神喰らいの蛇レイ・スカーレット

海水

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フォークを狙うのか?

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『そうだな蛇よ、どこから話せばこの数日間で起きた馬鹿げた日々を上手く纏められると思う?』

 ーーレイ、そんなことは知ったこっちゃない。俺から言わせて貰えば、一週間前のあのイカれた修道女を見た瞬間に逃げ出すのが利口だったとしか伝えられることはない。

『やっぱりそうだよなあ。腹立たしいことにあの女は善良で、聖母教会に守られているからムカついても手を出せない。時を遡る能力があったら、間違いなくあの女の元へ真っ先に行って修道女にならないように徹底的に工作してやる。』

 ーーおい、伝令が飛び出したぞ! 流石に行かせたらまずい!

『わかってるわ、そんなこと! 力を貸せ蛇影だえい。』

 足元から飛び出した蛇影の頭に乗り、騎馬に乗った炎帝兵の伝令にすぐに追いつく。

「なっ、貴様どうやって!?」

「炎帝兵ともあろう者が神狩りに背を向けて逃げ出そうなんざ、お見それしたぞ! お礼にルーンソードき斬られる貴重な体験をさせてやるよ!」

 伝令の炎帝兵が剣を抜く間も無く、右腕を刎ね飛ばして顔面に強烈な蹴りを入れて馬上から叩き落とす。

「お前たちは下がって、業火石の投擲によって後方支援しろ! 相手はレイ・スカーレットだ、奴に一瞬の猶予も与えるな! 神狩りは一騎当千の怪物、 フォボス様たちが戻られるまではエストランディアを守護するのだ!」

 そう言いながら真紅のマントを纏った火の騎士が、ツヴァイヘンダーに匹敵する長大の大剣に業火を纏わせてこちらに向かって来た。武器のリーチが圧倒的に足りない。蛇影を火の騎士めがけて飛ばし、牽制を入れる。奴が素早く回避した後の構えから剣筋を予測して、受け流しの構えをとる。横薙ぎに振り抜かれる大剣に剣身を当てながら少し跳躍し、まるで受け身を取るように大剣の上で身体を捻りながら受け流す。それから隙のできた胴を狙うが、火の騎士は素早く短剣を抜くと私の剣をそれで受け流した。
 一度後ろに下がって体勢を立て直す。羽毛の有翼蛇の力を使えば一瞬で片付くだろうが、今ここで余計に体力を消耗している場合ではない。
 どうしてこうなったのか、そもそもあのソングバードのイカれた案がなければこうはならなかった。ぴーちくぱーちく、と喧しいだけの小鳥の方がどんなに無害なことか。合計五日間開催される予定であった円卓会議を私とリナリア、ハーヴィ、ソングバードで二日目から無断欠席し、その間にハーヴィの仲間たちと共にノーデンの船で河川を南下して目立たずにアルストロメリア王国を通過、途中で舟止めの鎖に引っかかったため河川脇の砦の兵と交戦し、そして六日目の今日にエストランディアの王都に到達した。
 リナリア、ハーヴィ、ソングバードの三人で水路から城塞都市に忍び込むのだが、潜入部隊からあぶれた私はついさっき夜が明けた時から都市の城門前で陽動作戦をしている。はっきり言って、私が死ぬ確率の方が遥かに高い。こんな作戦を立案したソングバードは後で必ず殺してやる。命がいくつあっても足りない状況を潜り抜けなくてはならないんだ、殺されても文句は言えないだろう。
 
 ーー頭の中で恨み節を吐いている暇があるならさっさと目の前の奴を倒せ。もうじきに増えるぞ。

  蛇がそう言っている側から、駆けつけた火の騎士がもう一人飛び掛かってくる。振り下ろされる長大の剣を横に跳び退いて回避し、続いて飛んでくる業火石を移動する蛇影に捕まって回避する。
 火の騎士の連携は完璧で、一人が前衛に出るともう一人が下がって業火石の投擲を構える。たったそれだけの単純なものだが、私は回避に専念する以外のことができなかった。
 ならば、一瞬でもできる好機で決着をつけなければならない。

