end of souls

和泉直人

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幕間 白い騒動1

お出かけ

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  『サイティエフ領の反乱』から早二ヶ月。
  ここ数十年安定していた国内で反乱が起こった事、大きな権力を有した貴族数名の処分などで混乱した首都もだいぶ落ち着いてきた。
  サイティエフ領は取り潰され、南に接する『トムソン領』と南東に接する『レスター領』による分割統治を受ける運びになった。
  ただ『危険な思想を持つ領民』として北方人の排斥運動と、彼らの現状に対する同情など、世論はまだ揺れている。
  イゴールの血判状のおかげか、領民への直接の処罰は無かったが、人種としての彼らは多少なりとも不遇を強いられるかもしれない。
  だが他領との行き来を阻害していた厚い森は一部とはいえ、大規模な伐採を許可され、きちんとした道が整備されるそうだ。
  これは分割統治の副次的な効果だ。
  統治するには人の行き来が円滑である必要がある、というわけだ。
  これにより多少は物資の流れも良くなるのでは
ないだろうか。
  元々の生活水準を思えば、大きな改善となるはずだ。
  クリン、おまえの賭けは良い方向に動いたかも知れないぞ。
  今後はトムソン男爵とレスター男爵、両名の領主がどう治めていくかにかかっているだろうが、もう俺の関わる範疇ではない。
  俺は窓を開けた。

  「あっつ」

  日々日差しの強まりと気温の上昇を感じる。
  眼下に広がる風景は、人々が多少薄着になった程度の緩やかな変化はありつつ、普段通りだ。
  ざわざわと活気がうかがい知れるざわめきが、通りの向こうから聞こえてくる。
  平穏な日々だ。
  この二ヶ月は任務も無かったため、俺は首都内でだらりと雑貨店の手伝いや大工仕事などをして、適当に日銭を稼ぐふりをして過ごした。
  切った張ったをやっているよりは、よほど気が楽だ。
  伸びをして、盛大に口を開けてあくびをする。

  「よお、グレイよ。ちゃんと働いてるか?」

  下からのんびりした声が聞こえてくる。
  手を軽く振っているのは、近所の気の良いおっちゃんだ。

  「適当にやってるよ!」

  こちらも軽く手を挙げて、やや声を張って返す。

  「おいおい、そんなんじゃ嫁もこねぇぞ!」

  おっちゃんは豪快に笑う。
  確か彼には子供が三人いたな。

  「まだそんな予定はねえよ!」

  たまに奥さんと、子供を連れて歩いているのを見かけた。
  子供は彼にまとわりついて、歩いているとは言えなかったが。

  「なんだよ、サラちゃんもらってやらねぇのか?」

  意地悪げに、にやっと笑っている。

  「ステラさんに夕飯のメインディッシュにされちまうよ!」

  その時はきっと丸焼きだろうな。

  「はっは、ちげぇねぇ! んじゃな!」

  おっちゃんは更に大笑いして去って行った。
  さあて、俺は何して過ごすかな。
  と、ドアの向こうに人の気配。
  ノックしてくるでもなく、階下へ降りる気配もなく、ただ立っている。
  不思議に思いつつ、俺はこっちからドアを開けてみる。

  「!」

  びくっと身をすくめたのは、

  「サラ?」

純白の少女だった。

  「こ、こんにちは、グレイさん」

  しどろもどろとはこの事だろう。
  うつむきがちに、緩くウェーブのかかった白い髪を右手で、顔を隠す様に引っ張っている。

  「どうした? 何か用か?」

  心なしか肌が赤くなって見えるが。
  ああ、さっきのおっちゃんとの会話が聞こえていたか。

  「いえ、その、特別な用事は無いんですが」

  あんな冗談、真に受けなくてもよかろうに。
  彼女くらいの年齢になれば、結婚は身近な話題だと思うが。

  「なんだ? 嫁に来たか?」

  笑いながらからかってみると、耳まで真っ赤になってしまった。

  「……」

  「……」

  妙な沈黙が訪れた。
  この反応はどう受け止めればいいのだろうか。
  そうしても良い、と思っている、とか?
  まさかな。
  急に気恥ずかしくなって、俺まで顔が熱くなってくる。

