死にゲーの序盤で滅ぼされる村のモブだけど、全力でバッドエンドを回避する!

鏑木カヅキ

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メインヒロイン……?

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「リッドに乾杯!!」

 村人たちが一斉に叫ぶと、エールの入ったジョッキを持ち上げた。
 ここは猪鹿亭。
 俺がいつも働いている場所だ。
 俺はテーブルにつきながらも、そわそわしていた。
 目の前には美味しそうな大量の料理と飲み物が置かれている。
 村中の人たちが集まっているせいか、店内は人で溢れている。
 普段は男衆ばかりなのに、今日は老若男女、ほぼ全員が集まっていた。
 忙しなく働いているのはエミリアさんとバイトマスター、そしてその手伝いをロゼがしていた。
 俺は他の村人と一緒に席につき、食事に勤しんでいる。
 正直、仕事を手伝いたいのだがバイトマスターに休んどけと言われてしまった。
 左手ないし、病み上がりだしなぁ。
 同じテーブル席にはカーマインもいた。
 彼女はちょっと気まずそうにエールを飲んでいる。

「リッド! おまえは最高だぜ!」
「リッドのおかげで村は救われた!」
「本当にありがとよ! カーマインちゃんもな!」

 村人たちが代わる代わる挨拶とお礼を言ってくる。
 俺はその度に、苦笑して返すことしかできない。
 頑張ったのは俺だけじゃない。
 村のみんなも戦ってくれたんだから。
 しばらくすると全員の挨拶は終わったらしく、村人たちは思い思いに宴会を楽しみ始めていた。

「腕の調子はどう?」

 カーマインがおずおずと聞いてくる。
 彼女は唯一村人ではないから、ちょっと所在なさげな感じだった。

「ああ、痛みはあるし、気怠いけど、まあなんとか」
「そっか……ごめんね。ボクを助けるために……」
「何度も謝ってもらったし、感謝もされた。もう十分だ。今ので最後な?」
「…………うん。ありがと」

 俺は苦笑し、カーマインは小さく笑う。
 明日、俺たちは旅立つ。
 すでに村人たち全員にその話はしてある。
 もちろんロゼやエミリアさんにもだ。
 当然、引き留められたが腕の治療も兼ねてと話すと、全員が渋々了解してくれた。
 大丈夫。
 もうみんなは俺がいなくてもやっていける。
 以前とは比べ物にならないほどに強くなったのだから。
 ロゼも、エミリアさんも俺が知っているキャラとは違う。
 血の通った人間で、俺の大事な人たちとなっている。
 もうゲームの中のキャラなんて思えない。
 二人は俺にとって大切な友人だ。
 バイトマスターもロンも他の村人たちも大事な人になっている。
 そんなみんなと別れるのは寂しいが、そうも言ってられない。
 俺とカーマインは世界を救わなければならない。
 そうしなければゲームオーバーになってしまうのだから。
 俺はジョッキを呷る。
 中身はただの水だ。
 喧騒の中、誰かが言った。

「もう一度、リッドに乾杯!」

 これが何度も続くんだろうなと、俺は諦観の面持ちでジョッキを上げた。
 嬉しくも寂しくもあるやり取りを、俺は何度も続ける。
 この村にいるのもあと少し。
 だったら少しでも思い出を残そう。
 そう思い、俺は勢いよく立ち上がった。

「よーし、飲むぞー! 水だけど!」
「うおおおおおおお!」

 テンションを上げて村人たちのもとへ向かう。
 全員が笑顔で、顔は真っ赤で酔っぱらっていた。
 楽しそうだ。
 俺も楽しかった。
 みんなを救えてよかったと心から思った。

   ●〇●〇

 家に帰ったのは深夜。
 女性や子供が帰宅した後も、男衆は飲み続けた。
 大半が酔いつぶれて、バイトマスターがブチギレたことを切っ掛けに宴会は終了した。
 酔っ払い全員を家に届け終えた俺は、疲弊しながら帰宅したのだ。
 ベッドに倒れるように横たわる。
 楽しかったけど、疲れた。
 このまま寝てしまいたい衝動に駆られた時、ドアがノックされた。
 こんな深夜に誰だ??
 俺は緩慢に起きあがるとドアを開けた。

「あ、こ、ここ、こんばんは」

 そこにいたのはロゼだった。
 月明かりに照らされた横顔が綺麗だった。
 頬はほんのり赤く染まっている。
 ロゼはお酒を飲んでいなかったと思うけど。
 っていうか未成年だしな。
 この世界も成人しないとお酒が飲めないんだよな。

「どした、こんな時間に」
「あ、う、うん。ごめんね」
「いや、いいけど」

 気まずい沈黙が流れる。
 なんだ? どうしたんだ?
 ロゼは視線を泳がせては、スカートの裾をぎゅっと掴んでいた。
 何か言いたげだが、言えないそんな感じだ。

「とにかく入ってくれ」
「え!? あ、そ、そうだね。お邪魔します」

 他人行儀なロゼを招き入れる。
 飲み物でも出そうと思ったが、明日出立する予定だから何も買ってなかった。

「お、おかまいなく」

 ロゼがいつも通り気遣いを見せてくれる。
 俺が何を言うでもなく察してくれるのはさすがだと思った。
 ロゼは本当によく周りを見ている。
 自然に二人してベッドに隣り合って腰を掛ける。
 そしてまた沈黙。
 何をしに来たのだろうと思うも、何をしに来たんだとなぜか聞けなかった。
 なんだこの時間は。
 ロゼは一体、なぜこんな深夜に来たんだ?
 と考えていると、小鳥のような囀りが隣から生まれた。

