9 / 40
一章3
モンスター
しおりを挟む
リーノロス教団の本拠地は西方のノムリル共和国と南方のウンディニア王国、そしてマグダウェル公国の三国の国境が交わる地域に位置する。
『中央教会』と呼ばれ、広さこそ一都市程度だが、治外法権を持つ『国』である。
「神殿騎士団の出発地点は言うまでもなく中央教会だ。しかし、そこから目的地であるフュネス領へ最短距離での北上は難しい」
俺は馬上で『長官』の見解を思い出す。
最短距離を通るルート上には三つの地方領がある。
首都クーガドゥルから最も遠い南西から北へ順に、クラレンス、バクスター、ウィレムと続く。
「いずれにも『神殿騎士団を通すな』と命が下るはずだが……」
このうちクラレンスは中央教会と間近な事もあり、リーノロス教団寄り。
「命が届く前に通ってしまった」などとのたまって、神殿騎士団の進軍を許すだろう。
バクスターは半々と言ったところだが、半年前の干ばつの折、リーノロス教団から援助を受けてしまっている。
ここは恐らく押し切られ、神殿騎士団は通る。
ウィレムは厳格にマグダウェル公国王に従う。
命令が届くのも早いため、神殿騎士団の進軍を許しはしない。
そこで西に進路を変えてノムリル共和国へ入り、ウィレム領を迂回する。
そして再び国境を越え、目的地であるフュネス領へ到着する。
「この様なルートになる、というのが『耳』と私の予想だ」
『耳』はリーノロスが事前に、ノムリル共和国に越境と進軍の許可を打診していた事実を掴んでいた。
同盟国とはいえ他国である。
『許すな』と、公然と内政干渉はできない。
「だが、あえてノムリルの領地で止める」
とんでもない事を言い出した、と思った。
だが、リーノロス教団は神殿騎士団という『武力』を送り込もうとしている。
それが自国内を当たり前の様に通るのはノムリル共和国も、マグダウェル公国と同様に面白くあるまい。
国境ギリギリのみ、通過を許す可能性が高い。
「なるほど。あの辺りは山道だ。標高も高ければ、切り立った崖もある」
俺は『出稼ぎ』で目にしている。
「そうだ。進軍速度は鈍り、体調不良を起こす者も居るだろう。ほぼ間違いなく神殿騎士団はここで野営する」
足が止まる確定的な唯一のポイントになる。
どうせ露見すればリーノロス教団とマグダウェル公国は大きな摩擦を生む上、ノムリル共和国に内政干渉を責められるのだ。
確実に実行できる場所を選ぶのは当然だ。
「バレなきゃいいんだ。頼んだぞ」
葉巻をふかして、モノクルを光らせた『長官』の姿が思い出される。
「簡単に言ってくれるよ、まったく」
リズミカルな足音を響かせ、疾走する馬上でひとりごちる。
首都クーガドゥルを発って二日。
要所に存在する『爪』の支部で、休憩を挟み、馬を替えて走り続けた。
『牙』の全身黒の装備は昼間は目立ち過ぎるため、大きめのローブを身に纏う。
「まずウィレム領へ入れ。そこに『耳』を一人配置した」
『長官』の指定したランデブーポイント、ウィレム領サンパスの街。
ようやく到着した。
神殿騎士団の進行状況予測では、バクスター領を通過途中のはずだ。
入領手続きを、用意された偽の身分証で済ませ、馬を預かり料金と共に引き渡す。
サンパスはウィレム領の東端に位置する、国内から領内への出入り口に当たる街だ。
それなりの賑わいがあり、旅人や商人など人通りは多い。
「ただ一つ、注意事項がある」
長官は言った。
「今回神殿騎士を率いるのは『聖剣使い』だ」
総毛立ったのを覚えている。
リーノロス教に伝わる、神より賜ったとされる『聖剣』。
「ザ・モンスター……」
「そうだ。ティーゲル・ザ・モンスター。奴が居る。下っ端はどうでもいいが、奴との交戦はなるべく避けろ」
『聖剣』とは、名前に似つかわしくない巨大な大剣だ。
全長二メートル強、刃渡り百五十センチメートル、刃幅十センチメートル、厚さ一センチメートルと、十キログラムを優に超える大業物。
『聖剣使い』ティーゲルは、それを自在に操る。
逸話は枚挙に暇が無い。