「蛇影、一瞬火の騎士の動きの邪魔をしろ。」

 私の指示で小さな蛇影は歪んだ笑みを浮かべ、前に飛び出して来た火の騎士の突きを放とうとする右腕に絡みついた。まさしくほんの一瞬だけ騎士は怯み、私は剣を袈裟に振り下ろして長大の剣の切先を打ち落とした。そのまま足で踏みつけて動かせないようにし、剣を振り上げて背面に構えると、いつの間にか回り込んでいた火の騎士の剣と衝突した。

「貴様、どうやって!?」

 回り込んだ火の騎士は想定外の私の動きに困惑する。一方で私は剣と剣がぶつかった時の衝撃を活かして反転して剣を水平に構えて首を狙って突きを放つ。背後にいた騎士も短剣を抜いて対処しようとするが小さな蛇影がその腕に絡みついた瞬間、またもや一瞬の隙が生まれて、私の刃が首を貫通した。そのまま右腕の義手の腕力に任せて首を捻り、剣を引き抜く。
 もう一人の火の騎士が怒りに任せて長大の剣を横薙ぎに大振りし、私は先ほど同様に受け流しながら剣を飛び越えた。そして懐に飛び込んで腹を剣で貫き、思い切り肩にかけて斬り上げ、上半身を鎧ごと両断した。
 ルーンソードは通常の剣とは違い、ある太古の叡智の遺物の技術を応用して特殊な金属加工が施された剣だ。石も金属もチーズを切るように簡単に切り裂くことができる。そして斬れ味は全く落ちない。
 私が火の騎士二人を一瞬で残忍に殺したことで、炎帝兵の士気がかつてないほど下がっている。彼らにはきっと、私のことが悪魔か何かに見えていることだろう。顔についた返り血を拭って、剣を振って簡単に血払いをする。
 あいつらが勘づいて、この場に現れるならそろそろだろう。

「これ以上の殺しはやめてもらおうか、レイ・スカーレット。」

 噂をすれば現れたな。声のした方へ振り返ると、フォボスが十数人の炎帝兵を連れて真後ろに立っていた。炎帝がいない、まさか国宝の方へあいつは行ったか。私が大暴れすれば危険度からこっちに向かって来るとソングバードは見立てていたが、完全に私たちの狙いが読まれているではないか。

「お前は今から王城を目指すだろう。だが、ひとつお前の意見を聞かせろ。別にこの後どうしようが止めはしない。それに時間稼ぎのつもりで止めるわけでもない。」

「何だよ、それだったら呼び止めるな。私の方は一刻を争うんだ。」

「急がぬ方がまだ良いこともある。たとえば乱戦になって余計な死傷者が増えるとかな。なあレイ・スカーレット、殺戮は楽しいか? 我はお前が悦楽に浸っているようだと以前から思っていた。正体も知らずに襲ってきた賊、神狩りに対して正義の鉄槌だと騒ぐ偽善者共、そして蔓延るカルト信者、どいつもこいつも非常に目障りだ。死んでも良い奴らで妥当だろう。炎帝軍なら法の下の処罰でそいつらを狩るか、とっ捕まえて処刑するだろうな。我らは本来はホワイトランドの法の番人だったのだから。それで、お前はあと何十人殺すつもりだ?」

 フォボスが地面を指差すと、辺り一面が血の海となっており死体が散乱していた。その数は大体でも二十、いや三十人は少なくとも死んでいる。身体のどの部位からわからないほど、損傷の激しい物も中にはあった。
 ひたすらに戦い続けていたはずだ、こんな虐殺をした覚えは一度もない。これでは私はあの瘴気魔と何の大差もない怪物だ。

「それとも炎帝軍は神狩りにとっては人以下のゴミ同然の存在だったか? 我は炎帝軍の兵士たちを誰一人捨て駒だと思ったことは一度もない。」

 フォボスは凄まじい憎悪を滲ませた表情で私を睨む。
 わからない、まるで子供のような感想だがそうとしか言えないのだ。いつから狂っていた? 私が、それとも蛇が? いや、蛇なわけがない。全部私の意思と判断の結果だ。

