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王宮の三妃
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アミーユはまばゆいシャンデリアの下で、笑顔を作っていた。
レルシュ伯として夜会に出れば、アミーユはその美貌で衆目を集める。最初は遠巻きに眺めていた令嬢も、おずおずと、やがて大胆にアミーユに声をかけてきた。
一度取り巻きができると、次から次へと取り巻かれる。
令嬢だけではない、なかには子息もまじっている。おそらくはアミーユをαと信じ込んで疑わないΩだ。
今日で夜会に出るのは最後にしよう。
その日、内心でそう決めていた。
はた目には出世を狙って、あるいは結婚相手を、あるいはただの遊び相手を探して、夜会に顔を出しているように見えるかもしれない。が、アミーユの目的はそのいずれでもない。
社交の場に出れば、産みの母の目につくだろうと考えていた。名乗り出るほどのことはなくても、それとなく匂わせる程度のことくらいはしてくるかもしれない。
あるいは、親しげに、想い深げに見つめてくるかもしれない。
訳あって捨てなければならなかったのだ。夫婦の間の子とは考えられない。貴族の令嬢か、あるいはΩの子息が、望まぬ妊娠をしてしまった。
意図して伯爵邸の玄関に捨てたのだ。長らく子がいないレルシュ夫妻であれば、きっと大切に育ててくれるだろう。そう考える程度には我が子のことを愛していたはずだ。そこに母親の残像を見る。
おそらく、今はどこかに嫁いでいるのだろう。けれども、今のアミーユを見ればどこか心動かされるものがあるのではないか。
恥じない程度に成長したとの自負はあった。成長した我が子に声をかけたり見つめたりしたくないはずがない。
ねえ、そうでしょう、母上。
母親を思えば狂おしいほどの憎しみが沸き起こるが、その裏にあるのは強烈な思慕だ。一目だけでいい、愛情のこもる目で見つめてくれれば。
俺はそれで満足するのに。
しかし、幾度となく社交の場に出ても、そのような人物は現れない。媚びをぶつけられることはあっても、母親の愛情に満ちた目を向けてくる人物はいまだ現れなかった。
たとえ我が子と知っても母親は声もかけず、見もしない。
貴族の中に姿をさらし続けるのは、捨てられ続けることも同じだった。
夜会に出るたびに、心が擦り減っていく。
もう亡くなっているのかもしれないし、遠くの領地にいるのかもしれない。しかし、そんな理由を探すのにも疲れた。
そろそろ決別しなければならない。母親の残像から。俺には愛してくれる母親などいないのだ。
そう考えるアミーユに声が聞こえてきた。
「レルシュ伯、よろしくて?」
人だかりがさっと左右に別れたかと思うと、目の前に真っ赤なドレスに身を包んだ貴婦人が立っていた。
アミーユは貴婦人を認識して、ハッとする。丁寧に一礼した。
「パメラ妃殿下。お声掛けを頂き、恐悦至極にございます」
赤いドレスの貴婦人は、パメラ王太子妃だった。
ホールにどよめきが起きている。
パメラ妃みずから出向かれて、お声をかけるとは。
羨望と嫉妬の入り混じる注目。あの若僧め。
伯爵とはいえ、アミーユは社交界の新参者。本来なら親が後ろ盾となり、息子の貴族社会での礎を築く手助けをするものだが、アミーユの場合はそうもいかなかった。
縁故の子爵を伝手に、こうして社交界に顔を出しているものの、礼儀作法もろくに学んでいない。自分から積極的に動くこともできず、ただ囲まれるままに人だかりを作る。
そんなアミーユに、パメラ妃がみずから出向いて声をかけるとは何事ぞ。
後で知ることになるが、パメラは王宮で拮抗する二つの勢力の一方だった。
人々が固唾を飲んで、アミーユとパメラ妃とを見守っている。
自分が世慣れぬ若者であることはアミーユ自身もよくわかっていた。しかし、自分で思っていた以上に、評価されているのかもしれない。
入隊して3年目で少佐を賜り、第一師団の第一連隊長になっている。なかなかの昇進ぶりだ。
「領地のご両親は息災か」
パメラ妃の物腰はどことなく冷たかった。
パメラ妃は、陰で、豚妃、と呼ばれている。むっちりと肥えた白い肌、大きめの鼻が上を向いている。
しかし、さすがに失礼なあだ名だ。パメラ妃の肌にはつやがあり、肉感的な魅力がある。大きな灰色の目に、輝くばかりの黄金の髪。赤いドレスを着こなしている。
