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「いばら姫だわ」
「また殿下をお探しなのかしら」
「あのように厳しくては殿下も息が詰まりますわね」


学園内の庭園を歩いているだけで聞こえてくる陰口にエリーシカは扇子をひろげ、そっとため息をついた。

「私だって殿下なんて探さずに友人とお茶会をしたかったわよ」

やるせない思いがエリーシカの心のなかで広がっていく。
浮気ばかりで勉強から逃げ出すの第3王子ソラを探しては机の前に連れ戻す日々。
殿下が勉強を嫌がるのも、浮気ばかりなのもエリーシカの努力がたりないからだと教育係にお小言をいわれる。
そんな日々にエリーシカはうんざりとしていた。

「殿下が勉強なさらないのも、浮気をなさるのも私のせいではありませんのに」

周囲に気づかれぬようにそっとため息をもう一つ漏らすと、気分を切り替えようと息を吸い前を向いた。

目線の先には恋人の密会にうってつけと言わんばかりの、すこし茂みに隠れた東屋

密会をしているのは殿下と男爵令嬢
エリーシカはもう一つため息を落としそうになるのをお腹に力を入れて堪えた。

「ソラ殿下、そこまでになさってはいかがですか?」
「エリーシカか、お前は呼んでない。今は忙しいのだ。下がれ」
「殿下、そのように申されてはエリーシカ様もお可哀想ですわ」

腕にしなだれながら潤んだ目で殿下を見上げる男爵令嬢にエリーシカは内心呆れていた。
伯爵令嬢であるエリーシカに挨拶もせずに発言するなど礼儀知らずの娘であり、その娘に熱を上げている殿下にも呆れていた。

「殿下、そのように申されましてもお時間はお時間でごさいます。そちらの令嬢とは後ほどお会いになられては?」
「後ほどとはいつなのだ。私はいま愛を交わしているのだぞ。無粋なお前は下がれと言っておるだろうが」
愛という言葉を聞いて男爵令嬢は顔を赤らめた。

顔を赤らめてはいるが、勝ち誇ったような笑みを向けてくる男爵令嬢にエリーシカは冷ややかな視線を送る。

(まったく、バカバカしい。このような茶番に何度付き合えば気が済むのかしら)


先月の殿下の相手は子爵令嬢であり、おおよそ3ヶ月ごとに相手が変わり、毎度の如く愛を囁いているといった理由で教育係から逃げ出す。

学園に入る前も逃げ出す事が多かったが、大半は遊びが理由だった。
入学後は様々な令嬢と浮き名を流す事が多くなり、長期に渡り勉強から逃げていた。

「殿下、言葉遊びもそこまでになさりませ」
エリーシカは呆れ顔が表に出ぬよう抑えながら淡々と対応する。
最初の頃は自分を見てくれない悲しさもあったが、ここまで何度も対応していると、慣れたものだった。

「言葉遊びではない、本気で言っているのだ。婚約破棄されたくなければ、この場を去れ」

婚約破棄の言葉にエリーシカは驚いた。
この婚約は王家からの頼まれたものであり、なにより幼少時に第3王子が一目惚れしたと騒いで結ばれたものだった。

「そう……ですか」
驚いた表情が出ていたのか、男爵令嬢の口元からは笑みが漏れ出ていた。

「殿下、それではいばら姫があまりにもお可愛そうですわ。殿下に見放されましたらいばら姫といえどもお次の方が望めないでしょうに」
「本当にリーナは優しいな。聖女のような慈愛深さだ」

ニヤニヤとした笑みを浮かべる二人にエリーシカは吐き気と同時に腹が立っていた。
「私は殿下の判断に従うのみです。
気分が優れませんので、御前失礼いたします」

腹が立ったエリーシカは男爵令嬢ではとうてい再現できないであろう美しいカーテシーを行い、殿下に向かってにっこりと笑みを浮かべ、その場を去る。

庭園の中を歩き抜けながら、エリーシカは笑みが押されきれずにいた。

(婚約破棄なんて脅しになると思っているのがお笑いだわ。
あの男爵令嬢も殿下にお似合いですし、このまま行けば晴れて自由の身になれそうね)

第3王子ソラが一目惚れと騒いだ日からエリーシカの自由はなくなった。
王子妃に相応しくあれと、勉強の日々に追われてるというのに、肝心の第3王子は遊び呆けてばかり。
学園に入学してからは、エリーシカの優秀さをみて、王家から内密に第3王子を矯正するようにと言われうんざりとしていた。

(私の自由の日もあと少しよ)


庭園に響きく高笑いを聞いた者は口を揃えてこう言ったという。

「いばら姫の笑い声はまるで悪役のようだった」
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