「私は仲間を助けに行くさ。少なくとも、その方がまだ人間らしいだろ?」

「お前は、我が主の地獄の業火に焼かれるがいい。」

 フォボスは語気を荒げてそう言い放った。私は背でその言葉を受け止め、城塞都市の中へと蛇影に乗って入る。
 都市の中は石造りの家が所狭しと並び、美しい建築様式の聖母教会や普段は人が大勢いて活気が満ちているのであろう交易の市場もあった。どれも共通しているのは人が一人もいないということ、不気味なほどに都市内部は市民も兵士もいなかったのだ。もしかすると閉ざされた家の中に皆引き篭もっているのかもしれない。炎帝が出て来ぬように命じて、避難しているのかもしれない。
 炎帝も私の起こした惨状を目撃したのだろう。私があのまま街に入れば、どんな惨劇を起こしていたのか想像もつかない。もし生きて帰れたらハーヴィにノーデンのシャーマンを紹介してもらおう。何か見てもらえれば自制ができるようになれるかもしれない。やった張本人が言うのも本当におかしいが、人を大勢殺して本当に気持ち悪い。
 小高い丘の上に建造された城に到達する。ここも他同様に衛兵が一人もいない。全開の外門を潜り抜け、坂の上の内門も同様に開け放たれていて、それどころか城の入り口も開いていた。
 影蛇から飛び降り、城の入り口に立つ。中の床には細く長く焦げた痕跡が、子供が木の棒で地面に線を引いたみたいに続いていた。罠があるかもしれないが、炎帝が私を招き入れているのは間違いない。不意の攻撃に警戒しながら痕跡を辿る。最初は王の間に続いているのかと思ったが、焼けこげた跡は城の地下へと続いていた。

「神狩り、炎帝に挑もうなどとは考えるな。」

 背後から聞き慣れぬ男の声で呼び止められ、剣を構えて振り返る。そこには重装の鎧に身を包んだ狼の獣人が鉄塊かと見紛う大剣を肩に担いで立っていた。いや、正確には”獣環ししかん”を宿した者と表現する方が良いだろう。

「女神の大金環の力の覚醒者と同じ結社の馬鹿な修道女は炎帝に捕まったが、ハーヴィは俺が助けた。お前が今の精神状態で無謀に炎帝に挑んでも、勝てる見込みは一切ない。おっと、俺が何者かという疑問があるだろう。俺は、獣騎士の一人ランブル=サクスだ。黄金神族、獣騎士王ヴォルサクス様の眷属であり、一応は結社の人間だ。」

「だからと言って、悠長にできる暇はない。手足の一本、二本はなくす覚悟で救出して逃げるさ。」

 幸い、この間のノーディンガムで発動した奥の手はいざという時に使えそうだ。炎帝から逃げるだけなら、私一人の消費で済むなら安いもんだ。

「ハーヴィはどうする? 彼の手当が今まさに最優先だ。ここから”鴉の止まり木”まではそう遠くないはずだ。彼を連れて我々は大勢を立て直すべきだ。お前は自身の後悔への自己満足に浸っているだけだ。そんなものより今は盤面を大局的に見てみろ、全てが確実に道を踏み外している。これは個人の問題では全く済まない話だ。」

 ーーレイ、死なれると俺も困る。

 蛇はいつになく真剣な様子で私にそう語りかける。そういえば昔、アントニウスに言われたか。己を知らずに剣を振るなと。中々その意図を汲むことができなかったが、私は確かにいつからか己を失っていたのだろう。

『そうだな、東方には二兎追う者は一兎も得ずなんて言葉もあるしな。炎帝が捕らえているのは聖母教会の人間と、女神の力を覚醒させた者だ。そう簡単には死なせられるとは思えない。きっと丁重な扱いを受けるだろうさ。』

 ーークックック、良いぞ。お前はそれでいてくれ。つまらない怪物にでもなられたら困るからなあ。

 蛇は嬉しそうににやけ顔を見せると姿を消した。怪物になるか否かは私が決めることだ。アントニウス、私の父がわりだったアンタは多分、本当にもうこの世にいないのだろうが、まだ私の師匠でいてくれるよな?
 それにしても蛇よ、お前がアントニウスの言葉を引用するとはな。あれは、師匠の借金を取り戻す一発逆転のチェス勝負の時に後ろからやかましく話しかけてくるウザい奴だった。おかげで大敗して暴力に任せて大暴れすることになった。そんなことは繰り返してはならないよな? まあフォークを狙うさ、だが今はその手を打つ時ではない。

「わかったよ。そんなに言うなら、アンタの計画に乗ろう。色々、必ず詳しく話せよ。」

 ランブル=サクスは私の言葉を聞いて、力強く頷いた。
 それから私は彼の案内の下、市街地の寂れた水路へ行った。そこの崩れた煉瓦の壁をランブル=サクスが覗き込み、彼は誰かに声をかけた。私も回り込んで覗くと、火傷を負って満身創痍のハーヴィが座った姿勢のままこちらに斧槍の切先を向けていた。

