  いくら賊とて、同士討ちはごめんだろう。

  「やあ、こんばんは」

  弓を引いた姿勢で固まっている賊に、背後から声をかけると同時に、

  ぴしっ!

  ショートソードの切っ先で弓の弦を断つ。

  「うっ」

  小さく呻く。
  弾けた弦の一端が顔にでも当たったのだろう。
  ざっとこいつの装備を確認する。
  腰ベルトから、剣帯で短剣を吊るしている。
  他に武器は無いようだ。
  剣帯は薄く細い革製。
  俺はそれを左手のショートソードであっさりと切る。
  鞘ごと地面に落ちる短剣を尻目に、

「お仲間の方へ走れ」

丸腰になった賊へ命じる。
  背中を軽くショートソードの切っ先でつついて。

  「ひぃっ!」

  弓の優位を、武装を失い、背後に張り付かれた。
  その危機感が、血も出ない程度の刺激に悲鳴を吐かせた。
  賊が、隣の仲間に向かって走り出す。
  隣の奴はクロスボウをこちらに構えつつも、戸惑いの表情を浮かべている。
  走る賊の肩越しに、俺はそれを見た。
  同時に、

「おおおおおっ!」

いい加減聞き慣れてきた、リッグスの咆哮を耳にする。
  一瞬目をやれば、俺とは真逆の右端の賊へ突撃していた。
  しかし俺の『盾』と、こいつに走り寄られる者と、リッグスを迎え撃とうとクロスボウを構える者以外の三人が、予想外の動きに出た。
  武器を下ろし、懐へ手を入れた。
  取り出されたのは、鉄製で直径三センチメートル程の二つの球体。
  揃って片方一つだけ手放しながら、一人はこちら、残る二人はリッグスへ、それを投げた。
  その球体の飛び方は不自然だった。
  手放したはずの方も、互いが互いを引っ張り合う様に付かず離れず、緩く回転しながら飛ぶ。

  『まずい!』

  「うわっ!」

  俺が一対の球体の正体に思い当たるのと、目の前を走っていた賊がつんのめって倒れるのが同時だった。
  ボーラ。
  一対の球体をロープで繋いだ、狩猟道具の一種だ。
  当たると遠心力で、ロープを標的に強く巻き付け、自由を奪う。
  この、足首を巻き取られて倒れた賊の様に。
  俺を直接狙えないため、『盾』を奪いに出たようだ。
  クロスボウをこちらに向ける賊との距離は、一息で届くまでには詰めることができていない。
  クロスボウは腕力以上の力で弦を引き、固定した後、矢を飛ばす。
  俺の革鎧で防ぐ事はできない。
  だがクロスボウは重く、とっさに狙い直す事は難しい。
  俺は左へ上体を振る。

  ぴくっ

  クロスボウを持つ賊の手が反応する。
  その瞬間を計り、俺は上体を逆に、右に振り戻す。
  大きな勢いを利用し、右足で大きく踏み込む。

  がしゅっ!

  クロスボウの引き金の操作音、本体と矢の擦れる音、矢が空を裂く音が一塊に俺の耳に届く。
  果たして、矢は俺から外れた。

  「あ」

  フェイントに引っかかり、必殺の一撃を外した賊は、呆然と間抜けな声を漏らした。
  大きく踏み出した右足に左足を追い付かせた時には、賊は俺の間合いの中。
  左手のショートソードを、賊の喉元へ突きこむ。
  骨に当たらぬよう、しかし必殺となるよう、喉仏の辺りから入れ、外側へ『裂きながら』突き抜く。

  しゅっ!

  断ち斬られた頸動脈から鮮血が噴き出す。
  倒れゆく賊へは目もくれず、俺は『次の問題』へ向き直る。
  リッグスだ。
  確かに彼の装甲は厚いが、重い。
  ゆえに、先程のボーラをまともに受けたはずだ。
  予想は当たり。
  大盾のカバーしきれなかった両足首と、大剣を持った右腕に、ボーラは絡み付いていた。

  「くっ!」

  リッグスはバランスを大きく崩し、無理矢理揃えられた両膝を突く。
  せめてもの抵抗で、地面に立てた大盾で身体を支えているが、命の危機が迫っているのは確実だ。
  元々クロスボウを構えていた者に加え、先程ボーラを投げた三人も弓を構え直し、四人で彼に近づきつつあった。
  させるか。
  俺は左手に、右手のショートソードを投げ渡し、二本まとめて握らせる。
  空いた右手を、腰ベルトに着けた投げナイフにやる。
  このナイフ、造りは非常に簡素。
  薄い鉄板の先端を尖らせて最低限の刃を付け、持ち手に、指が入る程度の穴が縦に二個並んで開いている。
  人差し指から小指まで全てを動員し、その刃と反対側の穴に通して四本同時に抜く。
  そして横一直線に右腕を振り抜き、投げる。
  離すタイミングをそれぞれの指で調節。
  致命傷どころか、刺さる事すら期待してはいない。
  ただ隙が欲しい。

  「うっ!」

  「ぎゃ!」

  「いでっ!」

  投げナイフを追う俺の耳に、三者三様の悲鳴が届く。
  一本は外れたようだ。
  それでも効果は充分。
  リッグスから俺へ、四人の注意が向く。
  俺の身体は既にトップスピードに加速済み。
  左手に預けたショートソードを右手に戻す。
  奴らが各々、刺さった投げナイフを引き抜く、弓をこちらに向ける、投げナイフが当たった部位を押さえる、クロスボウを捨てて短剣を抜く。