  「あ、あの!」

  沈黙を破ったのはサラだった。

  「お、おう」

  我ながら間抜けな反応だ。
  残念ながら女性とのやり取りの訓練は受けていない。

  「母が、今日は用事があるからグレイさんと買い出しに行ってくれ、と」

  言ってまして、と消え入るような声で続けた。
  そしてますますうつむいてしまう。
  その手には日傘が握られている。

  「あ、ああ、荷物持ちな。わかった。付き合うよ」

  俺はがくがくと頷いて応える。
  サラが顔を上げた。
  にこ、と嬉しげに。
  まだ熱の引かぬ頬を悟られないように、軽く顔を逸らす。

  「じゃあ、今からでも?」

  この美貌で、期待がこもった目で見上げられては断れる者など居はしまい。

  「ああ、構わない」

  俺はドアの横の衣装かけから、薄手のジャケットを手に取って、

  「あ、やっぱり少し待ってくれ」

ドアは開いたままに、待ったをかける。
  室内に戻って、暖炉の上から取った手鏡で自分の顔を写す。
  艶の無い黒髪、サファイアブルーの瞳。
  瞳の色だけ見れば、マグダウェル公国人の多数を占める特徴に当てはまる。
  簡単に髪を指先で整える。
  がさり、とした感触が、どこか虚しかった。

  「お待たせ」

  その感傷を断って、手鏡を戻してサラの元へ戻る。

  「はい」

  嬉しそうな、輝く笑顔が眩しい。
  ドアに外から鍵をかけ、サラと共に階下へ降りていく。
  こういう時は手でエスコートでもするのが正解だろうか、と一瞬考えるが、恥ずかしいのでやめた。
  アパートの外に出ると、一層日射しの強さが感じられた。
  サラが日傘を開く。
  黒く、艶があり、縁に下品になら無い程度に控えめなフリルが付いている。
  実は俺が、彼女の二年前の誕生日プレゼントとして贈った物だ。
  それまでサラはボロボロの日傘を使っていた。
  一体いつから使っているのか、サイズも彼女には小さかった。
  見かねた俺が新しい日傘を贈ったというわけだが、それでも二年使い続けている。

  「まずは、こっちです!」

  足取りも軽く、サラは楽しげに先導し始めた。
  こうして見ると出会った頃、六年前とは大きく違う明るさを手に入れた、と感じる。

  「サラちゃん、お買い物かい?」

  「はい! グレイさんと!」

  顔馴染みのおばちゃんに、はしゃいだ様子で応えている。

  「そうかい。……グレイ、しっかり守って、荷物持ちもしてやんなよ」

  笑顔でサラを見送った後、俺とすれ違い様に耳打ちしてきた。
  俺とサラのこの扱いの差よ。
  わかってる、と返して実感する。
  サラはこの下町の人々に愛されている。
  よし、行きな! と背中をばしん、と叩かれた。

  「サラ! はぐれるぞ!」

  背中に、じぃんと残る痛みを感じながら、先行するサラに声をかける。

  「はあい」

  ふにゃ、と相好を崩してサラが戻ってくる。
  やはりこの子は笑顔が似合う。
  と、右手から彼女に早足で近づいてくる男が一人、目に入る。
  この気配は。
  俺はその男の進路上、サラとの間に割って入る様に歩を進め、

  がっ

と男の爪先を右足で押さえる。

  「うわっ!」

  前のめりに倒れそうになる男の首を、肘の内側で受け止め、その耳元に囁く。

  「よそでやんな」

  男はぎくりと肩を強ばらせ、そそくさと去っていった。
  奴はスリだ。

  「グレイさん?」

  声は聞こえていないようで、サラが不思議そうに首をかしげる。

  「大丈夫だ」

  俺は何事も無かった様に彼女に笑いかけた。
  おばちゃんに言われるまでもない。
  サラは守る。
  彼女もまた、俺の『故郷』の一部だから。
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