「なんだ、狼野郎と生きていたんだな、レイ。」

 相変わらずのしゃがれた声で、ある意味安心する。

「アンタも無事で何よりだよ。」

「ははは、ノーデン人らしく薬屋から根こそぎ強奪したからな。それよりも、ソングバードのクソッタレは救出した暁にはぶっ殺してやる。最初から作戦が読まれていれば、それを補填するプランや脱出案もねえ。」

 そう言いながらハーヴィは斧槍を叩きつける。

「炎帝にこっ酷くやられたな。」

「ああ、それも敢えて半殺しだ。」

 ランブル=サクスがハーヴィに手を差し伸べ、ハーヴィはそれを掴む。彼は持っていた大剣の上にハーヴィを座らせ、ランブル=サクス本人は背面で剣を持って、ハーヴィを背負う。斬る用途というよりも叩き潰す目的で鍛えられた大剣だからできる使い方だろう。

「よし、運ぶぞ。お前の仲間は南側の河川で待機していることで間違いないよな。」

「ああ、農場の近くに待機させている。」

 それからはこの寂れた水路の奥、街の外へ通じているので、臭いもひどい水の中を進む。私が先行して剣で道を切り拓き、ハーヴィを担いだランブル=サクスが後をついてくる。特に困難はなく、城塞都市の外へ出ることができた。炎帝軍はこれ以上は追跡しては来ないだろう。皮肉だが、私が都市の門前で大暴れしたおかげで彼らの士気を削ぎ、このような容易な脱出につながった。




 ”鴉の止まり木”は意外とエストランディアからそう遠く離れてはなく、アルストロメリアとエストランディアの丁度国境あたり、広葉樹の森林の中に突然現れる開けた土地にひっそりとノーデン人の定住地を築いていた。この場所の話はよく聞いている。ここはハーヴィの自宅のある場所だ。彼は普段は結社やノーデンの仕事のためにノーディンガムに出払っているが、本来はこの地の長でもあるのだ。それによく見なくても、彼のロングシップの帆は鴉の意匠のデザインだ。
 そして、ここにハーヴィの自宅があると言うことは、例の浮気に疑り深い彼の妻がいるということだ。
 船が接岸すると、この集落に住む人々が嬉しそうに集う。久方ぶりの戦士団の帰還なのだ、今夜はきっと宴会でもやりたい気分だろうが、生憎そんな雰囲気ではない。
 皆がランブル=サクスに担がれた満身創痍のハーヴィを見た瞬間言葉を失っていた。間違いなく、ハーヴィが一番強い男だったのだろう。その彼がこれほどの負傷をすることが相当な異常事態だ。

「皆、あまり心配するな。昔と変わらず、やんちゃして痛い目を見ただけだ。ちょっとヘルカの世話になればすぐ良くなる。」

「私なんかより他所の治癒師に頼る方が良いだろう。」

 ハーヴィが人々を宥めた側から、身体中に刺青を刻み、独特のピアスなどの装飾品を身に纏ったシャーマンの女性が現れた。彼女の頭の上にはねじれた螺旋角の山羊の頭蓋が乗っている。
 
「おっすヘルカ、多分しばらく世話になるぞ。」

 ハーヴィは怪我の割に軽く挨拶する。

「私は少し薬の知識があるだけで、本文は預言者だ。」

 ヘルカはついて来るように手を招き、私たちはその後をついて行く。集落の上部、穏やかな滝の水が落ちる静謐な小屋の元へ辿り着いた。なるほど、シャーマンとして預言者を生業としているなら、いかにも神秘性の高いこの場所を家とするのは非常に利に適っている。

「ぐおああああああああ!?」

「うぎゃあああああ!」

 突然ランブル=サクスとハーヴィが悲鳴をあげたかと思うと、彼らの後ろからノーデン人の女性が飛び掛かり、思い切りのしかかっていた。編み込んだ黒髪に、口から右頬にかけて古傷の痕がある。

「ハァ~ヴィ~、ノーディンガムから随分と早いお帰りじゃないの? その火傷はなんだ? そして浮気相手がそんな狼男だとは思わなかったよ。火傷プレイまでするとは、ついにそんな高度な趣味に目覚めているとはなあ。」

