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第九章「試練」
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ねえ……この国では、私たち、どう名乗ればいいの?」
ある夜、ベッドの上で髪を梳かしてもらいながら、私はそっと尋ねた。
「ただの同居人、っていうには、苦しいよね」
「俺は、パートナーだと思ってる」
「……うん、私も。結婚できないけど、心は夫婦だよね」
私たちは日本では認められない関係。けれどこの国には「事実婚」を認める制度がある。互いに責任を持ち、生活を共にする意思があれば、それだけで法的な保護を受けられる仕組み。
その制度に、すがるような気持ちで申請書類を集めていた。
物件が見つかり、新しい部屋に引っ越したのは、渡航からちょうど三週間後だった。
築年数は古いが、白い壁と広いリビングが心地よいアパート。家具を一つずつ買い揃えながら、ふたりの暮らしを少しずつ形にしていった。
言葉の壁、文化の違い、そして制度の複雑さ。戸惑いも多かったけれど、ふたりなら、きっと乗り越えられる。
「明日、いよいよ役所だね」
「うん。パートナー登録、通るといいな」
夜、食器を洗い終えたキッチンで、私たちは目を合わせた。
「……本当に、ここまで来られたんだね」
「うん。逃げたんじゃないよ。戦ったんだ、私たち」
その夜、ふたりの身体は、言葉以上の想いを確かめ合うように重なった。
優しく、そして激しく、心の奥まで繋がりながら、私は彼の腕の中で呟いた。
「好き……誰に何を言われても、私は悠真さんを選ぶ……」
「俺も、真帆以外は考えられない」
心が震えた。孤独や不安、罪悪感さえも、その温もりで溶けていくようだった。
翌日。ふたりは役所に向かった。パートナーシップ証明書の申請に、必要書類とパスポートを提出し、面談を受ける。
緊張の面持ちで対応した係員の女性が、最後に微笑みながら言った。
「Congratulations. You are now officially registered as partners.(おめでとうございます。これで、あなた方は正式にパートナーです)」
証明書が差し出されたとき、私は思わず涙ぐんだ。
「やっと……少し、家族になれた気がする」
「うん。これから、もっと深く、強くなっていこう」
そう誓い合いながら、私たちは新たな日々へと踏み出していった
数ヶ月。私たちはこの街に少しずつ馴染み、日常を取り戻しつつあった。
ある日、カフェで常連の年配女性に言われた言葉が、私の胸をざわつかせた。
「あなたたち、夫婦じゃないの? でも、兄妹って聞いたけど……」
誰が話したのか、どこから伝わったのか。言葉の端に滲む好奇の色が、心に突き刺さった。
「気にしないで。ここは保守的な人も多いけど、僕たちはちゃんと認められてる」
悠真さんはそう言ってくれたけれど、やはり視線は少しずつ変わっていった。
そんなある夜、私たちは久しぶりに静かな時間を過ごしていた。
薄暗い寝室、手を重ね、見つめ合うだけで呼吸が深まっていく。
「真帆……」
その名前を囁かれるだけで、全身が熱を帯びていく。
彼の指先が、私の肩からゆっくりと滑り落ち、柔らかく触れた肌が、愛おしさに震えた。
「私、あなたと……もっと深く繋がりたい」
甘く湿った吐息が重なり、心も身体もひとつになる。言葉はいらなかった。ただ、触れ合い、確かめ合うだけで、どれほど互いを必要としているかが伝わった。
けれど、その温もりの中でも、私は不安を感じていた。
この国の制度が、私たちを守ってくれても、心の中にある "壁" は完全に消えるわけではない。
「私たち、子どもを持つことって……できるのかな」
そう尋ねると、悠真さんは真剣な表情でうなずいた。
「法律的には、養子も検討できる。俺たちの関係だからこそ、責任を持って迎える必要があると思ってる」
この人となら、きっとどんな未来でも乗り越えられる。そう思えた。
ある夜、ベッドの上で髪を梳かしてもらいながら、私はそっと尋ねた。
「ただの同居人、っていうには、苦しいよね」
「俺は、パートナーだと思ってる」
「……うん、私も。結婚できないけど、心は夫婦だよね」
私たちは日本では認められない関係。けれどこの国には「事実婚」を認める制度がある。互いに責任を持ち、生活を共にする意思があれば、それだけで法的な保護を受けられる仕組み。
その制度に、すがるような気持ちで申請書類を集めていた。
物件が見つかり、新しい部屋に引っ越したのは、渡航からちょうど三週間後だった。
築年数は古いが、白い壁と広いリビングが心地よいアパート。家具を一つずつ買い揃えながら、ふたりの暮らしを少しずつ形にしていった。
言葉の壁、文化の違い、そして制度の複雑さ。戸惑いも多かったけれど、ふたりなら、きっと乗り越えられる。
「明日、いよいよ役所だね」
「うん。パートナー登録、通るといいな」
夜、食器を洗い終えたキッチンで、私たちは目を合わせた。
「……本当に、ここまで来られたんだね」
「うん。逃げたんじゃないよ。戦ったんだ、私たち」
その夜、ふたりの身体は、言葉以上の想いを確かめ合うように重なった。
優しく、そして激しく、心の奥まで繋がりながら、私は彼の腕の中で呟いた。
「好き……誰に何を言われても、私は悠真さんを選ぶ……」
「俺も、真帆以外は考えられない」
心が震えた。孤独や不安、罪悪感さえも、その温もりで溶けていくようだった。
翌日。ふたりは役所に向かった。パートナーシップ証明書の申請に、必要書類とパスポートを提出し、面談を受ける。
緊張の面持ちで対応した係員の女性が、最後に微笑みながら言った。
「Congratulations. You are now officially registered as partners.(おめでとうございます。これで、あなた方は正式にパートナーです)」
証明書が差し出されたとき、私は思わず涙ぐんだ。
「やっと……少し、家族になれた気がする」
「うん。これから、もっと深く、強くなっていこう」
そう誓い合いながら、私たちは新たな日々へと踏み出していった
数ヶ月。私たちはこの街に少しずつ馴染み、日常を取り戻しつつあった。
ある日、カフェで常連の年配女性に言われた言葉が、私の胸をざわつかせた。
「あなたたち、夫婦じゃないの? でも、兄妹って聞いたけど……」
誰が話したのか、どこから伝わったのか。言葉の端に滲む好奇の色が、心に突き刺さった。
「気にしないで。ここは保守的な人も多いけど、僕たちはちゃんと認められてる」
悠真さんはそう言ってくれたけれど、やはり視線は少しずつ変わっていった。
そんなある夜、私たちは久しぶりに静かな時間を過ごしていた。
薄暗い寝室、手を重ね、見つめ合うだけで呼吸が深まっていく。
「真帆……」
その名前を囁かれるだけで、全身が熱を帯びていく。
彼の指先が、私の肩からゆっくりと滑り落ち、柔らかく触れた肌が、愛おしさに震えた。
「私、あなたと……もっと深く繋がりたい」
甘く湿った吐息が重なり、心も身体もひとつになる。言葉はいらなかった。ただ、触れ合い、確かめ合うだけで、どれほど互いを必要としているかが伝わった。
けれど、その温もりの中でも、私は不安を感じていた。
この国の制度が、私たちを守ってくれても、心の中にある "壁" は完全に消えるわけではない。
「私たち、子どもを持つことって……できるのかな」
そう尋ねると、悠真さんは真剣な表情でうなずいた。
「法律的には、養子も検討できる。俺たちの関係だからこそ、責任を持って迎える必要があると思ってる」
この人となら、きっとどんな未来でも乗り越えられる。そう思えた。
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