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第1章
第2話
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情景がフラッシュバックする。
人が死に際に見る過去の光景、すなわち走馬灯。
それは東京の普通の高校生だった頃の俺だった。
雨が降っていた。傘はさしていなかったように思う。土砂降りの中を、俺は全速力で走っていた。何かから逃げていたのか、あるいは何かに急いでいたのか。ろくに前も見ずに、ただ走って、そして走り続けた。
あとのことはわからない。
霧がかかったように曖昧な記憶。
覚えているのは、トラックの急ブレーキのお音と、身体に走る強い衝撃。
そして気がついたときには、俺は東京にいた時の服装のまま、この世界の道端に突っ立っていた。
「い……い……」
俺は体を震わせて見知らぬ大通りのど真ん中で声高に叫んだ。
「異世界召喚だーーーーーー!!!」
周囲を見渡せば、お約束の中世ヨーロッパ風の建築物が目につく。通りを歩いている人達の中には、見たことのない道具が入っている荷車を下げた商人や、剣を持った戦士、杖を持った魔法使いらしき人もいる。
RPGに出てくるようなファンタジー系の世界と見ていいだろう。
正直言って俺は、自分が異世界に迷い込んだ恐怖など微塵もなかった。ただかつてネットやアニメで見たような世界に自分も来れたのだという喜びで胸がいっぱいだった。
「典型的な異世界転生ってことは、俺にも何かチート能力みたいなのものがあって、そいつで最強パーティとか組んで、魔王とか倒しちゃったりするんだろうなーーーー!!!」
見たことのない光景。夢にまで見た世界。
そこに今一歩、足を踏み入れた。
まるで超体感型のMMORPGを始めたばかりのような気分だ。胸が躍る。
すぐにでも、自分にいったいどんな力が備わったのかを確かめたい。
俺は弓矢を下げた通りすがりの狩人らしき人を見かけて、気さくに話しかけた。
「なぁ、そこのあんた! 自分の能力はどうやって見ればいいんだ? なんというか、こう、ウィンドウとか開けるのか?」
「……はあ? ういんどう? 何を言ってるんだあんた。すまん、急いでいるんでね」
狩人は俺の格好を一瞥し怪訝な表情を浮かべるとすげなく立ちさった。
俺はがっくりと落ち込んだ。
当たり前といえば当たり前だ。異世界転生したとはいえ、ここはゲームのような世界であってゲームじゃない。街を歩く人にはそれぞれ意思があり、目的がある。聞けばなんでも答えてくれるRPGのNPCとは違うのだ。
であれば、相応の礼儀と手順が必要になってくる。
俺は改めて辺りを見渡し、質問するにふさわしい人物を探し当て、然るべき手順を踏んで質問をした。
「ああ、自分のスキルの状態を知りたいのかい? だったら、“スキル鑑定士”を探さないとダメだよ」
そいつは、いかにも好青年ですとでもいうような爽やかボイスの男だった。
声をかけたのは二人の女性を引き連れた若い剣士だ。以前テレビで見たのだが、道を聞く時は女性を連れた男性を探すと断られづらいのだそうだ。なんでも、異性の前での印象を意識して邪険に扱われる可能性は低いのだという。
そんなこちらの思惑通り、ヤマトと名乗った男性は、スキルを知る方法について、丁寧に教えてくれた。
「女神様が人類に授けてくれたスキルについて知るには、女神様とある程度通じることができる人間が必要だ。それがスキル鑑定士だよ」
どうやらこの世界で人間離れした剣戟や魔法などの超常的な技能、スキルを使うには訓練したりひとから教えてもらったりしたうえで、それが能力として自分の中に残るように、女神様から授けて貰わなければならないらしい。
だが俺たち一般人が女神様には会うのはほぼ不可能なので、スキル鑑定士という神職の人が代わりにやってくれるのだという。
ヤマトは、もし良ければ近くの鑑定士のところまで連れて行こうか? と言ってくれたので、ありがたくその申し出を受けることにした。
今のスキルの状態を見たり、スキルの強化もそこでできるようなので、俺は意気揚々とヤマトたちについて行った。
いったい俺にはどんなスキルが備わっているんだろうとワクワクする。
「スキルのことも知らないなんて、ハジメさん、だっけ? いったい何者?」
