玉座の檻

萌於カク

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優しい支配者

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 ダンと甘く睦んだひとときを過ごしたあと、平穏が崩れていく音をアミーユは聞いた。
 体はまだ余韻に浸っている。ダンの熱が、その塊りが、まだ体の奥で揺らめいている。
 耳元に囁かれた声を反芻する。平穏を崩した音。

♰♰♰

 アミーユは肩を撫でるダンの手を押しのけた。ベッドを降りると、薄手のガウンを素早く拾い上げて羽織った。
 ベランダへと逃げ込む。

 その背中を、ダンは枕に片肘をついたまま、目で追っている。室内には、月光が差し込んでいるだけだというのに、アミーユは恥じらって裸を隠す。

 アミーユはベランダで背中を向けて立っているが、薄手の生地に体の線が浮いており、ダンが目でそれを味わっていることも知らない。

 アミーユはしばらくの間、そうやって、ベランダに逃げ込んでいた。
 ここならダンは来ない。軍務府の建物は夜じゅう、明かりがついている。軍務長官の仮眠室のベランダに、アミーユ以外の人影があったとなれば噂が立つ。だから、ダンはベランダには出られない。

 ―――アミーユを利用する
 
 ダンはそう宣言した。言葉にしたわけではなかったが、アミーユにそれを知らしめた。その日以来、ダンは、アミーユへの態度を変えた。支配者として振る舞い始めた。
 さっきダンが耳元で囁いた言葉を反芻する。

 ―――クーデターを起こせ。

 ダンという男は、どこまでも計算高い。
 アミーユに甘く触れ、温めて、守り、ときに突き放し、再び現れて、そして、アミーユを完全に手中に収めた。
 そのことを確認したのち、主従関係を明らかにした。
 その目つきで、声音で、アミーユはダンのものだと告げてくる。

「アミーユ、おいで」

 今やアミーユにはその声は何よりも大きく聞こえる。たとえ囁き声でも聞き取れる。命令する声は、優しく甘い。だが、決して歯向かえない。
 それでもアミーユが何とか抵抗していると、もう一度ダンがアミーユを呼ぶ。

「アミーユ、そこは冷える。俺のもとにおいで」

 もうアミーユはダンのもとへ向かうしかない。
 命令されるがままにダンの膝に座る。

 ダンはアミーユを包み込むように、背中を抱え込んだ。そして耳に囁きかける。愛をささやくように、甘く優しくささやきかける。

「アミーユ、クーデターを起こせ」

 アミーユは震える声で言った。

「軍事クーデター………?」
「そうだ。軍には俺の仲間も多く潜んでいる。お前は側近の部下に命令するだけでいい。国王を殺せ、と」
「お、れは、王位簒奪を、するのか」
「不当な権力を奪うだけだ」

 黙り込んでいるアミーユにダンは言う。

「アミーユ、お前はこの国の最高司令官になれ」
「か、革命はどうなった……?」
「革命? ああ、それは手段の一つだ」

 ああ、ダンは抜かりない。幾通りものカードを用意しているのだ。アミーユはダンの数多くの手駒の一つでしかない。ダンならやり遂げる。何としてでも王政を倒す。
 はじめて、アミーユは、現体制がひっくり返るのかもしれないと思った。

 王室の威信は弱まりつつあるとはいえ、いまだ体制は盤石。
 老国王は酒池肉林の外に出さえすれば威厳があるし、王宮での夜会も続いている。
 市民は暴動を起こして貴族が殺されて金品が盗まれても、その後は兵士が後始末をして、暴徒の好きにはさせてはいない。
 貴族議会も平民議会もいまも国王の名のもと平穏に維持され、王政はそれなりに体裁が整っている。

 しかし、それは簡単に覆る、のかもしれない。
 軍事クーデターで…………?
 兵士は、王室よりも俺につくのか…………?
 ああ、つくかもしれない。俺は英雄だ。
 兵士は俺をまつりあげるだろう。民衆もそれにならうだろう。

 ああ、なんて男だ、ダンは。
 ダンは単なる夢想家ではなかった。恐ろしく着実に物事を進める男だった。
 思えば、銀時計を見たときから、ダンはこのことを計画していたのではないか。
 俺を軍で出世させて、いずれトップにつかせて。

 サースデン戦役で俺を助けたのも、俺を失えば苦しいからではなく、ただ困るから。
 俺を英雄にまつり上げたのもダンの仕組んだことだった。

 ただの山賊? 
 盗賊団の首魁? 
 
 違う、この男はそんな簡単なものじゃない。

 アミーユは完全にダンの正体を見失っていた。ただ自分の支配者であることだけはわかる。
 俺は出会ってはいけない男と出会ってしまった。

「アミーユ、震えているのか?」

 怖い、お前が怖い。お前が怖くて震えているんだ。

「アミーユ、こっちを向いて?」

 アミーユは素直に従う。今度はダンの膝をまたいで、向き合ってダンに座る。膝から落ちないように、ダンの首に腕を回す。
 ダンはアミーユの震えを止めるかのように強くアミーユを抱きしめてきた。

「アミーユ、怖いか?」

 アミーユはうなづいた。
 ダンはアミーユに、絵本を読み聞かせるように優しげに言う。

「怖がらなくていいんだよ? クーデターは、これが一番穏やかな方法なんだ。いったん、革命になれば、民衆は殺戮と破壊をやりつくすまでは止まらない。その後は、長い混乱状態に陥ってしまう。革命の機運は、王室への圧で終わらせたほうがいいんだ」

 アミーユの胸の引くつきに気づいたダンが、体を離してアミーユの顔を覗き込んできた。
 アミーユの涙を見て、励ますように笑う。並びの良い歯を見せて。

「アミーユ、心配するな。大丈夫だ、うまくいく」

 温かい、ダンの胸は温かい。
 だが、アミーユはこわばり震えていた。
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