end of souls

和泉直人

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一章3

モンスター

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  リーノロス教団の本拠地は西方のノムリル共和国と南方のウンディニア王国、そしてマグダウェル公国の三国の国境が交わる地域に位置する。
  『中央教会』と呼ばれ、広さこそ一都市程度だが、治外法権を持つ『国』である。

  「神殿騎士団奴らの出発地点は言うまでもなく中央教会だ。しかし、そこから目的地であるフュネス領へ最短距離での北上は難しい」

  俺は馬上で『長官』の見解を思い出す。
  最短距離を通るルート上には三つの地方領がある。
  首都クーガドゥルから最も遠い南西から北へ順に、クラレンス、バクスター、ウィレムと続く。

  「いずれにも『神殿騎士団を通すな』と命が下るはずだが……」

  このうちクラレンスは中央教会と間近な事もあり、リーノロス教団寄り。
  「命が届く前に通ってしまった」などとのたまって、神殿騎士団の進軍を許すだろう。
  バクスターは半々と言ったところだが、半年前の干ばつの折、リーノロス教団から援助を受けてしまっている。
  ここは恐らく押し切られ、神殿騎士団は通る。
  ウィレムは厳格にマグダウェル公国王に従う。
  命令が届くのも早いため、神殿騎士団の進軍を許しはしない。
  そこで西に進路を変えてノムリル共和国へ入り、ウィレム領を迂回する。
  そして再び国境を越え、目的地であるフュネス領へ到着する。

  「この様なルートになる、というのが『耳』と私の予想だ」

  『耳』はリーノロスが事前に、ノムリル共和国に越境と進軍の許可を打診していた事実を掴んでいた。
  同盟国とはいえ他国である。
  『許すな』と、公然と内政干渉はできない。

  「だが、あえてノムリルの領地で止める」

  とんでもない事を言い出した、と思った。
  だが、リーノロス教団は神殿騎士団という『武力』を送り込もうとしている。
  それが自国内を当たり前の様に通るのはノムリル共和国も、マグダウェル公国うちと同様に面白くあるまい。
  国境ギリギリのみ、通過を許す可能性が高い。

  「なるほど。あの辺りは山道だ。標高も高ければ、切り立った崖もある」

  俺は『出稼ぎ研修』で目にしている。

  「そうだ。進軍速度は鈍り、体調不良を起こす者も居るだろう。ほぼ間違いなく神殿騎士団奴らはここで野営する」

  足が止まる確定的な唯一のポイントになる。
  どうせ露見すればリーノロス教団とマグダウェル公国は大きな摩擦を生む上、ノムリル共和国に内政干渉を責められるのだ。
  確実に実行できる場所を選ぶのは当然だ。

  「バレなきゃいいんだ。頼んだぞ」

  葉巻をふかして、モノクルを光らせた『長官』の姿が思い出される。

  「簡単に言ってくれるよ、まったく」

  リズミカルな足音を響かせ、疾走する馬上でひとりごちる。
  首都クーガドゥルを発って二日。
  要所に存在する『爪』の支部で、休憩を挟み、馬を替えて走り続けた。
  『牙』の全身黒の装備は昼間は目立ち過ぎるため、大きめのローブを身に纏う。

  「まずウィレム領へ入れ。そこに『耳』を一人配置した」

  『長官』の指定したランデブーポイント、ウィレム領サンパスの街。
  ようやく到着した。
  神殿騎士団の進行状況予測では、バクスター領を通過途中のはずだ。
  入領手続きを、用意された偽の身分証で済ませ、馬を預かり料金と共に引き渡す。
  サンパスはウィレム領の東端に位置する、国内から領内への出入り口に当たる街だ。
  それなりの賑わいがあり、旅人や商人など人通りは多い。

  「ただ一つ、注意事項がある」

  長官は言った。

  「今回神殿騎士を率いるのは『聖剣使い』だ」

  総毛立ったのを覚えている。
  リーノロス教に伝わる、神より賜ったとされる『聖剣』。

  「ザ・モンスター……」

  「そうだ。ティーゲル・ザ・モンスター化け物。奴が居る。下っ端はどうでもいいが、奴との交戦はなるべく避けろ」

  『聖剣』とは、名前に似つかわしくない巨大な大剣だ。
  全長二メートル強、刃渡り百五十センチメートル、刃幅十センチメートル、厚さ一センチメートルと、十キログラムを優に超える大業物。
  『聖剣使い』ティーゲルは、それを自在に操る。
  逸話は枚挙に暇が無い。
  鎧を着けた歩兵を一振りで三人薙ぎ払った。
  馬上の敵を馬の首ごと叩き斬った。
  敵地で孤立するも、一人で百人を屠って悠々帰還した。
  等々。
  事実かどうかは別にして、本人と『聖剣』を目にすれば不思議に思えなくなる。
  俺が目にしたのは、定期的にリーノロス教皇が行う『教皇巡礼』でクーガドゥルを訪れた時だ。
  身長二メートル、一部が簡略化された分厚いプレートメイル板金鎧を身に着け、聖剣を背負ったあの姿は忘れられない。
  遠目でも本能が「こいつとは戦いたくない」と告げた。

  「ふぅ」

  俺は街の中心部にある、軽食屋の片隅に腰を下ろした。
  強行軍で、身体の所々に痛みを伴う疲れを感じる。
  注文を通し、店員が去った後、

  ちりっ

俺の左側から『意識が向けられた』のを感じた。
  一瞬前まで『一般人』としか認識できていなかった気配が、色を変えた。
  間違いない。
  こいつが長官の言っていた『耳』だ。

  「長旅ご苦労さん」

  小さく若々しい声、軽い口調。

  「俺の事は『ベル』と呼んでくれ。ちりんちりん、のベルだ」

  俺も向こうも、視線は向けない。

  「よろしく、ベル。グレイだ」

  小さな声で応える。

  「リトルグレイマン灰色の小男からか?  いいセンスだ」

  まるで街中で「あそこの女、良い女だ」と笑う、軽薄なナンパ男の様な口調。
  だが不思議と不快感は無い。

  「まずはこいつを」

  ずず……

  ベルは足元に置いてあった、脇に抱えられる程度のサイズのバックパックを、右足でこちらへ押しやって来た。
  それを俺は左足で引き寄せ、自分の両足の間に置いた。

  「使い方は中に説明書があるから読め。宿をその身分証の名前で用意してある。ここから南東方向のホテルだ」

  ベルが早口で、だが明瞭に言った。

  「わかった」

  短く返した時、俺の注文した料理が運ばれてきた。
  店員にチップを手渡した時には、左手のテーブルは空のコーヒーカップ、その代金のみが残されていた。
  去り際の気配も無い。
  まったく、見事なものだ。
  音も無いのにベルとはこれいかに。
  ふっと小さく笑って、俺は数日ぶりの『まともな』料理を口に運び始める。
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