「着ている服も見たことないペラペラなやつだし、実は敵国の斥候だったりするのか?」
魔術師のマドカとスカウトのカエデはヤマトのパーティメンバーで、それぞれ魔術スキルと索敵スキルが使えるらしい。
正直、魔術スキルや索敵スキルについて聞きたいことは山ほどあったが、俺は二人の詮索をかわすので精一杯だった。
異世界にTシャツとジーパン姿じゃ怪しまれても仕方がない。
「いやー、すごく遠くの国から出稼ぎのために出てきたばかりで、まだこの国のことが全然わかんないんだよなー。御三方みたいな親切な人達に出会えて幸運だったよ」
「ふぅん、じゃあよっぽど遠くの国から来たんだね」
二人は見慣れない格好の俺を怪しみながらも、ヤマトの顔を立ててか、スキル鑑定士のところまでついて来てくれた。
神職というからには、神社とは言わずとも、どこか神殿みたいなところで、修道女みたいなお姉さんがやっているのかと思っていたが、ヤマトが立ち止まったのは路地裏の一角だった。そこにはフードを被ったお婆さんが猫の額みたいな場所で水晶を眺めていた。
「いらっしゃいませ。スキル鑑定にようこそお越しくださいました」
本当にこの人がスキルを見てくれるのだろうか
不案そうな俺をザ・占い師みたいなお婆さんが水晶玉越しに見つけると、
「ハジメさん、とおっしゃるのですか。数奇な運命の星のもとにいらっしゃるようですね」
と言った。
え。
この人今、俺の名前を。
そのまま堰を切ったように話し続ける。
「ご自身のスキルのことを聞きにいらっしゃったのでしょう? あなたがお持ちのスキルは“アンダードッグパラドクス”。効果は自己犠牲によるお味方の強化です。唯一無二の強力な能力ですが、強化も解除もできないばかりか、他の一切のスキルも同時に会得できない大変頑固なスキルでもあります。困難な道をお選びいただいたようですが、前途が有望であることを願っております」
え、今このばあさん、なんて言った?
アンダードッグパラドクス? 自分が犠牲になる代わりに味方を強化?
なんだよその能力──っていうか、大事なのはそのあとだ。
他のスキルを使えない? 解除もできない?
今後一切?
ということは俺、もしかして──
「詰んでね?」
俺は思わず天を見上げた。
そこには東京の空と変わらない綺麗な青色が広がっていた。
人が死に際に見る過去の光景、すなわち走馬灯。
それは東京の普通の高校生だった頃の俺だった。
雨が降っていた。傘はさしていなかったように思う。土砂降りの中を、俺は全速力で走っていた。何かから逃げていたのか、あるいは何かに急いでいたのか。ろくに前も見ずに、ただ走って、そして走り続けた。
あとのことはわからない。
霧がかかったように曖昧な記憶。
覚えているのは、トラックの急ブレーキのお音と、身体に走る強い衝撃。
そして気がついたときには、俺は東京にいた時の服装のまま、この世界の道端に突っ立っていた。
「い……い……」
俺は体を震わせて見知らぬ大通りのど真ん中で声高に叫んだ。
「異世界召喚だーーーーーー!!!」
周囲を見渡せば、お約束の中世ヨーロッパ風の建築物が目につく。通りを歩いている人達の中には、見たことのない道具が入っている荷車を下げた商人や、剣を持った戦士、杖を持った魔法使いらしき人もいる。
RPGに出てくるようなファンタジー系の世界と見ていいだろう。
正直言って俺は、自分が異世界に迷い込んだ恐怖など微塵もなかった。ただかつてネットやアニメで見たような世界に自分も来れたのだという喜びで胸がいっぱいだった。
「典型的な異世界転生ってことは、俺にも何かチート能力みたいなのものがあって、そいつで最強パーティとか組んで、魔王とか倒しちゃったりするんだろうなーーーー!!!」
見たことのない光景。夢にまで見た世界。
そこに今一歩、足を踏み入れた。
まるで超体感型のMMORPGを始めたばかりのような気分だ。胸が躍る。
すぐにでも、自分にいったいどんな力が備わったのかを確かめたい。
俺は弓矢を下げた通りすがりの狩人らしき人を見かけて、気さくに話しかけた。
「なぁ、そこのあんた! 自分の能力はどうやって見ればいいんだ? なんというか、こう、ウィンドウとか開けるのか?」
「……はあ? ういんどう? 何を言ってるんだあんた。すまん、急いでいるんでね」
狩人は俺の格好を一瞥し怪訝な表情を浮かべるとすげなく立ちさった。
俺はがっくりと落ち込んだ。
