end of souls

和泉直人

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幕間 白い騒動2

ろくでなし

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  乾物など保存の効く食材、根菜を中心とした割と長持ちする食材、葉野菜や果物といった生鮮食材、それと少しの肉類が麻の袋に詰められていく。
  そして俺の肩にのしかかってくる。

  「サラさんや。そろそろいいんじゃないかね」

  ステラ、サラ母子なら、一週間と半分は充分食える量が買い込めた。
  それでもまだ楽しげに、あれもこれもと動くサラに、俺はたまらず声をかけた。

  「あっ」

  サラがようやく動きを止めた。
  市場の熱気に当てられたのだろうか、子供の様にはしゃいでいた。

  「ご、ごめんなさい。つい……」

  俺の隣に戻ってきて、申し訳なさそうに目を伏せるサラ。
  別に怒っているわけではないし、そこまで縮こまられるとこっちが罪悪感を感じるんだが。

  「ちょっと一服していこうか」

  俺は顎で、喫茶店を指す。

  「え。でも……」

  こちらを見上げるサラの顔が語る。

  『これ以上迷惑かけるわけには』

  と。
  今更だ。
  俺は笑って、いいから、と促した。
  正直彼女の肌が心配だった。
  日差しが強く、日傘を差していても当たる時は当たる。
  一度どこか日陰で休んで欲しかった。

  「じゃあ」

  と彼女の了承を取り付け、喫茶店へと足を向ける。
  洒落ているわけでも、渋いこだわりが見えるわけでもない、喫茶店と言われてイメージするそのままの店構え。
  カウンターがあり、奥に簡単な厨房があり、テーブルと椅子が並び、コーヒーが香る。
  入り口付近で、いらっしゃいませ、と形式的な歓迎を受けて店内に入る。

  「奥へ行こう」

  日差しから遠い場所を。
  サラは日傘を畳みつつ、黙って頷く。
  瞬間、店内の客がざわめいた。
  まあ、美貌の上に目立つ特徴だ、無理も無い。
  席につき、注文を通し、改めて向き合う。

  「肌は大丈夫か?」

  彼女は普通の皮膚ではない。
  極端に日光に対して抵抗力が低い。

  「大丈夫そうです」

  白いワンピースの袖をまくって、柔らかく微笑む。
  確かに彼女の肌は輝かんばかりに白いままだった。
  日差しに焼けて赤くなっている部分は無い。
  それだけで安心する。

  「うん、良かった」

  つい俺も微笑んだ。
  暖かい感情、穏やかな感情が心地よい。
  ……任務中とは違う。
  違い過ぎて、自分が自分ではない感覚に陥る。
  もし、もし俺がこんな人間でなかったら……などと無意味な想像がよぎる。
  注文した品が、我々が挟むテーブルに置かれた。
  ウエイターにチップを渡す。
  井戸水で冷やしたコーヒーと紅茶。
  下町で手に入る、最も冷たい飲み物だ。
  上級区画、王宮区画では氷室で保存した氷で冷やした飲み物が提供されるそうだが、庶民には縁遠い。

  「美味しい」

  紅茶を一口飲んで、ほぅ、とサラは一息つく。

  「うん。なかなか良い」

  俺もコーヒーを一口飲んで頷く。
  他の客のざわめきはまだ収まらない。
  それどころか、先ほど飲み物を運んできたウエイターもサラをちらちら見てくる。
  そういえば、と俺は気になった事を尋ね始めた。

  「ステラさんの用事ってなんだ?」

  サラは首をかしげ、考える素振りを見せた。

  「聞かされてないんですよ。でも、なんか、こう、険しい顔してました」

  ステラの様子を思い出しながらだろうか、ゆっくりと話してくれた。
  娘のサラが知らないなら、これ以上尋ねても情報は得られないだろう。
  今は目の前の美しい女の子との一時を楽しもう。
  彼女は俺が不在にしていた間の、ステラやサラ、下町の人々の様子を楽しげに話してくれた。
  実際の年齢を考えると、幼く、無邪気に感じられる。
  そうしてひとしきりお茶を楽しんで、俺達はアパートへ戻る。
  すると、玄関に人だかりができていた。