「あ、明日だね」
「ああ、そうだな。明日メイリュカに旅立つことになるな」
「しばらく帰れない?」
「恐らくな。数か月……もしかしたら数年、もっとかもしれない」
「そっか……」

 しゅんとしてしまった。
 俺もロゼと離れるのは寂しい。
 だからロゼの気持ちは嬉しくも悲しくもあった。

「あの、あのあの……あ、あの」
「……どうした?」

 ロゼがどもりながら必死に言葉を紡ぐ。
 俺はそれを穏やかな気持ちで待ち続けた。
 何を言うかはわからないけど、ロゼが必死であることはわかる。
 だから待った。
 ロゼはすーはーと何度も深呼吸した。
 そして。

「あ、あたし……リッドのこと……だ、大好きだよ」

 そう言ったのだ。
 面と向かって、真っすぐに俺を見て。
 驚いた。そして同時に嬉しくも思った。

「俺もロゼのこと好きだぞ」

 俺は素直に気持ちを口にした。
 ロゼは大事な人。
 俺の大切な友人。
 だから好きに決まっている。
 その気持ちを素直に伝えたのだが、なぜかロゼの表情は暗かった。

「だよね。リッドはそう言うよね……でも、違うんだ。全部違う。リッドの好きとあたしの好きは違うんだもん!」
「違う……ってどういう意味だ?」

 俺は首を傾げ、ロゼの言葉を待った。

「あ、あ、ああ、あたし……だ、男性として……リッドが好きなの!!」
「男性として……って?」
「だ、だから異性として! 恋愛感情として! 恋人になりたくて! 近づきたくて、話したくて、ぎゅっとしたくて、触れたくて、そ、そういうの!」

 頭をハンマーでぶっ叩かれたような衝撃を受けた。
 恋愛感情!?
 ロゼが俺を好きだって言っていたのはそういう感情だったっていうのか!?
 そんな発想なかった。
 いや、あるわけないじゃないか!
 だって俺はクソモブなんだぞ!?
 それにロゼはゲームではカーマインに想いを寄せていた。
 なのに俺のことが好き!?
 いやいやいやなんでそうなるんだ!?

「い、いや! おかしいぞ、それ! 俺はもともとロゼをいじめていて、むしろ嫌いだって言われていたじゃないか!?」
「き、嫌いだったけど好きになったの!」
「な、なんでだ!?」
「なんでって、そうなるに決まってるじゃない! リッドは優しくてカッコよくて強くて一生懸命で! そ、そそ、それに、あたしのこと好きって言ってくれたんだもん!」
「そ、それは友人としてで」
「わかってるもん! でも嬉しかったんだもん! リッドはあたしのこと女の子として見てないって思ってたけど、それでも嬉しかったんだもん! だから……だ、だからあたし、リッドのこと好きになったんだもん!」
「ち、ちなみにいつからでしょうか……?」
「……十歳から」

 オーマイガ。
 なんてことだ。
 つまり、俺はずっと勘違いしていたのか。
 俺が覚醒してからずっとロゼは俺のことが好きだったということか?
 つまり、俺は五年間もの間、ロゼの好意に気づかなかったのか。
 なんて鈍感なんだ!
 俺は馬鹿だ!
 ずっと勘違いしていたのか。

「ご、ごめん」
「……ううん、いいよ。リッドが鈍感だって知ってるし。それにあたしもちゃんと伝えなかったから」

 再びの沈黙。
 気まずさがより増している。
 喉が渇き、手足が震えてきた。
 くっ! 俺の中身は成人男性だ!
 こんな程度の状況、慣れているはずなのに。
 どうしてこんなに緊張しているんだ。
 もともと俺はロゼに好感を持っていた。
 恋愛感情ではなかったが、人として好きだった。
 だがロゼが俺に対して好意を持っていると知り、今までの感情が一気に覆された気分になってきたのだ。
 もしかしたら俺もロゼのことが好きだったんじゃないかと。
 けどゲームのキャラだし、年下だし、そもそも嫌われているし、幼馴染だしと色々な言い訳をし、知らず知らずの内に心に蓋をしていたんじゃないかと。
 そう思ってしまってはもう遅い。
 俺は動揺し、狼狽し、混乱していた。
 そんな俺の手に、ロゼの手が重なる。
 俺は思わずびくっと体を震わせてしまう。

「あ、いや……」

 思わず言い訳をしようとして、ロゼを見る。
 彼女は俺を真っ直ぐに見ていた。
 澄んだ瞳が、月明りを反射している。
 美しい顔立ちだった。
 いつものロゼとは違い、大人な女性のように見えた。
 目を離せない。
 それほどの魅力があった。
 動悸が激しくなり、脳が熱を持つ。
 ロゼの顔が徐々に近づいてくる。
 俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
 いや、動きたくないと思っていた。
 このまま待っていれば、ロゼと俺は……。
 俺はその時を待った。
 待った。
 待ち続けた。
 数秒。
 数分。
 ……長くね?
 ロゼの顔の位置はほとんど動いていない。
 ロゼの表情は徐々に変化していく。
 大人だった顔が、いつもの少女の顔に。
 そして月明かりに照らされた彼女の顔は、真っ赤に染まっていった。
 ぷくっと頬が膨らみ、ぷるぷると震え始める。
 そして。

「や、ややや、や、やっぱり、用事思い出したーーーッッ!!」

 ロゼは顔を両手で抑えながら家を飛び出していった。
 一人残された俺。
 一気に静寂が訪れると俺は思わず噴き出した。
 やっぱりロゼは可愛いな。
 そう思った。
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