『硝子越しの春』

ぱんだちゃん

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第五章:過去という名の檻

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「君は、まだ全部知らないだろ」

面会室で、彼はぽつりとつぶやいた。
その目は過去を見ていた。私ではない、どこか遠くを。

「彼女の名前は、美和(みわ)だった。結婚して三年。出会ったのは、大学の図書館だったんだ。俺が本を落として、それを彼女が拾ってくれて――」

彼の声は穏やかだった。
話しているうちに、何度も目を細めて、遠くの景色を思い出すように微笑んでいた。

「笑った顔が、本当に好きだった。どんな日でも、あの笑顔があればやっていけると思った。……なのに、ある日突然、彼女は死んでた。自宅で倒れていて、通報したのは俺だった。誰より先に見つけて、誰よりも悲しんだのに――最初に疑われたのも、俺だった」

「……つらかったでしょう」

「証拠がないのに、次々に『怪しい』が積み上げられていった。証言も曖昧で、警察もメディアも、もう“犯人”が欲しかっただけだった」

私は、彼の手に目を落とした。
手錠の痕が、薄く皮膚に残っている。

「彼女を殺す理由なんて、どこにもない。むしろ、俺はあいつがいない人生なんて考えられなかったんだ」

沈黙のあと、彼はゆっくりと沙耶の目を見た。

「……それでも、君が信じてくれるなら。俺は、ここで生きていけるかもしれない」

その瞬間、心が音を立てて崩れた。
私はこの人を、もっと知りたいと思った。
そして、彼の無実を、この手で証明したいと――心から、思ってしまった。
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