玉座の檻

萌於カク

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『逆賊アミーユ』の物語

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 悪逆非道な逆賊アミーユの物語―――。
 アミーユの脳裏を数々の記憶が貫いた。
 この記憶は何だ?

 記憶がよみがえる。よみがえるというよりも、それは生まれるに近い。これまでの人生とは何らつながりのない記憶。
 これはなんだ? この記憶はいったい?




 記憶のアミーユは俳優の卵だった。幸運にも演出家に見いだされ、舞台の主役に抜擢された。
 その役柄が、アミーユ・ル・リージュ公爵。悪名高い逆賊。

 俺は頭がおかしくなってしまったのか? 別の自分の記憶があるなんて。
 だが、アミーユにははじめて脚本を開いたときのページの感触までもがよみがえる。

 姓と爵位は違うが、名前は同じ。問題は、同じなのは、名前だけではないことだ。

 捨て子のリージュは、貴族に拾われたが、育ての親にも見捨てられるほどに凶悪に育った。領地のはずれに送られることになったが、リージュは従者を殺して公爵家に舞い戻る。父親殺害をもくろむも失敗し、弟を殺して嫡男に居座る。
 現実のアミーユは、従者もゲイルも殺してはいない。しかし、筋としては一致している。

 その後の物語の行方はかなり不穏だ。
 宮廷に出入りするようになったアミーユは、次々と敵を陥れて、やがて宰相に上り詰める。王座を奪おうとするも、国王に返り討ちされて、幽閉される。

 玉座に囚われて玉座に滅ぶ、逆賊アミーユ。
 その物語のタイトルは『玉座の檻』

 観劇客は、捨て子のアミーユの立身出世に胸を躍らせ、最後には、勧善懲悪でスッキリして、幕となる。
 しかし、俺にとっては客を喜ばせるための劇でも何でもない。
 これは俺の人生だ。

 俺の頭はおかしくなったのだ。別の記憶があるなんて。しかし、俺の頭がおかしいかどうかはこの際どうでもいい。現実と物語とが一致しているならば、俺には破滅が待ち受けているということだ。ほんの数年先に。

「アミーユ?」

 難しい顔で考え込んでいるアミーユをダンが気遣う。アミーユはダンを見た。こいつは物語には登場していない。名もない端役か。
 滑稽すぎる。記憶の中の逆賊の物語を、自分に重ね合わせるなんて。

「ダン、俺は伯爵にはならない。俺をお前の家に連れていけ」

 そうすれば俺は物語の舞台から文字通り退場する。名もない山賊とともに名をなくして生きるのもいいだろう。俺に宮廷での政争など興味もない。自分が逆賊アミーユの末路をたどるとも思えないが、今はダンを頼るしかない。

「頼む、俺をお前の家に」

 アミーユはそう言う自分の声音に驚いた。まるで媚びている。この俺が山賊に媚びている。
 しかし、それでいい。ダンとともに生きよう。ダンは、俺を大事にしてくれる。
 それに何より愛おしい、俺にはダンが愛おしい。ダンが俺の心を軽くする。
 ダンは俺を解放する、愛されない、という呪縛から。

 愛おしさを込めた目でダンを見つめる。
 ダン、俺とともに生きてくれ。俺はどこにでもお前についていく。
 そんなアミーユに、ダンは呆れたような声を出した。

「俺には家なんかない。もうここに住んでるつもりだけど?」

 アミーユは眉をひそめてダンを見つめた。

「どういう意味だ?」
「お前は伯爵になれ」

 ダンの顔は、出会ったときの夜の顔になっていた。優しく甘いダンではない。
 アミーユは、凍り付いた。

「ダン……?」
「俺、お前から離れないからな」

 そう言ったダンの顔はどことなく太々しかった。
 このダンは誰だろう。目の前のダンが別人に見えた。アミーユを丁寧に優しく扱ってくるダンは確かにいる。しかし、ダンはやはり山賊のダンだ。

 アミーユは大きな過ちを知った。
 ダンは俺を愛してなどいない。ただΩに欲情し、αとして抱いただけだ。
 思えば最初からそうだったじゃないか。最初から。

 ―――その命、俺のために使え。
 
 そう言ったじゃないか。何をわざわざ俺のために王都に来る必要がある?
 俺が伯爵の後継だからだ。
 ダンは俺を利用するためにここにいるのだ。
 俺を大事にするのも、そのためだ。
 俺はダンの手駒に過ぎない。
 
 少し優しくしてくれるだけで愛されていると思うなんて。
 なんて、なんて滑稽だ、俺は。
 こんな山賊ごときにまんまと手玉に取られたとは。

 急にダンが憎らしくなる。ダンの胸を小刀で突き刺してやりたい。
 ダンが憎い、ダンが憎らしい。

 アミーユは込み上げる嗚咽を抑えて、ダンをにらんでいた。しかし、アミーユの心のうちはダンにはわからない。ダンはいぶかしげな顔をするだけだ。

 殺してやる、俺を愛さないのならば殺してやる。
 
 しかし、アミーユにダンを殺せるわけがなかった。情の湧いた相手を殺すことなどできない。

 嗚咽を抑えられなくなったアミーユの目から涙があふれてきた。ダンは慌てて、「どうした?」と、アミーユを気遣ってきた。

 愛せ、などと懇願できるはずもなければ、懇願したところで叶うわけでもない。

 アミーユの涙を途方にくれた顔で見つめてくるダンに、アミーユは持て余すほどの情を抱く。
 親に愛されることばかりを願って生きてきたように、これからはダンに愛されることを願って生きていくしかないのか。
 
 俺はいつまでも苦しまなければならないのか。
 
 ただ愛されたいだけなのに。親に捨てられた子どもは一生、愛されることを求め続けて生きなければならないのか。

 再び味わう愛されることへの呪縛は、一度解放されただけに、より一層アミーユを苦しめる。
 憎しみの矛先をダンに向けられずに、見も知らぬ相手に向ける。

 憎い。
 俺を捨てた母親が憎い。
 どうして俺を生んだ、どうして。捨てるのなら産まなければよかったではないか。
 すべての元凶は、母親にある。俺を捨てた母親に。
 ダンの思惑通りに伯爵になってやる。そして、母親を探し出す……。

「俺は伯爵家に戻る」

 母親も貴族ならば俺も貴族社会に身を置く必要がある。俺は廃嫡されない。廃嫡されるなら父上を殺して爵位を奪う。
 俺もダンを利用しよう。Ωの俺にはダンが必要だ。


「ダン、俺から離れるな」
「よし、アミーユ。良い子だ。俺を裏切るな」

 ダンは並びの良い歯を見せて笑った。

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