君が落としたあの日、世界が動き出した

ぱんだちゃん

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最終章:君と再び、真実の中で

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あれから、数ヶ月が経った。

璃子と俺は、過去を乗り越えるために何度も話し合った。
互いの記憶に埋もれていた“歪み”を、少しずつ直していった。
そして、僕たちの間にあった壁も、ようやく崩れ始めた。

「陽翔くん」

璃子が、僕の前に立ち止まって言った。

「私たち、もう一度、やり直せるかな?」

僕は、璃子を見つめた。

あの日、あの記憶を取り戻したことで、僕の中で何かが変わった。
失われていた真実を知ることができたからこそ、今まで感じられなかった「未来」への希望が生まれてきた。

「やり直せるよ、璃子」

彼女の手を握りしめながら、僕は心の中でそう確信した。

——10年前、あの日。
真実を知ることができなかった僕たちは、別れた。その後、璃子は転校し、僕はその後何年も、あの“ずれた記憶”に悩み続けた。

でも今、やっと思い出せた。
あの日、璃子を守ろうとした僕は、彼女に伝えたかった言葉を“忘れた”んだ。

それはただの言葉じゃない。
「好きだ」——それだけで、彼女との世界が全て変わるはずだったのに。

「私も、ずっと好きだった」

璃子は、少し恥ずかしそうに言ってから、目を閉じた。
その姿に、僕はまた心を奪われた。

あの時、言えなかった気持ちを、今、ようやく言える。

「じゃあ、今度は、僕が言う番だよ。
僕は、君をずっと愛してる」

璃子は、涙を流しながら、僕の腕に身を預けてきた。

二人の間に流れる時間は、これ以上ないほど穏やかで、あたたかいものだった。

「ありがとう、陽翔くん。
やっと、私も伝えられた」

その言葉が、僕の心を満たしていく。

振り返れば、あの“事件”がすべての始まりだった。
記憶を失ったこと、すれ違ったこと——それが二人を引き裂いた理由だったけれど、最終的にはそれがふたりを結びつけるための一歩だった。

そして、今、僕たちはようやく再び、真実を取り戻した。
傷つけ合うことなく、未来に向かって歩き出す準備ができた。

——あの日、僕は確かに転落した。
でも、転落した先にあったのは、失われた記憶ではなく、再び結ばれる運命だった。

僕たちは、もうすれ違うことはない。

「今度は、ずっと一緒だよ」

璃子は微笑んで、僕を見上げた。

そうだ。
あの日から何年も、ずっと求めていた答え。
それは、僕が今ここで、璃子と一緒にいられること——ただそれだけだった。

「うん、ずっと一緒だよ」

僕は、璃子を強く抱きしめ、彼女の耳元で囁いた。

“真実”がすべてを引き寄せ、
僕たちの未来が、やっと一つになった。

そしてそれは、僕たちだけの物語の中で、永遠に続いていく。


エピローグ

それから何年かが経ち、僕と璃子は、ようやく穏やかな日常を取り戻した。
あの事件が起こったあの日から、どれほどの時が流れただろう。
でも、どんなに月日が経っても、僕たちの間にある絆は色あせることなく、むしろ強く深くなっていった。

結婚して、家を一緒に探し、二人の生活が始まった。
それが、僕たちがどれほど互いに求め合っていたのか、そしてどれだけの試練を乗り越えてきたのかを証明していた。

「陽翔くん、ここいいね」

璃子が微笑みながら新しい家を見渡した。
最初はずっと、どこかに不安があった。
けれど今は、彼女と一緒にいることでその不安がすべて消えていくのを感じる。

「うん、ここならずっと一緒に暮らせる気がする」

璃子は嬉しそうにうなずいて、僕の腕に手を回した。
これが、僕がずっと待っていた未来だ。



数年後、ある日、僕たちの家に子どもが生まれた。
元気な男の子だった。璃子の目に、少しだけ涙が浮かんでいるのを見て、僕はそれだけで胸が熱くなった。

「陽翔くん、覚えてる? 私たちが初めて出会った時」

「もちろん。あの日、君が僕に話しかけてきたこと、忘れられない」

璃子はその言葉ににっこりと笑って、僕に寄り添った。

「じゃあ、今日もこの子に言ってみようか。私たちがどれだけ長い道のりを歩んできたか」

「うん、そうだね」

僕は子どもを優しく抱き上げ、璃子のそばに座った。

「お前も、きっと素晴らしい道を歩んでいけるよ」

それは、僕たちがたどった道のりの“証”でもあった。

あの日、どんなに辛くて苦しい思いをしても、やがて僕たちはまた手を取り合い、同じ未来に向かって歩き始めた。

過去の記憶に隠された“真実”が、こんなにも温かい未来を築くための基盤となっていたことを、今、ようやく理解できる。

「未来は怖くないよ、璃子」

璃子は静かに頷きながら、僕の手を握り返してきた。

「あの日の私たちには、想像もできなかった未来。でも、今こうして一緒にいることが、何より幸せだね」

その言葉に、僕は深く頷いた。

「そうだね。あの日、君と再び会えたこと。それが、すべての始まりだったんだ」

二人で築いたこの幸せが、今後も続くことを、心から願った。

過去の痛みや誤解が、すべて乗り越えられたからこそ、今ここで微笑んでいられる。

僕たちの物語は、これからも続いていく。
どんな未来が待っていても、二人で共に歩んでいけることを、今、確信している。

——完——


あとがき

まずは、この『君が落としたあの日、世界が動き出した』という物語を、ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝をお伝えさせてください。