  「どうしたんだ?」

  手近な女性に尋ねると、

  「なんかちょっと、怖い雰囲気の人達が来たのよ」

心配そうな声音で返してきた。
  サラの顔色が変わる。

  「お母さん!」

  「待て、サラ! 俺が先に行く!」

  今にも飛び込もうとするサラを、俺は制止して、人だかりを割って玄関に入る。

  「だからもう関係無いんだよ! 何度言わせるんだい!」

  ステラの荒らげた声が、二階から聞こえる。

  「そうは言ってもな。こっちもきっちり証文を持ってるんだ。法に従った、ちゃんとしたのをな」

  聞き慣れない男の声だ。
  ドスが効いている。
  あまりよろしくない類の人間だと直感で理解し 、俺は階段を駆け上がる。

  「ステラさん!」

  俺の声に、ステラは驚いた様子で視線を向けてくる。
  それ以上に、剣呑な視線が集まってきた。
  五人。
  いずれも男で、カタギとは思えない風貌をしている。
  タトゥーを至る所に刻んだ者、耳に過剰なまでにピアスをぶら下げる者、ベルトにこれ見よがしにナイフを持つ者。
  いかにもチンピラ、といった顔、格好だ。

  「なんだ? この兄ちゃんは」

  うち一人が、顔を下品に歪めて迫ってくる。

  「もう帰って来たのかい。間が悪い男だね」

  ステラが苦い顔をする。
  彼女の前には、周りの男どもに比べれば身なりは良いが、威圧的な雰囲気を纏う長身の男。
  あいつは他の四人のボス、と言ったところか。

  「おい、無視すんな!」

  迫ってきていた男が、俺の胸ぐらを掴んできた。
  隙だらけだし、一撃で意識を奪う事は容易かろう。
  だが、そんな技術を見せてしまうわけにはいかない。

  「ここの店子だ!」

  下腹に力を入れて、叫び返した。
  その声量に、胸ぐらを掴んでいた男がたじろぎ、そうかよ、と言いながら手を離す。
  そこへ、

  「お母さん!」

サラが階下から来てしまった。
  チンピラが色めきだつ。

  「おお、マジで良い女だな!」

  「たまんねぇ!」

  下品で無遠慮な、品定めする様な視線をサラに向ける。
  それに怯え、自分の肩を抱いて後ずさるサラ。
  俺はその視線を遮る様に、割って入る。

  「ああ? お姫様を守る王子様ってか?」

  男達が笑う。
  品性などあったものではない。

  「どういう状況ですか」

  俺はステラに尋ねる。
  相変わらず苦い顔で、軽く俯く。

  「俺が教えてやる」

  ステラの前にいた、ボスと思われる男が口を開いた。
  そしてチンピラ達をかき分けて俺の前に立つ。
  身長は俺より少し高い。
  長い金髪をオールバックにしつつ、後頭部で一括りに結んでいる。
  その瞳は茶色で、目つきは非常に悪い。

  「聞かせろ」

  サラを背後に隠して応える。

  「てめぇ! アニキに向かって……」

  チンピラの一人のわめきを、アニキと呼ばれた男が手で制する。

  「随分肚が座ってるな、兄さん」

  兄さん、などと言いつつ、俺をバカにしているのは明白だ。

  「あのおばさんの亭主が……」

  「元だ、って言ってんだろっ!」

  ステラを親指で指して説明を始めた『アニキ』の言葉を、ステラが遮った。

  「……元亭主が作った借金を取り立てに来たんだよ」

  ため息一つ、言い直す。

  「元、なら関係無いだろ?」

  ステラの元夫は六年前、俺がここへ入居して間もなく、彼女によって叩き出された。

  「そうもいかなくてなぁ。借金のカタに娘を差し出すって契約しちゃってるんだわ」

  ニヤリと嫌な笑顔で言われた言葉に、サラが息を飲む気配がした。

  「それは本当に法に則っているのか?」

  そんな一方的にサラを借金のカタにできるものだろうか?

