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幸妃の幽閉3
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翌朝、アミーユはアデレート宰相のもとに出向いた。宰相はアミーユの説明にうなずいた。
「それでは、幸妃さまのクッキーに毒は入っていなかったのですね」
「はい。おそらくは、ジョージ王子は体調不良で、腹を下したのかと。それをパメラ妃はクッキーのせいだと勘違いされたのかと思われます」
パメラ妃が自分をかばったとの所感は伏せて、アミーユはそう説明した。
「幸妃の解放をお願いします」
「しかし、これは王族の問題です。国王も王太子妃も、幸妃の幽閉を望んでおられます」
「ならば、私から、国王とパメラ妃にお願いしてもよろしいでしょうか」
アデレート宰相は少しの間考えて、首を横に振った。
「リージュ公、わかりました。あなたがそこまでおっしゃるのならば、わたくしから彼らに話してみましょう。まだ年の若いあなたに、間違いを正せと言われてしまえば、お二人の面目もありません」
アデレート宰相は微笑んだ。
しかし、しばらくたっても幸妃の幽閉は解かれることがなかった。
そもそも幸妃は王室の厄介者として扱われているのかもしれなかった。
それ以降、アミーユはパメラ妃らを訪問したあと、幸妃のところにも顔を出すようになった。
幸妃はいつも「きゃああ、かわいいこ」と抱きしめてきたが、侍女はいつも「いつ自由にしてくれるのか」と非難がましい目を向けてきた。
幸妃お手製のスープやパンを食べたり、髪を梳かれたり、手の爪の手入れをされたり、ときには足の爪まで手入れされる。
口を開けて虫歯の確認をされるまでは良かったが、「あなたは、はだがよわいのだから」と体じゅうにオイルを塗りたがるのにはさすがに閉口した。
いつも白々しい目つきでアミーユを見る侍女もさすがに「お母さま、アーサーはもう恥ずかしがる年ごろなんですよ」と助け船を出した。
まるで幼子にするような一つ一つの事柄が、アミーユには、嫌な心地ではなかった。むしろ、寂しい子ども時代を過ごしたアミーユにとっては、何ともこそばゆいひとときであった。
幸妃がクッキーを配るのには訳があった。
侍女は涙を浮かべて説明する。
「フィリップさまとお子さまたちは、クッキーを食べて亡くなられたのだそうです。クッキーに毒が仕込まれていたのです。幸妃さまは無意識にその犯人に罪を突き付けておられるのですわ」
病死とされてるが、実際はやはり毒殺だったのだ。二十年以上も前の話は、アミーユにとって現実感がなかったが、今、被害者を目の前にして、恐ろしさに身をすくませる。
王宮は伏魔殿というのは本当なのだ。
「ですが犯人はもう………」
ディアナ妃はすでに亡くなっている。
しかし、幸妃にはその事情はわからない。
何とも気の毒なことである。
アミーユはときおり幸妃に、梨やら一粒栗やら絹織物やらを届けさせた。幸妃が質素な暮らしをしているのは見て取れた。
侍女は「そんなものでは釣られません」といった冷ややかな視線しか寄越さなかったが、あるとき、おかしな反応をした。
幸妃にかつらと、侍女に櫛とリボンを、持って行ったときのことである。
アミーユには幸妃と侍女とを憐れに思う気持ちがあった。二人の外見からして憐憫を誘う。
幸妃は髪も眉も抜け落ちているし、侍女は逆に髪を伸ばしすぎている。頭を結っているがバランスが悪く、いつもその目を覆い隠している。
二人の外見を、どうにかしてやれないものか。
あの侍女は心根の優しい娘だ。よく気が付くし、幸妃のことを自分の母親のように大切にしている。だが、いかんせん、センスが悪すぎる。
「母上、これをかぶってみてくださいませ」
そのころには、すっかりアミーユも息子のふりをしていた。
「あら、アーサー、それはなあに?」
かぶせようとしたとたんに、侍女はすごい剣幕で、アミーユの元までやってくると、かつらを奪い取った。
「いけませんっ、リージュさま、おやめくださいませっ」
侍女は、悲鳴のような声を上げた。
侍女は自分の声の大きさに、ハッとして、アミーユに詫びたが、そろそろと、かつらをタンスに片づけてしまった。
「お母さま、アーサーからの贈り物はあとで見てみましょうね」
侍女はそう幸妃にごまかした。
幸妃がアミーユの爪とぎを始めれば、侍女は、おずおずと言い訳してきた。
「リージュさま、その、いくら母親のように年が上だろうと、殿方が淑女に触れるのは、あまり良くないことでございますわ。いくらお美しいリージュさまといえども、殿方は殿方、それは無作法ですわ」
これにはアミーユも呆れざるを得ない。アミーユは抱きつかれるわ、手も足も触れられるわ、やられたい放題なのに文句を言ったことなど一つもない。こちらは少々頭に触るのも許されないのか。
しかし、侍女の次の言葉にアミーユは留飲を下げる。
「私はこれでも、リージュさまには、感謝しているのです。幸妃さまのわびしい日常が、リージュさまのおかげで、華やいでいます。リージュさまのお越しを幸妃さまは本当に楽しみにしているんですわ。リージュさま、どうぞ、幸妃さまをお見捨てにならないでくださいまし」