派手な外見を裏切り、その声音は知性的だ。
「弟の件は災難だったな。だが、今も賊が活発にしておる」
ゲイルのことは、賊のせいになっていた。実際には兄と母親のせいで命を失ったのだが、表に出来る話ではない。
しかし、その説明を裏付けるかのように、王都には賊が出るようになった。貴族ばかりを狙って金目の物を盗んでいく。これまでの賊と異なるのは、盗んだ金を貧民窟でばらまいているところだ。
義賊を気取っているのだ。最初は少人数だったのが、次第に数を増やし、今では都を悩ます大盗賊団となっている。もっとも悩んでいるのは貴族ばかりで、庶民はその活躍に胸を躍らせている。
パメラ妃は、こうべをさげるアミーユのあごを、扇子ですくいあげる。目が合うと厳しい顔でアミーユに告げる。
「何としてでも弟の仇を取るがいい」
「はっ!」
アミーユは堅苦しい声で返事をした。
パメラ妃はそれだけを言うと、さっと赤いドレスを翻して去っていく。
パメラ妃は、アミーユを叱責に来ただけのようだった。
アミーユの所属する第一師団は王都防衛を専務とする。賊を捕まえるのは、第一師団の役目でもある。
評価されているなどと、自信過剰にもほどがある。
アミーユは、パメラ妃の背中を眺めて、ほっと溜息をついた。
パメラ妃の背中を見送るアミーユを、子爵家の三男坊、レオナルドが肘でつついて冷やかしてきた。
レオナルドは茶目茶髪の童顔をクシャリとほころばせ、いたずらが成功したときのように親指を突き立てた。
「お前、パメラ妃に気に入られたな」
アミーユとレオナルドは幼年学校の同級で、いわば幼馴染。背景に差はあれど、二人になれば子ども時代のノリになる。
「さっきのがそう見えるのか」
「そりゃそうでしょ、あの豚妃が声をかけるなんて滅多にないことだぞ」
「失礼だぞ」
「おっと、失礼。御豚妃さまね」
「こら」
アミーユがレオナルドの肩をどつく。
アミーユにとって、レオナルドは貴重な情報源だ。レオナルドは、21歳にして離婚と再婚を繰り返し、三度目の結婚相手を探すために、夜会に顔を出している。女にだらしないが、それだけに王宮のいろいろな噂にも精通している。
レオナルドが言うには、王室は呪われているらしい。お世継ぎに次々と不幸が起こるのだ。
レルシュ伯として夜会に出れば、アミーユはその美貌で衆目を集める。最初は遠巻きに眺めていた令嬢も、おずおずと、やがて大胆にアミーユに声をかけてきた。
一度取り巻きができると、次から次へと取り巻かれる。
令嬢だけではない、なかには子息もまじっている。おそらくはアミーユをαと信じ込んで疑わないΩだ。
今日で夜会に出るのは最後にしよう。
その日、内心でそう決めていた。
はた目には出世を狙って、あるいは結婚相手を、あるいはただの遊び相手を探して、夜会に顔を出しているように見えるかもしれない。が、アミーユの目的はそのいずれでもない。
社交の場に出れば、産みの母の目につくだろうと考えていた。名乗り出るほどのことはなくても、それとなく匂わせる程度のことくらいはしてくるかもしれない。
あるいは、親しげに、想い深げに見つめてくるかもしれない。
訳あって捨てなければならなかったのだ。夫婦の間の子とは考えられない。貴族の令嬢か、あるいはΩの子息が、望まぬ妊娠をしてしまった。
意図して伯爵邸の玄関に捨てたのだ。長らく子がいないレルシュ夫妻であれば、きっと大切に育ててくれるだろう。そう考える程度には我が子のことを愛していたはずだ。そこに母親の残像を見る。
おそらく、今はどこかに嫁いでいるのだろう。けれども、今のアミーユを見ればどこか心動かされるものがあるのではないか。
恥じない程度に成長したとの自負はあった。成長した我が子に声をかけたり見つめたりしたくないはずがない。
ねえ、そうでしょう、母上。
母親を思えば狂おしいほどの憎しみが沸き起こるが、その裏にあるのは強烈な思慕だ。一目だけでいい、愛情のこもる目で見つめてくれれば。
俺はそれで満足するのに。
しかし、幾度となく社交の場に出ても、そのような人物は現れない。媚びをぶつけられることはあっても、母親の愛情に満ちた目を向けてくる人物はいまだ現れなかった。
たとえ我が子と知っても母親は声もかけず、見もしない。
貴族の中に姿をさらし続けるのは、捨てられ続けることも同じだった。
夜会に出るたびに、心が擦り減っていく。
もう亡くなっているのかもしれないし、遠くの領地にいるのかもしれない。しかし、そんな理由を探すのにも疲れた。
そろそろ決別しなければならない。母親の残像から。俺には愛してくれる母親などいないのだ。
そう考えるアミーユに声が聞こえてきた。
「レルシュ伯、よろしくて?」
人だかりがさっと左右に別れたかと思うと、目の前に真っ赤なドレスに身を包んだ貴婦人が立っていた。
アミーユは貴婦人を認識して、ハッとする。丁寧に一礼した。
「パメラ妃殿下。お声掛けを頂き、恐悦至極にございます」
赤いドレスの貴婦人は、パメラ王太子妃だった。
ホールにどよめきが起きている。
パメラ妃みずから出向かれて、お声をかけるとは。
羨望と嫉妬の入り混じる注目。あの若僧め。
伯爵とはいえ、アミーユは社交界の新参者。本来なら親が後ろ盾となり、息子の貴族社会での礎を築く手助けをするものだが、アミーユの場合はそうもいかなかった。
縁故の子爵を伝手に、こうして社交界に顔を出しているものの、礼儀作法もろくに学んでいない。自分から積極的に動くこともできず、ただ囲まれるままに人だかりを作る。
そんなアミーユに、パメラ妃がみずから出向いて声をかけるとは何事ぞ。
後で知ることになるが、パメラは王宮で拮抗する二つの勢力の一方だった。
人々が固唾を飲んで、アミーユとパメラ妃とを見守っている。
自分が世慣れぬ若者であることはアミーユ自身もよくわかっていた。しかし、自分で思っていた以上に、評価されているのかもしれない。
入隊して3年目で少佐を賜り、第一師団の第一連隊長になっている。なかなかの昇進ぶりだ。
「領地のご両親は息災か」
パメラ妃の物腰はどことなく冷たかった。
パメラ妃は、陰で、豚妃、と呼ばれている。むっちりと肥えた白い肌、大きめの鼻が上を向いている。
しかし、さすがに失礼なあだ名だ。パメラ妃の肌にはつやがあり、肉感的な魅力がある。大きな灰色の目に、輝くばかりの黄金の髪。赤いドレスを着こなしている。
派手な外見を裏切り、その声音は知性的だ。
「弟の件は災難だったな。だが、今も賊が活発にしておる」
ゲイルのことは、賊のせいになっていた。実際には兄と母親のせいで命を失ったのだが、表に出来る話ではない。
しかし、その説明を裏付けるかのように、王都には賊が出るようになった。貴族ばかりを狙って金目の物を盗んでいく。これまでの賊と異なるのは、盗んだ金を貧民窟でばらまいているところだ。
義賊を気取っているのだ。最初は少人数だったのが、次第に数を増やし、今では都を悩ます大盗賊団となっている。もっとも悩んでいるのは貴族ばかりで、庶民はその活躍に胸を躍らせている。
パメラ妃は、こうべをさげるアミーユのあごを、扇子ですくいあげる。目が合うと厳しい顔でアミーユに告げる。
「何としてでも弟の仇を取るがいい」
「はっ!」
アミーユは堅苦しい声で返事をした。
パメラ妃はそれだけを言うと、さっと赤いドレスを翻して去っていく。
パメラ妃は、アミーユを叱責に来ただけのようだった。
アミーユの所属する第一師団は王都防衛を専務とする。賊を捕まえるのは、第一師団の役目でもある。
評価されているなどと、自信過剰にもほどがある。
アミーユは、パメラ妃の背中を眺めて、ほっと溜息をついた。
パメラ妃の背中を見送るアミーユを、子爵家の三男坊、レオナルドが肘でつついて冷やかしてきた。
レオナルドは茶目茶髪の童顔をクシャリとほころばせ、いたずらが成功したときのように親指を突き立てた。
「お前、パメラ妃に気に入られたな」
アミーユとレオナルドは幼年学校の同級で、いわば幼馴染。背景に差はあれど、二人になれば子ども時代のノリになる。
「さっきのがそう見えるのか」
「そりゃそうでしょ、あの豚妃が声をかけるなんて滅多にないことだぞ」
「失礼だぞ」
「おっと、失礼。御豚妃さまね」
「こら」
アミーユがレオナルドの肩をどつく。
アミーユにとって、レオナルドは貴重な情報源だ。レオナルドは、21歳にして離婚と再婚を繰り返し、三度目の結婚相手を探すために、夜会に顔を出している。女にだらしないが、それだけに王宮のいろいろな噂にも精通している。
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