  「証文があるんだって。そこのおばさんの印もある」

  「……元亭主が持ち出して勝手に押したんだよ。わからないように、後でこっそり戻したらしくてね」

  ステラに確認するように視線を送ると、そう応えた。
  状況が状況だが、捺印は大きな効力を持つ。

  「と、いうわけだ。だからそのお嬢ちゃんは頂いていく」

  『アニキ』が俺を押し退けてサラに手を伸ば……そうとして動きを止める。
  この程度で簡単に押し退けられる様な鍛え方はしていない。

  「証文を見せろ」

  俺は『アニキ』を見据えて、要求する。
  いいですよね? とステラに一瞬視線をやると、彼女は頷く。

  「ふん。まあ、いいだろ」

  動かない俺にいささか苛ついているようだが、『法』を持ち出す以上、俺を暴力的に退かせない。
  そして懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
  俺はひったくる様に、内容を確認する。

  『私、ジョージ=ポッターはテレンス=ビッグスに五百万オーラムを借り受ける。返済不可能な場合は娘、サラを差し出す』

  と記載されている。
  ジョージ=ポッターはステラの元夫の名だ。
  『テレンス』という名には覚えがある。
  法スレスレの金貸しだ。
  しかし、五百万だと? 一般人の年収の二倍に相当するぞ。

  「ちなみに利子がついて、今は六百万だ」

  『アニキ』がすかさず補足してくる。

  「あの男はギャンブルと酒に狂ってるんだよ」

  ステラが自分の額を手のひらで押さえて、苛立たしげに言った。

  「そういうわけだ。このお嬢ちゃんなら、娼館でかなりの値で売れる。すぐ返せるさ」

  ニヤつく『アニキ』の言葉に、カッと頭に血が上るのを感じた。
  サラが後ろから俺のジャケットを掴んでくる。
  その手は震えていた。

  「さ、お嬢ちゃんを渡しな」

  再び俺を押し退けようとする『アニキ』。

  「待てよ」

  抑えろ、俺。
  こいつらを叩き伏せたところで、問題は解決しない。
  髪が逆立つ。

  「おいおい、それは無理筋だろう、兄さんよ」

  こいつもいい加減苛立っているのだろう、語気が強まる。
  だがここは譲れない。

  「返済期限にはまだ二日ある。今彼女を連れて行くのは、それこそ筋が通らねえだろ」

  俺は指で挟んだ証文を、『アニキ』に突きつける。

  「……」

  『アニキ』の額に青筋が浮かぶ。
  憎々しげに睨んでくる。
  俺も睨み返す。

  「確かにな。だが六百万だぞ。普通に考えて用意できるはずがねぇ。どうせ変わらんだろうが」

  「筋を通せ」

  『アニキ』の言葉をまるで無視して、俺は言い放つ。
  ちっ! と大きな舌打ちを一つ、『アニキ』は俺の手から証文をひったくる。

  「良いだろう。今日は帰ってやる」

  行くぞ、とチンピラどもを手招きし、奴らが去っていく。
  階下から、どけや! だの、見世物じゃねえぞ! だのと聞こえてくる。
  不意に背後のサラの手から力が抜けた。
  慌てて振り向けば、彼女の身体が傾いでいる。
  それを受け止めるが、彼女は失神してしまっていた。
  仕方なしに膝裏を掬って、抱き上げる。

  「ありがとうよ、グレイ」

  母子の部屋へ運ぶ途中で、ステラが声をかけてくる。
  その表情は沈痛そのもの。

  「いや。構わない」

  首を横に振ると、彼女は、奥へ運んでやっとくれ、と俺を室内へ招き入れた。

  「あのろくでなしは……よりによって」

  リビングの奥、サラのベッドに彼女を寝かせる。
  ステラの元夫、サラの父親……俺からしても、クズ野郎だ。

  「でも六百万なんて大金は……」

  ステラも倒れてしまいそうに顔色が悪い。

  「ステラさんも、座って。少し休みましょう」

  俺はリビングの椅子に誘導する。
  ステラは膝から崩れる様に、椅子に腰かけた。
  はらわたが煮えくり返る。
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