  『遅い』

  俺はそれらの行動が終わる前に、一人の右脇腹、肝臓を突き終わっていた。

  「人体の急所に届かせるなら、三センチメートル。深くても五センチメートルで充分だ」

  俺に剣を仕込んだ男の言葉だ。
  その言葉通り五センチメートル突いて、すぐ引き抜く。

  「親指無しで、武器は握れん」

  振り上げられた短剣、それを握る親指の付け根を打つ様に、左手のショートソードで切り飛ばす。

  「お前の強さは両利きという素質」

  短剣を取り落とす賊の喉を、右手のショートソードで突き裂く。

  「そして、手首の柔軟さだ」

  自分の身体から引き抜いた投げナイフで、闇雲に突いてくる手を、手首の動きだけで取って返した右手のショートソードの裏刃で打ち据える。
  更にその手首を捻り、その賊の喉を切り裂く。
  三センチメートル。

  「悲鳴をあげさせるな。声帯ごと頸動脈を断て」

  弓を構えたはいいが、矢を放つまで引き絞れなかった賊の喉を、左手のショートソードで突き裂く。

  ふっ!

  一呼吸で四人を仕留め、短く息を吐く。
  そして側のリッグスに向き直り、彼の足首と右手に絡まるロープを切断する。

  「すまない。助かった」

  すっくと立ち上がるリッグス。
  その表情は渋い。
  賊ごときに意表を突かれ、悔しいのだろう。

  「事前情報では少なくともあと一人居る。いけるか」

  俺はリッグスに問う。

  「無論だ」

  返事は手短で早い。
  表情もまた、クソ真面目な仏頂面に戻っている。
  メンタルの立て直しが早い。
  『爪』の訓練も、そりゃすげぇんだろうな。
  と、小屋からバタバタと大きな物音がする。
  俺達の位置は小屋の左側、先程賊が三人飛び出した出口とは逆側まで移動していた。
  俺は小屋へ歩き始める。
  リッグスも続く気配がする。

  「さっさと歩け!」

  粗暴な印象を受ける男の声だ。

  「きゃっ!」

  続いて聞こえたのは……女の声?
  そして声の主が姿を現す。
  大柄な男が、二十代くらいであろうか、痩せた女を連れている。
  女の手首には、木で作られた手錠。

  「動くな!  こいつを殺すぞ!」

  男は女の襟首を掴み、その細首にナイフを突き付けた。
  逆手で持ち、刃をギリギリまで近づけている。
  女は乱暴を受けた形跡は無いが、栄養状態が悪い様に見受けられた。
  この一味の犯罪歴に『人身売買』があった。
  胸糞悪いが、『商品』という事なのだろう。
  ふつ、と怒りが湧く。

  「落ち着けよ。ほら、武器を置くぞ」

  その怒りをぐっと押し留め、俺はショートソードを持った左手を高く挙げた。
  男の目がそれを追う。
  視覚誘導は成功。
  その隙に右手のショートソードを、奴の死角になる俺の右足の後ろに隠す。

  ちゃり……

  わずかな金属音と共に、ゆっくりと左手のショートソードを地面に置く。

  「下がれ!」

  血走った目で、男が喚く。
  リッグスが下がる。
  だが俺は下がらない。

  「落ち着けって。ナイフをそんなにくっつけたら、いざって時に殺せないぞ」

  努めて平静な声をかける。

  「あ?」

  男が片眉を上げる。
  表情が物語る。

  『何言ってんだ、こいつ』

  俺は『何も持っていない左手』を強調し、ひらひら動かす。

  「腕に力が入り過ぎだ。それじゃあナイフがすぐ動かせない」

  わざと一瞬視線を男から外す。
  もちろん視界の端では捉えたままだ。
  やや混乱した表情の男の肘が下がり、ナイフがわずかに女の首から離れた。
  刹那。

  かっ!

  肉よりも固く、骨よりは柔らかい。
  そんな感触だった。
  俺の右手のショートソードが、男の腕の付け根を突いた。
  男の腕が、だらん、と下がる。

  「え」

  俺はすぐ、呆ける男の側から女を左手で引き寄せる。
  と同時に、左足で横蹴りを放つ。

  「ぐげっ!」

  その左足は狙い過たず、男のみぞおちに踵をねじ込んだ。

  「確保!」

  俺は女を傷つけないよう、武器を持った右手を挙げながら叫ぶ。

  「おう!」

  即座に動いたリッグスは、あっという間に男を地面に押し潰した。
  肩鎖関節。
  俺が突いた場所だ。
  肩甲骨と鎖骨の関節であり、俺はそこを破壊した。
  人間の腕は鎖骨の支えが無くては、上げておくことはできない構造上、『ああなる』。

  「隊長! 『そこ』のは任せて良いですかね!?」

  俺は女を一先ず座らせ、張り上げた声をかける。
  リッグスに押さえられている奴は首領で、この一味の最後の一人だ。
  間違いない。
  小屋にもう気配は無いし、他の奴らとは着ている物も違うし、『商品』を持ち出せる位置にいた。
  何より、限界まで『安全地帯』にいた。
  俺の確信めいた判断が伝わったのか、

「……サービスだぞ!」

一拍置いて、隊長の答えが返ってきた。
  『そこ』の、とは俺に『盾』にされ、味方のボーラで倒れて、まだ立てない生き残りの事だ。

  「もう大丈夫だ」

  俺は右手のショートソードを静かに地面に置いて、女に声をかける。
  黙って震えている。
  手錠は幸い簡単な構造で、ピンを二本引き抜いただけで外れた。

  「あ……」

  女が手錠の跡が残る手首を見て、ようやく自分が自由になったのを理解したのか、声を出した。

  「ありがとう」

  震える声で、かすれていたが、彼女は礼を述べた。
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