鎧を着けた歩兵を一振りで三人薙ぎ払った。
馬上の敵を馬の首ごと叩き斬った。
敵地で孤立するも、一人で百人を屠って悠々帰還した。
等々。
事実かどうかは別にして、本人と『聖剣』を目にすれば不思議に思えなくなる。
俺が目にしたのは、定期的にリーノロス教皇が行う『教皇巡礼』でクーガドゥルを訪れた時だ。
身長二メートル、一部が簡略化された分厚いプレートメイルを身に着け、聖剣を背負ったあの姿は忘れられない。
遠目でも本能が「こいつとは戦いたくない」と告げた。
「ふぅ」
俺は街の中心部にある、軽食屋の片隅に腰を下ろした。
強行軍で、身体の所々に痛みを伴う疲れを感じる。
注文を通し、店員が去った後、
ちりっ
俺の左側から『意識が向けられた』のを感じた。
一瞬前まで『一般人』としか認識できていなかった気配が、色を変えた。
間違いない。
こいつが長官の言っていた『耳』だ。
「長旅ご苦労さん」
小さく若々しい声、軽い口調。
「俺の事は『ベル』と呼んでくれ。ちりんちりん、のベルだ」
俺も向こうも、視線は向けない。
「よろしく、ベル。グレイだ」
小さな声で応える。
「リトルグレイマンからか? いいセンスだ」
まるで街中で「あそこの女、良い女だ」と笑う、軽薄なナンパ男の様な口調。
だが不思議と不快感は無い。
「まずはこいつを」
ずず……
ベルは足元に置いてあった、脇に抱えられる程度のサイズのバックパックを、右足でこちらへ押しやって来た。
それを俺は左足で引き寄せ、自分の両足の間に置いた。
「使い方は中に説明書があるから読め。宿をその身分証の名前で用意してある。ここから南東方向のホテルだ」
ベルが早口で、だが明瞭に言った。
「わかった」
短く返した時、俺の注文した料理が運ばれてきた。
店員にチップを手渡した時には、左手のテーブルは空のコーヒーカップ、その代金のみが残されていた。
去り際の気配も無い。
まったく、見事なものだ。
音も無いのにベルとはこれいかに。
ふっと小さく笑って、俺は数日ぶりの『まともな』料理を口に運び始める。
『中央教会』と呼ばれ、広さこそ一都市程度だが、治外法権を持つ『国』である。
「神殿騎士団の出発地点は言うまでもなく中央教会だ。しかし、そこから目的地であるフュネス領へ最短距離での北上は難しい」
俺は馬上で『長官』の見解を思い出す。
最短距離を通るルート上には三つの地方領がある。
首都クーガドゥルから最も遠い南西から北へ順に、クラレンス、バクスター、ウィレムと続く。
「いずれにも『神殿騎士団を通すな』と命が下るはずだが……」
このうちクラレンスは中央教会と間近な事もあり、リーノロス教団寄り。
「命が届く前に通ってしまった」などとのたまって、神殿騎士団の進軍を許すだろう。
バクスターは半々と言ったところだが、半年前の干ばつの折、リーノロス教団から援助を受けてしまっている。
ここは恐らく押し切られ、神殿騎士団は通る。
ウィレムは厳格にマグダウェル公国王に従う。
命令が届くのも早いため、神殿騎士団の進軍を許しはしない。
そこで西に進路を変えてノムリル共和国へ入り、ウィレム領を迂回する。
そして再び国境を越え、目的地であるフュネス領へ到着する。
「この様なルートになる、というのが『耳』と私の予想だ」
『耳』はリーノロスが事前に、ノムリル共和国に越境と進軍の許可を打診していた事実を掴んでいた。
同盟国とはいえ他国である。
『許すな』と、公然と内政干渉はできない。
「だが、あえてノムリルの領地で止める」
とんでもない事を言い出した、と思った。
だが、リーノロス教団は神殿騎士団という『武力』を送り込もうとしている。
それが自国内を当たり前の様に通るのはノムリル共和国も、マグダウェル公国と同様に面白くあるまい。
国境ギリギリのみ、通過を許す可能性が高い。
「なるほど。あの辺りは山道だ。標高も高ければ、切り立った崖もある」
俺は『出稼ぎ』で目にしている。
「そうだ。進軍速度は鈍り、体調不良を起こす者も居るだろう。ほぼ間違いなく神殿騎士団はここで野営する」