「ユリア、ハーヴィとその狼男はそういうのではないから降りてやれ。ハーヴィは私と仕事をする時も、浮気ではないことの証明書を作るぐらい必死だ。」

「レ、レイ・スカーレット!? 久しぶりだな! この盆暗が世話になってしまった。でもな、この別嬪な嫁を平気で放置するくそったれを締めとかないと気が済まんのよ!」

 そう言いながらユリアはハーヴィの首を後ろから絞めるが、ハーヴィがランブル=サクスの外套を引っ張ってしまい、彼の首も締まっている。

「おいおいおい、連鎖してるから、連鎖してるからその辺にしてやれ!」

 隣で一部始終を眺めているヘルカは如何にも退屈そうに鼻をほじってその様子を眺めていた。
 ユリアの八つ当たりに近いそれが済むまで、そこそこの時間を要してしまった。彼女とハーヴィ、ユリアは小屋の中で彼の治療のために籠り、私とランブル=サクスは泉傍の材木置き場に腰掛けて暇をしていた。

「まさか私よりも円卓会議への出席をサボっている結社の者がいたとはな。獣騎士団、初めてホワイトランドを訪れた時にまず居所を探したが、今までいったいどこに潜伏していたんだ。」

「地底だ。」

 ランブル=サクスは短く答える。それにしても地底、ホワイトランドの地底は噂に聞いていたが本当にあったとは。
 
「わざわざ地底から出て来てお前の目的は何だ。」

 ランブル=サクスは周囲を確認する。どうやら、私以外に聞かれると都合の悪い話なのかもしれない。

「黄金神族を止めてほしい。」

「黄金神族を止めるって、私は神狩りだ。殺してほしいという意味にも捉えられるし、そもそも私に頼むのは間違っているだろう。私が黄金神族の前に立ちはだかれば、殺し合いになるのは避けられない。ここ最近では既に狂血過客とも交戦している。それなのにも関わらず、眷属のお前はどうして寝ぼけたことを頼むんだ。」

「一見、結社を組織して外なる神への対抗の団結をしているかのように見えるが、実際のところは炎帝もおどろの聖女も協力に関しては何もお互いに期待をしていない。炎帝はやることは単純だ。武力によって全てを制圧する。裏切りの醜王と正面から戦争によって滅ぼすことしか考えてない。一方で棘の聖女は、禁忌の術に関して何やら調べている。隔世の覚醒の条件や、ハイランディアのテュルソン家との妙な繋がりも確認できている。確かに、醜王との戦いは最も重要だ。事実、奴は母である女神フィニカスを裏切り、外なる神と結託しているのだからな。だが、どいつもこいつも本質を見ていない。」

「噂に聞く魔王か?」

「外なる神、アーリマン・ダハーカだ。大陸の砂漠の地に落ち、全てを蝕む瘴気を操る魔神だ。女神よりもはるかに古い、太古の叡智の民は打ち倒して環に封じたそうだが、いつしかそれが砂漠の国の王家の象徴として受け継がれ、そうして生まれたのが魔王だ。そして魔王は女神フィニカスの築いた王国を滅ぼした。」

「おい、そんな話はテオゴニアにいた頃でも聞いたことがないぞ。」

「もちろんそうだろう。メテル・アヌンナキの手先によってその情報の多くは消された。我々、獣騎士団は八百年前に王と共に目覚め、それ以来歴史を紡ぐために奴らと戦ってきた。半分は抑えたが、もう半分は現在のアルストロメリア王国の大書庫に保管されている。」

 外なる神、宙より飛来した侵略者はなぜ人間を襲うのか謎に包まれているが、外なる神にさらに外なる神が関わっているとは、複雑な事情が絡むのは言うまでもないだろう。
 そしてこいつは八百年前に王と共に目覚めたと言った。獣騎士王ヴォルサクスは今も眠っていると伝承で聞いていたが、まさかずっと炎帝と棘の聖女が女神の封印から目覚めるよりも三百年も前から覚醒していて、その姿を隠してたということなのだろう。

「魔王や外なる神と戦うには黄金神族の力の結集が必要だ。黄金神族を止めてほしいのはその為だ。今のままではどこかで綻びが生じて内乱が起こるのは時間の問題だ。炎帝は醜王諸共アルストロメリアを焼き尽くすだろう、だが棘の聖女はアルストロメリアにある物を欲しているはずだ。」

