玉座の檻

萌於カク

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上弦の月

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 アミーユは、ダンに背中を預けて、月を眺めていた。もう幾日も互いの体をむさぼりあっていた。ダンの用意するスープやパンで腹を満たせば、無我夢中で抱き合う。
 階下には、ダンの手下が出入りしているらしいが、ダンは決してアミーユに手下を近づけさせなかった。
 月はそろそろ上弦が近い。

 Ωの特性をダンから教えられた。αに出会うとヒートを起こすこと。αの精液を受ければヒートが収まること。満月に近いほど妊孕しやすく、遠いほど妊孕しにくいこと。

「Ωの花街は満月の美しさには敵わない、ってな」

 ダンはアミーユに説明を続ける。

「Ωを揶揄する意味ではなくて、満月にはΩを抱える店は軒並み休業するってことだ。店だって客だってΩを妊娠させたら困る」
「お前は山賊のくせに物知りなんだな」

 アミーユは後ろ手にダンの髪をなぶっている。ダンはダンでアミーユの胸をなぶっているからお互い様だ。

「お前がウブなだけだ、こんなの誰でも知ってる」
「では、これからもいろいろと教えてくれ」

 アミーユは胸をなぶるダンの手を引き寄せると、指先に口づける。

 ダンは出会った夜にはずいぶん荒くれ者に見えたが、今では打って変わって穏やかだ。
 そして、アミーユを丁寧に扱う。
 ダンはアミーユには決して痛みを与えなかった。アミーユへのキスも器用に傷口を避けていた。何度も抱かれた割には体のどこをも傷んでいない。まるで、アミーユを壊れもののように大切に扱っている。

 そして声音は優しく甘い。
 階下からはときおりダンの怒鳴り声も聞こえてくるが、アミーユには猫なで声だ。
 俺はΩだものな。
 ダンの仲間ではない。つまり対等な関係ではない。

「俺も花街に住むことになるのかな……」

 アミーユはそう漏らした。
 まさか俺がΩだったとは。俺の未来は、真っ暗闇だ。
 親と思っていた人たちに殺されていたかもしれないこの命、生きているだけましだと思え。何度も自分にそう言い聞かせたが、気休めにもならない。

 伯爵は追って連絡すると言った。アミーユの自決か、追放を告げるのだろう。それならば逃げてやろう、と思っていた。しかし、Ωである以上、それも厄介なことになった。

「え、何で?」

 ダンが間の抜けた声を出していた。振り向けば、ダンはひどく傷ついたような顔をしている。

「だって……、俺には居場所がどこにもない」

 それを聞いたダンの眉尻は次第に下がっていく。しまいにはペショリと垂れさがって、ご主人様に怒られてしょげている犬のようになった。

「アミーユ、お、まえ………、お前なあ、これだけ俺のことをたぶらかしておいて、それはないでしょうよ?」

 ダンは恨めしそうにアミーユを見てくる。

「アミーユは俺のものだし、俺はアミーユのものだ。お前もそう言ったよな? はっ、まさか、お前、俺から逃げるつもりか?」

 ダンは、今度は頬を膨らませる。

「アミーユ、俺、そんなの、絶対、許さねえからな」

 ダンは利かん坊のように唇を突き出して、ぎゅーっとアミーユを抱きしめてきた。
 アミーユは目を丸くしてその様子を眺めていた。
 ふとアミーユはダンの年齢が気になった。

「ダン、お前幾つだ?」

 出会いのときには圧倒的にダンが優位で、大人に見えた。しかし、目の前のダンは子どものようだ。

「18だ」

 アミーユは呆気に取られた。俺と同い年?
 アミーユの眉は真ん中に寄っていく。それを見たダンは慌てて言い直す。

「ほ、ほんとは21だ。もしかしたら、22とか23かもしれない。俺にもよくわからねえんだ」

 ダンは言い終えると、道に迷った子犬のような顔をする。
 卑俗な生まれならばそれもありえること。親の顔をも知らない育ちを察して、アミーユはダンの頭を撫でた。
 ダンはアミーユに抱き着き、甘えるようにアミーユに頬を擦り付けてきた。

「アミーユ、俺、お前から離れないからな」

 ダンには妙な愛嬌がある。
 根は悪い奴ではないのかもしれない。少し頭の足りなさそうなところはあるが、それだけに純粋そうだ。
 アミーユはそこで思考をひるがえす。いや、こいつは非道な山賊だ。情を抱いてもろくなことにはならない。だが。

「それなら、ダン。ずっと、俺のそばにいろ」

 アミーユの言葉にダンは黒目を輝かせた。そしてアミーユに抱き着く。

「ああ! いいのか! 俺、お前を大事にする! ずっと大事にする!」

 アミーユはダンの背中を抱きしめ返す。
 ダン、俺もお前が大事だ。
 体を売るなら相手は一人のほうがいい。ダンだけがいい。ダン、お前が俺をまるごと奪え。
 アミーユはダンに問う。

「いつ、出発する?」
「えっと、出発って?」
「王都を出るんだろう?」

 ダンは首を傾げてきた。

「どうしてその必要がある? お前は伯爵になるんだろう?」

 今度はアミーユが首を傾げる番だった。ダンは一件を目撃したはずだった。あの父が俺を受け入れるはずがない。
 いや、と、アミーユは考え直す。ゲイルのいなくなった今、俺を廃嫡すれば、伯爵家はいずれ沙汰となる。
 つまり伯爵は家のためにアミーユを廃嫡できない。
 ひょっとして俺はこのまま伯爵になるのか。
 
 不意にアミーユに衝撃が起きた。ピリピリと全身が震える。俺は、この物語を知っている……。
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