玉座の檻

萌於カク

文字の大きさ
15 / 81

赤毛との夜

しおりを挟む
 物語通りというべきなのか、伯爵はアミーユを廃嫡しなかった。
 縁故の子爵邸に身を寄せていた伯爵夫妻は、伯爵邸へと戻ることなく、そのまま、領地へと引き上げていった。息子を無残に失った屋敷に戻るのも忍びなかったのだろう。
 
 王都に残ったアミーユは、伯爵邸の新たな主になった。しかし、そこには住まなかった。
 予定通り軍に入り、士官向けの兵舎に移り住んだ。寮生活が長いために、その暮らしに何ら不足はない。
 しかし、月に一度だけ、伯爵邸で過ごしている。
 
 アミーユは伯爵邸のほとんどの部分をそのままにした。夫妻の寝室もゲイルの部屋もそのままに、ただ、自分の居室を、北向きから南向きの一室へと移した。
 かつての自室は火災の跡が残っているせいもある。しかし、アミーユにとっては、ただ部屋を移しただけではなかった。
 広くはないが、バルコニーもバスルームもある部屋に、ベッドにソファも買い入れた。簡素だが、居心地の良い部屋に整えた。
 
 そこを『赤の間』と呼んだ。室内には赤い要素などない。白でまとめた部屋だ。けれどもアミーユはそう呼んだ。
 いつしかアミーユにとっては、その部屋を初めて得た我が家のように感じていた。やっと得た帰る場所。

 新月が近づけば我が家に帰る。
 そして待つ、赤毛を。
『赤の間』は、新月から三日月までを、二人で過ごす場所。

 アミーユはダンが現れるなり、首に腕を絡ませた。
 互いに飢え狂ったように体を重ね合わせる。
 やっと体を離すことができた夜に、紙のように細い月が浮かんでいた。
 バルコニーで夜空を見上げているアミーユの背中を、ダンが後ろからそっと抱いた。

「寒くないか?」
「寒くはない。お前がいるから」
「いくらでも温めてやる」

 ダンはアミーユの背中を覆うように抱きしめる。

「お前と満月を見ることはないのだな」

 アミーユが月を見ながらそう言えば、ダンは背後で何やら考えて、次にぎゅっと抱きしめてきた。

「もしかして、欲しいの?」

 ダンはそう言って、アミーユのシャツの裾から手を入れて、腹を撫でる。

「伯爵様は世継ぎが欲しいのかな」
「そういう意味じゃない」
「俺も欲しいな」
「やめろバカ」

 ダンはしつこく腹をさする。その手は上に伸びて、胸に移る。

「赤ちゃんができたら、ここからミルクが出るのかなあ」

 そう言ってダンは突起を指の腹で撫でた。アミーユは快楽に身を投じそうになって、慌てて赤毛のおでこを後ろに押した。

「バカ、しつこいぞ。殴る」

 殴ったところでアミーユがダンに適うはずもないのだが、ダンは眉尻を下げてしょんぼりする。
 アミーユはよく懐いた犬を眺めるような目でダンを見つめた。

 力関係ではアミーユのほうが上のようにも見えるが、その実、ダンのほうが圧倒的に上だ。
 アミーユにとってはダンは不可欠だ。
 もしもアミーユがΩだと露見したら、アミーユは、社会的に死ぬ。そうならないためにも、ダンとこうして会わなければならない。

 ダンに会ってヒートを起こして精を受けて治めてもらえば、一定期間はヒートを起こさない。どれくらいもつのかはわからないが、新月のたびにダンに会えば、軍隊でも支障なく生活できることがわかっている。 

 今やダンはアミーユの男妾ヒモのようなものだった。ダンは、アミーユにたかって生きている。
 港町の別邸は、ダンとその一味に明け渡し、さらに、収入の大半を、ダンに渡している。領地からの仕送りは途絶えているし、軍の給料も多くはないから、正直カツカツだ。
 それでもアミーユは、ダンに渡せる限りを渡している。
 ときおりアミーユはダンに言い聞かせる。

「お前の手下どもはきちんと見張っとけよ。時間を持て余せばろくなことをしでかさないのだ。とにかく働かせろ。軍に志願させろ」
「それがさあ、志願させても、1日で逃げだしてくるやつばっかでさあ」

 アミーユは呆れるしかなかった。

「食わせるからそうなるんだ。食えないと軍に居残るしかないだろ」
「腹減ると、あいつらすぐに襲っちまうからなあ」

 アミーユは内心で頭を抱え込んだ。そうだった、こいつは山賊だった。何で山賊のダンとこんな関係になってしまったんだ?
 それはΩであるが故だが、ダンに出会わなければ、今頃、軍にもいられない。

 それを思えばこの関係も割り切れる。
 こんな関係ももう3年目だ。

 ダンが本気で子どもが欲しいのなら、俺をどこかに連れていけばいい。俺にはお前しか要らないのだから。

 そんなことできないくせに。したくないくせに。

 もともとたかる目的で拾われた身。たかれる存在でいなければならない。ダンに捨てられないために。

 アミーユは飼い主が飼い犬を撫でてやるように、ダンの赤毛を撫でた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...