そして次の侍女の言葉はアミーユにはのちの宿題となった。
「ただし、幸妃さまと私の姿から、どうぞ目を背けてくださいまし」
「それでは、幸妃さまのクッキーに毒は入っていなかったのですね」
「はい。おそらくは、ジョージ王子は体調不良で、腹を下したのかと。それをパメラ妃はクッキーのせいだと勘違いされたのかと思われます」
パメラ妃が自分をかばったとの所感は伏せて、アミーユはそう説明した。
「幸妃の解放をお願いします」
「しかし、これは王族の問題です。国王も王太子妃も、幸妃の幽閉を望んでおられます」
「ならば、私から、国王とパメラ妃にお願いしてもよろしいでしょうか」
アデレート宰相は少しの間考えて、首を横に振った。
「リージュ公、わかりました。あなたがそこまでおっしゃるのならば、わたくしから彼らに話してみましょう。まだ年の若いあなたに、間違いを正せと言われてしまえば、お二人の面目もありません」
アデレート宰相は微笑んだ。
しかし、しばらくたっても幸妃の幽閉は解かれることがなかった。
そもそも幸妃は王室の厄介者として扱われているのかもしれなかった。
それ以降、アミーユはパメラ妃らを訪問したあと、幸妃のところにも顔を出すようになった。
幸妃はいつも「きゃああ、かわいいこ」と抱きしめてきたが、侍女はいつも「いつ自由にしてくれるのか」と非難がましい目を向けてきた。
幸妃お手製のスープやパンを食べたり、髪を梳かれたり、手の爪の手入れをされたり、ときには足の爪まで手入れされる。
口を開けて虫歯の確認をされるまでは良かったが、「あなたは、はだがよわいのだから」と体じゅうにオイルを塗りたがるのにはさすがに閉口した。
いつも白々しい目つきでアミーユを見る侍女もさすがに「お母さま、アーサーはもう恥ずかしがる年ごろなんですよ」と助け船を出した。
まるで幼子にするような一つ一つの事柄が、アミーユには、嫌な心地ではなかった。むしろ、寂しい子ども時代を過ごしたアミーユにとっては、何ともこそばゆいひとときであった。
幸妃がクッキーを配るのには訳があった。
侍女は涙を浮かべて説明する。
「フィリップさまとお子さまたちは、クッキーを食べて亡くなられたのだそうです。クッキーに毒が仕込まれていたのです。幸妃さまは無意識にその犯人に罪を突き付けておられるのですわ」
病死とされてるが、実際はやはり毒殺だったのだ。二十年以上も前の話は、アミーユにとって現実感がなかったが、今、被害者を目の前にして、恐ろしさに身をすくませる。
王宮は伏魔殿というのは本当なのだ。
「ですが犯人はもう………」
ディアナ妃はすでに亡くなっている。
しかし、幸妃にはその事情はわからない。
何とも気の毒なことである。
アミーユはときおり幸妃に、梨やら一粒栗やら絹織物やらを届けさせた。幸妃が質素な暮らしをしているのは見て取れた。
侍女は「そんなものでは釣られません」といった冷ややかな視線しか寄越さなかったが、あるとき、おかしな反応をした。
幸妃にかつらと、侍女に櫛とリボンを、持って行ったときのことである。
アミーユには幸妃と侍女とを憐れに思う気持ちがあった。二人の外見からして憐憫を誘う。
幸妃は髪も眉も抜け落ちているし、侍女は逆に髪を伸ばしすぎている。頭を結っているがバランスが悪く、いつもその目を覆い隠している。
二人の外見を、どうにかしてやれないものか。
あの侍女は心根の優しい娘だ。よく気が付くし、幸妃のことを自分の母親のように大切にしている。だが、いかんせん、センスが悪すぎる。
「母上、これをかぶってみてくださいませ」
そのころには、すっかりアミーユも息子のふりをしていた。
「あら、アーサー、それはなあに?」
かぶせようとしたとたんに、侍女はすごい剣幕で、アミーユの元までやってくると、かつらを奪い取った。
「いけませんっ、リージュさま、おやめくださいませっ」
侍女は、悲鳴のような声を上げた。
侍女は自分の声の大きさに、ハッとして、アミーユに詫びたが、そろそろと、かつらをタンスに片づけてしまった。
「お母さま、アーサーからの贈り物はあとで見てみましょうね」
侍女はそう幸妃にごまかした。
幸妃がアミーユの爪とぎを始めれば、侍女は、おずおずと言い訳してきた。
「リージュさま、その、いくら母親のように年が上だろうと、殿方が淑女に触れるのは、あまり良くないことでございますわ。いくらお美しいリージュさまといえども、殿方は殿方、それは無作法ですわ」
これにはアミーユも呆れざるを得ない。アミーユは抱きつかれるわ、手も足も触れられるわ、やられたい放題なのに文句を言ったことなど一つもない。こちらは少々頭に触るのも許されないのか。
しかし、侍女の次の言葉にアミーユは留飲を下げる。
「私はこれでも、リージュさまには、感謝しているのです。幸妃さまのわびしい日常が、リージュさまのおかげで、華やいでいます。リージュさまのお越しを幸妃さまは本当に楽しみにしているんですわ。リージュさま、どうぞ、幸妃さまをお見捨てにならないでくださいまし」
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