「それで、この後の行動に策はあるのか? 私はほぼ無いに等しい策に振り回されたばかりなのだが。」

「それなら我が王が詳しい。知らない者が多いほど良い策だそうだ。状況としては、今一番この島の情勢を引っ掻き回せるお前に、強い駒を持って欲しい。両獲りができるくらいのやつだ。」

「つまりは、黄金神族と外なる神の両勢力に多大な影響を及ぼせる手札が必要なわけだな。」

「単刀直入に言えば、俺たちだけで醜王ラカーンを倒してアルストロメリアを奪る。獣騎士団と”古き蛇“の力を持つお前がこれを成せば、炎帝も棘の聖女も黙っていない。同時に外なる神の盤を不利にできる。」

 こいつ私の蛇の力を知っている。それに“古き蛇”と呼んだ。何か絶対に知っている。

 ーーああ、その通りだ。こいつは俺の知らない俺について何か知っている。何でも良いから知ってることを吐き出させるぞ。

「おいランブル=サクス、お前の話は利に適っていて乗るのも悪くない話だと思える。だが疑問点も多い、まずはリナリアの救出だ。彼女と私の間の契約はこの一連の事件の中で一番最初に交わされたものだ。この件の真相を明かし仇をとり、彼女を祖国へ連れて帰る。それが私の最優先の仕事だ。」

「もちろんだ、リナリアを炎帝から取り戻すのも我々にとっても重要だ。まさかエストランディアに奇襲を仕掛けるとは思ってなかったからな、ここは少し補正が必要な部分だ。」

「それともう一つ、”古き蛇”について知っていることは洗いざらい全て吐け。」

 炎帝からリナリアを取り戻すことの利害が一致しているなら僥倖だ。彼女を守りきれなかったことが非常に悔やまれるが、獣騎士とこのような関係でいられるのは、下手な正義感や温情の関係よりもずっと信頼できる。

「蛇、俺の知る話の限り、そいつは女神がホワイトランドを統べていた時代に、女神の寵愛を受けていた太古の叡智の遺物の研究が専門で特徴的な赤毛の女研究者リナリア・スカーレットが連れていた。太古の遺構の奥深くで眠っており、世界を象徴する蛇とも聞いている。詳しい話は王が知っている。こればかりは我々は敢えて情報を制限されていると言っても良いだろう。それにリナリア・スカーレットの名、一千年以上も前の人物にも関わらず、お前とリナリア姫の名と重なるのは偶然と認めるいは運命的すぎる。」

 それに彼女の髪は最近、隔世の覚醒によって女神の金糸が扱えるようになった際に赤毛へと変色した。果たしてこの一致が意味するのは何なのだろうか。少し近づいたようで遥かに遠のいた気もする。こいつの話方からして獣騎士王ヴォルサクスと会わせてくれるのだろうが、それまでの辛抱になるだろう。
 ランブル=サクスは突然わざとらしく咳払いをし、顎で私の背後を示す。彼の示した通り振り向くと、すぐ真後ろにヘルカが訝しげな表情で立っていた。

「驚かせたな。処置が済んだハーヴィとユリアの夫婦漫才に耐えかねて出てきてしまった。それにしても蛇とは、随分興味深い話題だと思って聞き入ってしまった。」

「どのくらい聞いた?」

 ランブル=サクスはわかりやすいくらい表情を滲ませてヘルカに聞く。

「心配するな、私は預言者だ。口は硬いし政治に深く関わって消された奴らはよく見たから、秘匿されるべきところは何も聞いていないし、私は何も知らない。」

 そう言いながら左手の人差し指を立てて、それを口に当てる。同時にそよ風で彼女の骨製の装飾品が揺れて軽い音を立てた。

「でも蛇の話題は預言者の探究心としては気になるし、神狩り、お前の歪さには非常に惹かれる。なあ、ここで見てやるよ。お前の中身をよ。お前だって知りたいはずだろう?」

 ヘルカは不適に笑い、私に人差し指を突きつける。元よりそのつもりでもあった。非科学的だが、精神を見るなら預言者よりも適した者はそうそういないのだから。

「そいつはありがたい。時間を見つけて頼む手間が省けたよ。」

 私は向き合わねばならない。トラウマと己の内の潜在的な残虐性に••••••。







 




第七話「フォークを狙うのか?」 完
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