当たり前といえば当たり前だ。異世界転生したとはいえ、ここはゲームのような世界であってゲームじゃない。街を歩く人にはそれぞれ意思があり、目的がある。聞けばなんでも答えてくれるRPGのNPCとは違うのだ。
であれば、相応の礼儀と手順が必要になってくる。
俺は改めて辺りを見渡し、質問するにふさわしい人物を探し当て、然るべき手順を踏んで質問をした。
「ああ、自分のスキルの状態を知りたいのかい? だったら、“スキル鑑定士”を探さないとダメだよ」
そいつは、いかにも好青年ですとでもいうような爽やかボイスの男だった。
声をかけたのは二人の女性を引き連れた若い剣士だ。以前テレビで見たのだが、道を聞く時は女性を連れた男性を探すと断られづらいのだそうだ。なんでも、異性の前での印象を意識して邪険に扱われる可能性は低いのだという。
そんなこちらの思惑通り、ヤマトと名乗った男性は、スキルを知る方法について、丁寧に教えてくれた。
「女神様が人類に授けてくれたスキルについて知るには、女神様とある程度通じることができる人間が必要だ。それがスキル鑑定士だよ」
どうやらこの世界で人間離れした剣戟や魔法などの超常的な技能、スキルを使うには訓練したりひとから教えてもらったりしたうえで、それが能力として自分の中に残るように、女神様から授けて貰わなければならないらしい。
だが俺たち一般人が女神様には会うのはほぼ不可能なので、スキル鑑定士という神職の人が代わりにやってくれるのだという。
ヤマトは、もし良ければ近くの鑑定士のところまで連れて行こうか? と言ってくれたので、ありがたくその申し出を受けることにした。
今のスキルの状態を見たり、スキルの強化もそこでできるようなので、俺は意気揚々とヤマトたちについて行った。
いったい俺にはどんなスキルが備わっているんだろうとワクワクする。
「スキルのことも知らないなんて、ハジメさん、だっけ? いったい何者?」
「着ている服も見たことないペラペラなやつだし、実は敵国の斥候だったりするのか?」
魔術師のマドカとスカウトのカエデはヤマトのパーティメンバーで、それぞれ魔術スキルと索敵スキルが使えるらしい。
正直、魔術スキルや索敵スキルについて聞きたいことは山ほどあったが、俺は二人の詮索をかわすので精一杯だった。
異世界にTシャツとジーパン姿じゃ怪しまれても仕方がない。
「いやー、すごく遠くの国から出稼ぎのために出てきたばかりで、まだこの国のことが全然わかんないんだよなー。御三方みたいな親切な人達に出会えて幸運だったよ」
「ふぅん、じゃあよっぽど遠くの国から来たんだね」
二人は見慣れない格好の俺を怪しみながらも、ヤマトの顔を立ててか、スキル鑑定士のところまでついて来てくれた。
神職というからには、神社とは言わずとも、どこか神殿みたいなところで、修道女みたいなお姉さんがやっているのかと思っていたが、ヤマトが立ち止まったのは路地裏の一角だった。そこにはフードを被ったお婆さんが猫の額みたいな場所で水晶を眺めていた。
「いらっしゃいませ。スキル鑑定にようこそお越しくださいました」
本当にこの人がスキルを見てくれるのだろうか
不案そうな俺をザ・占い師みたいなお婆さんが水晶玉越しに見つけると、
「ハジメさん、とおっしゃるのですか。数奇な運命の星のもとにいらっしゃるようですね」
と言った。
え。
この人今、俺の名前を。
そのまま堰を切ったように話し続ける。
「ご自身のスキルのことを聞きにいらっしゃったのでしょう? あなたがお持ちのスキルは“アンダードッグパラドクス”。効果は自己犠牲によるお味方の強化です。唯一無二の強力な能力ですが、強化も解除もできないばかりか、他の一切のスキルも同時に会得できない大変頑固なスキルでもあります。困難な道をお選びいただいたようですが、前途が有望であることを願っております」
え、今このばあさん、なんて言った?
アンダードッグパラドクス? 自分が犠牲になる代わりに味方を強化?
なんだよその能力──っていうか、大事なのはそのあとだ。
他のスキルを使えない? 解除もできない?
今後一切?
ということは俺、もしかして──
「詰んでね?」
俺は思わず天を見上げた。
そこには東京の空と変わらない綺麗な青色が広がっていた。
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