足が止まる確定的な唯一のポイントになる。
どうせ露見すればリーノロス教団とマグダウェル公国は大きな摩擦を生む上、ノムリル共和国に内政干渉を責められるのだ。
確実に実行できる場所を選ぶのは当然だ。
「バレなきゃいいんだ。頼んだぞ」
葉巻をふかして、モノクルを光らせた『長官』の姿が思い出される。
「簡単に言ってくれるよ、まったく」
リズミカルな足音を響かせ、疾走する馬上でひとりごちる。
首都クーガドゥルを発って二日。
要所に存在する『爪』の支部で、休憩を挟み、馬を替えて走り続けた。
『牙』の全身黒の装備は昼間は目立ち過ぎるため、大きめのローブを身に纏う。
「まずウィレム領へ入れ。そこに『耳』を一人配置した」
『長官』の指定したランデブーポイント、ウィレム領サンパスの街。
ようやく到着した。
神殿騎士団の進行状況予測では、バクスター領を通過途中のはずだ。
入領手続きを、用意された偽の身分証で済ませ、馬を預かり料金と共に引き渡す。
サンパスはウィレム領の東端に位置する、国内から領内への出入り口に当たる街だ。
それなりの賑わいがあり、旅人や商人など人通りは多い。
「ただ一つ、注意事項がある」
長官は言った。
「今回神殿騎士を率いるのは『聖剣使い』だ」
総毛立ったのを覚えている。
リーノロス教に伝わる、神より賜ったとされる『聖剣』。
「ザ・モンスター……」
「そうだ。ティーゲル・ザ・モンスター。奴が居る。下っ端はどうでもいいが、奴との交戦はなるべく避けろ」
『聖剣』とは、名前に似つかわしくない巨大な大剣だ。
全長二メートル強、刃渡り百五十センチメートル、刃幅十センチメートル、厚さ一センチメートルと、十キログラムを優に超える大業物。
『聖剣使い』ティーゲルは、それを自在に操る。
逸話は枚挙に暇が無い。
鎧を着けた歩兵を一振りで三人薙ぎ払った。
馬上の敵を馬の首ごと叩き斬った。
敵地で孤立するも、一人で百人を屠って悠々帰還した。
等々。
事実かどうかは別にして、本人と『聖剣』を目にすれば不思議に思えなくなる。
俺が目にしたのは、定期的にリーノロス教皇が行う『教皇巡礼』でクーガドゥルを訪れた時だ。
身長二メートル、一部が簡略化された分厚いプレートメイルを身に着け、聖剣を背負ったあの姿は忘れられない。
遠目でも本能が「こいつとは戦いたくない」と告げた。
「ふぅ」
俺は街の中心部にある、軽食屋の片隅に腰を下ろした。
強行軍で、身体の所々に痛みを伴う疲れを感じる。
注文を通し、店員が去った後、
ちりっ
俺の左側から『意識が向けられた』のを感じた。
一瞬前まで『一般人』としか認識できていなかった気配が、色を変えた。
間違いない。
こいつが長官の言っていた『耳』だ。
「長旅ご苦労さん」
小さく若々しい声、軽い口調。
「俺の事は『ベル』と呼んでくれ。ちりんちりん、のベルだ」
俺も向こうも、視線は向けない。
「よろしく、ベル。グレイだ」
小さな声で応える。
「リトルグレイマンからか? いいセンスだ」
まるで街中で「あそこの女、良い女だ」と笑う、軽薄なナンパ男の様な口調。
だが不思議と不快感は無い。
「まずはこいつを」
ずず……
ベルは足元に置いてあった、脇に抱えられる程度のサイズのバックパックを、右足でこちらへ押しやって来た。
それを俺は左足で引き寄せ、自分の両足の間に置いた。
「使い方は中に説明書があるから読め。宿をその身分証の名前で用意してある。ここから南東方向のホテルだ」
ベルが早口で、だが明瞭に言った。
「わかった」
短く返した時、俺の注文した料理が運ばれてきた。
店員にチップを手渡した時には、左手のテーブルは空のコーヒーカップ、その代金のみが残されていた。
去り際の気配も無い。
まったく、見事なものだ。
音も無いのにベルとはこれいかに。
ふっと小さく笑って、俺は数日ぶりの『まともな』料理を口に運び始める。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる