30 / 40
幕間 帰郷2
故郷
しおりを挟む
久しぶりに、本当に久しぶりに気持ち良く酔っている。
飲み交わしたのがヴェルナーという、色気もへったくれもない相手というのがわずかに不満だが。
俺はふわふわした心地好い酩酊感のまま、帰宅する。
アパートの玄関を開け、階段を登り、自分の部屋へ向かう。
いつもより動きが雑で、音がたつ。
と。
ばん!
大きな音が響く。
何かと思えば、ステラ、サラ親子の部屋のドアが、勢いよく開け放たれた音だった。
開けたのは純白の少女、サラ。
雑な動きで出た物音を聞きつけたのだろうか。
階段を登りきって、
「おう。サラ。どうした?」
声をかける。
すると、彼女は無言のまま、ずんずんと大股で近づいてくる。
こんな姿は珍しいな、と思っていると、勢いそのままに抱きついてきた。
「は? え? 何して……」
腰辺りに回された腕が妙に力強い。
柔らかい彼女の髪が顎をくすぐる。
何より彼女の体温が伝わってきて、酒で回らない俺の頭は混乱した。
「……ました」
俺の胸元に顔を埋めて、何か呟いた。
「何て?」
まだ混乱の収まらない中で、我ながら間抜けな調子で聞き返す。
「心配しました!」
サラが顔を上げて、聞いた事もない声量で言い放った。
なぜここまで心配を? と考えて、『北の騒ぎ』に至る。
「この通り無事だよ、ほら、大丈夫」
引き剥がす訳にもいかず、俺は両腕を広げて無事をアピールする。
しかし顔が近い。
睨み付ける様な、普段の彼女からは考えられない表情で俺を見つめてくる。
あれ? この台詞、ヴェルナーにも言ったような。
「本当に? 怪我は?」
距離が近いまま、サラは俺の身体をまさぐってくる。
「ちょ、落ち着け、サラ!」
想定外の行動に、俺はついに両手を挙げて降参のポーズ。
「あ。ご、ごめんなさい」
ようやくサラは一歩下がってくれた。
美人なんだから、少し自覚してほしいものだ。
心臓に悪い。
「って、お酒飲んでます?」
鼻をひくひく動かして、俺の口元の匂いを嗅ぐ。
また顔が近い、近いから。
「ああ、ちょっと一杯引っかけて来たよ」
逃げるように上体を反らしながら答える。
どうしたんだ、一体。
まるでサラが酔っぱらいで、俺が絡まれてるみたいだ。
「何で真っ直ぐ帰って来ないんですか!?」
またしても最大声量。
ヴェルナーに指摘されるくらい酷い顔だったから、とは言えない。
彼女の心配が増すばかりだろうし。
「いや、ちょっと色々あって……」
言葉を濁すと、
「色々って? 何ですか? 聞かせてください」
追い討ちが来た。
いよいよ絡まれてる気がしてきた。
アメシストの瞳が、『逃がさない』と言わんばかりに鋭く見つめてくる。
誰か助けてくれ。
「その子はあんたの帰りを、今か今かと待ってたんだよ」
呆れた調子でかけられた声、サラを追って顔を出したステラだ。
助かった、と思えたのは一瞬だった。
「で? 色々ってなんだい?」
あなたもそっち側ですか。
すまん、ヴェルナー。
ちょっと悪役やってくれ。
「ヴェルナーに誘われて、やむなく飲んでたんですよ」
参ったなぁ、と誤魔化す。
「ふうん」
「へぇ」
母子揃って、半信半疑な反応。
こういう所はよく似ている。
「と、とにかく今回は怪我も無く帰ってきたよ!」
子供の日記か、と思うほどしょうもない文章しか出てこない。
そこで一つ思い出す。
懐を探り、指先で見つけたそれをゆっくり取り出す。
「サラのお守りのおかげかもな」
手のひらを開いて、サラからもらった小さな木彫りの像を見せる。
するとどうだ。
「良かった。わたし、役に立てたんですね」
眩しい純白の笑顔が返ってきた。
ついさっきまで持っていたのを忘れていたとは、とても言えない。
「ああ。とても」
サラに笑顔を向ける。
良かった、ともう一度呟いて、サラは両手を自分の胸に当てた。
本当に、俺には過ぎる気遣いだ。
「ありがとう」
申し訳なさと嬉しさが入り交じる、礼の言葉を述べる。
それと、言いそびれていた言葉も思い出す。
「ただいま」
「おかえり!」
サラとステラは同時に言った。
笑顔で。
なんだかそれだけで胸のつかえが、ふっと消えた気がした。
ひとまず質問責めからは解放され、おやすみ、と言い合ってそれぞれの部屋に戻る。
灯りの無い自室。
だが、すぐに目が慣れて見えてくる。
改めて見ると、簡素な部屋だ。
部屋自体の飾り気の無さではなくて、家具類の地味さ加減の事だ。
いつでも去れるように備え付けの家具以外は、衣装掛けだとか、靴箱だとか、ローテーブルだとか、細々とした物ばかりだ。
急に見慣れた、殺風景なこの部屋が寂しく感じられた。
懐に仕舞っていた、サラのお守りをもう一度手のひらに乗せる。
不思議だ。
この小さなお守り一つで寂しさが薄れる。
気遣って、心配して、帰りを望んでくれる人が居る。
ああ、イゴール、あんたは正しかったらしい。
ここが俺の帰る場所、故郷だ。
お守りをそっと握り、
「故郷を守りたい気持ち、か。今なら解るよ」
呟いた。
あの凍った森に届くかは、定かじゃないが。
同時に思う。
ここに何かあれば、必ず守り抜きたいと。
飲み交わしたのがヴェルナーという、色気もへったくれもない相手というのがわずかに不満だが。
俺はふわふわした心地好い酩酊感のまま、帰宅する。
アパートの玄関を開け、階段を登り、自分の部屋へ向かう。
いつもより動きが雑で、音がたつ。
と。
ばん!
大きな音が響く。
何かと思えば、ステラ、サラ親子の部屋のドアが、勢いよく開け放たれた音だった。
開けたのは純白の少女、サラ。
雑な動きで出た物音を聞きつけたのだろうか。
階段を登りきって、
「おう。サラ。どうした?」
声をかける。
すると、彼女は無言のまま、ずんずんと大股で近づいてくる。
こんな姿は珍しいな、と思っていると、勢いそのままに抱きついてきた。
「は? え? 何して……」
腰辺りに回された腕が妙に力強い。
柔らかい彼女の髪が顎をくすぐる。
何より彼女の体温が伝わってきて、酒で回らない俺の頭は混乱した。
「……ました」
俺の胸元に顔を埋めて、何か呟いた。
「何て?」
まだ混乱の収まらない中で、我ながら間抜けな調子で聞き返す。
「心配しました!」
サラが顔を上げて、聞いた事もない声量で言い放った。
なぜここまで心配を? と考えて、『北の騒ぎ』に至る。
「この通り無事だよ、ほら、大丈夫」
引き剥がす訳にもいかず、俺は両腕を広げて無事をアピールする。
しかし顔が近い。
睨み付ける様な、普段の彼女からは考えられない表情で俺を見つめてくる。
あれ? この台詞、ヴェルナーにも言ったような。
「本当に? 怪我は?」
距離が近いまま、サラは俺の身体をまさぐってくる。
「ちょ、落ち着け、サラ!」
想定外の行動に、俺はついに両手を挙げて降参のポーズ。
「あ。ご、ごめんなさい」
ようやくサラは一歩下がってくれた。
美人なんだから、少し自覚してほしいものだ。
心臓に悪い。
「って、お酒飲んでます?」
鼻をひくひく動かして、俺の口元の匂いを嗅ぐ。
また顔が近い、近いから。
「ああ、ちょっと一杯引っかけて来たよ」
逃げるように上体を反らしながら答える。
どうしたんだ、一体。
まるでサラが酔っぱらいで、俺が絡まれてるみたいだ。
「何で真っ直ぐ帰って来ないんですか!?」
またしても最大声量。
ヴェルナーに指摘されるくらい酷い顔だったから、とは言えない。
彼女の心配が増すばかりだろうし。
「いや、ちょっと色々あって……」
言葉を濁すと、
「色々って? 何ですか? 聞かせてください」
追い討ちが来た。
いよいよ絡まれてる気がしてきた。
アメシストの瞳が、『逃がさない』と言わんばかりに鋭く見つめてくる。
誰か助けてくれ。
「その子はあんたの帰りを、今か今かと待ってたんだよ」
呆れた調子でかけられた声、サラを追って顔を出したステラだ。
助かった、と思えたのは一瞬だった。
「で? 色々ってなんだい?」
あなたもそっち側ですか。
すまん、ヴェルナー。
ちょっと悪役やってくれ。
「ヴェルナーに誘われて、やむなく飲んでたんですよ」
参ったなぁ、と誤魔化す。
「ふうん」
「へぇ」
母子揃って、半信半疑な反応。
こういう所はよく似ている。
「と、とにかく今回は怪我も無く帰ってきたよ!」
子供の日記か、と思うほどしょうもない文章しか出てこない。
そこで一つ思い出す。
懐を探り、指先で見つけたそれをゆっくり取り出す。
「サラのお守りのおかげかもな」
手のひらを開いて、サラからもらった小さな木彫りの像を見せる。
するとどうだ。
「良かった。わたし、役に立てたんですね」
眩しい純白の笑顔が返ってきた。
ついさっきまで持っていたのを忘れていたとは、とても言えない。
「ああ。とても」
サラに笑顔を向ける。
良かった、ともう一度呟いて、サラは両手を自分の胸に当てた。
本当に、俺には過ぎる気遣いだ。
「ありがとう」
申し訳なさと嬉しさが入り交じる、礼の言葉を述べる。
それと、言いそびれていた言葉も思い出す。
「ただいま」
「おかえり!」
サラとステラは同時に言った。
笑顔で。
なんだかそれだけで胸のつかえが、ふっと消えた気がした。
ひとまず質問責めからは解放され、おやすみ、と言い合ってそれぞれの部屋に戻る。
灯りの無い自室。
だが、すぐに目が慣れて見えてくる。
改めて見ると、簡素な部屋だ。
部屋自体の飾り気の無さではなくて、家具類の地味さ加減の事だ。
いつでも去れるように備え付けの家具以外は、衣装掛けだとか、靴箱だとか、ローテーブルだとか、細々とした物ばかりだ。
急に見慣れた、殺風景なこの部屋が寂しく感じられた。
懐に仕舞っていた、サラのお守りをもう一度手のひらに乗せる。
不思議だ。
この小さなお守り一つで寂しさが薄れる。
気遣って、心配して、帰りを望んでくれる人が居る。
ああ、イゴール、あんたは正しかったらしい。
ここが俺の帰る場所、故郷だ。
お守りをそっと握り、
「故郷を守りたい気持ち、か。今なら解るよ」
呟いた。
あの凍った森に届くかは、定かじゃないが。
同時に思う。
ここに何かあれば、必ず守り抜きたいと。
0
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる