end of souls

和泉直人

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序章終

後始末

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  俺は少し迷った。
  この身にまとうロングコートは、『ケルベロス』の者、中でも『牙』にとって、ただの衣服以上の意味を持つ。
  しかし目の前で、地面に座ったまま自分の手首を撫でながら震え続ける女には、きっと必要だ。
  さっと脱ぎ、女の肩に優しくかける。

  「っ!」

  女は一瞬身体をこわばらせたが、

「もう大丈夫だ」

  繰り返した俺の言葉に、ありがとう、とまた囁いてコートごと自らの肩を抱いた。
  生地は最上級品、仕立ても一流。
  ひとりひとりにオーダーメイドで与えられるこの『団服』は、身につけていれば王城の門番も無言で通す。
  この国で最も強力な部類の通行証であり、最も確かな身分証であり……鎖でもある。
  この『団服』を紛失した者は、『消される』。
  記録からも、この世からも。
  他者の手に渡れば、王の安全も脅かされる結果にも繋がりかねない代物であるから、当然と言えば当然ではある。
  つまり、『団服を管理できない者は力不足であり、不要』という事だ。
  まあ、今のところ前例は無い。

  「グレイ」

  隊長の声が背後から聞こえた。
  気配から察するに、部下を一人同行させている。

  「お疲れさん。しっかり見届けた、ぞ……って、おい」

  鼻歌でも歌いそうな軽い口調から、急激にトーンが下がる。
  『団服』をかけられた女を見たからだろう。

  「あまり怖い声を出さないで。怯えてしまう」

  俺は肩越しに、半顔振り向いて隊長に言う。
  隊長の顔は、短い間だが、これまで見てきたどの表情よりも険しかった。
  『団服』の重みを知る者ならば当然の反応だが。

  「……毛布だ。かけてやれ」

  一秒ほど目を閉じ、開いて、側の部下から差し出される毛布を手ずから渡してきた。

  「ああ、ちょうど欲しいと思っていたんですよ」

  俺は隊長へ向き直りながら立ち上がり、笑顔を向ける。

  「ありがとうございます」

  毛布を受け取る。
  何か、いや確実に説教の類いを言いたげな、苦い表情。
  しかし民間人、しかもたったの今まで人質だった女性の手前だ。
  隊長は視線を俺から外し、

「人質にされた民間人を、実にスマートに奪還したな」

おどけた口調で言った。
  だが、馬鹿でも皮肉と解る。
  俺は毛布を女にかけると同時に、コートを手品の様に抜き、再び身にまとう。

  「『人数は十人よりは多い』……なるほど、『敵』とは言っていない」

  俺にも思う所くらいあるんだよ。
  『出てこなければ小屋に火を放つ』、恐らく本気だった。
  この女が居るという『確かな情報』を持ちながら。

  「目標は全て達成しました」

  俺は努めて無表情で無感情に隊長に告げた。
  隊長と俺の視線がしっかりと合う。
  数秒の沈黙。

  「隊長! 遅れました!」

  そこに割って入ってきた大声は、リッグス。
  おまえさんの声量は、それが標準なのかね。
  聞くたび耳が、物理的に痛い。
  彼が押さえ込んでいた首領を、別の隊員が連行して行くのがちらっと見えた。
  リッグスは自分の正面に、大盾を地面に立て、大剣を突き立てた。
  『爪』の『やすめ』の姿勢。
  それを見、隊長は小さくため息をつき、

  「『爪』第三団アルファ部隊長、ダン=ウエイドが見届けた」

宣言した。

  「リッグス=バルカニアス、グレイ=ランフォード。たった今から立派な『黒犬』だ」

  隊長の所作・口調は馬車内の様な明るいものに戻っていた。
  『黒犬』とは『子犬』と反対語、つまり正式な『ケルベロス』の一員を指す言葉だ。
  ただ、この軍事大国のマグダウェル公国の中でも、不気味な存在感と影響力を持つ『ケルベロス』を指す際に好んで使われる言葉でもある。
  侮蔑と嫌悪と……畏怖の念をこめて。

  「バッカス。お前の装備はこっちで片付ける。初仕事だ。その女性をエスコートしろ」

  隊長は馬車内の様に、表情を大いに緩めてリッグスに命じる。

  「はっ!」

  リッグスもまた、高らかな応答の声と共に踵を返す。

  「バッカス?」

  俺は隊長の口にした名前に違和感を抱き、尋ねる。

  「ああ、奴の愛称だ」

  毛布に身を包んだ女性に、おっかなびっくりといった様子で接触を試みるリッグスを見やりながら、隊長が答える。

  「あいつ、どんだけ酒飲ませてもザルでな。酒の神様と、名前の略からつけたんだ」

  つまんねぇ奴だよ、と大げさに肩をすくめて隊長が付け加える。

  「なるほど」

  『爪』の基本は大規模な団体行動だ。
  隊員間のみならず、隊長とのコミュニケーションも盛んなのだろう。

  「……グレイ。さっきのは、『長官』には報告しないでおく。説明も面倒だしな」

  やっと女性を立たせ、馬車の方へ誘導し始めたリッグスを目で追いながらポツリと言う。
  尋ねる必要も無い。
  『団服』を、一時と言えど民間人に預けた事。

  「助かります」

  俺がもし隊長の指揮下であったら、山ほど始末書と反省文を書く羽目になっていただろう。

  「撤収だ。五分後には馬車が出る。マラソンしたくなきゃ、急げよ」

  俺の肩を軽く叩いて、隊長が馬車へ向かう。
  すぐに行動を開始する。
  地面に置いたショートソードを回収し、腰のポーチから黒いぼろ布を取り出して刃を拭う。
  この一対の剣は左右全く同じ造りで、差が無い。
  どちらをどちら側の鞘へ納めても問題無い。
  しっかり血を拭えたのを確認し、逆手で握り、同時に鞘へ納める。
  音はしない。
  そう工夫されているのだ。
  剣身ブレイドが短いのも、太ももに鞘を配置しているのも、順手でも逆手でも抜けるようにとの工夫だ。

  「……」

  俺はぐるりと、さっきまで己がいた『戦場』を見渡す。
  いくつも転がった死体。
  過去見慣れた光景であり、将来見慣れていくであろう光景でもある。
  『ケルベロス』の『牙』、グレイ=ランフォード。
  これが俺の名だ。
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