40 / 81
招かれざる客
しおりを挟む
ある午後、軍務府のアミーユのもとに、客があった。
アミーユはその姿を見て、思わず立って逃げたくなった。実際に執務室のデスクが重厚なものでは無ければ、蹴って飛び出していたかもしれない。
来客は、レルシュ伯だった。幼い息子を連れている。
アミーユはしばらく口を利くことができなかった。アミーユの顔つきに何かを感じたのか、従卒はお茶を出すと席を外した。
「元気そうだな」
レルシュ伯はアミーユを気遣うように言った。息子がレルシュ伯の首に腕を回して、アミーユを恥ずかしそうに見ては「うふふ」と笑い声を上げて顔を隠している。
何しに来た?
アミーユにはその想いしかない。もう金輪際かかわりあいたくない人だ。伯爵夫人がともに来ていたら、大声を上げて部屋から追い出していただろう。
「お前の弟のジョセフだ。もうすぐ三歳だ」
伯爵はアミーユに怒りの燃料を注いだ。
弟?
私はあなたの子でもないのに、弟?
いまさら息子扱いするのか?
アミーユは怒りに震えて息が詰まりそうだった。
「妻がお前にひどいことをした。怪我はなかったか」
伯爵はいたわるような声を出した。
みぞおちにギリギリと痛みがよみがえる。夫人は大声でアミーユを罵り、花瓶で打擲し、足で蹴った。
その結果、どうなったかなど、何も知らない。何も知らないで、自分たちは幸せな家庭を作っているのだ。
いや、その前に伯爵夫妻はゲイルを失った。あれは、その仕返しをされただけのこと。
復讐が叶ったことを突き付けてやろうか!
黙ったままのアミーユに、伯爵は、居心地を悪そうにする。
「まさか、お前がΩだったとはな。あの夜のことをずっと考えていた。思えば、お前は、私たちに害意をいだいたことはなかった。それどころか、ずっと寂しげに私たちを見ていた。私たちに何とか好かれようとしていた。そんなお前がゲイルの死を望んだとは思えない。ゲイルは母親の血を引いて、αだったのかもしれぬ。ゲイルがお前を襲ったのだな。それで、お前はやむなくゲイルを拘束した。そこへ下女が火を投げた。偶然が重なってゲイルは死んだ」
伯爵は苦悩を額ににじませた。
「妻の一家は全員αでな、あれの両親は、Ωに狂わされて、家庭をめちゃくちゃにされたのだ。あれもαだ。思えば、あれのお前への冷たい態度は、αとしてお前と面倒を起こさぬように、本能的にお前を遠ざけていたのだろうな」
夫人の両親?
面倒を起こさないように?
知らない、そんなのどうだっていい。いまさらそんな事情を聞かされても、不愉快なだけだ。
何をしに来たのだ、暇つぶしなら帰ってくれ!
「父上も、私を遠ざけていました。私を、ノルデンに追いやろうとしました」
「ああ、お前が王都にいると、あれがおかしくなってしまうのでな」
「従者に金をやって、私を山賊の出る山に置いてけぼりにさせようとしました」
伯爵は、信じられない、というように目を見開いた。
「従者がわざとお前を? まさか、そんなこと……………! 山賊に襲われたのにはそんな経緯があったというのか?」
伯爵の表情に欺瞞めいたものはなかった。
父上は、関わっていなかったのか?
やがて、伯爵は項垂れた。
「ああ、あれか……、あれがやったのだな………」
伯爵のあずかり知らぬところで、夫人が仕組んだことだったのか………?
アミーユは不意に伯爵の寝言を思い出した。
―――アミーユ、元気だったか。
伯爵に心が動きそうになる。しかし、銀時計を踏みつけたのは、その足だ。
アミーユは立ち上がった。伯爵を帰らせる合図だ。
しかし、伯爵はぐずぐずとソファに居座った。
「お前は公爵を下賜されたそうだな」
やにわに話題が移る。
「はい、おかげさまで、レルシュを名乗らずに済んでおります」
伯爵は少しだけ傷ついた顔をした。やがて、諦めたように立ち上がる。
「そうか。いや、お前の顔が見られてよかった。最近、王都も物騒でいろいろと物入りでな、お前に用立てを頼もうと思ったのだが、お前がそんな気を起こすはずもないな。時間を取らせて悪かった」
アミーユは呆れて口もきけなかった。
父上は金を借りに来たのか。まさか私があなたに金を貸すとでも。
俺を何だと思っているのだ。
俺への気持ちなどこれぽっちもないのだ、これっぽっちも。
アミーユは首を横に振った。
「私はまだ、公爵を拝領いただいたばかりで、何も手を付けていません。育てていただいた恩はありますが、私はもう十分に報いを受けました。私には、あなたたちを助ける気はこれっぽっちもありません」
伯爵は何か言いたげにしていたが、アミーユが入り口のドアを開けて待っているのを見て、退出していった。
アミーユはその姿を見て、思わず立って逃げたくなった。実際に執務室のデスクが重厚なものでは無ければ、蹴って飛び出していたかもしれない。
来客は、レルシュ伯だった。幼い息子を連れている。
アミーユはしばらく口を利くことができなかった。アミーユの顔つきに何かを感じたのか、従卒はお茶を出すと席を外した。
「元気そうだな」
レルシュ伯はアミーユを気遣うように言った。息子がレルシュ伯の首に腕を回して、アミーユを恥ずかしそうに見ては「うふふ」と笑い声を上げて顔を隠している。
何しに来た?
