end of souls

和泉直人

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幕間 帰郷2

故郷

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  久しぶりに、本当に久しぶりに気持ち良く酔っている。
  飲み交わしたのがヴェルナーという、色気もへったくれもない相手というのがわずかに不満だが。
  俺はふわふわした心地好い酩酊感のまま、帰宅する。
  アパートの玄関を開け、階段を登り、自分の部屋へ向かう。
  いつもより動きが雑で、音がたつ。
  と。

  ばん!

  大きな音が響く。
  何かと思えば、ステラ、サラ親子の部屋のドアが、勢いよく開け放たれた音だった。
  開けたのは純白の少女、サラ。
  雑な動きで出た物音を聞きつけたのだろうか。
  階段を登りきって、

  「おう。サラ。どうした?」

声をかける。
  すると、彼女は無言のまま、ずんずんと大股で近づいてくる。
  こんな姿は珍しいな、と思っていると、勢いそのままに抱きついてきた。

  「は? え? 何して……」

  腰辺りに回された腕が妙に力強い。
  柔らかい彼女の髪が顎をくすぐる。
  何より彼女の体温が伝わってきて、酒で回らない俺の頭は混乱した。

  「……ました」

  俺の胸元に顔を埋めて、何か呟いた。

  「何て?」

  まだ混乱の収まらない中で、我ながら間抜けな調子で聞き返す。

  「心配しました!」

  サラが顔を上げて、聞いた事もない声量で言い放った。
  なぜここまで心配を? と考えて、『北の騒ぎ』に至る。

  「この通り無事だよ、ほら、大丈夫」

  引き剥がす訳にもいかず、俺は両腕を広げて無事をアピールする。
  しかし顔が近い。
  睨み付ける様な、普段の彼女からは考えられない表情で俺を見つめてくる。
  あれ? この台詞、ヴェルナーにも言ったような。

  「本当に? 怪我は?」

  距離が近いまま、サラは俺の身体をまさぐってくる。

  「ちょ、落ち着け、サラ!」

  想定外の行動に、俺はついに両手を挙げて降参のポーズ。

  「あ。ご、ごめんなさい」

  ようやくサラは一歩下がってくれた。
  美人なんだから、少し自覚してほしいものだ。
  心臓に悪い。

  「って、お酒飲んでます?」

  鼻をひくひく動かして、俺の口元の匂いを嗅ぐ。
  また顔が近い、近いから。

  「ああ、ちょっと一杯引っかけて来たよ」

  逃げるように上体を反らしながら答える。
  どうしたんだ、一体。
  まるでサラが酔っぱらいで、俺が絡まれてるみたいだ。

  「何で真っ直ぐ帰って来ないんですか!?」

  またしても最大声量。
  ヴェルナーに指摘されるくらい酷い顔だったから、とは言えない。
  彼女の心配が増すばかりだろうし。

  「いや、ちょっと色々あって……」

  言葉を濁すと、

  「色々って? 何ですか? 聞かせてください」

追い討ちが来た。
  いよいよ絡まれてる気がしてきた。
  アメシストの瞳が、『逃がさない』と言わんばかりに鋭く見つめてくる。
  誰か助けてくれ。

  「その子はあんたの帰りを、今か今かと待ってたんだよ」

  呆れた調子でかけられた声、サラを追って顔を出したステラだ。
  助かった、と思えたのは一瞬だった。

  「で? 色々ってなんだい?」

  あなたもそっち側ですか。
  すまん、ヴェルナー。
  ちょっと悪役やってくれ。

  「ヴェルナーに誘われて、やむなく飲んでたんですよ」

  参ったなぁ、と誤魔化す。

  「ふうん」

  「へぇ」

  母子揃って、半信半疑な反応。
  こういう所はよく似ている。

  「と、とにかく今回は怪我も無く帰ってきたよ!」

  子供の日記か、と思うほどしょうもない文章しか出てこない。
  そこで一つ思い出す。
  懐を探り、指先で見つけたそれをゆっくり取り出す。

  「サラのお守りのおかげかもな」

  手のひらを開いて、サラからもらった小さな木彫りの像を見せる。
  するとどうだ。

  「良かった。わたし、役に立てたんですね」

  眩しい純白の笑顔が返ってきた。
  ついさっきまで持っていたのを忘れていたとは、とても言えない。

  「ああ。とても」

  サラに笑顔を向ける。
  良かった、ともう一度呟いて、サラは両手を自分の胸に当てた。
  本当に、俺には過ぎる気遣いだ。

  「ありがとう」

  申し訳なさと嬉しさが入り交じる、礼の言葉を述べる。
  それと、言いそびれていた言葉も思い出す。

  「ただいま」

  「おかえり!」

  サラとステラは同時に言った。
  笑顔で。
  なんだかそれだけで胸のつかえが、ふっと消えた気がした。
  ひとまず質問責めからは解放され、おやすみ、と言い合ってそれぞれの部屋に戻る。
  灯りの無い自室。
  だが、すぐに目が慣れて見えてくる。
  改めて見ると、簡素な部屋だ。
  部屋自体の飾り気の無さではなくて、家具類の地味さ加減の事だ。
  いつでも去れるように備え付けの家具以外は、衣装掛けだとか、靴箱だとか、ローテーブルだとか、細々とした物ばかりだ。
  急に見慣れた、殺風景なこの部屋が寂しく感じられた。
  懐に仕舞っていた、サラのお守りをもう一度手のひらに乗せる。
  不思議だ。
  この小さなお守り一つで寂しさが薄れる。
  気遣って、心配して、帰りを望んでくれる人が居る。
  ああ、イゴール、あんたは正しかったらしい。
  ここが俺の帰る場所、故郷だ。
  お守りをそっと握り、

  「故郷を守りたい気持ち、か。今なら解るよ」

呟いた。
  あの凍った森に届くかは、定かじゃないが。
  同時に思う。
  ここに何かあれば、必ず守り抜きたいと。
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