この物語は、「もし、たった一言が人生を変えていたら?」という問いから生まれました。
誰かに伝えられなかった言葉、すれ違った気持ち、誤解のまま終わってしまった関係。
そういう“もし”の積み重ねでできているのが、人の心だと思っています。

本作の主人公・成瀬陽翔と、ヒロインである橘璃子。
彼らは、10年前の出来事を境に人生が変わってしまったふたりです。
あの日、校舎裏の階段で起きた「事故」が、ただの物理的な出来事ではなく、ふたりの心と関係性に深く影を落としました。

事故がなければ、ふたりはきっと素直に想いを交わせていた。
しかしその“たられば”の未来は実現せず、璃子は転校し、陽翔は何も知らないまま高校生活を終えました。
それから10年という長い月日が流れ、偶然の再会がふたりの止まっていた時間を動かし始める——それがこの物語の軸となっています。

私がこの物語を通じて描きたかったのは、「言えなかった言葉の重み」と、「過去をやり直せないからこそ、向き合うしかない」という現実でした。

璃子というキャラクターは、とても静かな強さを持っています。
彼女は、自分が“守った”ことによって陽翔との未来を失ったことを、どこかで理解していました。
けれど、それを後悔として抱くのではなく、10年という時間の中で飲み込み、自分なりに消化していた。
その芯の強さと、どこか痛々しい優しさが、彼女の魅力でもあります。

一方の陽翔は、すれ違いの中心にいながらも、自分ではどうすることもできなかった“過去”を、再会によって初めて真正面から見つめることになります。
彼が再び璃子と向き合う中で、過去の違和感や細かな記憶のズレに気づいていく過程は、まさに「止まっていた世界が再び動き出す」瞬間そのものでした。

このふたりが再び手を取り合うまでの物語は、決して華やかではありません。
地味で、静かで、言葉をひとつずつ積み重ねるような再生の物語です。
でも、だからこそ、ラストの「ようやく交わされた言葉」には、10年分の重みと温もりが宿っているのではないかと信じています。

また、物語の随所に散りばめた伏線——あの日の出来事に対する微かな違和感、璃子の一貫した態度、周囲の人間関係に滲む秘密。
そういった小さな“点”を少しずつ“線”にしていく作業も、執筆しながらとても大切にしました。
読者の方が「なんとなく変だな」と思った部分が、後半で「そういうことだったのか」と腑に落ちる瞬間こそ、この物語の核心にあたる部分です。

伏線回収型の恋愛ミステリーという形を取ったのも、単純なラブストーリーではなく、「過去の真実を掘り起こすことが、愛をもう一度動かす鍵になる」という構造にしたかったからです。
謎が解けることで恋が進む。恋が進むことで謎の核心に迫っていく。
その関係性が、物語に独特の緊張感と深みを与えてくれたように思います。

タイトルの『君が落としたあの日、世界が動き出した』には、いくつもの意味を込めました。
文字通りの“転落”だけではなく、“落としてしまった言葉”、“こぼれ落ちた時間”、“すれ違いによって落ちた心”。
そしてそれを拾い上げることで、ふたりの時間が再び動き出す——そんな希望を込めたタイトルです。

読者の皆さんの中にも、過去に言えなかったこと、やり直せなかった出来事がきっとあると思います。
それでも、そのことに向き合う勇気さえあれば、きっと何かが変わる。
過去は変えられなくても、“向き合い方”は今からでも変えられる。
そんな想いが、ふたりの物語から伝われば嬉しいです。

最後に。
私は、この物語の終わりを「完結」ではなく、「再スタート」だと思っています。
10年越しに再び心を通わせたふたりは、これから新しい日々を一緒に歩んでいきます。
その日々が決して順風満帆ではないとしても、あの日を越えたふたりなら、どんなことでも乗り越えていける。
そんな確信をもって、筆を置きました。

物語を閉じるとき、登場人物たちが自分のもとを離れていくような寂しさを感じることもあります。
けれど今回は、静かに背中を押して見送るような、あたたかな気持ちで彼らを見届けることができました。

あなたの心に、この物語が少しでも残ってくれたなら、それは物語を綴った者として何よりの幸せです。

また、どこかで。
ふたりのように、過去と未来の狭間で揺れる登場人物たちの物語を紡ぐことができたなら、その時はぜひ、また読んでください。

——すべての読者へ、心からの感謝を込めて。

著者より
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