アミーユにはその想いしかない。もう金輪際かかわりあいたくない人だ。伯爵夫人がともに来ていたら、大声を上げて部屋から追い出していただろう。
「お前の弟のジョセフだ。もうすぐ三歳だ」
伯爵はアミーユに怒りの燃料を注いだ。
弟?
私はあなたの子でもないのに、弟?
いまさら息子扱いするのか?
アミーユは怒りに震えて息が詰まりそうだった。
「妻がお前にひどいことをした。怪我はなかったか」
伯爵はいたわるような声を出した。
みぞおちにギリギリと痛みがよみがえる。夫人は大声でアミーユを罵り、花瓶で打擲し、足で蹴った。
その結果、どうなったかなど、何も知らない。何も知らないで、自分たちは幸せな家庭を作っているのだ。
いや、その前に伯爵夫妻はゲイルを失った。あれは、その仕返しをされただけのこと。
復讐が叶ったことを突き付けてやろうか!
黙ったままのアミーユに、伯爵は、居心地を悪そうにする。
「まさか、お前がΩだったとはな。あの夜のことをずっと考えていた。思えば、お前は、私たちに害意をいだいたことはなかった。それどころか、ずっと寂しげに私たちを見ていた。私たちに何とか好かれようとしていた。そんなお前がゲイルの死を望んだとは思えない。ゲイルは母親の血を引いて、αだったのかもしれぬ。ゲイルがお前を襲ったのだな。それで、お前はやむなくゲイルを拘束した。そこへ下女が火を投げた。偶然が重なってゲイルは死んだ」
伯爵は苦悩を額ににじませた。
「妻の一家は全員αでな、あれの両親は、Ωに狂わされて、家庭をめちゃくちゃにされたのだ。あれもαだ。思えば、あれのお前への冷たい態度は、αとしてお前と面倒を起こさぬように、本能的にお前を遠ざけていたのだろうな」
夫人の両親?
面倒を起こさないように?
知らない、そんなのどうだっていい。いまさらそんな事情を聞かされても、不愉快なだけだ。
何をしに来たのだ、暇つぶしなら帰ってくれ!
「父上も、私を遠ざけていました。私を、ノルデンに追いやろうとしました」
「ああ、お前が王都にいると、あれがおかしくなってしまうのでな」
「従者に金をやって、私を山賊の出る山に置いてけぼりにさせようとしました」
伯爵は、信じられない、というように目を見開いた。
「従者がわざとお前を? まさか、そんなこと……………! 山賊に襲われたのにはそんな経緯があったというのか?」
伯爵の表情に欺瞞めいたものはなかった。
父上は、関わっていなかったのか?
やがて、伯爵は項垂れた。
「ああ、あれか……、あれがやったのだな………」
伯爵のあずかり知らぬところで、夫人が仕組んだことだったのか………?
アミーユは不意に伯爵の寝言を思い出した。
―――アミーユ、元気だったか。
伯爵に心が動きそうになる。しかし、銀時計を踏みつけたのは、その足だ。
アミーユは立ち上がった。伯爵を帰らせる合図だ。
しかし、伯爵はぐずぐずとソファに居座った。
「お前は公爵を下賜されたそうだな」
やにわに話題が移る。
「はい、おかげさまで、レルシュを名乗らずに済んでおります」
伯爵は少しだけ傷ついた顔をした。やがて、諦めたように立ち上がる。
「そうか。いや、お前の顔が見られてよかった。最近、王都も物騒でいろいろと物入りでな、お前に用立てを頼もうと思ったのだが、お前がそんな気を起こすはずもないな。時間を取らせて悪かった」
アミーユは呆れて口もきけなかった。
父上は金を借りに来たのか。まさか私があなたに金を貸すとでも。
俺を何だと思っているのだ。
俺への気持ちなどこれぽっちもないのだ、これっぽっちも。
アミーユは首を横に振った。
「私はまだ、公爵を拝領いただいたばかりで、何も手を付けていません。育てていただいた恩はありますが、私はもう十分に報いを受けました。私には、あなたたちを助ける気はこれっぽっちもありません」
伯爵は何か言いたげにしていたが、アミーユが入り口のドアを開けて待っているのを見て、退出していった。
0
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる